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カテゴリ:旧約聖書絵画 の記事一覧

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サンドロ・ボッティチェッリ『ベトリアへ帰還するユーディットと侍女』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月13日(火)15時33分 | 編集 |
2013年8月13日(火)


目次
1. 引き上げるユーディット
2. 史実なのか?
3. オペラ
4. 原題


今回取り上げるのは、サンドロ・ボッティチェッリ作『ベトリアへ帰還するユーディットと侍女』です。

サンドロ・ボッティチェッリ『ベトリアへ帰還するユーディットと侍女』454


1. 引き上げるユーディット


未明の内に陣営を抜けだしたユーディットと侍女は、ホロフェルネスの首を掲げて祖国の街ベトリアへと戻ります。

サンドロ・ボッティチェッリ(1445-1510)は、右手に剣を握り締め、胸を張って祖国の街へと向かうユーディットを描いていますね。

固く結ばれた口元に、ユーディットの意志の強さと計画を首尾良く実行した自信が見て取れます。
侍女は布でくるんだホロフェルネスの頭を自らの頭上に乗せて、ユーディットに付き従っています。

屈強なアッシリア軍に制圧されてしまうのでないか、という不安を抱えながら待っている同胞たちに、逆転勝利が間近であることを示しているわけです。

この後、将軍を失ったアッシリア軍はべトリアの街から退散することになるのです。


2. 史実なのか?


さて、旧約聖書外典に載っているこの話は本当にあった出来事なのかというと、疑問視する専門家が多いのも事実です。

まず、ユーディットたちが暮らすベトリアという街がどこにあるのかが不明です。
架空の町ではないかという説が通説となっています。

それからホロフェルネスを派遣したアッシリアのネブカドネザルを、新バビロニア王国の2代目の王であるネブカドネザル2世とする説があるのですが、これも疑わしいです。

実在したアッシリア王国には、ネブカドネザルという王がいたとは確認されていません。

また、史実としてのバビロン捕囚を行ったネブカドネザル2世(在位:紀元前605-紀元前562)をこの『ユーディット記』の登場人物であるネブカドネザルと同一視するには根拠が不十分です。

従って、現在ではこの『ユーディット記』に書かれていることは、架空の話ではないだろうかという意見が主流となっています。


3. オペラ


ユーディットの話とは関係ありませんが、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)が作曲したオペラ『ナブッコ』に登場するナブッコとは、新バビロニア王国のネブカドネザル2世のことです。

『ナブッコ』はイタリア語でNabuccoと綴りますが、原作となった戯曲の題名は『ナブコドノゾール(原題:Nabucodonosor)』と言います。

Nabucodonosorとはネブカドネザル2世のことです。

このオペラはある程度旧約聖書に記された史実を踏まえた内容になっていますので、舞台はエルサレムだったりユーフラテス河畔だったりします。

イタリア人は第3幕で歌われる合唱曲『行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って』に対する思い入れがかなり強いようですが、設定としてはこれはユダヤ民族の望郷の歌です。


4. 原題


サンドロ・ボッティチェリ(Sandro Botticelli)が制作した『ベトリアへ帰還するユーディットと侍女』は、イタリア語ではGiuditta e la sua ancella tornano a Betuliaと言います。

Giudittaはユーディット、ancellaは侍女という意味です。
tornanoは戻るという意味の動詞tornareの3人称複数形の活用です。


旧約聖書絵画シリーズは今回を持って完結となります。
これまで絵画シリーズ3部作としてギリシア神話絵画シリーズと旧約聖書絵画シリーズを発表して来ました。

次回からは最終シリーズとなる新約聖書絵画シリーズが始まります。

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ジョルジョーネ『ユーディット』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月12日(月)14時37分 | 編集 |
記事のタグ: エルミタージュ美術館
2013年8月12日(月)


目次
1. ホロフェルネスの首を踏みつけるユーディット
2. 原題


今回取り上げるのは、ジョルジョーネ作『ユーディット』です。

ジョルジョーネ『ユーディット』733


1. ホロフェルネスの首を踏みつけるユーディット


ジョルジョーネが描いた『ユーディット』は2013年8月2日(金)の記事『アルテミジア・ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』 loro2012.blog』で取り上げた絵とは場面設定が大きく異なりますね。

アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi)は、敵将であるホロフェルネスの首をユーディットがまさに斬り落としている最中の苛烈な場面を、個人的な強姦体験を踏まえて憎悪を込めて描き切りました。

剛腕を誇る「男の将軍」が豊満な乳房を揺らす「女性」にねじ伏せられてしまうという痛快な瞬間を、臨場感溢れる構図で表現したわけです。

女性画家アルテミジア(1593-1653)が描くユーディットは、膨(ふく)よかな胸の谷間を強調した女性でした。

一方、男性画家ジョルジョーネ(1478-1510)はユーディットがホロフェルネスの首を斬り落とした後、その首を地面に転がして足で踏みつける場面を描いています。

アルテミジアのユーディットとは随分容姿が異なりますよね。
ジョルジョーネの作品において、ユーディットの女性らしさが最も強調されているのは太腿です。

左脚だけを露にして艶めかしい膝頭が描かれています。

右手には十字の柄を備えた剣をつまむようにして持ち、こういった殺人行為が本来のユーディットには不向きであることを表しています。

鮮血が迸(ほとばし)る場面を描かない代わりにユーディットには赤い衣装を身につけさせて、血の連想を促す仕掛けになっているわけです。

ユーディットの背後に広がる長閑(のどか)な風景は、機知と勇気によってユダヤの街を守り通した女性の心情を表しているのでしょう。

正義の剣を振り下ろした後、穏やかな表情を見せるユーディットはまた元の平穏な未亡人としての生活に戻って行くのでしょうね。


2. 原題


ジョルジョーネ(Giorgione)が描いた『ユーディット』は、ロシア語ではЮдифьと言います。
イタリア語だと、Giuditta (con la testa di Oloferne)ですね。

この作品はサンクト・ペテルブルクにあるエルミタージュ美術館(Государственный Эрмитаж)が所蔵しています。

Государственныйは形容詞で国家の~という意味です。
Эрмитажはエルミタージュですね。





サンドロ・ボッティチェッリ『ホロフェルネスの遺体発見』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月09日(金)15時55分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2013年8月9日(金)


目次
1. 首なし遺体
2. 原題


今回取り上げるのはサンドロ・ボッティチェッリ作『ホロフェルネスの遺体発見』です。

サンドロ・ボッティチェッリ『ホロフェルネスの遺体発見』459


1. 首なし遺体


ユーディットに首を切られたホロフェルネスを題材としてサンドロ・ボッティチェッリ(1445-1510)も作品を残しています。

白いシーツの上に横たわっている首なし遺体がホロフェルネスです。

旧約聖書外典『ユーディット記』に述べられた話をおさらいしておきましょう。

アッシリアの王ネブカドネザルは自らの統治政策に反抗的な態度を取ったユダヤに対して軍隊を差し向けます。
その征討軍の将軍がホロフェルネスでした。

ユダヤ民族の寡婦ユーディットは祖国の窮状を救うため、祖国の街ベトリアを裏切るふりをしてホロフェルネスの陣中に入り込むことに成功します。

ユーディットの熟れた肉体に溺れたホロフェルネスはユーディットを完全に信用して陣営に張られたテントの中で情事の後、酒に酔いつぶれて寝てしまいます。

この機会を待っていたユーディットはホロフェルネスが日頃使っている短剣を手に取り、彼の首を切り落としたのです。

夜が明けても将軍がテントから起き出して来ないことを不審に思った部下たちがテントの中を覗いてみると、ホロフェルネスはボッティチェッリが描いているような姿になっていたわけです。


2. 原題


サンドロ・ボッティチェッリ(Sandro Botticelli)が制作した『ホロフェルネスの遺体発見』はイタリア語ではScoperta del cadavere di Oloferneと言います。

scopertaが発見、el cadavereは死体という意味です。
ホロフェルネスはイタリア語ではOloferneと言います。

この作品はウフィッツイ美術館(Galleria degli Uffizi)で見ることが出来ます。





クリストファーノ・アッローリ『ホロフェルネスの首を持つユーディット』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月07日(水)14時10分 | 編集 |
2013年8月7日(水)


目次
1. 首切断後
2. 原題


今回取り上げる作品は、クリストファーノ・アッローリ作『ホロフェルネスの首を持つユーディット』です。

クリストファーノ・アッローリ『ホロフェルネスの首を持つユーディット』400


1. 首切断後


クリストファーノ・アッローリ(1577-1621)が描いているのは、斬り落としたホロフェルネスの首を持つユーディットの姿です。

ユーディットの毅然とした表情からは、ユダヤの同胞を救ったという満足感が感じられます。
ホロフェルネスは眉間に皺(しわ)を寄せて、まだ生きているかのような表情を示しています。

本来であれば、斬首の瞬間に首から飛び散った血を浴びて、ユーディットの衣服は汚れているはずです。
しかしアッローリは、正義の行為を成し遂げた後のユーディットの美しさを描こうとしたのだと思います。


2. 原題


クリストファーノ・アッローリ(Cristofano Allori)が制作した『ホロフェルネスの首を持つユーディット』は、英語ではJudith with the head of Holofernesと言います。

この作品は、イングランド南東部にあるウィンザー城(Windsor Castle)で見ることが出来ます。
ロイヤル・コレクション(Royal Collection)の中の1点です。





ヨハン・リス『ユーディットとホロフェルネス』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月04日(日)15時35分 | 編集 |
記事のタグ: 美術史美術館
2013年8月4日(日)


目次
1. 切断直後
2. 原題


今回取り上げる作品は、ヨハン・リス作『ユーディットとホロフェルネス』です。

ヨハン・リス『ユーディットとホロフェルネス』416


1. 切断直後


ドイツの画家ヨハン・リス(1597-1631)が描いているのは、ホロフェルネスの首を切り落とした直後のユーディットの表情です。

ユーディットは左手でホロフェルネスの髪を掴み、鑑賞者に視線を投げかけています。
ホロフェルネスは首から上を切断され、切り口からは鮮血が迸(ほとばし)り、凄惨な殺害現場が描かれています。


2. 原題


ヨハン・リス(Johann Liss)が描いた『ユーディットとホロフェルネス』は、ドイツ語ではJudith und Holofernesと言います。

この作品は、ウィーンにある美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)で見ることが出来ます。





アルテミジア・ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月03日(土)12時47分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2013年8月3日(土)


目次
1. 提訴するのも地獄
2. 豊満な乳房
3. 勝利する正義
4. 原題


今回取り上げる作品はアルテミジア・ジェンティレスキ作『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』です。

アルテミジア・ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』408


この作品は便宜上『黄色い服のユーディット』と呼ぶことにします。


1. 提訴するのも地獄


法律家は心情や感情を捨て去り、事実を常に客観的に公正に捉える必要があります。
しかし、私たちはあくまでも美術鑑賞者であり法律家ではありません。

鑑賞者である以上、心のままに感じればいいわけです。

強姦事件の真相がどうであれ、17世紀初頭に行われた裁判の過程の中でアルテミジアの受けた肉体的、精神的な苦痛は私たちには計り知れないものだったと思います。

アルテミジアは裁判の一環として産婆の手によって身体検査もされたようです。

『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』には晒し者にされた屈辱を晴らしたいというアルテミジアの意志が強く感じられます。


2. 豊満な乳房


『黄色い服のユーディット』はナポリ版『青い服のユーディット』と構図的には変わりません。

相違点があるとすれば、『黄色い服のユーディット』の方がやや遠目からこの光景を見つめているということですね。

そして、1620年頃に描かれたという『黄色い服のユーディット』が持つ剣は、『青い服のユーディット』の剣よりもはるかに長いです。

長い剣を自在に操ることが出来るぐらい、ユーディットに投影されたアルテミジアは自分の才能に自信を持っていたということでしょうね。

1620年が製作年だとすると、アルテミジア(1593-1653)は27歳ぐらいということになります。

屈辱的な裁判の後、アルテミジアは芸術家の男性と結婚してフィレンツェで暮らします。
子供も儲け、絵画アカデミーの会員にまでなって画家としても見事な成功を収めました。

年を追うごとに才能が磨かれていったアルテミジアは、これらの作品の中で成熟した女性としての威厳を示そうと試みています。

それが豊かな胸の谷間です。

女性にとって胸の谷間があるというのは、「女であること」を実感する源になっているわけです。
そして、女を苦しめた男に復讐する際に、「女であること」を捨ててはいけないのです。

決して「女であること」を捨てて怨恨を晴らしてはいけません。
女のままで思いを遂げることが必要なのです。

美しき女として野獣の如き男に正義の宝刀を振り下ろすのです。

その心情をアルテミジアは絵画という表現手段の中で明らかにしているわけです。

豊満な乳房は復讐を遂げる女の象徴であり、陰影部分をハッキリと描くことによって、見る者の視線がそこへ集中することを計算に入れた描き方になっているわけですね。


3. 勝利する正義


ユーディットの胸の谷間に目を奪われた鑑賞者は、絶命寸前のホロフェルネスがどんな髭を生やしていたのかを覚えていないかも知れませんね。

女の勝利であり、ユーディットの勝利であり、正義の勝利であり、アルテミジアの勝利・・・、

これがこの作品の主題でしょうね。

男性画家のカラヴァッジオが描くユーディットと、女性画家のアルテミジアが描くユーディットは、これほどまでに相違点が感じられます。

同一の題材であっても画家によって、あるいは画家の性によって大きく解釈が異なるということを強く感じた今回の『ユーディット』でした。

それにしても惨めなのは女の色香にまんまと騙された司令官ホロフェルネスですよね。


4. 原題


アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi)が制作した『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』はイタリア語ではGiuditta che taglia la testa a Oloferneと言います。

この作品はウフィツィ美術館(Galleria degli Uffizi)で見ることが出来ます。





アルテミジア・ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月02日(金)16時37分 | 編集 |
2013年8月2日(金)


目次
1. 強姦されたアルテミジア
2. 許すまじ!
3. 原題


今回取り上げる作品は、アルテミジア・ジェンティレスキ作『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』です。

アルテミジア・ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』429


アルテミジア・ジェンティレスキは、同じ題材でこの作品以外にもう1点描いています。
この作品は、便宜上『青い服のユーディット』と呼ぶことにします。


1. 強姦されたアルテミジア


アルテミジア・ジェンティレスキ(1593-1653)は、カラヴァッジオ(1571-1610)とだいたい同じ時期を生きた女流画家です。

彼女の父親も画家で、父娘共にカラヴァッジオ的な画風を得意としていました。

アルテミジア・ジェンティレスキが『青い服のユーディット』を描いたのは、1613年頃と推定されていますので、二十歳前の作品かも知れません。

この絵画を描く契機となったのは、本作品が完成する数年前に起きた強姦事件です。
被害者はアルテミジアです。

アルテミジアは、父の工房で働いていた先輩画家タッシに手込めにされました。
そして、その屈辱を晴らすため父と共に裁判で争った、という経歴を持っています。

裁判においてタッシは、合意があった上での性交渉だったと述べています。
また、アルテミジアは既に「経験済み」であった、ということも申し立てています。

真相は誰にも分かりません。
知っているとすれば、アルテミジアだけです。

ただ、女性側が被害を受けたと主張している以上、男の側は弱い立場にありますよね。
これは、いつの時代でも同じだと思います。

しかし、このタッシという男は、同情を受けるに足るような品行方正な人物ではありません。
様々な刑事事件をその生涯で引き起こしていて、いわゆる「ワル」だった男です。

まあ、女性特有の価値観によって、生真面目で退屈な男よりは、そういう「ワル」に心惹かれてしまうという部分もあるのかも知れません。

一概にタッシを非難したり、アルテミジアを擁護したりすることは出来ないと思います。
男女の問題、特に性交渉の問題を論じるのは、困難ですよね。

性交渉の事実が存在したか否かということは、客観的に証明出来るかも知れません。

しかし、セックスに臨む際の両者の心がどうであったのかという問題は、第三者には結論づけることは不可能だと思います。

その不可能であるということを前提として、『青い服のユーディット』をもう一度ご覧になって下さい。


2. 許すまじ!


カラヴァッジオ版のユーディットは、うら若き乙女という印象もありました。
一方、アルテミジア版のユーディットは、成熟した大人の女性として描かれています。

旧約聖書外典では、ユーディットは未亡人という設定になっています。
従って、ユーディットという女性に対する解釈としては、アルテミジアの方が正しいのかなという気もします。

ユーディットが右手に握っている剣には、はっきりと十字が描かれていますよね。

この殺人は神の指示により行う正義の行為であることを、アルテミジアはカラヴァッジオ以上に強調する意図が感じられます。

カラヴァッジオの描くユーディットは、経緯が何であれ、人を殺すことに対して嫌悪感を抱いていました。

また、こういった騙し討ちのような形で残虐行為を行うことに対して、心情としては前向きではなかった様子が表現されていました。

ところが、『青い服のユーディット』には、ホロフェルネスを殺すにあたり、臆するところなど微塵も感じられません。

むしろ、積極的に憎き敵の首を取りに行っています。

そして、補佐をする侍女も主人の意向を十分に理解し、全力で協力体制に入っています。

この二人の女性の姿から感じられる気迫は、もちろん、ユダヤの民を外敵から守らなければならないという責任感が源になっています。

しかし、絵画を見ている私たちは別のことを想像します。

このユーディットは、アルテミジア自身でしょう。

そして、喉元を掻き切られて断末魔の苦しみを味わっているホロフェルネスには、強姦魔のタッシが投影されているわけです。

女の心と肉体を踏みにじる男は、絶対に許さない!!

アルテミジアの強い意志が感じられます。
この作品を見る限り、強姦されたアルテミジアには、一切非がなかったのかも知れないと思います。

続きます。


3. 原題


アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi)が制作した『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』は、イタリア語ではGiuditta che taglia la testa a Oloferneと言います。

この作品は、ナポリにあるカーポディモンテ美術館(Museo di Capodimonte)で見ることが出来ます。





ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年07月28日(日)19時38分 | 編集 |
2013年7月28日(日)


目次
1. ユーディットとは誰か?
2. 正義の行為
3. バロックの巨匠
4. 腰が引けるユーディット
5. 原題


今回取り上げる絵画は、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ作『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』です。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』249


1. ユーディットとは誰か?


カラヴァッジオの作品は、衝撃的な場面を描いていますよね。
剣を持っている女性がユーディットで、首を切られている男がホロフェルネスです。

ユーディット(ユディトと表記される場合もあります)とは、旧約聖書外典に登場するユダヤ人女性です。
外典というのは、聖書の正典に加えられなかった文書を指します。

旧約聖書外典に記載されているユーディットについて簡単に説明すると・・・、

ホロフェルネスは、ユダヤ人の暮らす土地に攻撃を仕掛けて来た敵軍の司令官でした。
ユダヤ側は降伏寸前まで追い込まれるのですが、その窮地を救ったのが寡婦であるユーディットでした。

彼女はユダヤ民族の生活を守るため自らホロフェルネスの元に赴き、女の武器を最大限に利用して敵軍の司令官を籠絡することに成功します。

ユーディットの肉体を貪(むさぼ)るように愛したホロフェルネスが満足して眠りについた後、ユーディットは敢然と当初の目的を果たします。

『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』で描かれている場面は、一見すると残酷な行為に見えますが、実はユダヤ民族の安全を守るために自ら立ち上がった才知縦横の女性を表現しているわけです。


2. 正義の行為


このユーディットの殺人行為は、なぜ正当化されるのでしょうか?
そのことを象徴的に表しているのが剣です。

ユーディットが右手に握っている剣には、十字の柄が描かれています。

柄の半分はホロフェルネスの顔で隠れる構図になっていますが、右半分が正義の証拠として表現されていますよね。

このユーディットの行為は神の意志に沿ったものであり、ユダヤ民族を救うためには避けては通れない殺人であったことを示しているわけです。


3. バロックの巨匠


カラヴァッジオ(1571-1610)は、ミラノに生まれた画家です。

ラファエロ・サンティ(1483-1520)たちが完成させたルネサンス芸術を継承しながらも、明暗の対比や躍動感溢れる構図などを特徴とするバロック様式の先駆者として位置づけられています。

生来の凶暴性が原因で最終的には殺人を犯し逃亡生活の果てに病死するという人生でしたが、彼の才能は生前から高い評価を受けていました。


4. 腰が引けるユーディット


背景の黒とは対照的に、ユーディットには強烈な光が当たっています。
猛者の首を掻き切るという残虐な行為を自ら行いながらも、ユーディットの腰は引けています。

眉間には縦皺が寄せられ、首切りという行為に対して嫌悪感を抱いている様子が見て取れますよね。

ただ、天才カラヴァッジオにしては物足りないと感じるのは血の吹き出し方です。
この描写では、とても鮮血が迸(ほとばし)る様子が描かれているとは言えないですよね。

出血というよりは何だか太い糸のような印象を受けるのですが、いかがでしょうかね?

また右端に描かれている老婆は、切り落とされた後の首を入れるための袋を両手で持って立っているのですが、傍観者のような雰囲気が感じられます。

主役であるユーディットは怖気付きながらも民族の安全のために一大決心をして実行行為に及んでいる最中です。
にも関わらず特に手伝うでもなく、側で見ているだけ・・・。

あまり緊張感というものが感じられない老婆の姿が描かれています。

いずれ紹介するアルテミジア版の『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』と見比べると、その緊張感の違いというものが実感出来ると思います。


5. 原題


カラヴァッジョ(Caravaggio)が制作した『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』は、イタリア語ではGiuditta che taglia la testa a Oloferneと言います。

Giudittaはユーディット、Oloferneはホロフェルネスのことです。

tagliare ZはZを切るという意味で、la testaの語義は頭です。
ここでは首という意味合いで使われています。

この作品はカラヴァッジオが1598年頃に制作した作品で、現在はローマにあるバルベリーニ宮殿の国立古代美術館(Galleria Nazionale d'Arte Antica. Palazzo Barberini)の所蔵となっています。





レンブラント・ファン・レイン『トビトの家族から立ち去る大天使ラファエル』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年07月21日(日)14時49分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2013年7月21日(日)


目次
1. 立ち去る大天使ラファエル
2. 原題


今回取り上げる作品は、レンブラント・ファン・レイン『トビトの家族から立ち去る大天使ラファエル』です。

レンブラント・ファン・レイン『トビトの家族から立ち去る大天使ラファエル』426


1. 立ち去る大天使ラファエル


大天使ラファエルはトビト一家に別れを告げます。
そして、この奇跡譚(たん)を全て書き記すようにと命じました。

レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)の作品では画面向かって左にトビト一家の様子が描かれています。

手前で両手を地面につけて感謝の意を表しているのがトビトです。
その向かって右隣で両手を胸の前で開いているのが息子のトビアスです。

トビアスは旅の間ずっと一緒に過ごして来たアザリアが、実は大天使ラファエルの変身した姿だったと知って驚いています。

大天使ラファエルはトビアスの目の前で飛び上がり、「大天使」であることを証明しています。

後方の向かって左で合掌している女性はトビアスの妻サラです。

サラも大天使ラファエルのおかげで悪霊のアスモダイを退治してもらいました。
神の御業(みわざ)によってようやくまともな結婚生活が送れるようになったわけです。

サラの向かって右に立っている女性はトビトの妻アンナです。
有翼の大天使が空高く舞い上がる姿を怖くて見ていられない様子です。

トビトたち家族は大天使ラファエルの指示に従い、この一連の出来事を書き記しました。
それが現在、旧約聖書外典『トビト記』として後世に伝えられているのです。


2. 原題


レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz. van Rijn)が描いた『トビトの家族から立ち去る大天使ラファエル』は、フランス語ではL'Archange Raphaël quittant la famille de Tobieと言います。

l'Archangeは大天使という意味です。
quitter Zは場所Zを立ち去るという意味です。

この作品はルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。





ジョヴァンニ・ビリヴェルト『天使に別れを告げるトビアス』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年07月20日(土)15時16分 | 編集 |
記事のタグ: エルミタージュ美術館
2013年7月20日(土)


目次
1. 大天使ラファエル
2. 原題


今回取り上げる作品は、ジョヴァンニ・ビリヴェルト(Giovanni Bilivert)『天使に別れを告げるトビアス』です。

ジョヴァンニ・ビリヴェルト『天使に別れを告げるトビアス』442


1. 大天使ラファエル


アザリアが胆汁から精製した薬のおかげでトビトは目が見えるようになりました。

アザリアはトビアスの道中の先導役を務め、結婚相手サラを探してくれました。
お金の回収もしてくれて、最終的にはトビトの視力を回復させる薬まで調合してくれました。

トビアスはアザリアに対して感謝の気持ちを示そうとします。

イタリアの画家ジョヴァンニ・ビリヴェルト(1585-1644)は、トビアスが宝物をアザリアに差し出している場面を描いています。

前景で跪(ひざまず)いているのがトビアスです。
右手には大きな真珠の飾りを持っています。

トビアスの向かって右に立っているのはトビトです。
視力が回復したので両目がしっかりと開いています。

息子トビアスが差し出している宝物をアザリアが受け取るように促しているところです。
ところが、アザリアはお礼の品物を受け取ろうとはしません。

そして、いよいよアザリアは自らの正体を明かします。

トビトとトビアスはアザリアの本当の姿を知ることになりました。
そして、神が大天使ラファエルを遣わしてトビト家に様々な奇跡を起こしてくれたことを感謝したのでした。

続きます。


2. 原題


ジョヴァンニ・ビリヴェルト(Джованни Биливерти)が描いた『天使に別れを告げるトビアス』は、ロシア語ではПрощание Товия с ангеломと言います。

прощаниеは別れを告げることという意味の中性名詞です。
с ангеломは天使に対してという意味です。

ロシア語で天使はангелと言います。
ここではс+造格の形を取っていますのでангеломになっているわけです。

この作品はエルミタージュ美術館(Государственный Эрмитаж)で見ることが出来ます。





Jan Masyss『トビトの治癒』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年07月17日(水)13時31分 | 編集 |
2013年7月17日(水)


目次
1. 胆汁から作った薬
2. 原題


今回取り上げる作品は、Jan Masyss作『トビトの治癒』です。

Jan Masyss『トビトの治癒』433


1. 胆汁から作った薬


トビアスは妻サラ及びアザリア(大天使ラファエル)と共に、ニネベに戻って来ました。

アザリアはトビアスに、大魚の胆汁(たんじゅう)から精製した薬を取り出し、父トビトの目に塗るよう指示します。

そして、トビアスが父の目に胆汁から作った薬を塗ってみると、失明していたトビトに視力が戻ったのです。
Jan Masyss(1510-1575)の作品では、画面中央で赤い服を着ているのがトビアスです。

トビアスの右肩に手を添えているのが、妻のサラですね。
その右隣の有翼の天使がラファエルです。

向かって右端に描かれているトビトの妻は、胸に手をおいて安堵の表情を浮かべています。
その左にいるトビトは、胆汁から作った薬を塗ってもらったおかげで、目が開きました。


2. 原題


Jan Masyssが制作した『トビトの治癒』は、フランス語ではUne Guérison de Tobieと言います。

une Guérisonが、治癒、という意味です。

この作品は、フランス北部のDouaiにあるMusée de la Chartreuse de Douaiで見ることが出来ます。





アンドレア・デル・ヴェロッキオ『トビアスと天使』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年07月15日(月)13時36分 | 編集 |
2013年7月15日(月)


目次
1. 天使の歩き方
2. エクバタナの娘サラ
3. トビアスとサラの出会い
4. ニネベに戻るトビアスとサラ
5. 原題


今回取り上げる作品は、アンドレア・デル・ヴェロッキオ作『トビアスと天使』です。

アンドレア・デル・ヴェロッキオ『トビアスと天使』430


1. 天使の歩き方


トビアスとアザリア(実は大天使ラファエル)は、メディア地方のエクバタナという街に向かっています。

アンドレア・デル・ヴェロッキオ(1435頃-1488)の作品では、向かって右に描かれているのがトビアスです。
左手に握っている小さな巻物が、父トビトから渡された証文を表しています。

その下にぶら下げている魚は、捕獲した大魚を示しているのですが随分と小さく描かれていますね。
いずれにしても、この魚はこの後の話で鍵になる要素なのです。

向かって左のアザリアは、トビアスと腕を組んで先導しています。
トビアスは大地をしっかりと踏みしめていますが、アザリアは浮かぶような軽い足取りです。

ヴェロッキオは、人間と天使の歩き方の違いをこのように表現しているわけですね。


2. エクバタナの娘サラ


エクバタナには、トビトの親戚であるラグエルという男性が暮らしていました。
ラグエルには娘がいて、サラと言います。

サラは今までに、7回結婚しました。
しかし、7人の新郎が全て初夜の床に入る前に死んでしまいました。

原因は、悪霊アスモダイが新郎たちを殺してしまうからです。

アスモダイを打ち倒さないことには、サラは結婚しても夫との生活を送ることが出来ません。
サラは神に祈り、その願いは聞き届けられました。

トビアスに同行している大天使ラファエルは、このサラを救うためにも派遣されていたのです。


3. トビアスとサラの出会い


エクバタナの街に入ったあたりで、アザリア(大天使ラファエル)がトビアスに次のように言いました。

「私たちは今晩、ラグエルの家に泊まります。
ラグエルはあなたにとって親戚筋の人物で、サラという娘がいます。
あなたは、サラと結婚するのです。」

アザリアの指示に従い、トビアスはサラに結婚を申し入れました。
ラグエルから了承を得たトビアスは、サラとの新婚初夜を迎えます。

トビアスは初夜の床に入る前に、アザリア(大天使ラファエル)から受けていた命令を実行しました。
それは、先日捕まえた大魚の心臓と肝臓を燻(いぶ)すことでした。

悪霊のアスモダイは、その匂いを嗅いで燻し出されました。
そして、サラのそばから離れて逃げて行きました。

トビアスは、サラに憑いていた悪霊を追い払ったのです。
その後を追跡した大天使ラファエルによって、アスモダイは縛り上げられ成敗されました。


4. ニネベに戻るトビアスとサラ


トビアスとサラの結婚の祝宴が、14日間にわたり行われることになりました。
その間に、アザリア(大天使ラファエル)はトビアスから証文を預かり、ラゲスへと向かいます。

アザリアはトビアスの代理人としてラゲスに住むガバエルと会い、無事お金を回収したのでした。
当初の目的を達したトビアスは、年老いた両親が待つニネベへと妻と共に戻ることにしました。

続きます。


5. 原題


アンドレア・デル・ヴェロッキオ(Andrea del Verrocchio)が制作した『トビアスと天使』は、英語ではTobias and the Angelと言います。

この作品は、ロンドンのナショナル・ギャラリー(The National Gallery)で見ることが出来ます。





Pieter Lastman『魚と一緒にいる天使とトビアス』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年07月14日(日)14時00分 | 編集 |
2013年7月14日(日)


目次
1. 魚の臓器
2. 原題


今回取り上げる作品は、Pieter Lastman作『魚と一緒にいる天使とトビアス』です。

Pieter Lastman『魚と一緒にいる天使とトビアス』195

1. 魚の臓器


メディア地方のラゲスという街へ向かうトビアスとアザリア(正体は大天使ラファエル)は、ティグリス川に差し掛かったあたりで夜を明かすことに決めました。

しばらくすると、ティグリス川から大魚が現れ、トビアスを飲み込もうとしました。
トビアスは咄嗟に反応し、首尾よく大魚を捕獲しました。

大魚を捕まえたトビアスに対して、同行しているアザリア(ラファエル)が指示を出します。

「魚を解体した後、心臓、肝臓、胆汁(たんじゅう)の3つを保管しておきなさい。」

指示に従ったトビアスは、魚の臓器を持ってラゲスへと歩みを進めます。

Pieter Lastman(1583-1633)が描いているのは、トビアスが大魚を捕獲した場面です。
トビアスは自分の体よりも大きな魚を素手で捕まえています。

神の力があれば、不可能なことは何一つないということですね。


2. 原題


Pieter Lastmanが制作した『魚と一緒にいる天使とトビアス』は、英語ではThe Angel and Tobias with the Fishと言います。

この作品は、ハンガリーの首都ブダペストにある美術館(The Museum of Fine Arts)で見ることが出来ます。





ウィリアム・アドルフ・ブグロー『父に別れを告げるトビアス』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年07月11日(木)14時11分 | 編集 |
記事のタグ: エルミタージュ美術館
2013年7月11日(木)


目次
1. トビトの息子トビアス
2. 原題


今回取り上げる作品は、ウィリアム・アドルフ・ブグロー作『父に別れを告げるトビアス』です。

ウィリアム・アドルフ・ブグロー『父に別れを告げるトビアス』432


1. トビトの息子トビアス


無実の妻アンナに暴言を吐いたトビトは、苛立ちを隠せなかった自分を反省し、自らの不幸な境遇を悲嘆して神に死を祈ります。

神はその祈りを聞いて、逆にトビトを救うため、大天使のラファエルを遣わすことにしたのです。

ある日トビトは、メディナ地方のラゲスに住むガバエルという人物にお金を預けていたことを思い出しました。
死期が近いことを悟ったトビトは、早くお金を回収する必要を感じました。

そこで息子のトビアスに証文を渡して、取りに行かせることにしました。

トビアスがニネベの街を出発しようとする際に、アザリアと名乗るユダヤ人がトビトの家の前に現れました。
そしてアザリアは、ラゲスまでの道案内役を買って出たのです。

このアザリアこそが、大天使ラファエルが変身した姿でした。
まだこの時点ではトビアスは、そのことに気づいていません。

フランスの画家ウィリアム・アドルフ・ブグロー(William-Adolphe Bouguereau 1825-1905)が描いているのは、トビアスが自宅を出発する場面です。

向かって左端に立っている白い服を着ている美男子が、大天使ラファエルです。
その右で麦わら帽子を背中につけて俯(うつむ)き、ラファエルと手を握っているのがトビアスです。

トビアスの頭に両手をかざしているのがトビトです。
トビトの目は開いていますが、全く見えていません。

右端で顔を覆って泣いているのが、トビトの妻アンナです。
頼りにしていた息子トビアスが、遠い地へ旅立つことを悲しんでいるわけです。


2. 原題


ウィリアム・アドルフ・ブグロー(Адольф Вильям Бугро)が描いた『父に別れを告げるトビアス』は、ロシア語ではПрощание Товия с отцомと言います。

прощаниеは、別れを告げること、という意味の中性名詞です。
с отцомは、父に対して、という意味です。

ロシア語で父は、отецと言います。
ここではс+造格の形を取っていますので、отцомになっているわけです。

この作品は、エルミタージュ美術館(Государственный Эрмитаж)で見ることが出来ます。





レンブラント・ファン・レイン『子ヤギを盗んだとアンナを責めるトビト』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年07月08日(月)14時39分 | 編集 |
2013年7月8日(月)


目次
1. トビト記
2. 妻を疑うトビト
3. 原題


今回から『旧約聖書外典』に述べられている話を取り上げます。
いよいよ、この旧約聖書絵画シリーズも最終章に入りました。

今回取り上げる作品は、レンブラント・ファン・レイン作『子ヤギを盗んだとアンナを責めるトビト』です。

レンブラント・ファン・レイン『子ヤギを盗んだとアンナを責めるトビト』441


1. トビト記


レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)が描いているのは、旧約聖書外典の『トビト記』で語られる場面です。

向かって左の老人は、ニネベに暮らすユダヤ人のトビトです。

ニネベとは、古代メソポタミア北部にあったアッシリアの都市です。
トビトは異国のアッシリア王の厚遇を受けて、王の執事として務めを果たしていました。

その後、エサルハドン(在位:紀元前681年-紀元前669年)がアッシリア王に即位したことを機に、トビトは執事を辞し、王宮を離れました。

そして妻アンナと息子のトビアスと一緒に、自宅でその後の生活を送ることになります。

ある日、トビトは自宅の中庭で休んでいる時に、雀の糞が目に入りそれが元で失明してしまいます。
レンブラントの作品では、目が見えない老人の姿が描写されています。

トビトが働けなくなったので、妻のアンナが仕立て物をして生計を立てることになりました。


2. 妻を疑うトビト


ある日、アンナが注文主に仕立て物を渡しに行った後、子ヤギを報酬としてもらい受け帰宅しました。
レンブラントの作品では、向かって右で子ヤギを抱いているのが妻のアンナです。

ところが、トビトは帰宅した妻を詰(なじ)りました。

「子ヤギを盗んで来たのだろう!
目が見えなくてもそれぐらい分かるんだ!」

失明し思い通りの生活を送ることが出来ないトビトは、日々苛々(いらいら)して妻のアンナに当り散らす夫だったのかも知れませんね。

アンナは、妻に向かって盗人呼ばわりするのかという唖然とした表情を示しています。
絶望的な病は、人間の精神を破壊していくのだと思います。

続きます。


3. 原題


レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt van Rijn )が制作した『子ヤギを盗んだとアンナを責めるトビト』は、英語ではTobit Accusing Anna of Stealing the Kidと言います。

kidは、子供と訳されることが多いですが、子ヤギという意味もあります。
この作品は、オランダのアムステルダム国立美術館(Rijksmuseum Amsterdam)で見ることが出来ます。





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