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フランシスコ・デ・スルバラン『ポルトガルの聖イザベル』
記事URL  カテゴリ | キリスト教の聖人絵画 | 2014年08月09日(土)08時42分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年8月9日(土) 


目次
1. ポルトガル王妃
2. 貧者や病人への奉仕
3. 原題


今回取り上げる作品はフランシスコ・デ・スルバラン作『ポルトガルの聖イザベル』です。

フランシスコ・デ・スルバラン『ポルトガルの聖イザベル』634


1. ポルトガル王妃


スペインの画家フランシスコ・デ・スルバラン(1598-1664)が描いているのはポルトガル王妃イザベルです。
イザベル(1271-1336)はアラゴン王ペドロ3世の娘です。

アラゴンは中世後期にイベリア半島に存在した王国です。
アラゴン王国の領土は現在のスペイン北東部にあるアラゴン州に相当する地域でした。

イザベルはアラゴンの出身ということでスペイン語ではイサベル・デ・アラゴン・イ・シシリアと呼ばれています。

イザベルは1282年にポルトガル王ディニス1世(在位:1279-1325)と結婚しました。


2. 貧者や病人への奉仕


イザベルは幼い頃から敬虔なカトリック教徒でした。
アラゴン王女として貧しい人々や病人に対する奉仕活動に積極的に従事していました。

ポルトガル王妃となった後もイザベルの信仰に対する態度は変わりません。
ポルトガル領内の貧者への施しはイザベルが生きている間続きました。

一方、ディニス1世は妻イザベルとは対照的に不信心な王でした。
イザベルが社会奉仕活動に勤しんでいる様子を快く思っていなかったのです。

ある日、宮廷を出て行くイザベルを王ディニス1世が見咎めました。
頻繁に出かける妻イザベルが浮気をしているのではないかと疑ったのです。

この時イザベルは貧者に施すためのパンを籠に入れて前掛けで隠して持っていました。
もしパンの存在が夫に知れたら今後こういった奉仕活動は一切禁止されるかも知れません。

ディニス1世はイザベルに対して籠の中身は何かと尋ねました。
イザベルは咄嗟に籠の中には薔薇の花が入っていると答えました。

ディニス1世は念のため籠の中身を改めようとします。
王は王妃が食料を宮廷から持ち出して貧者に施していることを薄々気づいていたのです。

王の手が前掛けに伸び、籠の中身が露(あらわ)になったその瞬間、パンは薔薇の花に変わりました。
神の奇跡が起きたのです。

作品の中でイザベルが右手に持っているのは薔薇の花です。

こうしてイザベルは危機を切り抜けて奉仕活動を継続していくことが出来たのです。
イザベルは17世紀に入って聖人に列せられることになりました。


3. 原題


フランシスコ・デ・スルバラン(Francisco de Zurbarán)が描いた『ポルトガルの聖イザベル』はスペイン語ではSanta Isabel de Portugalと言います。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。

キリスト教の聖人絵画シリーズは今回でおしまいです。

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ホセ・デ・リベーラ『聖フィリポの殉教』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年08月03日(日)08時10分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年8月3日(日) 


目次
1. イエスの弟子
2. 磔刑死
3. 原題


今回取り上げる作品はホセ・デ・リベーラ作『聖フィリポの殉教』です。

ホセ・デ・リベーラ『聖フィリポの殉教』341


1. イエスの弟子


フィリポはイエスの十二使徒の一人です。
ピリポとも表記される場合もあります。

イエス亡き後、フィリポはスキタイ地方を旅しながら福音を説いていたと言われています。
スキタイ地方とは現在のカスピ海と黒海の周辺に広がっていた地域に同定されています。


2. 磔刑死


晩年のフィリポはヒエラポリスという街でイエスの教えを説いていました。
ヒエラポリスとは現在のトルコ西部にある街に同定されています。

ある日、フィリポは軍神アレスを祀った神殿において人々から礼拝されていた竜を追い出しました。
キリスト教徒の立場からすると竜を拝むのは偶像崇拝に該当するということです。

この竜が神殿に姿を表した時に強烈な悪臭を放ちました。
そして悪臭が原因で多数の人々が命を落としたのです。

ヒエラポリスの神官たちはこの責任をフィリポに求めました。
そして異教徒フィリポは死をもって償うことになったのです。

スペインの画家ホセ・デ・リベーラ(1591-1652)が描いているのはフィリポが磔刑になる場面です。
前景向かって左にいる二人の男は船の帆を張るような様子で描かれています。

画面の両端には一人の伝道師が殉教する場面を見守る一般の人々の様子が描かれています。
イエスの弟子たちはそのほとんどが十字架刑で殺されているわけですね。


3. 原題


ホセ・デ・リベーラ(José de Ribera)が描いた『聖フィリポの殉教』はスペイン語ではMartirio de San Felipeと言います。

Martirioが殉教という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。




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バルトロメ・エステバン・ムリーリョ『聖アンデレの殉教』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年08月02日(土)07時28分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年8月2日(土) 


目次
1. ペテロの弟
2. 殉教する弟子たち
3. 原題


今回取り上げる作品はバルトロメ・エステバン・ムリーリョ作『聖アンデレの殉教』です。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ『聖アンデレの殉教』250


1. ペテロの弟


聖アンデレとはイエスの12使徒の内の1人でペテロの弟です。
ガリラヤ湖畔で漁師としての仕事をしている最中に兄ペテロと共にイエスによって召命されました。

イエスの起こした奇跡として僅かなパンと魚が5,000人分に増えた話がありますが、最初にパンと魚を持った少年をイエスの元に連れて来たのはアンデレでした。

聖霊降臨後、アンデレがギリシアで布教活動を行っていた時の話です。
ギリシアのある街を治めるローマ総督の妻が重病に伏していました。

アンデレは神の奇跡によってその妻の病を癒します。
そして彼女はキリスト教へと改宗しました。

ところが総督はキリスト教など断じて認めません。
総督はアンデレが妻を惑わせて無理矢理に改宗させたと捉えました。

激怒した総督の命でアンデレは逮捕されます。
そしてX字型の十字架に架けられて処刑されました。


2. 殉教する弟子たち


磔刑による殉教というのはイエスの件が有名ですが、実は彼に付き従っていた弟子たちも後に似たような目に遭って殺されています。

ペテロは逆さ十字架の刑で殺されました。
アンデレは今日見た通りX字型の十字架に架けられて処刑されました。

ピリポは異教の司祭の恨みを買って磔刑死しました。
バルトロマイはアルメニアの地で生皮を剥がれて殺されました。

マタイはエチオピアにて刺客によって刺殺されました。


3. 原題


バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617-1682)が制作した『聖アンデレの殉教』はスペイン語ではEl martirio de San Andrésと言います。

El martirioが殉教という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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グエルチーノ『悔悛するマグダラのマリア』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年07月26日(土)19時55分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年7月26日(土) 


目次
1. 性的不品行
2. 原題


今回取り上げる作品はグエルチーノ作『悔悛するマグダラのマリア』です。

グエルチーノ『悔悛するマグダラのマリア』399


1. 性的不品行


復活したイエスを最初に見たマグダラのマリアは、かつては性的不品行の女性であったと言われています。
平たく言えば娼婦だったということです。

マリアはイエスと出会い、彼の足に接吻して香油を塗りました。
これは今までの生き方を悔悛し過去の自分と決別するための行為であるとされています。

イエスは嘘偽りなく悔悟したマリアの過去を咎め立てはしませんでした。

そしてマリアは12使徒のように常にイエスと行動を共にしていたわけではありませんが、かなり近い立場でイエスと接していたようです。

ゴルゴタの丘へ登って行くイエスをじっと見守り続けたのも彼女ですし、十字架上でイエスがこと切れた時に一番近いところにいたのも彼女です。

画家たちは悔悛するマリアを主題として作品を描く場合、娼婦であったことを念頭において上半身がはだけた姿で描くことがほとんどです。

作者のグエルチーノ(1591-1666)もマリアの左胸は包み隠さずに描いていますね。


2. 原題


グエルチーノ(Guercino)が制作した『悔悛するマグダラのマリア』はスペイン語ではMagdalena penitenteと言います。

penitenteは形容詞で悔い改めた~という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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アントニオ・デ・ペレーダ『天使によって解放される聖ペテロ』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年07月21日(月)10時30分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年7月21日(月) 


目次
1. ヘロデ・アグリッパ1世
2. 迫害
3. 救出
4. 原題


今回取り上げる作品はアントニオ・デ・ペレーダ作『天使によって解放される聖ペテロ』です。

アントニオ・デ・ペレーダ『天使によって解放される聖ペテロ』449


1. ヘロデ・アグリッパ1世


イエス亡き後、使徒たちは精力的に宣教活動を行っていました。

イエスの生存中にローマ帝国から公認されたユダヤの統治者はヘロデ・アンティパス(在位:紀元前4-紀元後39)でした。

その後、ヘロデ・アンティパスはローマ皇帝カリギュラ(在位:37-41)によって追放されます。
後任としてガリラヤの統治権を得たのがヘロデ・アグリッパ1世(在位:39-44)でした。

ユダヤの統治者の系譜はこうなります。

ヘロデ大王(在位:紀元前37-紀元前4)→ヘロデ・アンティパス→ヘロデ・アグリッパ1世


2. 迫害


ヘロデ大王の孫に当たるヘロデ・アグリッパ1世はイエスの教えを広めようとする使徒たちを弾圧します。
まずエルサレム教会において指導的立場にあった大ヤコブを捕らえて斬首刑に処しました。

エルサレム教会とはイエスの弟子たちが布教活動のために作った組織です。

当初はペテロなどの構成員が共同生活を送りながら布教活動をしていました。
やがて共同生活の形態が崩れ「教会」と呼ぶ方が相応しい組織へと発展していったわけです。

ヘロデ・アグリッパ1世が大ヤコブの次に狙いを定めたのがペテロです。
エルサレム教会の屋台骨を支える大ヤコブとペテロを処刑してしまえば組織は弱体化すると睨んだのです。

ペテロはヘロデ・アグリッパ1世によって逮捕され牢獄に入れられます。
そして大ヤコブ同様、処刑されることに決まりました。

処刑日は過ぎ越しの祭りが終わる時と定められました。


3. 救出


処刑前夜、一人の天使が牢獄のペテロの元に現れました。
そして手足の鎖を解きペテロを解放したのです。

スペインの画家アントニオ・デ・ペレーダ(1611-1678)が描いているのは天使がペテロを救出する場面です。
年老いたペテロはやや驚いた面持ちで天使の瞳を見つめています。

天使は左手で逃げるべき道を示しています。
こうしてペテロは神の御業によって命を救われたのでした。


4. 原題


アントニオ・デ・ペレーダ(Antonio de Pereda)が描いた『天使によって解放される聖ペテロ』はスペイン語ではSan Pedro liberado por un ángelと言います。

liberar ZはZを自由にするという意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。




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エル・グレコ『聖霊降臨』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年07月20日(日)11時15分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年7月20日(日) 


目次
1. イエス昇天後
2. 原題


今回取り上げる作品はエル・グレコ作『聖霊降臨』です。

エル・グレコ『聖霊降臨』730


1. イエス昇天後


イエスは昇天する際に弟子たちにやがて聖霊が降りて来ることを予言していました。
イエスの昇天から10日後、いつものように祈りを捧げていた弟子たちに聖霊が降りて来たのです。

まず弟子たちの耳には激しい風の音が聞こえてきました。
続いて天から炎のようなものが降りて来たのです。

クレタ島出身の画家エル・グレコ(1541-1614)が描いているのは弟子たちの頭上に降りて来た炎です。
この炎とは「母国語以外の言葉で主の意志を語ることが出来る言語能力」と解釈されています。

神の言葉を世界中に広めるためには異民族の喋る言葉を習得する必要があります。
神はイエスの弟子たちにそうした外国語の運用能力を授けたのです。

画面中央で合掌している女性は聖母マリアです。
聖書の記述ではこの場にマリアはいなかったことになっています。

聖霊降臨とはイエスの教えが世界宗教へと飛躍するための第一歩であったと捉えられています。
「教会」が誕生した瞬間であると捉えることも出来ます。

その点ではやはり「神の母」マリアの存在が欠かせないとエル・グレコは考えたのでしょう。
この後、伝道能力を備えた弟子たちは世界中に散らばってイエスの教えを広めていくことになるのです。

しかしそれは師イエスと同じく苦難の道でした。

聖霊降臨はペンテコステと呼ばれる場合もあります。
キリスト教においては聖霊降臨祭を毎年5月から6月にかけて行っています。


2. 原題


エル・グレコ(El Greco)が描いた『聖霊降臨』はスペイン語ではPentecostésと言います。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。




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アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ『私に触れてはいけない』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年07月09日(水)11時19分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年7月9日(水) 


目次
1. イエスの復活
2. 原題


今回取り上げる作品は、アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ作『私に触れてはいけない』です。

コレッジョ『私に触れてはいけない』429


1. イエスの復活


マグダラのマリアはイエスの遺体が見当たらないことに衝撃を受けてしばらく泣いた後、顔を上げてあたりを見回しました。

すると、1人の男性がいつの間にか傍に立っています。

マリアはその男性を墓守だと思いました。
その男はマリアに次のように言いました。

「私はイエスである。」

イエスの生前にかなり近い立場にあったマグダラのマリアは最初我が目を疑いました。
しかし、よく見ると確かに師イエスです。

見間違うはずはありません。

そこで、本当にイエスが生き返ったのだと思ってマリアはイエスに触ろうとしました。
その瞬間、イエスは次のように言います。

「私に触れてはいけない。」

金曜日の夕方に絶命し日曜日の朝早くに復活したイエスはまだ天国の父のところへは行っていないという理由で体に触れることを禁じたのです。

この劇的な場面を描いたのがコレッジョ(1489頃-1534)の作品なのです。
イエスは美しい青い衣装を身につけ右脇腹の傷も癒えた姿で描かれていますね。

復活したイエスを膝を折って見上げているマリアの驚愕した様子が印象的な作品です。
向かって右下に描かれているのは麦わら帽子と鍬(くわ)です。

これらは当初マリアが勘違いした墓守の持ち物として描かれているわけです。


2. 原題


アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ(Antonio Allegri da Correggio)が制作した『私に触れてはいけない』はNoli me tangereとラテン語で表されることが多いです。

Noli me tangereはノリ・メ・タンゲレと読み、英語だとDon't touch me.に相当します。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ロヒール・ファン・デル・ウェイデン『キリスト降架』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月29日(日)14時24分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月29日(日) 


目次
1. ニコデモ
2. アリマタヤのヨセフ
3. 原題


今回取り上げる作品は、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン作『キリスト降架』です。

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン『キリスト降架』264


1. ニコデモ


ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1400頃-1464)の作品にはイエスの磔刑死後に遺体を埋葬した関係者が描かれています。

画面向かって左端の赤いマントを着ているのが使徒の一人ヨハネです。
ヨハネの右側で倒れこんでいる青い服の女性が聖母マリアですね。

イエス亡き後、ヨハネはマリアの生活の面倒を見たとされています。

画面中央でイエスの両腕を抱き抱えているのがニコデモです。
ニコデモはイエスと対立していたユダヤ教パリサイ派に所属するユダヤ人でした。

パリサイ派の主だった人物たちはイエスに反感を抱いていましたがニコデモは立場を異(こと)にしていました。
イエスに敬意を払い、その思想に共鳴するところもあったと言います。

そのような経緯からイエスの遺体を引き取る役目をした内の一人になっているわけです。


2. アリマタヤのヨセフ


画面向かって右端に描かれている俯いて両指を絡ませている女性がマグダラのマリアです。
その向かって左でイエスの両脚を抱えている男性がアリマタヤのヨセフです。

アリマタヤとはエルサレムの北西にある街です。
アリマタヤのヨセフはピラトに対してイエスの遺体を引き取ることを願い出て許可されました。

アリマタヤのヨセフに関しては聖書に詳しい記述はありません。
埋葬時にイエスの遺体に香を塗り亜麻布を巻いたのはアリマタヤのヨセフであるとされています。


3. 原題


ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(Rogier van der Weyden)が制作した『キリスト降架』はスペイン語ではEl Descendimientoと言います。

El Descendimientoは降架という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。




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ディエゴ・ベラスケス『十字架に架けられたイエス・キリスト』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月26日(木)13時09分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月26日(木) 


目次
1. 右脇腹の傷
2. 原題


今回取り上げる作品はディエゴ・ベラスケス作『十字架に架けられたイエス・キリスト』です。

ディエゴ・ベラスケス『十字架に架けられたイエス・キリスト』500


1. 右脇腹の傷


ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)は十字架上で絶命した後のイエスを描いています。

十字架に架けられたイエスは初めの内は衆人環視の中、神との対話を行っていました。

しかし数時間が経過し、やがて何も言わなくなりました。
身動きもしなくなりました。

傍で見ていた死刑執行責任者はイエスの死を確認する必要があります。
そこで係りの者にイエスの右の脇腹を槍で指すように命じたのです。

脇腹を刺されたイエスが何の反応も示さなかったので、イエスは完全に死んだと断定されたわけです。
イエスの絶命は午後3時頃と言われています。

十字架上のイエスあるいは十字架から降ろされた後のイエスを描く場合には、画家たちは右の脇腹に刺された跡や出血した様子を描くことになっていますね。

キリスト教徒にとっては皆が知っていることだと言って良いでしょう。


2. 原題


ディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)が制作した『十字架に架けられたイエス・キリスト』はスペイン語ではCristo crucificadoと言います。

crucificadoは形容詞で十字架に架けられた~という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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エル・グレコ『磔刑』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月24日(火)14時03分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月24日(火) 


目次
1. 台座のない十字架
2. 原題


今回取り上げる作品は、エル・グレコ作『磔刑』です。

エル・グレコ『磔刑』624


1. 台座のない十字架


ベラスケスよりも50年ほど早くスペインで活躍したエル・グレコ(1541-1614)は、台座を描かずに両足を交差させる構図を選んでいます。

この状態だと両足の骨を上から貫通させる形で釘を打った後、死刑執行の数時間にわたりイエスの肉体が落下しないようにその釘が肉体を支え続けていたことになります。

やはり、このエル・グレコが描いている両足への釘の打ち方は無理があるような気がしますね。

イエスの右の脇腹からは出血が見られますので、この時点ではイエスは絶命していることが分かります。


2. 原題


エル・グレコ(El Greco)が制作した『磔刑』はスペイン語ではLa Crucifixiónと言います。

La Crucifixiónとは磔刑(たっけい)のことです。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ディエゴ・ベラスケス『十字架上のイエス・キリスト』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月23日(月)15時26分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月23日(月) 


目次
1. 台座のある十字架
2. 原題


今回取り上げる作品はディエゴ・ベラスケス作『十字架上のイエス・キリスト』です。

ディエゴ・ベラスケス『十字架上のイエス・キリスト』613


1. 台座のある十字架


ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)が描いた十字架には両足を乗せる台座がありますね。
両足を交差させてその上から釘が打ち込まれている様子を描く画家も多いのですが、ベラスケスの解釈は異なります。

長時間イエスをいたぶりながら殺すことがパリサイ派の長老たちの目的だったわけですから、両足は台座に乗せて安定した状態にして十字架にかけた可能性もあります。

この絵の時点ではイエスはまだ存命中です。


2. 原題


ディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)が制作した『十字架上のイエス・キリスト』はスペイン語ではCristo en la Cruzと言います。

la cruzは十字架という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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アントニオ・デ・ペレダ『イエスの苦しみの丸太』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月19日(木)15時22分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月19日(木) 


目次
1. 1本の丸太
2. 切り倒したままの木
3. 原題


今回取り上げる作品は、アントニオ・デ・ペレダ作『イエスの苦しみの丸太』です。

アントニオ・デ・ペレダ『イエスの苦しみの丸太』421


1. 1本の丸太


イエスはゴルゴタの丘を登って行く際に十字架型の丸太を背負って行ったとされています。

なぜ十字架型かというと、処刑の際に両腕を地面に対して水平に伸ばして掌を釘で打たれたということが通説になっているからです。

十字架型にするためには丸太が2本必要になります。

一方、1本の丸太が磔刑(たっけい)に使われたのではないかという説もあります。

これだと十字架型にはなりませんので、両手首を頭上で重ね合わせる形にした上で釘で打ったのではないかとされています。

但し、1本の丸太と言っても相当重くて長いものだったと思われます。
なぜならイエスは丸太の重みに耐えかねて丘の上に到達するまでに3回転倒しているからです。

痩せ型だったイエスが人一倍力持ちだったとは考えにくいのですが、仮に腕力があったとしても電柱のような巨大な1本丸太を担いで丘を登って行くのですから、足元がよろけて倒れてしまうのも無理はありません。


2. 切り倒したままの木


作者であるアントニオ・デ・ペレダ(1611-1678)はこの丸太を切り倒したままの状態で描いています。
特に表面を削るといった加工を施していない、切り倒したままの丸太をイエスは担いだのではないかという解釈ですね。

これだと丸太の粗い木肌が裸のイエスの皮膚を傷つけ、丸太の重みだけでなく痛みまでも感じることになります。
ゴルゴタの丘へ向かうイエスは五感の全てを痛めつけられて死への道のりを歩んでいったわけです。


3. 原題


アントニオ・デ・ペレダ(Antonio de Pereda)が制作した『イエスの苦しみの丸太』はスペイン語ではCristo, Varón de Doloresと言います。

el varónは太い木材という意味です。

el dolorは肉体的及び精神的な苦痛を意味しますが、ここでは複数形(dolores)になっていますので幾つもの苦痛を味わったということを表しています。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ジャンバッティスタ・ティエポロ『カルヴァリオへの道で倒れるイエス』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月18日(水)20時16分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月18日(水) 


目次
1. カルヴァリオの丘
2. 原題


今回取り上げる作品は、ジャンバッティスタ・ティエポロ作『カルヴァリオへの道で倒れるイエス』です。

Caida+en+el+camino+del+Calvario 290


1. カルヴァリオの丘


ジャンバッティスタ・ティエポロ(1696-1770)がこの作品の中で描いているのはカルヴァリオの丘に向かって進んでいるイエスです。

カルヴァリオの丘とはゴルゴタの丘の別名です。
イエスは背負っている十字架の重みに耐えかねて、丘の頂上に達するまでに数回転倒しています。

茨の冠を被せられ裸足で不安定な丘を登っていくわけです。
転倒して当然ですよね。

ティエポロが描くイエスの顔からは血の気が完全に引いています。


2. 原題


ジャンバッティスタ・ティエポロ(Giambattista Tiepolo)が制作した『カルヴァリオへの道で倒れるイエス』はスペイン語ではCaída en el camino del Calvarioと言います。

la caídaは転倒とか落下という意味です。
el caminoは道という意味です。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ベルナルド・ストロッツィ『ヴェロニカ』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月17日(火)20時03分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月17日(火) 


目次
1. 聖顔
2. 原題


今回取り上げる作品はベルナルド・ストロッツィ作『ヴェロニカ』です。

ベルナルド・ストロッツィ『ヴェロニカ』478


1. 聖顔


ヴェロニカはイエスが十字架を背負ってゴルゴタの丘へ行く途中に、身につけていたヴェールを差し出した女性です。
流れ出る額の汗や血を拭くためにヴェロニカは勇気を振り絞ってヴェールを手渡しました。

なぜ勇気を振り絞る必要があったかというと、ユダヤ教パリサイ派の人々やローマ兵士たちがイエスに対して罵詈雑言を浴びせ続ける環境の中でイエスに同情的な行為を示すことは、明日以降の自分の身にも決してプラスにはならないという思いが人々の心にあったからです。

主流派から虐めを受けているイエスに対して内心では何らかの協力をしてあげたいと思いつつも、周囲の目が気になって一歩踏み出せずにいる・・・。

現代においても同じような状況に身を置いている人は多いのかも知れません。

しかしヴェロニカは思い切ってヴェールを差し出したのです。
手渡されたヴェールでイエスが顔を拭いヴェールをヴェロニカへ返しました。

すると信じられないことが起きたのです。
ヴェロニカに戻されたヴェールにはイエスの聖顔が記されていました。

ベルナルド・ストロッツィ(1581-1644)の作品には聖顔が刻まれたヴェールを持つヴェロニカの姿が描かれています。

この聖顔が写ったヴェロニカのヴェールは、現在ヴァチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂に保管されているということになっています。


2. 原題


ベルナルド・ストロッツィ(Bernardo Strozzi)が制作した『ヴェロニカ』はスペイン語ではLa Verónicaと言います。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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アンソニー・ヴァン・ダイク『キリストの逮捕』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月01日(日)13時12分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月1日(日) 


目次
1. ゲッセマネでの逮捕
2. ルーベンスの弟子
3. 原題


今回取り上げる作品はアンソニー・ヴァン・ダイク作『キリストの逮捕』です。

ヴァン・ダイク『キリストの逮捕』462


1. ゲッセマネでの逮捕


アンソニー・ヴァン・ダイクがこの作品で描いているのはユダがイエスに近寄り接吻しようとしている場面です。
画面中央で黄土色の外套を着てイエスの右手の中指と薬指を握っている男がユダです。

イエスは弟子であるユダを哀れむような目で凝視しています。

画面に描かれたイエスの様子を見ると、師としての威厳は損なわれてはいませんが顔からは血の気が引いているようにも見受けられます。

イエスが逮捕された場所はゲッセマネの園です。
この逮捕劇がなされた時刻は松明(たいまつ)が掲げられているところを見ると真夜中から未明にかけてです。


2. ルーベンスの弟子


作者であるアンソニー・ヴァン・ダイク(1599-1641)はアントウェルペン生まれの画家で、若い頃はルーベンス(1577-1640)の工房で弟子として働いていた時期もあります。

30歳代でイングランドへ渡りチャールズ1世(1600-1649)の宮廷画家となりました。

イングランドで清教徒革命が勃発するのは1641年のことです。
ヴァン・ダイクは仕えたチャールズ1世の公開処刑を見ずに亡くなっています。


3. 原題


アンソニー・ヴァン・ダイク(Anthony van Dyck)が制作した『キリストの逮捕』はスペイン語ではEl Prendimiento de Cristoと言います。

El Prendimientoが逮捕という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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