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レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年07月25日(日)14時43分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2010年7月25日


ラジオでの放送日:2009年11月29日(金)、30日(土) 
講座名:イタリア語で”聴く”ルネサンスの名画 講師:松浦弘明

第9週 帰属問題の難しさ ーレオナルドへの帰属に対する疑問ー
目次
1. 疑義の根拠
1) 顔
2) 平凡な木々
2. それでもレオナルド
3. 原題


第9週では、レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』を取り上げます。

2010年7月25日レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』1 154

松浦先生は「あくまで私見なので」と断った上で(テキスト237ページ)、この作品がレオナルドへ帰属されていることに疑いの目を向けています。


1. 疑義の根拠


1) 顔


第8章で取り上げた下掲の『キリストの洗礼』の中に描かれた左端の天使の表情と、『受胎告知』に描かれたマリアの表情を比べてみましょう。

2010年7月25日レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』2 406


『洗礼』の天使は、イエスの脱いだ衣を丁重に抱きかかえ、イエスを真剣な眼差しで見つめています。

天使の表情からは、この歴史的な場面に当事者として参加している意識が伝わってきますよね。
天使の体全体から、愛情や温もりを感じ取ることが出来ると思います。

ところが『受胎』のマリアは、大天使ガブリエルを目の前にしてどこか他人事のような表情をしています。

冷静と言えば冷静なのですが、未知なるものに対する畏怖の念や戸惑いといったものが画面からは伝わってきません。

ガブリエルの表情もどこか素っ気なさが感じられ、劇的な場面と言うには今ひとつ迫力に欠けるような気もします。


2) 平凡な木々


ガブリエルの背後に描かれている木々は、どこか単調で「写実」とは言えない描き方になっていると思われます。

また、ガブリエルが降り立っている花壇の描写も稚拙の感は拭えませんよね。


2. それでもレオナルド


ただ現時点で、世界中の専門家達がこの作品をレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)に帰属させている理由も当然あるわけです。

例えば、マリアやガブリエルが身につけている衣装の写実的な表現技法は、容易に他者が真似出来ないものであろうと判断されています。

登場人物を人間らしく描くという、ルネサンスの精神を見事に具現した作品であることは疑う余地がありません。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)がこの作品を完成させたのは、1472年から1475年頃と推定されています。

前回取り上げた『キリストの洗礼』が1475年頃の作品とされていますので、ほぼ同時期の作品ということになりますね。


3. 原題


『受胎告知』は、イタリア語ではAnnunciazioneと言います。
annunciare Zが、Zを告げる、という意味で、そこから派生した語ですね。


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レオナルド・ダ・ヴィンチ『キリストの洗礼』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年07月24日(土)14時48分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2010年7月24日


ラジオでの放送日:2009年11月20日(金)、21日(土) 
講座名:イタリア語で”聴く”ルネサンスの名画 講師:松浦弘明

第8週 盛期ルネサンス様式の始まり ーレオナルドの衝撃的デビューー
目次
1. ヴェロッキオ工房の作品
2. イエスの筋肉
3. 解剖学の貢献
4. 原題


1. ヴェロッキオ工房の作品


第8週で取り上げるのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ作『キリストの洗礼』です。

2010年7月24日レオナルド・ダ・ヴィンチ『キリストの洗礼』406

「レオナルド・ダ・ヴィンチ作」と書きましたが、正確に言うとこの作品はレオナルドには帰属していません。

彼の師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオ(Andrea del Verrocchio)の作品であるという紹介がなされることも多いです。

現在までの研究によって、この作品におけるレオナルドの担当箇所は以下の2つであるということになっています。

1: 左端の黒い服を来た天使
2: 後景に描かれている風景


これ以外の部分は、ヴェロッキオ工房で働いていた多くの弟子たちが担当したと推定されています。


2. イエスの筋肉


イエスの描き方と左端の天使の描き方を比べた場合、様式上の差異が認められると主張する専門家もいるようです。

しかし、私にはそれほど違いがあるようには思えません。

中央のイエスはレオナルドが筆を入れたものではありませんが、筋肉や髪の毛あるいは腰布の描き方は完全に写実主義であると言えます。

ただ、残念なのは足の指の表現ですね。
右足はともかく左足の描写は拙いと言わざるを得ません。

こういう描き方を見ると、これはレオナルドが描いたものではないんだろうなという感じはしますね。

また、向かって左端に描かれている木は棕櫚(しゅろ)なんですが、何だか棒のような印象を与えてしまう仕上がりになっていて、これもレオナルドのものではありませんよね。

それに比べると、左端の天使が身につけている黒衣の襞は精緻を極めています。
これこそがレオナルドの画風ですよね。

この作品は1475年頃に制作されたということになっています。
その当時レオナルド(1452-1519)は20歳代前半の若者でした。

この若さでこれだけの写実の技術を有していたわけですから、師匠のヴェロッキオ(1437-1488)がこの作品の完成以後、絵師としての人生を諦めたというのも頷けます。

弟子の才能が自分の才能を超えている以上、もはや自分の出る幕はないと感じたのでしょうね。
ある意味では潔い師匠だったということも言えるでしょう。

二流の人間は超一流の人間に挑んでくるんだそうです。
一流の人間は超一流の人間に挑むようなことはしないそうです。

ヴェロッキオは一流の画家だったということが言えそうですね。


3. 解剖学の貢献


15世紀後半の絵画界において、この作品に見られるような人体に関する写実主義が大きく発展したのは解剖学が進歩したおかげです。

従前の価値観においては、死体を解剖することは大罪であると認識されていました。
しかし、ルネサンス期に入るとボローニャ大学において体系立てた解剖学の研究が始められます。

その研究成果を踏まえて、画家たちはより正確に筋骨の機能や形態を把握出来るようになりました。

レオナルドの活躍した15世紀後半から16世紀という期間は、人体構造の分析に関する研究成果が得られ始めた時代だったわけです。

レオナルドが追求した写実主義は、解剖学の進歩という時代背景によって支えられていたということも言えるわけです。

天才は、時代が生み出すもの・・・、

そのような時代に生まれるべくして生まれたのが、レオナルド・ダ・ヴィンチだったと言えるでしょう。


4. 原題


レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)が(一部)制作した『キリストの洗礼』は、イタリア語ではBattesimo di Cristoと言います。

battesimoが洗礼という意味です。





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フィリッポ・リッピ『聖母子と二天使』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年07月23日(金)14時51分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2010年7月23日


ラジオでの放送日:2009年11月13日(金)、14日(土) 
講座名:イタリア語で”聴く”ルネサンスの名画 講師:松浦弘明


第7週 初期ルネサンス様式の発展 ーフィリッポ・リッピの世俗性ー
目次
1. メディチ家による庇護
2. モデルはルクレツィア
3. ルネサンスへの道筋
4. 原題


第7週で取り上げるのは、フィリッポ・リッピ作『聖母子と二天使』です。

2010年7月23日フィリッポ・リッピ『聖母子と二天使』488

1. メディチ家による庇護


フィリッポ・リッピ(1406-1469)は、第6週で扱ったフラ・アンジェリコ(1387-1455)と同様に修道士でした。

イタリア語では彼の名前を、Fra Filippo Lippiと表記する場合もあります。
このfraが修道士の前につける呼称であることは、第6週で述べたところです。

ただリッピの場合はアンジェリコとは異なり、決して敬虔な修道士とは言えなかったようです。
彼は50歳前後で、一人の修道女と知り合います。

彼女の名は、ルクレツィアです。
リッピはその後彼女と暮らし始め、子供まで儲けてしまいます。

これは、完全に世俗的な生き方ですよね。
聖職者にあるまじき行為です。

しかも、50歳を過ぎた指導的立場にある男性のすることではありません。
当然周囲の反感を買い、聖職者としての前途は閉ざされてしまいます。

しかし天才芸術家を支援する権力者の下、二人は正式に結婚することが出来ました。
ローマ・カトリック教会からは追放されましたが、「普通の」人生を歩むことは認められたということです。

この時の権力者というのが、コジモ・デ・メディチ(1389-1464)です。
彼は、フィレンツェを支配した銀行家ですね。


2. モデルはルクレツィア


『聖母子と二天使』において描かれているマリアは、妻であるルクレツィアがモデルになっているのではないかという説があります。

リッピの画風は、世俗性を最大の特徴としています。
世俗というのは世の中の風俗や習慣という意味ですが、聖母子という神聖不可侵の存在を描く際には最も遠いところに位置する概念のはずです。

その世俗性を聖母子像の中に取り込んだのが、このリッピだったわけです。

この作品におけるマリアは、頭にスカーフと宝石をつけています。
スカーフや宝石というのは、本来は世間一般の女性がつけるものです。

天上界にいる(はずの)マリアを、世俗の象徴である宝石を身につけた姿で描くことによって、聖母という存在が世俗的なものとして受け止められてしまう可能性も出て来ます。

少なくとも作者であるリッピは、そうなるであろうことを承知でこの作品を制作したはずです。


3. ルネサンスへの道筋


この絵画を評して、「見る者に親近感を与える作品である」とする現代人が多いようです。
確かに、ゴシック様式で描かれたマリアに比べれば、親近感がわくマリア像になっています。

しかし、現代という視点で見た場合に「親近感」と評価されるものであっても、リッピ(1406-1469)の生きた15世紀では異なる受け止め方をする人も少なくなかったのではないかと推測します。

宗教改革以前のカトリック教会が絶対視されていた時代に、聖母マリアをこのように描くことは相当勇気が必要であったろうと思われます。

ジョット(1266頃-1337)の革新以前では、まずあり得ない表現方法だと言えるでしょう。

フィレンツェに花開いたルネサンスの流れは、こうした画家たちの斬新な発想によって方向付けがなされました。
そしてついに、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)という天才が登場することになるのです。



4. 原題


フィリッポ・リッピが制作した『聖母子と二天使』は、イタリア語ではMadonna con Bambino, angeliと言います。

bambinoは、男の赤ん坊、という意味です。
angeliは、angelo(天使)の複数形です。


なお、この松浦弘明シリーズで取り上げている作品は、全てウフィッツィ美術館(Galleria degli Uffizi)に所蔵されています。





関連記事

フラ・アンジェリコ『聖母戴冠』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年07月16日(金)14時56分 | 編集 |
2010年7月16日


ラジオでの放送日:2009年11月6日(金)、7日(土) 
講座名:イタリア語で”聴く”ルネサンスの名画 講師:松浦弘明

第6週 国際ゴシック様式と初期ルネサンス様式のはざまで ーフラ・アンジェリコの独自性ー
目次
1. 修道士
2. ゴシック様式の特徴
3. 衣の襞(ひだ)
4. 原題
5. ルーヴル美術館の『聖母戴冠』


フラ・アンジェリコは数点の『聖母戴冠』を描いているのですが、この第6週で取り上げられたのは下掲の絵画です。

2010年7月16日フラ・アンジェリコ『聖母戴冠』1 367

1. 修道士


フラ・アンジェリコはイタリア語で書くとFra Angelicoとなります。
このfraは修道士の前につける呼称で、il frate(修道士)という語の語尾(te)が削除された形です。

つまり、作者であるフラ・アンジェリコは第4週で扱ったロレンツォ・モナコ同様、カトリック教会の修道士であったということになります。

ロレンツォ・モナコの時にも言及しましたがフラ・アンジェリコも修道士である以上、聖母子を現実世界の人間として描くことには積極的ではありません。

イエスと聖母の周りを囲んでいる天使たちも、理想化された姿で描かれていますよね。

修道士である画家がこういった現実離れした描き方を好むというのは、聖職者として日々神に仕える彼らの限界と言えるかも知れません。


2. ゴシック様式の特徴


中央に位置するイエスやマリアも含めて、全体的に登場人物は細長く描かれていますよね。

対象となる人や物を縦長に描くというのはゴシック様式の特徴なんですが、この画風から優美さを感じるという人が多いです。

さらに多彩な色使いもゴシック様式の特徴と言えます。

赤と青を基調としていますが、緑、黒、白といった数種類の色彩を用いて理想化された天上界を表しています。

また登場人物の足を描かないのも、非現実性を強調する一つの要素になっているわけです。


3. 衣の襞(ひだ)


1) 優美な理想化


フラ・アンジェリコ(1387-1455)とロレンツォ・モナコ(1370年頃-1425)は、ほぼ同時代を生きた画家であり、かつ修道士でもありました。

聖職者という立場上、聖母子や天使たちを写実的に描くことはせず、ある程度理想化した姿で描くことを志向したという共通点を見い出すことが出来ます。

しかし一方では、フラ・アンジェリコの画風がロレンツォ・モナコと明らかに異なる点もあるのです。
それは空間の3次元性と人体の彫像性です。


2) 立体的な空間描写


『聖母戴冠』の前方に位置する人物たちの寸法と、後方に位置する人物たちの寸法は明らかに異なっています。

後方で楽器を演奏している天使たちは、表情の判別が出来ないぐらい小さく描かれていますよね。
これにより、絵画を見る者に奥行きを感じさせる効果が生み出されているわけです。


3) 写実的な明暗


さらには、マリアとイエスの身につけている衣装の襞(ひだ)に、ある程度の写実性が認められます。
衣装に明暗を施すことによって、その下に隠れている肉体の存在が際立つことになるのです。

聖母子像を完全に理想化するのであれば、このような描き方は不要のはずです。
この辺りがロレンツォ・モナコの画風との相違点と言えるでしょう。

4. 原題


『聖母戴冠』はイタリア語ではIncoronazione della Vergineと言います。

Incoronazioneが戴冠、la Vergineが聖母マリアという意味ですね。


5. ルーヴル美術館の『聖母戴冠』


フラ・アンジェリコの描いた別の『聖母戴冠』はルーヴル美術館に展示されています。

2010年7月16日フラ・アンジェリコ『聖母戴冠』2 385


上掲の画像も遠近法を使って空間の描写がなされていますよね。
1430年頃の作品です。

フランス語で『聖母戴冠』は、Le Couronnement de la Viergeと言います。





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ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ『聖マタイの召命』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年07月10日(土)15時03分 | 編集 |
2010年7月10日


テレビでの放送日:2010年4月26日(月) 番組名:名画への旅(NHKBShi)

目次
1. 「光と影」はカラヴァッジオから始まった
2. 召命とは何か?
3. マタイはどこにいるのか?
4. 瞳と脚
5. 召命・霊感・殉教
6. カラヴァッジオの最期
7. 原題


今回、番組で紹介された名画は、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ作『聖マタイの召命』です。

2010年7月10日ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ1 322


1. 「光と影」はカラヴァッジオから始まった


オランダの巨匠レンブラント(Rembrandt)の作品を彷彿させるような、光と影の描写が特徴的ですよね。

カラヴァッジオ(1571-1610)は、バロック絵画の先駆者と言われている画家です。

レンブラント(1606-1669)やルーベンス(1577-1640)らに先立って、明暗の対比をはっきりさせる画風を確立したのはカラヴァッジオであるとされています。

バロック絵画というのは、躍動感と明暗という2つの表現手法の観点でルネサンス絵画とは一線を画します。

ルネサンス期の絵画は、均衡を保つことが重視されていました。
一方、バロック絵画では意図的に均衡を崩し、その結果得られる動的な表現がより重要視されました。


2. 召命とは何か?


この絵画の題名である『聖マタイの召命』の内、「召命」という言葉は一般語ではありませんのでご存じない方もいるかも知れませんね。

召命とはキリスト教の専門用語で、神によって聖職者としての使命を与えられることをいいます。

カラヴァッジオは、ローマ帝国の徴税人であったマタイがイエスの召命に応じて弟子になる契機となった場面を描いているわけですね。


3. マタイはどこにいるのか?


後に、イエスの12使徒の1人に数えられるマタイが、神の世界に導かれた決定的な瞬間をこの絵画は伝えているわけですが、1つ論点があるのです。

マタイは一体、どこに描かれているのか?

従来の解釈では、向かって左から3番目の髭を蓄えた男性がマタイであろうとされてきました。

右端のイエスから指を差されて、左手で「収税人である私が神の世界に入るのですか?」という仕草をしているのではないかと思われる男性です。

確かに、この男性はイエスとも視線を交わしていますし、その顔には光が当たっています。
この絵画を素直に読み解けば、この説が最も説得力があるようにも思えます。

ところが、もう一人マタイの候補者がいるのです。

それは、一番左端で俯(うつむ)きながらお金の計算をしている男性です。

「神」であるイエスが間近にいるにも関わらず、我関せずとばかりに現金と向き合っている男性・・・。

キリスト教徒であれば誰でも知っている「劇的な」瞬間が描かれているにしては、この男性の態度は不自然ですよね。

イエスはこの部屋に入って来るなりいきなり指を差したわけではなく、何らかの発言をした上で指を差したはずです。

いくら仕事熱心とは言え、普通の人間であれば手を止めて顔を上げて「客人」イエスを見るはずです。

ところが、この男性はイエスの存在をまるっきり無視しています。
イエスの存在を無視するということは、神の存在を無視するということですよね。

神の存在を無視する・・・、

キリスト教徒にとっては、絶対にあり得ない生き方です。

もちろん、この時点ではマタイはまだキリスト教徒ではありませんので、神に興味が無くても許される立場なのかも知れませんが。

「神に対して無関心なこの男性が、本当に聖職者に選ばれたのですか?」

髭の男性の人差し指は彼自身を差しているのではなく、金勘定をしている左端の男性を差しているのではないかという説もあるのです。

さあ、どちらが正しいのでしょうか?


4. 瞳と脚


どの人物がマタイなのか?

残念ながらカラヴァッジオは、その答えを明らかにはしていません。

従って、私たちが思い思いに自説を述べることが出来るわけですが、私は一番左にいる金を数えている男性がマタイだと思っています。

その理由としては、髭の男性とその隣に座っている若い男性が、それぞれ同じ瞳で描かれているように感じるからです。

つまり、この2人の瞳は傍観者の瞳だということです。
髭の男性がもしマタイだとすれば、もっと目を見開いて驚きの表情を示すだろうと思います。

第1章で述べたように、バロック絵画の特徴は躍動感と明暗です。
この髭の男性の瞳からは、肝心の躍動感は感じられません。

もちろん、左端に描かれた男性の姿勢からも動的な要素は感じられません。
この作品において最大の躍動を表現しているのは、イエスの右手ですね。

その「動的な右手」の先には、この下を向いている男性がいるように見えるのです。

そして、イエス同様この左端の男性も、両脚が明確には描かれていません。
影になっている部分が大きくて、ハッキリとは脚の存在を確認出来ないのです。

これは、神であるイエスと同じ道を「歩む」人物であることを示していると解釈出来ると思うのですが、いかがでしょうか?


5. 召命・霊感・殉教


ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)が1599年頃に描いた『聖マタイの召命』は現在、ローマにあるサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会で見ることが出来ます。

『聖マタイの召命』は1枚だけ単独で教会に飾られているのではなく、他の2点と共に聖マタイを描いた連作として位置づけられているものなのです。

他の2点はこちらです。


1) 『聖マタイの霊感』


『聖マタイの霊感』は、「霊感」という邦題がついていますが、イタリア語ではSan Matteo e l'angeloと言います。

San Matteoは聖マタイ、l'angeloは天使という意味ですので、「聖マタイと天使」というのが直訳になります。
1602年の作品です。

2010年7月10日ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ2 541

2) 『聖マタイの殉教』


『聖マタイの殉教』は、イタリア語ではMartirio di San Matteoと言います。
il martirioは、殉教、という意味です。

1600年から1601年にかけての作品です。

2010年7月10日ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ3 322


この教会の創建は1589年ということですので、活動を始めて数年経った時点でこれらの絵画が飾られたということになりますね。


6. カラヴァッジオの最期


カラヴァッジオ(1571-1610)が決闘の相手を刺し殺してしまい、御尋ね者として追われる身となりローマを離れたのは1606年のことです。

ナポリ、マルタ島そしてシチリア島などで逃亡生活を送りながらも、画家としての仕事の依頼は途絶えることがなかったようです。

1610年、カラヴァッジオは病に倒れ、40年に満たない生涯を閉じたのでした。


7. 原題


『聖マタイの召命』は、イタリア語ではVocazione di san Matteoと言います。

vocazioneは、召命、という意味です。
第2章でも触れましたが、召命とは神から修道生活への召し出しがあったということです。

フランス語だと、La Vocation de St Matthieuと言います。

第5章で述べた通り、この作品は現在ローマにあるサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会(La chiesa di San Luigi dei Francesi)に所蔵されています。

i Francesiとは、フランス人、という意味です。

教会名は、フランス語ではこのように書きます。

L'Église Nationale Saint Louis des Français de Rome





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マザッチョ『聖母子と聖アンナ』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年07月07日(水)16時03分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2010年7月7日


ラジオでの放送日:2009年10月30日(金)、31日(土) 
講座名:イタリア語で”聴く”ルネサンスの名画 講師:松浦弘明


第5週 初期ルネサンス様式の始まり ーマザッチョの革新ー
目次
1. 写実路線
2. 師匠マゾリーノ
3. マザッチョ的自然主義
4. 原題


第5週で取り上げるのは、マザッチョ作『聖母子と聖アンナ』です。

2010年7月7日マザッチョ『聖母子と聖アンナ』1 571


1. 写実路線


1) マリアの母


聖アンナとはマリアの母です。
つまりイエスの祖母にあたります。

マザッチョ(1401-1428)のこの作品は、アンナ→マリア→イエスという3代の姿を描いたものということになります。

マザッチョ(Masaccio)は初期ルネサンスの画風を革新した画家として知られ、正確な人物描写や合理的な空間表現を得意としました。

方向性としては、第1週で扱ったジョット・ディ・ボンドーネ(1266頃-1337)の延長線上にある画家と捉えて良いと思います。

彼の作品を評して「ジョットの再生」という表現が使われる場合もありますね。

この作品のどのあたりが現実的なのかを順に見ていきましょう。


2) マリアの両膝


まずマリアの居住まいに注目して下さい。
背筋をきちっと伸ばし、イエスの体を支えるために両脚を大きく開いています。

前回の第4週で取り上げたロレンツォ・モナコの画風と比べると、全く異なる描写になっていますよね。

次にイエスについてですが、幼子の局部を明瞭に描くことにより「人間の息子」であることを強調しようとする意図が感じられます。

さらに母子の寸法比という観点においても、極めて現実的な描写がなされています。

一方、イエスの発達した胸筋はあまりに現実離れしていると言えますけどね。

マザッチョがこの絵を描くにあたっては、実在の母子をモデルとして描いたのではないかと想像することも可能だと思います。

それほどまでに、この母子像は写実的で人間味を感じさせる仕上がりになっています。


3) 異質なアンナ


一方、マリアの上に位置するアンナに目を転じましょう。
マリアの姿から感じられるような現実性を、このアンナの表情に認めることが出来るでしょうか?

出来ませんよね。

どう見てもこのアンナからは、娘と孫を見守る温かみというものが感じられません。

主役であるマリアの引き立て役になっていると捉えるとしても、いくらなんでも表情が暗すぎますよね。

なぜこのような違いが生まれているのかと言うと、作者が異なるからなのです。
つまりマリアとイエスを描いたのはマザッチョなのですが、アンナを描いたのは別の画家なのです。


2. 師匠マゾリーノ


この絵の中のアンナを描いたのは、マゾリーノ(Masolino da Panicale)という画家です。

マゾリーノ(1383-1440頃)はマザッチョ(1401-1428)の師匠だったのではないかというのが一応の通説になっています。

但し、2人の画風は全く異なります。

マゾリーノの弟子と目(もく)されているマザッチョは、停滞していたジョット様式を蘇らせて15世紀の写実主義を先導した画家です。

一方、師匠であろうと思われているマゾリーノは、ゴシック様式の流れを継承している画家です。

この『聖母子と聖アンナ』におけるアンナの描写に見られるように、あくまでも聖人というものは非現実的に描くことが望ましいとする画風を踏襲している画家であると言えるでしょう。

いずれにせよ、この作品は2人の画家の手によって完成を見たということは間違いないようです。


3. マザッチョ的自然主義


第3章ではマザッチョが残した他の2つの作品を見ることで、その写実性を確認したいと思います。


1) アダムとイヴ


1つめは『楽園追放』と題されている作品で、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂の中にあるブランカッチ礼拝堂(Cappella Brancacci)の壁画です。

2010年7月7日マザッチョ『聖母子と聖アンナ』2 452

イタリア語の題名は、Adamo ed Evaと言います。

この作品に描かれたEva(イヴ)が感じている絶望は、現代を生きる私たちにも十分伝わってきますよね。

写実という技法の力によって、数千年も前の神話的世界が目の前に展開しているように感じることが出来ます。

しかも、ここに描かれているイヴの体つきは「女性」を表現し、両手の動きを通して彼女の「女性」としての精神性までも深く受け止めることが出来るようになっています。

さらに、Adamo(アダム)の両肩には哀愁が漂っていますよね。

神罰を受けてもう二度と楽園には戻れないという事実を受け止めるしかない彼らの苦悩が、巧みに表現された作品であると言えるでしょう。


2) 地に足の着いた人物描写


#1 ロレンツォ・モナコとの比較


マザッチョの写実性を確認するための2つ目の作品は、『三賢王の礼拝』です。

2010年7月7日マザッチョ『聖母子と聖アンナ』3 118

画面左側に描かれているロバや牛は実在の姿で描かれていると言えますし、右端の4頭の馬も全て自然な描写になっていますよね。

マリアとイエスは人間らしい視線と姿勢で、遠路はるばるやって来た客人を見つめています。

下掲の画像は第4週で取り上げたロレンツォ・モナコ作の『三賢王の礼拝』ですが、比べてみるとその違いがよくわかると思います。

2010年7月7日マザッチョ『聖母子と聖アンナ』4 297


ロレンツォ・モナコの作品においては、登場人物の足がほとんど描かれていませんね。
一方マザッチョの描く人物たちは、ちゃんと地に足がついているという描き方になっています。

ロレンツォ・モナコ(1370年頃-1425)とマザッチョ(1401-1428)は、生きた時代がそれほど離れているわけではありません。

にも関わらず、このような画風の違いが見て取れるのは興味深いですよね。


#2 ベルリン美術館


マザッチョの描いた『三賢王の礼拝』はベルリン美術館(美術館・博物館群)の中の「絵画館(Gemäldegalerie)」に展示されています。

das gemäldeは絵画という意味です。
die galerieは画廊という意味です。

『三賢王の礼拝』はイタリア語ではAdorazione dei Magiと言いますが、ドイツ語ではAnbetung der Königeと言います。

die Anbetungは礼拝という意味で、英語のworshipに相当します。

Königeは王という意味のder Königの複数形です。
賢王が3人いますからね。


4. 原題


『聖母子と聖アンナ』はイタリア語ではSant'Anna e la Madonna col Bambino若しくはMadonna col Bambino e sant'Annaと呼ばれています。

bambinoは赤ん坊(男児)という意味です。

この作品は1424年頃に制作されたと考えられています。
マザッチョは絵画史において巨匠と呼ばれている人物の中では最も短い生涯を送りました。

享年は27歳でした。





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ラファエロ・サンティ『小椅子の聖母』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年07月03日(土)12時26分 | 編集 |
2010年7月3日


テレビでの放送日:2010年4月24日(土) 番組名:『美の巨人たち』(テレビ東京)

目次
1. パラティーナ美術館
2. 『小椅子の聖母』に見られる特殊性
3. 他の聖母子像
4. 赤い服は聖母の象徴
5. 原題


1. パラティーナ美術館


フィレンツェにおける名画の殿堂というとウフィッツィ美術館が有名ですが、もう一つピッティ宮殿(Palazzo Pitti)の中にも美術館があります。

この美術館は一般的には「ピッティ美術館」と呼ばれていますが、パラティーナ美術館という名称で呼ばれる場合もあります。

このパラティーナ美術館に所蔵されている『小椅子の聖母』が今日の主題です。

2010年7月3日ラファエロ・サンティ『小椅子の聖母』1 396

この絵を描いた画家は、このブログで何度か取り上げているラファエロ・サンティ(1483-1520)です。


2. 『小椅子の聖母』に見られる特殊性


ラファエロは「聖母子の画家」と言われているぐらい、数多くの聖母子像を描き残しているのですが、この『小椅子の聖母』には他の聖母子像には見られない際立った特徴が3つあります。


1) 緑色のショール


1つ目の特徴は、マリアが身につけているショールの色が緑色であるということです。

この絵だけを見ていると、マリアが緑色の肩掛けをしていたとしても特に違和感はありません。

しかし、他の聖母子像と比較することを通じて、この緑色のショールが例外的な色使いであるということがわかってくるわけです。


2) 髪を覆う布


2つ目の特徴は、マリアが頭につけているスカーフです。
聖母の美しい髪をほぼ隠す形で、淡色のスカーフが描かれています。

スカーフというのはある意味では、庶民的な女性を象徴するものであると言ってもいいでしょう。
「聖母」の頭部にスカーフを被せたのは、ラファエロが初めてかも知れません。

スカーフを身につけたマリアの姿は、神を生んだ女性というよりは私たちの身近にいる母親像を表現しているのだと思います。


3) 聖母の視線


3つ目の特徴は、マリアの視線です。

マリアは、真っ直ぐに私たちを見ていますよね。
吸い込まれそうな瞳とはこのことです。

この作品におけるマリアは、神々しい美しさを備えています。
数多(あまた)ある聖母像の中で、最も綺麗な顔立ちのマリアと言っていいでしょう。

その美しい女性が、私たちに視線を投げかけています。
私たちもマリアを見ていますが、マリアも私たちを見ているのです。

神の子を生んだ女性が私たちを見ている、という構図になっています。

この絵画には、私たちと同じ目線で暮らしている聖母の姿が描かれているわけです。
鑑賞者は聖母子に対して、安心感や親近感を感じるはずです。

母親に抱かれたイエス同様、この絵画を見ている者も絶対的なやすらぎを感じることが出来るわけです。


3. 他の聖母子像


この第3章では、ラファエロ(1483-1520)の描いた他の聖母子像を4点ご紹介します。
そして、それらの作品と『小椅子の聖母』との相違点及び共通点を探っていきましょう。


1) 『大公の聖母』


『大公の聖母』は、『小椅子の聖母』と同じくパラティーナ美術館の所蔵で、制作は1504年です。

2010年7月3日ラファエロ・サンティ『小椅子の聖母』2 511

この作品は、イタリア語ではMadonna del Granducaと言います。
il granducaとは、大公国の君主、という意味です。


さて、マリアが羽織っている衣装は何色でしょうか?
そう、青色ですね。

『小椅子の聖母』では緑色の衣装を羽織っていますが、この作品では青い衣装です。
マリアはこの『大公の聖母』のように、青い衣装を羽織っている姿で描かれることが通例なのです。

次にマリアの視線はどうでしょうか?
俯(うつむ)き加減に描かれていて、私たちを見つめているとは言えませんよね。

『小椅子の聖母』におけるマリアは鑑賞者である私たちと視線を交わしていますが、この作品におけるマリア及びイエスは、天上界から下界を見つめているような、そんな描き方がなされているようにも感じられます。


2) 『牧場の聖母』


『牧場の聖母』は、ウィーンにある美術史美術館の所蔵で、制作は1506年です。

2010年7月3日ラファエロ・サンティ『小椅子の聖母』3 424

この作品は、イタリア語ではMadonna del Pratoと言います。
il pratoは、牧場、という意味です。

マリアが赤い服の上に身につけている大きな衣装の色は、やはり青ですね。
緑ではありません。

そして、頭にはスカーフをつけていません。

彼女の視線は、向かって左側に描かれている洗礼者ヨハネに向けられています。
伏し目がちで、私たち鑑賞者に目を向けるような構図にはなっていません。

なお、この作品は『ベルヴェデーレの聖母(原題:Madonna del Belvedere)』と呼ばれる場合もあります。


3) 『ヒワの聖母』


『ヒワの聖母』はウフィッツィ美術館の所蔵で、制作は1506年頃です。

2010年7月3日ラファエロ・サンティ『小椅子の聖母』4 475

『ヒワの聖母』は、イタリア語ではMadonna del cardellinoと言います。
il cardellinoが、ゴシキヒワ(五色鶸)、という意味です。

向かって左側に描かれている洗礼者ヨハネが、両手でヒワを持っていますね。

マリアは両膝を使って、神の子イエスの体全体を支えています。
美しき聖母が、大きく股を開いているということも言えますよね。

『牧場の聖母』で描かれているマリアの姿と決定的に異なるのはこの点です。

なお、『大公の聖母』や 『牧場の聖母』と同じように、マリアが肩から掛けている大きな衣装の色は青です。

頭には何もつけてはいません。
そして、伏し目がちにヨハネを見つめています。

全体の構図としては、 『牧場の聖母』と同じであると言っていいでしょう。


4) 『アルバ公の聖母』


『アルバ公の聖母』は、ワシントンD.C.にあるナショナル・ギャラリー(National Gallery of Art)の所蔵で、制作は1510年です。

2010年7月3日ラファエロ・サンティ『小椅子の聖母』5 336

『アルバ公の聖母』は、イタリア語ではMadonna del duca d'Albaと言います。

il ducaは、公爵、という意味です。
il duca d'Albaとは、スペインのアルバ公爵(スペイン語表記は、Duque de Alba)を指します。

この作品もマリアは青い衣装を身にまとって、視線は左端のヨハネに向けられています。

なお、ロンドンにもナショナル・ギャラリー(The National Gallery)という名前の美術館があります。

こちらの方が有名かも知れませんよね。


4. 赤い服は聖母の象徴


1) 伝統的な色彩


第3章において、ラファエロ(1483-1520)が描いた他の4つの聖母子像の特徴を概観しました。

その結果、これらの4作品においてはマリアの羽織っている衣装がいずれも青色であることが確認出来ました。

また、『小椅子の聖母』のようにスカーフを頭につけることで庶民的な風貌を表すという描き方になっているものは1つもありませんでしたね。

さらに、これら4作品の中に描かれた聖母の視線は、鑑賞者である私たちの視線と交差することはありませんでした。

一方、『小椅子の聖母』で描かれているマリアは、この絵画を見ている私たちに視線を向けています。
そしてスカーフで髪の大半を覆い、緑色の肩掛けをしています。

『小椅子の聖母』を含めた5作品全てにおいて見られる共通点を挙げるとすれば、マリアが赤い服を身につけているということですね。

ラファエロに限らず他の画家が描いた聖母像についても同様のことが言えるのですが、マリアは赤い服を着ている姿で描かれていることが多いです。

例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』においても、マリアは赤い服を身につけて大きな青い衣装をその上から羽織る形になっています。

2010年7月3日ラファエロ・サンティ『小椅子の聖母』6 151

「内側の赤」と「外側の青」という出で立ち、そして白く美しい素肌・・・、ヨーロッパの画家たちにとっては、マリアの「あるべき姿」というものが確立していたのだろうと思われます。

聖母の装いを、画家の都合で勝手に変えてはいけない・・・、そんな社会通念が存在していたのではないでしょうか。


2) 地上に降りた聖母


それに比べて、ラファエロが1514年に制作した『小椅子の聖母』においては、その定形を一部変えようとする意図が感じられます。

ラファエロが天才であるが故に、許されたことなのでしょう。

マリアが身につけるショールの色を緑にし、頭にも布をかぶせて美しい髪の大半を隠しています。

ある意味では、ラファエロは「聖母」ではなく庶民的な女性を描いたと言ってもいいのかも知れません。

そのことを裏付けるかのような話も伝わっています。

ある時、ローマの路地を歩いていたラファエロが、二人の幼子を連れた母親の姿を偶然目にしたことがこの絵を描く契機となったそうです。

この伝説の信憑性がどれぐらいあるのかはともかくとしても、『小椅子の聖母』においてラファエロが取り組んだマリア像の画期的な表現方法は、やはり特異なものであると言えると思います。

なお、ラファエロの作品には、赤い服を身につけていない聖母像もあるのですが、それは第3節でご紹介します。


3) カーネーションの聖母


#1 a pinkは、a carnation


最後に、ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている聖母子像をご紹介します。

1506年頃に制作された『カーネーションの聖母』という作品なのですが、赤い服を着ていないマリア像をラファエロは描き残しています。

2010年7月3日ラファエロ・サンティ『小椅子の聖母』7 416

この作品は、イタリア語ではLa Madonna dei garofaniと言います。
il garofanoは、カーネーション、という意味です。

英語だと、The Madonna of the Pinksと呼ばれています。

この題名におけるthe pinksは、色彩としてのピンク(不可算名詞)という意味ではなく、カーネーション(可算名詞)という意味です。

この作品に描かれたマリアは、『小椅子の聖母』のように視線をこちらに向けているわけではありません。

しかし、微笑を浮かべた幸せそうな表情や、若々しさを感じさせる豊かな乳房の描き方などから見ても、かなり庶民的な雰囲気を感じさせる作品に仕上がっていると思います。

イエスの小指とマリアの人差し指が触れ合うことにより、母と子はお互いに体温を感じていることが伝わってきます。

成人した後のイエスに訪れる悲劇を知っているラファエロは、この至福の瞬間が出来る限り長く続いて欲しいという思いでこの構図を選んだのかも知れません。


#2 カーネーションの意味


イエスとマリアが手にしているのは、カーネーションです。

このカーネーションが何を表しているのかについて述べて、この「ラファエロ聖母特集」を締めくくりたいと思います。

カーネーションと言えば「母の日」を思い浮かべる人も多いと思いますが、ラファエロ(1483-1520)が生きた時代にはまだ「母の日(La festa della mamma)」というものは存在しません。

「母の日」の起源は民族によっても異なるようですが、16世紀のイタリアにはまだその習慣はありませんでした。

したがって、ラファエロは「母の日」の象徴であるカーネーションを描いたわけではないのです。

では、ラファエロが作品の題材に選んだカーネーションには、どんな意味が込められているのでしょうか?

実はカーネーションという花は、聖母マリアと密接な関係があるのです。

十字架にかけられた息子イエスを、母であるマリアは悲痛な面持ちで見つめていました。
マリアの瞳からは、止めどなく涙がこぼれ落ちていきます。

聖母の悲しみの涙が大地に接した瞬間に、カーネーションという花が生じたと言われているのです。

赤いカーネーションは、拷問を受けたイエスの体から飛散した血の色を表しているとも言われていますし、磔刑(たっけい)後に復活したイエスの象徴であるという見方もあるそうです。

そういえば、カーネーションは英語で綴ると「carnation」なんですが、これに「rein-」をつけると「reincarnation」となります。

reincarnationは、転生とか生まれ変わり、という意味です。
英語での定義は、こうなります。

the belief that after someone dies their soul lives again in another body

人が亡くなった後、その魂が別の肉体に再び宿るという考え


生まれ変わり(reincarnation)という語の中にcarnationという語が含まれているのは、単なる偶然でしょうか?

余談ですが、松任谷由実が『REINCARNATION』という題名の歌を歌っています。

松任谷由実もこういう歌詞を書いているということは、生まれ変わりというものを信じているのかも知れませんね。


5. 原題


『小椅子の聖母』は、イタリア語ではMadonna della Seggiolaと言います。

la seggiolaが、椅子、という意味ですね。

この作品は、フィレンツェにあるパラティーナ美術館(La Galleria Palatina)の所蔵となっています。

palatinoとは、イタリア語の形容詞で、王宮の~、という意味です。
galleria(美術館)が女性名詞なので、連動してpalatinaとなっているわけです。


『小椅子の聖母』の話は以上です。




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