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ラファエロ・サンティ『ラ・ヴェラータ』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月29日(月)12時41分 | 編集 |
2010年11月29日(月)


目次
1. ローマにいた頃
1) アテネの学堂
2) ラ・ヴェラータ
2. 原題


今回取り上げる作品は、ラファエロ・サンティ作『ラ・ヴェラータ』です。

2010年11月29日ラファエロ・サンティ『ラ・ヴェラータ』424

1. ローマにいた頃


1) アテネの学堂


フィレンツェで画家として大成したラファエロ・サンティ(1483-1520)は、ローマに宮廷画家として招聘(しょうへい)されることになります。

1508年頃のことですのでラファエロは25歳ぐらいですね。

現在ヴァチカン美術館にある『アテネの学堂』などを制作したのはこの頃ということになります。


2) ラ・ヴェラータ


ローマではラファエロに新たな出会いがありました。
マルゲリータ・ルーティ(Margherita Luti)という女性です。

マルゲリータはパン屋の娘でした。

宮廷画家という名声のあるラファエロとの恋は身分の違いから叶わぬものとなってしまったようです。

しかしラファエロのマルゲリータへの愛は本物だったようです。
彼がいかにマルゲリータを愛していたのかは作品を見れば分かります。

『ラ・ヴェラータ』は1516年頃に描かれました。
ラファエロが数多く描いた美女マリアによく似ていますよね。

彼はマルゲリータを見初めた瞬間に、自分が描いてきた理想のマリア像と一致する女性であると直感したに違いありません。


2. 原題


『ラ・ヴェラータ』はイタリア語ではLa velataと言います。
velatoは形容詞でヴェールで覆った~という意味です。

この作品はフィレンツェのピッティ美術館(Galleria Palatina di Palazzo Pitti)の所蔵となっています。

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ラファエロ・サンティ『牧場の聖母』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月26日(金)15時27分 | 編集 |
記事のタグ: 美術史美術館
2010年11月26日(金)


目次
1. 画風の完成
2. 原題


今回取り上げる作品は、ラファエロ・サンティ作『牧場の聖母』です。

2010年11月26日ラファエロ・サンティ『牧場の聖母』1 424

1. 画風の完成


レオナルド(1452-1519)から多くのことを学んだラファエロ(1483-1520)は、画風の中に優美な曲線や正確な人体描写を取り入れることになります。

かつてウルビーノにいた時に描いた『ディオタッレーヴィの聖母』から大きく進化した聖母子像が、『牧場の聖母』です。

2010年11月26日ラファエロ・サンティ『牧場の聖母』2 470

この『牧場の聖母』は、1506年に制作されたとされています。

ラファエロがフィレンツェに来てレオナルドの工房で学び始めてから僅か数年しか経っていませんが、もうこの水準まで画法を高めることに成功しています。

天才とは、吸収力の高さを言うのでしょうね。

ラファエロのようにレオナルドの超絶技巧をたった数年で会得して、さらに自らの画風を確立してこそ真の天才と言えるのだと思います。

この作品のマリアは、肩から首そして頭という一連の人体表現が正確になされています。

解剖学の研究にも余念がなかったレオナルドから、人体を描く上での比率という考え方を学んだことが窺(うかが)えます。

画面向かって右側に描かれているイエスの人体構成も、不自然なところは見受けられません。
そして、もう1つの特徴はマリアの顔が美人になっていることです。

神を産んだマリアは「美女」でなければならないという意識が、このラファエロの美人画を通してキリスト教徒たちの間に浸透していったのだろうと思います。


2. 原題


『牧場の聖母』は、イタリア語ではMadonna del Pratoと言います。
il pratoは、牧場、という意味です。

ドイツ語では、Madonna im Grünenと言います。
das Grüneの語義は、緑豊かな自然、です。

この作品は、ウィーンにある美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)の所蔵となっています。

なお、この作品は『ベルヴェデーレの聖母(原題:Madonna del Belvedere)』と呼ばれる場合もあります。




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上戸彩主演ドラマ『10年先も君に恋して』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 日本ドラマ | 2010年11月24日(水)20時03分 | 編集 |
2010年11月24日(水)


NHKのドラマ『10年先も君に恋して』(全6回)を見ました。

私は上戸彩が主演するドラマを今回初めて見ました。
脚本が素晴らしく、上戸彩の良さが十二分に引き出されていたと思います。

このドラマを見るだけで、今月のNHK受信料を払っている価値があると思いました。

このドラマは、内野聖陽の飲酒運転疑惑によって途中で打ち切られる可能性がありました。
最終回まで放送されて良かったです。

上戸彩が演じる女性の、次のセリフが印象的でした。

「(結婚生活の中であなたを)罵倒するかも知れないけど、10年先も絶対にあなたを愛してる。」

妻が夫を愛しているという「心」と思いっ切り罵倒するという「態度」は、分けて捉えないといけないんですね。

脚本担当の大森美香はこのドラマを通じて、男にはそのことを承知して結婚に踏み切って欲しいと言いたかったのかも知れません。

勉強になりました。

Crystal Kayが歌う挿入歌の『Time of Love』も、ドラマの内容に沿った素晴らしい出来栄えです。


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レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月24日(水)12時44分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2010年11月24日(水)


目次
1. フィレンツェにいた頃のラファエロ
2. 原題


今回取り上げる作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチ作『モナ・リザ』です。

2010年11月24日レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』504

1. フィレンツェにいた頃のラファエロ


ラファエロ(1483-1520)が花の都フィレンツェにやって来たのは、21歳の時でした。
1504年前後ということになりますね。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)の工房に出入することを許可されて、ここからラファエロの真の勉学が始まります。

この当時のレオナルドは、ちょうど『モナ・リザ』の制作に取り掛かっていたと思われます。

ラファエロはレオナルドが『モナ・リザ』を完成させて行く製作過程を、具(つぶさ)に見つめていたことでしょう。

ラファエロの描いた『モナ・リザ』の模写も残っています。

『モナ・リザ』には、超絶技巧を駆使して描かれている部分がいくつかあります。
特筆すべきは、「ぼかされた輪郭」の描き方です。

レオナルドは絵の具を何度も塗り重ねることによって筆の跡が目立たないようにし、人物の輪郭線を巧みにぼかしています。

これによって、平面に描かれた肖像に立体感を持たせることに成功しました。

衣服の皺(しわ)などの写実性も見事と言えますが、体全体が画面から浮き上がって来るように見えるという描き方は、誰にも真似の出来ない神業と言えるでしょう。

レオナルドから薫陶を受け、師と同等のレヴェルまで技術を高める努力をしてこの神業を会得したのがラファエロだったわけです。


2. 原題


『モナリザ』は、イタリア語では『La Gioconda』、フランス語ではLa Jocondeと言います。

Jocondeは人名で、フランチェスコ・デル・ジョコンド(Francesco del Giocondo)という男性が当時のフィレンツェに実在したそうです。

肖像画のモデルは、Jocondeの妻のリーザ・ゲラルディーニ(Lisa Gherardini)ではないかという説が有力です。

この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)の所蔵となっています。




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フランシスコ・デ・ゴヤ『我が子を喰らうサトゥルヌス』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月23日(火)12時17分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2010年11月23日(火)


NHK教育テレビ『知る楽』月曜日の2010年2月~3月期は、『「怖い絵」で人間を読む』です。
第四回の主題は「戦慄の神話 ーゴヤ『我が子を喰らうサトゥルヌス』」です。

テレビでの放送日 2010年2月22日(月) 
講師 中野京子

第四回 目次

1. 父を殺すサトゥルヌス
2. 男根を切り取るサトゥルヌス
3. 我が子の体を食いちぎるサトゥルヌス
4. 勃起するサトゥルヌス


今日取り上げるのは、フランシスコ・デ・ゴヤ作『我が子を喰らうサトゥルヌス』です。

2010年11月23日フランシスコ・デ・ゴヤ1 617

1. 父を殺すサトゥルヌス


テキストではモノクロ写真が73ページに、カラー写真は巻頭に載っています。

『我が子を喰らうサトゥルヌス』は、スペイン語ではSaturno devorando a un hijoと言います。

サトゥルヌスとはローマ神話に登場する農耕神です。
ギリシア神話だとクロノスと同一視されています。

このサトゥルヌスは、大地の女神ガイアと天空神ウラノスとの間に出来た末息子です。

ガイアとウラノスはたくさんの子供達を産んでいくのですが、中には醜悪な存在もありました。

そのような子供たちは、見栄えが悪いという理由でウラノスによって大地の奥底へと埋められていきます。

しかし大地とは妻ガイアそのものです。

ガイアは激怒します。
気味悪い異形のものとは言え、ガイアにとっては自分が生んだ子であることには違いありません。

我が子を奈落の底に沈められて、ガイアが黙っているはずはありません。
しかも、そのような行為をしているのは夫であるウラノスなのです。

ウラノスを殺しなさい!

サトゥルヌスの父殺しは、彼の判断ではなく母ガイアの命令だったわけです。
息子は母の指示に従っただけです。

母ガイアはウラノス殺害のためにサトゥルヌスに大鎌を与えました。

この時代は毒殺なんていう手の込んだ殺し方はしません。
大鎌でバッサリです。

息子に切られたウラノスは、今わの際に「お前も、きっと子供に殺されるはずだ」という予言を残します。

こういった予言は効きますよね。
効果テキメンです。

悪を為したものは本能的に「タダでは済まない」ことを感じているのだろうと思います。
どんな凶悪犯であっても「報いがある」ことは肌で感じているのだろうと思います。


2. 男根を切り取るサトゥルヌス


ウラノスを殺害した後も、サトゥルヌスの狂気は続きます。
持っていた大鎌で父の男根を切り取り、大海原へと放り投げてしまいます。

なぜこんな凶行をしたのでしょうか?
常軌を逸しているからと言ってしまえばそれまでですが、普通、男根を切りますかね?

まあ、ウラノスは息絶えた後ですので痛みはなかったと思いますが、死者や死体に対する敬意というものは微塵も感じられません。

海を漂ったウラノスの男根は時間の経過とともにその姿を失い、やがて泡(ギリシア語でアプロ)となります。

そこから生まれたのがヴィーナスです。

ヴィーナスはギリシア名だとアプロディーテです。
アフロディーテという表記もありますね。

このヴィーナスが誕生してキプロス島の浅瀬に打ち上げられた瞬間を描いたのがサンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)です。

2010年11月23日フランシスコ・デ・ゴヤ2 197

ボッティチェリが描いた『ヴィーナスの誕生』はウフィッツィ美術館に収蔵されています。


3. 我が子の体を食いちぎるサトゥルヌス


ゴヤの作品においては、サトゥルヌスが子供を食いちぎっている場面が描かれています。

しかし原典である神話においては、サトゥルヌスは子供を食いちぎったのではなく呑み込んだことになっています。

ハデスやポセイドンなどの5人の子どもたちは、いったんはサトゥルヌスに呑み込まれてしまいました。

その後、末子であるゼウスが父サトゥルヌスと戦って勝利し、兄姉たちをサトゥルヌスの体内から吐き出させて救出したのです。

この神話の文脈を改変し我が子を食いちぎる父親に仕立て上げたのが、巨匠ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)です。

ピーテル・パウル・ルーベンスは、『フェリペ・プロスペロ王子』を描いたディエゴ・ベラスケス(1599-1660)と同時代を生きた人で、マドリッドにおいて二人は面識を持っています。

このルーベンスが、ゴヤ(1746-1828)と同じ表題の『我が子を喰らうサトゥルヌス』を描いています。

2010年11月23日フランシスコ・デ・ゴヤ3 710

ゴヤよりも200年も前にルーベンスは神話を自らの感性で解釈し直し、「呑み込む」のではなく「食いちぎる」という恐怖の世界を示しました。

このルーベンスの作品はプラド美術館の所蔵です。
恐らくゴヤはこの絵に接し何らかの影響を受けているものと思われます。


4. 勃起するサトゥルヌス


ゴヤの描いた『サトゥルヌス』には、当初は子供を食いちぎりながら勃起している様子が描かれていたそうです。
後に修正が施され、今となってはこの絵画の中にその描写を確認することは出来ません。

自分を見失った者は心が歪み肉体が闇に溶けていくかのような錯覚にとらわれ、自らの存在すらも認識出来ない状態に陥るから蛮行に及ぶのかも知れません。

けれど、その渦中にありながらも自分の遺伝子を残したいという本能が強烈に顕在化し、所構わず勃起するという醜態を晒す・・・。

そんなに自分の遺伝子を残したいんだったらその凶行を思い止まればいいのですが、理性が失われているからそれも叶いません。

子どもが自分の命を狙うかも知れない、この猜疑心にとらわれて実子殺しを実行したのがゴヤの描く『サトゥルヌス』です。

自らが父を殺したという過去を持つ以上、我が子が自分に刃を向けることは想像に難くないから殺られる前に殺るという理論なんでしょう。

しかも自分は父の男根を切り取っています。
ということは、自分も同じ目に会うかも知れません。

子供を生かしておいたら、きっとそうなるはず・・・。
決して解くことの出来ない呪いをサトゥルヌスはかけられてしまったようです。


探究この世界 2010年2-3月 (NHK知る楽/月)
中野 京子
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ラファエロ・サンティ『ディオタッレーヴィの聖母』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月22日(月)15時22分 | 編集 |
2010年11月22日(月)


目次
1. ウルビーノにいた頃
2. 原題


今回取り上げる作品は、ラファエロ・サンティ作『ディオタッレーヴィの聖母』です。

2010年11月22日ラファエロ・サンティ『ディオタッレーヴィの聖母』 470

1. ウルビーノにいた頃


ラファエロ・サンティ(1483-1520)が画家としての活動を開始したのは、生まれ故郷のウルビーノです。

ウルビーノはイタリア中部にある街です。

ラファエロ・サンティ(Raffaello Sanzio)は誰もが天才画家と認めるルネサンス期の巨匠ですが、ウルビーノにいた頃に制作された作品にはまだまだ荒削りなところが見られます。

『ディオタッレーヴィの聖母』という作品がその一つです。
この作品は1500年から1503年頃に制作されたと考えられています。

マリアの表情を見て、本当にこれがラファエロの作品なのだろうかと訝(いぶか)る人もいるかも知れませんね。

マリアは画面向かって左側に首を傾(かし)げているのですが、直立した首と顔の位置関係が不均衡です。

顔だけが唐突に左に折れ曲がったように感じられ、首からの一体感がありません。

そして、膝の上に座っているイエスの描き方にもぎこちなさを感じます。
顔の大きさに比べると胴体や脚が異様に長すぎて現実離れしています。

これは非現実的な聖母子像を意図的に描いたというよりは、ラファエロの技術がまだ未熟だったことの表れでしょう。

さすがのラファエロも、10代後半ではこの程度の技法しか身に備えていなかったわけです。

このラファエロに人物の描き方の真髄を教えたのが、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)でした。


2. 原題


『ディオタッレーヴィの聖母』は、イタリア語ではMadonna Diotallevi、ドイツ語ではMadonna Diotaleviと言います。

この作品は、ベルリン国立美術館絵画館(Die Berliner Gemäldegalerie)に所蔵されています。




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オーギュスト・ルノワール『ブロンドの浴女』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月19日(金)12時47分 | 編集 |
2010年11月19日(金)


目次
1. アリーヌ・シャリゴ
2. 柔和な女性美
3. 原題


今回は、オーギュスト・ルノワール(Auguste Renoir)が1881年に制作した『ブロンドの浴女』を取り上げます。

2010年11月19日オーギュスト・ルノワール『ブロンドの浴女』not

1. アリーヌ・シャリゴ


『ブロンドの浴女』のモデルは、アリーヌ・シャリゴ(Aline Charigot)と言います。
後にルノワール(1841-1919)の妻になりますが、この時点では正式には結婚していません。

ただ、ルノワールにとってアリーヌは理想の女性だったらしく、彼女に対する愛の深さをちゃんと作品の中に残しました。

アリーヌの左手の薬指には、指輪が描かれていますよね。

役所への届け出という形式面はともかく、精神的には2人が夫婦になっていることを絵画の中で表現したわけです。


2. 柔和な女性美


ルノワールに限らず男性諸氏は、アリーヌのような女性には心惹かれると思います。
無邪気な表情、丸みを帯びた肉体、膨(ふく)よかな腰回り、そして形の整った豊乳・・・、

アリーヌの柔らかな肉体美は、天才画家の発想を引き出すために大いに役立ったことと思われます。

ルノワールのアトリエには、いつもアリーヌが花を飾っていたそうです。

アリーヌの持つみずみずしい生命力とその花々がもたらす華やかさに日々触れることによって、ルノワールの才能は大きく開花していったわけです。


3. 原題


『ブロンドの浴女』は、フランス語ではBlonde Baigneuseと言います。
la baigneuseは、水浴する女性、という意味です。

英語では、Blonde Batherと言います。

この作品は、アメリカのマサチューセッツ州のウィリアムズタウンにあるクラーク美術館(Sterling and Francine Clark Art Institute)の所蔵となっています。




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フラ・アンジェリコ『受胎告知』 プラド美術館版
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月17日(水)14時29分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2010年11月17日(水)


目次
1. 受容するマリア
2. 楽園追放
3. 知恵の木の実
4. 原題


今回取り上げる作品は、フラ・アンジェリコ作『受胎告知』です。

2010年11月17日フラ・アンジェリコ『受胎告知』329


1. 受容するマリア


アンジェリコ(1387-1455)が描いたこの『受胎告知』は、神のお告げをマリアが受け入れた瞬間を描いています。

マリアは大天使ガブリエル同様に、胸の前で両腕を交差させています。
異界の天使と同じ態度をとることで、心の調和を示そうとしているのだと思います。

神の子を宿したマリアの表情には、諦観のようなものが感じられますよね。

両者ともに腰をかがめて相手に対する敬意を示し、目線が同じ位置で表されていることが印象的です。

マリアの右膝の上で開いている書物は、旧約聖書です。
旧約聖書『イザヤ書』には、

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。」

という一節があります。

受胎告知の時、ちょうどマリアはこのページを読んでいたということになっています。

この日は3月25日であったとされていて、この9ヶ月後の12月25日をイエスの誕生日としているのです。

計算が合いませんが、そのようになっています。


2. 楽園追放


マリアに当たっている強烈な光の源を見ると、2人の男女が見えますよね。
この人達は誰なのでしょうか?

画面向かって左端に描かれた男女は、アダムとイヴですね。
楽園から追放されてしまったという絶望的な心境で、トボトボと歩いているところです。

右側にいるアダムは苦悩の表情を浮かべていますが、左にいるイヴはどうでしょうかね。
背中を丸めて両手を絡ませているところから、決して心安らかではないことは感じられます。

しかし、毅然と顔を上げてその視線の先にいるアダムを睨んでいるようにも見えますよね。
アンジェリコの描くイヴは、あまり責任を痛感していないようにも見受けられます。


3. 知恵の木の実


イヴが蛇に唆(そそのか)されて知恵の木の実を食べてしまい、アダムにも勧めてしまったことが失楽園の原因です。

知恵の木の実は、後世、リンゴで象徴されています。
しかし、旧約聖書『創世記』にはリンゴだと明記されているわけではないようですね。

神の逆鱗に触れた2人は、エデンの園を離れます。
そして、厳しい荒野で労働や出産の苦しみを味わっていくことになります。

人類の祖がこのような神罰を受けた原因は、神の言いつけを守らなかったからです。
要するに、神に対して服従しなかったというということですね。

一方、マリアはどうでしょうか?

男女の関係が無いにも関わらず、突如妊娠したと異界の大天使に告げられ、仰天しながらもその趣旨を短時間で理解し、受容しました。

ユダヤの神が求める絶対的な服従を体現したのが、マリアだったわけです。

その後、マリアは月満ちてイエスを産むのですが、妊娠期間中も神の意志を疑うことなど無かったのでしょうね。

アンジェリコは、マリアの絶対的な帰依の姿勢を浮き彫りにするために、あえて創世記のアダムとイヴを同じ画面の中に描いたのだと思います。


4. 原題


『受胎告知』は、スペイン語では『La Anunciación』、イタリア語ではAnnunciazioneと言います。

修道士でもあったフラ・アンジェリコ(Fra Angelico)は、イタリアのルネサンス期に活躍した画家です。

アンジェリコは、『受胎告知』という題名の作品を数点描いています。
今回取り上げた『受胎告知』は、1426年頃の制作とされています。

この作品は、マドリッドのプラド美術館(Museo Nacional del Prado)が所蔵しています。





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ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月16日(火)12時26分 | 編集 |
2010年11月16日(火)


NHK教育テレビ『知る楽』月曜日の2010年2月~3月期は、『「怖い絵」で人間を読む』です。
第三回の主題は、「運命の子どもたち ーベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』」です。

テレビでの放送日 2010年2月15日(月) 
講師 中野京子

第三回 目次
1. 鈴の秘密
2. 奪われた精気
3. 白い小犬
4. 絶望的血統
5. 絶望的無力
6. 鈴の理由
7. 所蔵先


全八回シリーズの中で、19個の「怖い絵」がテキストに掲載されています。

著者である中野さんがテキストの表紙に選んだのが、ディエゴ・ベラスケス作『フェリペ・プロスペロ王子』です。

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』1 436

テキストだと表紙のカラー写真以外に、モノクロ写真が53ページに掲載されています。


1. 鈴の秘密


プロスペロ王子の衣服の上に鈴がついてます。
王子は何のためにこの鈴を身につけているんでしょうか?

「身につけている」と言っても、彼はこの時2歳です。

自分の意志で腰から鈴をぶら下げているわけではありません。
周囲にいる者たちがつけたわけです。

大人たちが一つの意図を持って、王子に鈴を身につけさせたということになります。
では、その意図って何だったのでしょうか?


2. 奪われた精気


王子の右手をご覧下さい。

椅子の上に置いたこの右手。
2歳の子供の手ですから、大人と同列に扱うことは出来ません。

それでも、漲(みなぎ)る生命力を感じるかというと、どうでしょうか?
感じませんよね?

この絵画の作者であるベラスケスは写実の天才です。

その天才がこのように描いたということは、プロスペロ王子の手からは覇気が感じられないと彼が見ていたということになります。

そして、幽霊のような手をした王子の弱々しさを際立たせるために背景を暗黒にしています。
こんなに暗いんでは、この部分に何があるのか見えないですよね。

ベラスケスは、王子の肉体を支配する闇が背後から忍び寄っていることを表現したかったのだろうと思います。

そして前を向いている王子はそのことを知りません。

知るはずがないです。
まだ2歳ですから。


3. 白い小犬


緋色の椅子の上には一匹の白い小犬が描かれています。
一見すると犬とプロスペロは同じ方向を見ているように思えます。

しかし犬の視線は私たちと正対していますが、プロスペロの左目と右目は違う方向を見つめているのです。

画面上で、左右それぞれの目の上にカーソルを置いて見比べるとハッキリわかると思います。
焦点が定まらない・・・。

もうこの時点で王子の人生が破滅に向かっていることは、天才ベラスケスには予見出来たんでしょうね。

小犬の一生より哀れ・・・。

王子の一生を一言で表すと「短命」です。
あまりにも残酷な運命です。

しかし誰一人としてその運命を変えることは出来ません。
医者をもってしても祈祷師をもってしても、王子の運命を変えることは出来なかったのです。

プロスペロ王子は4歳の誕生日を目前にして亡くなりました。
この絵を描いてもらった2年後です。

なぜ彼はそんなに短命だったのか?
なぜ彼はそんなに弱かったのか?

その答えを知ると、この絵の恐ろしさを実感することになると思います。


4. 絶望的血統


プロスペロ王子を死に追いやったもの、それは遺伝的疾患だったと言われています。

テキスト57ページにスペイン・ハプスブルク家の家系図が載っています。
高貴な血を守るために一族の中で婚姻を繰り返した歴史が一目瞭然になっています。

時系列で見ていきましょう。


1) カルロス1世

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』2 400

スペイン・ハプスブルク家を興したカルロス1世(1500-1558)は、オーストリア・ハプスブルク家から従妹(じゅうまい )を娶りました。

この時点で、もう既に暗雲が立ち込めていますよね。
カルロス1世の母は、あの狂女ファナ(Juana la Loca 1479-1555)です。

スペイン・ハプスブルク家はその出発点において、もう既に呪われていたと言っても良いでしょう。


2) フェリペ2世

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』3 401

カルロス1世の子がフェリペ2世(1527-1598)です。

スペインの領土が最も拡大したのは彼の治世下です。
フィリピンという国名は彼に因んだものですね。

フェリペ2世の妻たちは尽(ことごと)く死ぬ運命にあり、4人目に妻として迎えたのが姪でした。
オーストリア・ハプスブルク家に嫁いだ実の妹の娘です。

政略結婚を強要された女性たちも、がんじがらめの中で薄幸の人生を送ったわけです。


3) フェリペ3世

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』4 470

フェリペ2世の子がフェリペ3世(1578-1621)です。

フェリペ3世は祖父の姪に当たる女性と結婚しました。
家系図を見てない人は、もう訳がわからなくなっているかも知れません。

57ページの家系図を見ながら書いている私でも、じっくり考えないと人間関係を理解することは難しいです。


4) フェリペ4世

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』5 676

フェリペ3世の子がフェリペ4世(1605-1665)です。
フェリペ4世は無能王と呼ばれています。

フェリペ4世の治世下で強国スペインがいくつかの領地を失ったということを踏まえて「無能」呼ばわりしているんだと思います。

彼の判断力が凡庸だったとすれば、それはこの家系図で示されている歴史がもたらしたものかも知れません。

フェリペ4世はオーストリア・ハプスブルク家に嫁いだ実妹の娘、つまり姪と結婚しています。
どこかで聞いた話だと思ったら、祖父フェリペ2世と同じことをしているわけです。

このフェリペ4世の子が今回の主役プロスペロ(1657-1661)なんです。
そしてマルガリータ(1651-1673)はプロスペロの実姉です。

さらにスペイン・ハプスブルク家としての最後の王カルロス2世(1661-1700)も、フェリペ4世の血を受け継いだ息子なのです。

なお、プロスペロやマルガリータの肖像画を数多く残したベラスケス(1599-1660)を宮廷に招いたのは、このフェリペ4世です。

カルロス1世からフェリペ4世までの家族の作り方を見てきましたが、どんな血筋かお分かりになったことと思います。

恐ろしいです。

100年以上かけて何度も何度も同じような血をかけあわせた結果、最終世代のカルロス2世は性的に不能となりスペイン・ハプスブルク家は断絶します。


5. 絶望的無力


プロスペロの姉は、あのマルガリータ(1651-1673)です。

マルガリータはプラド美術館に収められている『ラス・メニーナス(原題:Las Meninas)』の主人公ですね。

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』6 382


Las Meninasは「宮廷の侍女たち」という訳があてられています。
lasはスペイン語の定冠詞女性複数形です。

テキストだとモノクロ写真が64ページに掲載されています。

マルガリータは15歳の若さでオーストリア・ハプスブルク家へ輿入れします。
相手は母方の叔父レオポルト1世です。

「叔父」と聞いただけで、もう行く末は見えていますよね。

子供を4人産みますが、その内3人は1歳の誕生日を前にして亡くなります。
マルガリータ自身も21歳で生涯を閉じました。

恐ろしい結末です。

近親婚を繰り返すとこんな結末が待っているという一つの実例を示した一族がスペイン・ハプスブルク家です。

何かに取り憑かれたかのように、何代にもわたって先祖と同じことをしたのです。

学習効果の見られない一族は遺伝性疾患の子どもたちをたくさん作りたくさん失い、結局何ら解決策を見い出せないまま出口は完全に塞がれてしまいました。

スペイン・ハプスブルク家最後の国王がカルロス2世(1661-1700)です。
マルガリータやプロスペロの弟にあたります。

知的障害を持ちながら何とか39歳の誕生日目前まで生きました。

カルロス2世の10代半ばの肖像画(原題:Carlos II)を、フアン・カレーニョ・デ・ミランダ(Juan Carreño de Miranda 1614-1684)が描いています。

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』7 488

この作品はプラド美術館に収められています。
肖像画に描かれた彼の顔つきは死相という言葉がピッタリです。

テキストだとモノクロ写真が69ページに掲載されています。
カラー写真は巻頭に載っていますね。

この不気味な影はもはや人間のものではないですね。
しかも黒装束!

プロスペロは白装束でしたので、まだ鑑賞の対象になりました。
しかし、このカルロス2世の肖像画を自室の壁に掛けておきたい人がいるでしょうかね?


6. 鈴の理由


第一章で述べたプロスペロが着けていた鈴の理由を明かしますね。
侍従達が2歳の王子に鈴をつけたのは魔除けのためでした。

スペイン王室において生まれては死んでいった虚弱体質の子どもたち・・・。
周囲にいた者たちは不気味な雰囲気を肌で感じたことでしょう。

悪霊・祟り・呪い、そして行き場を失ってさまようばかりの霊魂たち・・・。

先祖と同じことを繰り返し先祖と同じ結末を迎え、それでもなお先祖と同じ道を選択する王家の人たち・・・。

魔除けの鈴をつけてもプロスペロは4歳で亡くなりました。

強引過ぎる血族結婚の前では鈴も無力です。
絶望的に無力です。

悲しい鈴の音は絵画の中に封じ込められました。


7. 所蔵先


ディエゴ・ベラスケス(Diego Rodríguez de Silva y Velázquez)が描いた『フェリペ・プロスペロ王子』は、ウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

美術史美術館はドイツ語ではKunsthistorisches Museumと言います。

die Kunstは芸術とか美術という意味の女性名詞です。
historischは形容詞で語義は歴史の~です。

このKunstとhistorischが合成されてKunsthistorischesという形容詞が出来上がりました。
das Museumは博物館や美術館という意味です。

そこに形容詞Kunsthistorischesがかかり、日本語に訳すと美術史美術館ということになるわけです。


★Quelque part dans le temps


放送に準拠したNHKテキスト(ISBN 978-4-14-189536-7)に関するコメントです。

全8回シリーズのテレビ番組の中で解説された絵画は10数点ですが、このテキスト(A5判)には全部で19個の「怖い絵」が掲載されています。

それら以外にも、絵画に関わる人物たちの肖像画がふんだんに散りばめられています。

19個の「怖い絵」については、ただ単に絵画の写真が載っているだけではありません。
執筆者である中野さんの、絵に対する解釈が述べられています。

さらに絵画が制作された頃の時代背景や、画家個人の人生についても言及されています。
番組の中では伝えきれなかった内容が、このテキストには詳細に盛り込まれています。

充実した脚注を読むだけでも、膨大な知識を獲得出来ます。

以下の絵画を美術館で見る予定のある方は、このテキストを前もって読んでおくと受け止め方が変わるかも知れません。

★ベラスケス 『フェリペ・プロスペロ王子』、『ラス・メニーナス』
★ゴヤ 『我が子を喰らうサトゥルヌス』
★ルーベンス 『我が子を喰らうサトゥルヌス』
★レーピン 『イワン雷帝とその息子』、『皇女ソフィア』
★ブリューゲル 『死の勝利』
★ミランダ 『カルロス二世』
★ボッティチェリ 『ヴィーナスの誕生』
★ドラクロワ 『怒れるメディア』


探究この世界 2010年2-3月 (NHK知る楽/月)
中野 京子
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ジェニファー・ラヴ・ヒューイット主演ドラマ『ゴースト 天国からのささやき』シーズン1を見た感想
記事URL  カテゴリ | 海外ドラマ | 2010年11月07日(日)19時58分 | 編集 |
2010年11月7日(日)


目次
1. 『瞳がほほえむから』
2. 1989年11月
3. 宮島依里
4. Melinda Gordon
5. シーズン2は放送されるのか?


1. 『瞳がほほえむから』


皆さんは勉強に疲れた時って、どうしているでしょうか?
私は、音楽を聴いて気分転換することが多いです。

よく聴く歌の一つは、『瞳がほほえむから』です。
これは、今井美樹が1989年11月8日に発表した曲です。

私がこの曲の存在を知ったのは、去年(2009年)の春でした。

『ゴースト 〜天国からのささやき(原題:Ghost Whisperer)』というアメリカのドラマを、日本テレビが深夜に放送していて、その主題歌として使われていたのが、『瞳がほほえむから』でした。

ドラマの内容に相応しい楽曲で、ドラマ本編が終わってもすぐにテレビを消さずに、エンディングで流れるこの曲を必ず聴いていました。


2. 1989年11月


『瞳がほほえむから』への思い入れが強くなったのは、曲自体の素晴らしさに加えて、この曲が1989年に発表されたものであるということを知ったからです。

長く生きていると、ある年のある月に何があったかなんてほとんど記憶には残っていないものです。
しかし、この1989年に起きた出来事は、私の心に深く刻み込まれることが多かったのです。

私がはっきり覚えている出来事は、以下の三つの訃報です。

1月:昭和天皇崩御
4月:松下幸之助死去
11月:松田優作死去

天皇崩御が1989年1月だったということをなぜはっきり覚えているかというと、私はこの年の3月に大学を卒業して、4月に新社会人となりました。

その数ヶ月前のことだったということで、記憶に残っているのです。

松下氏が4月に亡くなったことを覚えているのは、その就職した会社の運動会がゴールデンウィーク中に開催されました。

その直前の話題だったということで、記憶に残っているのです。

松田氏が11月に亡くなったことをなぜ覚えているかというと、直属の上司(課長)が松田氏と同い年だったんです。

自分にとって日々身近にいる人と同年齢の有名人が亡くなったということで、強く記憶に残っているのです。

この三つの訃報が、私の人生に特に大きな影響を与えたというわけではありません。
ただ単に、記憶に残っているというだけです。

『瞳がほほえむから』は、私の人生にとって節目となった1989年に発表された曲なのです。


3. 宮島依里


『ゴースト 〜天国からのささやき』で描かれていた主題は、いかにして死者の魂を慰めるかということでした。

故人の果たせなかった意志をこの世において出来る限り実現してあげて、彷徨う死者の魂を本来行くべき光のある方へ導く・・・、

そういった死者の心を理解する霊能力を持った主人公を、ジェニファー・ラヴ・ヒューイット(Jennifer Love Hewitt)が演じていました。

日本テレビの放送は吹き替えだったので、ジェニファーの実際の声を私は聞いたことはありません。

吹き替えを担当していたのは、宮島依里です。
彼女の声は素晴らしくて、このドラマを見続けた一つの要因になりました。


4. Melinda Gordon


人間は肉体が滅んでも心は生き続け、彷徨い、何かを実現しようとする意志の力は何ら変わることなく存在し続けるのかも知れません。

私たちが五感で感じられないだけで、その念はすぐ傍に存在しているのかも知れません。

実現されなかった意志は、たとえ死後何年が経過していようともこの世で現実化されることを望むのだと思います。

しかし、霊魂という姿になってしまった後では、その意志を実現することはまず不可能です。

では、その思いを誰に伝えるのか? 
誰に託すのか?

Jennifer Love Hewittが演じるMelinda Gordonという女性は、そういった死者の願いを現実化する役割を担って生まれて来た人です。

メリンダ・ゴードンは、霊魂の存在を皮膚感覚で理解するだけでなく、実際に霊の存在が見えたり霊の喋っている言葉が聞こえたりします。

メリンダは、そのような自分の特殊能力に悩みながらも、死んだ人の魂を救う仕事に邁進していきます。

メリンダには、その仕事を通じて何の見返りもありません。
首尾よく霊魂を慰めることが出来ても、この世での栄光を手にすることはありません。

むしろこういう能力を備えた人って、この現実世界では気味悪がられることの方が多いのかも知れませんよね。

ドラマの中でも、Melinda Gordonの有する特異な能力に対して、露骨に嫌悪感を表す人が少なからずいます。

私はもしメリンダと知り合ったとしたら、彼女の全てを受け入れようと思います。
私は、霊の世界があることを信じています。

ただ、世の中全ての人が同じ価値観ではないですからね。
一つの事実に対しても、いろんな受け止め方があります。

もしかしたら、この現実世界で実際にMelindaのような仕事をしている人って、目立たないだけで結構いるのではないかと思っています。

その人達って、普段はそういう特殊能力があることを前面に出しません。
従って、周囲はそのことに気づかずに一緒に生きているのだろうと思います。

「私には人智を超えた霊能力があるんです」って言ってくれなければ、周りにいる者たちには分かるわけないんですけどね、普通はね。

ただ、そのことを言われなくても分かってしまう「普通じゃない人」もいるはずなんですよ。
なんとなくですけど、そう思います。

2010年11月7日ジェニファー・ラブ・ヒューイット主演ドラマ『ゴースト 天国からのささやき』シーズン1を見た感想 main


5. シーズン2は放送されるのか?


『ゴースト 〜天国からのささやき』シーズン1が終わった後、『プリズン・ブレイク』シーズン4が始まり、2010年2月11日に放送が終了しました。

その後、この時間枠で『ゴースト 〜天国からのささやき』シーズン2をやるのかなと思っていましたが、2月18日からは別のドラマが放送されています。

いずれは、シーズン2が放送されるものと期待しています。





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ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『クラブのエースを持ついかさま師』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月02日(火)13時06分 | 編集 |
2010年11月2日(火)


目次
1. グラスワイン
2. 光と影
3. 原題


今回取り上げる作品は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作『クラブのエースを持ついかさま師』です。

2010年11月2日ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『クラブのエースを持ついかさま師』1 199

1. グラスワイン


ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)は、下掲の『ダイヤのエースを持ついかさま師』と同じ構図で上掲の『クラブのエースを持ついかさま師』を描いています。

2010年11月2日ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『クラブのエースを持ついかさま師』2 239

画面中央に位置する貫禄たっぷりの女性に給仕係がグラスワインを渡そうとしています。

この給仕係は一見すると悪人には見えませんよね。
あくまでも普通の女性です。

ところがこの給仕が内通者なのです。
給仕は各人の手の内を見ることが出来る立場にいます。

向かって右端にいる裕福な身なりの少年は、給仕には手の内を見られても構わないと信じ切っています。


2. 光と影


向かって左端に座っている男の右腕の影が少年の方へと伸びています。
画面の向かって左から強烈な光が当たっているということですね。

男の背中には強い光が当たっています。

この舞台を眺めている私たちは、男がイカサマ用の二枚のカードを背中に隠し持っていることが見えています。

しかし、光は自分に当たっていると信じて疑わない少年には、舞台上で進行している出来事が全く見えていません。

少年は周囲で起きている出来事を見ようともしていません。
まるでこの場の主役は自分であるかのように勘違いし、自らの手札に集中しています。

少年が勘違いをしている原因の一つとして、これまでの数回の勝負で勝ってきたことが挙げられます。

少年の前に積まれた多くの金貨はその証です。

太らせるだけ太らせて最終的には身ぐるみを剥ぐ・・・。
これがいかさま師の手口です。

視野の狭い少年には、この世に不正な行為があるなどとは予想も出来ないのでしょうね。


3. 原題


ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(Georges de La Tour)が描いた『クラブのエースを持ついかさま師』は、英語ではThe Cheat with the Ace of Clubsと言います。

この作品は、アメリカのテキサス州フォートワースにあるキンベル美術館(Kimbell Art Museum)に所蔵されています。




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