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Daniel Seiter『オリオンの死体の隣にいるディアナ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月30日(金)14時11分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2011年9月30日(金)


目次
1. 狩りの女神アルテミス
2. アポロンの奸計
3. オリオン座とサソリ座
4. アルテミスとセレネ
5. 原題


今回取り上げる作品は、Daniel Seiter作『オリオンの死体の隣にいるディアナ』です。

2011年9月30日Daniel Seiter『オリオンの死体の隣にいるディアナ』252

1. 狩りの女神アルテミス


クレタ島に渡ったオリオンは、狩りの女神アルテミスと運命的な出会いをします。
アルテミスは狩りの女神であると同時に処女神なので、通例では男には全く興味を示しません。

ところがオリオンは例外で二人は恋に落ちました。

オリオンとアルテミスはお互いに狩りの名手ですので、一緒に狩猟に出掛け共通の話題で会話を楽しむことが出来ます。

オリオンとアルテミスは交際を深めて行き、やがて結婚を考えるようになります。

この様子を傍で見ていたアポロンは、姉アルテミスにアポロンとの結婚を思い止まるよう諭しました。

なぜなら、オリオンにはキオス王女メロペを強姦したという実績があるため、オリオンの持つそうした凶暴な性格をアポロンは懸念していたからです。

ところが恋に落ちたアルテミスは、弟アポロンの言うことに耳を傾けようとしません。

そこでアポロンはオリオンを亡き者にするために、大地の女神ガイアを訪ねて次のように伝えました。

「オリオンは地上に生きる全ての獣を射殺するつもりだと言っていますよ。」

ガイアはオリオンがこうした考えを持っていることを快く思わず、罰を与えるためにオリオンの元へ刺客としてサソリを送り込みました。

浜辺にいたオリオンは襲いかかって来る巨大なサソリに向かって矢を放ちますが一向に効き目がなく、身の危険を感じます。

やむを得ずオリオンは一旦、海の中へと逃げることにします。


2. アポロンの奸計


オリオンは岸からはかなり離れた場所に浮かんでいますので、ここならサソリが襲って来ることはありません。

オリオンは沖でしばらくの間、今後の戦略を練っていました。

アポロンは海岸の木々に隠れて、オリオンとサソリとの戦いを一部始終見ていました。
オリオンがサソリのいる海岸から逃げて沖で浮かんでいるのも、アポロンはもちろん知っています。

そこへ、アルテミスがやって来ました。
アルテミスはオリオンが沖にいることは知りません。

アポロンは姉アルテミスに次のように言いました。

「狩りの名手と呼ばれるあなたであっても、あれだけ遠く離れた場所にあるモノを射抜くことは出来ないでしょう。」


そう言って、アポロンはオリオンの体が見える方向を指差しました。
岸からは距離が遠すぎてアルテミスにはそれが何なのかはわかっていません。

負けん気の強いアルテミスは自分の実力を示すために、沖に見える「モノ」に狙いを定めて矢を放ちました。

アルテミスの放った矢は見事に対象物に命中しました。

アポロンはアルテミスの正確な腕前に感嘆の声を挙げながら、去って行きました。
しばらくして打ち寄せる波が、先程アルテミスによって射抜かれた「モノ」を岸へと運びます。

岸に辿り着いたのはモノではなく男性の死体でした。
それはオリオンの死体だったのです。


3. オリオン座とサソリ座


イタリアの画家Daniel Seiter(1642頃-1705)が描いているのは、オリオンの死体を見て嘆いているアルテミスの姿です。

前景で全裸で横たわっているのが死んだオリオンです。

オリオンを見つめるアルテミスは、知らなかったとは言え自分が射殺したという事実に愕然としています。

男のオリオンが膝を開いているのとは対照的に、アルテミスは女神らしく膝を閉じて両足も揃えています。

この後、オリオンはゼウスの計らいで星座として天に上げられました。
また、オリオンを付け狙ったサソリも星座になりました。

オリオン座が大空でサソリ座に追われていると解釈されているのは、この話が源になっていると言われています。


4. アルテミスとセレネ


処女神であるアルテミスがオリオンと恋に落ちるのは不可解な気がしますね。
本来のアルテミスはアテナ同様、恋愛を疎んじセックスを嫌悪しています。

そんな男嫌いのアルテミスがオリオンとの恋に夢中になったのは、アルテミスが月の女神セレネの性格を引き継いだことに由来するという説もあります。

本来、ギリシア神話における月の女神はセレネだったのですが、時代が進むにつれてセレネとアルテミスの逸話が混同されるようになり、いつの間にかアルテミスは月の女神とされたという経緯があります。

もしかするとオリオンと恋に落ちたのは、当初はセレネだったのかも知れません。
ただ、セレネは狩りの名手ではありませんので、オリオンを射殺することは考えにくいです。

こうした整合性のつかない逸話が散りばめられているのが、ギリシア神話なのです。


5. 原題


Daniel Seiterが描いた『オリオンの死体の隣にいるディアナ』は、英語ではDiana next to the Corpse of Orionと言います。

この作品はルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。


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ニコラ・プッサン『日の出を探す盲目のオリオン』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月29日(木)13時43分 | 編集 |
記事のタグ: メトロポリタン美術館
2011年9月29日(木)


目次
1. ポセイドンの息子
2. ヘパイストスの弟子ケダリオン
3. キオス島からクレタ島へ
4. 原題


今回取り上げる作品は、ニコラ・プッサン作『日の出を探す盲目のオリオン』です。

2011年9月29日ニコラ・プッサン『日の出を探す盲目のオリオン』216

1. ポセイドンの息子


オリオンは、海の神ポセイドンとエウリュアレとの間に生まれました。
エウリュアレは、クレタ島の王ミノスの娘です。

系譜を示します。

エウロパ→ミノス→エウリュアレ→オリオン


成人したオリオンは、一人で諸国を放浪していました。

オリオンはキオス島に立ち寄った際、キオス王女メロペに一目惚れしました。

メロペの父であるキオス王オイノピオンは、ディオニュソスの息子ですので、メロペはディオニュソスの孫に当たります。

系譜を示します。

ゼウス→ディオニュソス→オイノピオン→メロペ


オリオンは、王オイノピオンにメロペとの結婚を承諾して欲しい旨、申し出ました。

しかし、オイノピオンは、美しい娘メロペをオリオンに渡す意志はありません。
そこで、島の猛獣たちを退治したら結婚を許すと約束しました。

オイノピオンとしては無理難題を突きつけたつもりでしたが、オリオンは狩りの名手でしたので、あっという間に、島にいる獣達を射ち殺してしまいました。

無理だと思われた命令が達成されてしまったので、オイノピオンは困り果てた挙句、仕方なく、不必要な宴会を開くなどして、オリオンとメロペとの結婚を先送りにする作戦に出ます。

業を煮やしたオリオンは、ついに実力行使に出て、メロペを強姦してしまいます。

娘メロペが強姦された事実を知ったオイノピオンは、父であるディオニュソスに、葡萄酒の力でオリオンが泥酔するよう依頼します。

ディオニュソスは、オイノピオンの願いを聞き届け、オリオンを泥酔させました。
そして、オイノピオンは、オリオンが前後不覚になったところを狙って、両目を潰しました。

盲目にされたオリオンは、オイノピオンの従者たちによって砂浜に捨てられました。


2. ヘパイストスの弟子ケダリオン


視覚を失ったオリオンは、砂浜に蹲(うずくま)るしかありません。
すると、傷心のオリオンに次のような内容の神託が降りました。

「太陽神ヘリオスの光を受ければ、その目は治癒するであろう。」


オリオンは聴覚を頼りに、レムノス島の方向へと歩み始めます。

レムノス島には、ヘパイストスが時々利用している鍛冶場があり、そこでは、毎日のように槌の音が鳴り響いていました。

目の見えないオリオンは、金属を鍛錬する音を聞きながら、ヘパイストスの元へと辿り着きました。

事情を聞いたヘパイストスは、弟子のケダリオンをオリオンの目の代わりとして差し出しました。
ケダリオンを肩に乗せたオリオンは、一路ヘリオスのいるオケアノスの果てを目指します。

フランスの画家ニコラ・プッサン(1594-1665)が描いているのは、盲目のオリオンです。
右手に弓を持った大男がオリオンですね。

オリオンの肩に乗っているのは、ケダリオンです。
ケダリオンは小人ではなく、オリオンが巨人なのです。

ケダリオンの道案内で、オリオンはヘリオスの元へと到着します。


3. キオス島からクレタ島へ


オリオンは、ヘリオスの光を受けて両目を癒され、視覚を回復します。
そしてオイノピオンに復讐するために、オリオンはキオス島へと戻ります。

オリオンはキオス島内を隈(くま)なく探しましたが、オイノピオンの姿が見当たりません。
実は、オイノピオンは先手を打って、地下室に隠れていたのです。

この地下室は、オイノピオンがヘパイストスに依頼して造ってもらったものでした。

オリオンは、オイノピオンがクレタ島へ逃げたのではないかと考え、クレタ島へと渡ります。
そのクレタ島で、オリオンはアルテミスと出会うことになるのです。


4. 原題


ニコラ・プッサン(Nicolas Poussin)が描いた『日の出を探す盲目のオリオン』は、英語ではBlind Orion Searching for the Rising Sunと言います。

この作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)で見ることが出来ます。





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ハーバート・ジェームズ・ドレイパー『イカロスへの哀悼』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月28日(水)00時27分 | 編集 |
2011年9月28日(水)


目次
1. イカロスの墜落後
2. ダイダロスのその後
3. 原題


今回取り上げる作品は、ハーバート・ジェームズ・ドレイパー作『イカロスへの哀悼』です。

2011年9月28日ハーバート・ジェームズ・ドレイパー『イカロスへの哀悼』409

1. イカロスの墜落後


ハーバート・ジェームズ・ドレイパー(1863-1920)は、イカロスの翼を描きました。

海に墜落したイカロスの姿を、海のニンフたちが見つめています。
介抱しようとしているニンフもいますが、時既に遅くイカロスは事切れています。

イカロスの最期は、美しいニンフたちに看取られたものであったというドレイパーの解釈です。


2. ダイダロスのその後


イカロスの父ダイダロスは、空を飛んでクレタ島からシチリア島へと辿り着きました。
シチリア王は、名工ダイダロスの訪問を歓迎します。

クレタ王ミノスは、逃亡したダイダロスの行方を追い、ダイダロスがシチリアにいることを突き止めます。

ミノスは、シチリア王にダイダロスの引き渡しを求めましたが、シチリア王は名工ダイダロスを手放すつもりなどありません。

ミノスが、ダイダロスの引き渡しをしつこく要求して来るため、シチリア王は、ダイダロスを引き渡すと嘘をつき、ミノスをシチリアへ招きます。

ミノスは宴でもてなしを受けた後、シチリア王女たちに煮え湯を浴びせかけられて死に絶えたのでした。


3. 原題


ハーバート・ジェームズ・ドレイパー(Herbert James Draper)が制作した『イカロスへの哀悼』は、英語ではThe Lament for Icarusと言います。

この作品は、ロンドンにあるテート・ギャラリー(The Tate Gallery)で見ることが出来ます。





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ピーテル・ブリューゲル(父)『イカロスの墜落』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月27日(火)13時23分 | 編集 |
2011年9月27日(火)


目次
1. イカリア海
2. 原題


今回取り上げる作品は、ピーテル・ブリューゲル(父)作『イカロスの墜落』です。

2011年9月27日ピーテル・ブリューゲル(父)『イカロスの墜落』215

1. イカリア海


蝋で出来た翼が溶けて、イカロスが墜落した先は、海でした。
この海はイカロスの名に因んで、イカリア海と呼ばれています。

ピーテル・ブリューゲル(父)(1525頃-1569)の作品では、イカロスは画面向かって右下の、船の手前に描かれています。

頭から落下して、両脚だけが海上に見えています。
空から人が落下して来たというのに、周囲にいる人々は無関心を装っています。


2. 原題


ピーテル・ブリューゲル(父)(Pieter Bruegel l'Ancien)が制作した『イカロスの墜落』は、フランス語ではLa Chute d'Icareと言います。

la chuteが、落下、という意味です。

この作品は、ベルギーのブリュッセルにある王立美術館(Musées royaux des beaux-arts de Belgique)で見ることが出来ます。





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ピーテル・パウル・ルーベンス『イカロスの墜落』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月26日(月)00時24分 | 編集 |
2011年9月26日(月)


目次
1. 海へと落ちて行くイカロス
2. 原題


今回取り上げる作品は、ピーテル・パウル・ルーベンス作『イカロスの墜落』です。

2011年9月26日ピーテル・パウル・ルーベンス『イカロスの墜落』340

1. 海へと落ちて行くイカロス


ダイダロスとイカロスは、迷宮から首尾良く脱出し、大空へと飛び立ちました。

空を飛べることで好奇心の塊になったイカロスは、次第に太陽へと近づいて行きます。
その様子を見た父ダイダロスは、大声を上げて、イカロスの暴挙を諌(いさ)めようとしました。

しかし、特殊能力を得て有頂天になっているイカロスには、ダイダロスの声は届きません。

しばらくして、太陽の熱が蜂蜜の蝋を徐々に溶かしていきます。
やがて翼は腕から剥がれ落ち、禁を犯したイカロスは、大海原へと真っ逆さまに墜落していくのです。

ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)は、翼を失ったイカロスが墜落する様を描いています。

向かって右側が、イカロスです。
真下に見えるのはイカリア海と呼ばれていて、イカロスに由来する名前とされています。


2. 原題


ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)が制作した『イカロスの墜落』は、フランス語ではLa Chute d'Icareと言います。

la chuteが、落下、という意味です。

この作品は、ベルギーのブリュッセルにある王立美術館(Musées royaux des beaux-arts de Belgique)で見ることが出来ます。





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シャルル・ポール・ランドン『ダイダロスとイカロス』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月25日(日)16時07分 | 編集 |
2011年9月25日(日)


目次
1. 蜂蜜の蝋
2. 原題


今回取り上げる作品は、シャルル・ポール・ランドン作『ダイダロスとイカロス』です。

2011年9月25日シャルル・ポール・ランドン『ダイダロスとイカロス』437

1. 蜂蜜の蝋


フランスの画家シャルル・ポール・ランドン(1760-1826)が描いているのは、迷宮を脱出して大空へと飛び立つイカロスの姿です。

翼を拵(こしら)えたダイダロスは、息子のイカロスと共に迷宮からの脱出に成功します。
飛び立つ前に、ダイダロスはイカロスに対して一つの注意を与えておきました。

「太陽に近づくと、翼を貼りつけている蜂蜜の蝋が溶ける。絶対に太陽に近づいてはならない。」

イカロスは、飛び立つ前は父ダイダロスの言うことを理解していました。
しかし、意気揚々と空を飛んでいる内に、親の忠告など忘れ去ってしまうのです。


2. 原題


シャルル・ポール・ランドン(Charles Paul Landon)が描いた『ダイダロスとイカロス』は、フランス語ではDaedale et Icareと言います。

この作品は、フランス北西部の街アランソン(Alençon)にある美術館(Musée des beaux-arts et de la dentelle)で見ることが出来ます。





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シャルル・ル・ブラン『ダイダロスとイカロス』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月24日(土)15時14分 | 編集 |
2011年9月24日(土)


目次

1. テセウスによるミノタウロス退治
2. 迷宮からの脱出
3. 原題


今日から、イカロスの話に移ります。
2011年8月2日(火)『シャルル・エドゥアール・シェーズ『ミノタウロスを打ち破ったテセウス』 loro2012.blog.fc2.com』の続きです。

今回取り上げる作品は、シャルル・ル・ブラン作『ダイダロスとイカロス』です。

2011年9月24日シャルル・ル・ブラン『ダイダロスとイカロス』503

1. テセウスによるミノタウロス退治


クレタ島の王ミノスは、一度入ったら絶対に出られないはずの迷宮からテセウスが脱出したことを聞き、驚きました。

ミノスは、まさか王女アリアドネが赤い糸の作戦で協力しているとは、夢にも思っていません。

そこで、ミノスは、迷宮の作者であるダイダロスがテセウスに内通したと断定しました。

実際には、ダイダロスは、一度入った迷宮から出る方法を知りませんでした。
迷宮の作者ダイダロスですらも、脱出方法は知らなかったのです。

しかし、仮にダイダロスが内通していなかったとしても、誰も出られないはずの迷宮からテセウスが脱出したという事実は変わりません。

ダイダロスは王ミノスの不興を買い、この不祥事の責任を取る形で、息子のイカロスと共に、自らの作った「脱出できないはずの」迷宮へと幽閉されたのでした。


2. 迷宮からの脱出


迷宮の中に幽閉されたダイダロスは、ミノスにバレないように「脱出できないはずの」迷宮から脱出する方法を考えます。

そして、室内を見渡している内に、鳥の羽を集めて翼を作り、大空に向けて飛び立って脱出することを思いつきました。

迷宮の奥深い場所には、今までミノタウロスが幽閉されていましたが、空気抜きのために、一つだけ窓が拵(こしら)えてあったのです。

何年にも渡って、その窓のそばを鳥が行き来する間に、鳥の羽が室内に舞い落ちて、床の上に溜(た)まっていたのでした。

ダイダロスは、羽をかき集めて翼を仕立てます。

さらに、ミツバチが室内に巣を作っていましたので、蜂蜜を手に入れることが出来ました。

ダイダロスは、蜂蜜を材料とした蝋(ろう)を拵(こしら)えて接着剤とし、出来上がった翼を腕に貼りつけました。

フランスの画家シャルル・ル・ブラン(1619-1690)が描いているのは、ダイダロスがイカロスに翼をつけているところです。

全裸の若者が、イカロスですね。
こうして、ダイダロスとイカロスは迷宮から脱出する準備を整えたのです。


3. 原題


シャルル・ル・ブラン(Charles Le Brun)が描いた『ダイダロスとイカロス』は、英語ではDaedalus and Icarusと言います。

この作品は、エルミタージュ美術館(State Hermitage Museum)で見ることが出来ます。




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ウジェーヌ・ドラクロワ『怒れるメディア』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月22日(木)16時05分 | 編集 |
2011年9月22日(木)


目次
1. イアソンの子を手にかける魔女
2. 太陽神ヘリオスの孫娘
3. 原題
4. もう一枚の『怒れるメディア』
5. イアソンの最期


今回取り上げるのは、ウジェーヌ・ドラクロワ作『怒れるメディア』です。

2011年9月22日ウジェーヌ・ドラクロワ『怒れるメディア』1 505

1. イアソンの子を手にかける魔女


メディアは、イアソンの愛が冷めたことを知り、絶望の淵に追い込まれます。

そして、自分を見捨てたイアソンへの復讐として、彼の血を受け継ぐ二人の子供の命を奪うことにしました。

イアソンを殺すことは出来ないので、弱い立場にある子供たちを彼の身代わりにするということですね。

狂乱した魔女の判断は、常軌を逸しています。

自分を捨てたイアソンに対するあてつけとして、イアソンの血を引く子を自らの手で殺そうというのです。

イアソンにとっては、子を失うというのは、最も避けたい事態です。
だからこそ、メディアは子殺しを実行するのです。

メディアはイアソンに対する仕返しとして、イアソンの血統をこの世に残さないという道を選択したのでした。

フランスの画家ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)は、メディアが犯そうとしている蛮行を描いています。

画面中央で、左手に剣を持っているのがメディアです。

メディアは怒りに燃えていて、もはや後戻りは出来そうにありません。
こうしてメディアは、二人の小さな子どもたちの命を、葬り去りました。


2. 太陽神ヘリオスの孫娘


メディアは子供たちを殺害した後、太陽神ヘリオスに願いを掛け、竜が引く戦車を天空から降ろしてもらいました。

ヘリオスは、メディアの祖父にあたります。

系譜を示します。

ヒュペリオン→ヘリオス→アイエテス→メディア


メディアは、竜の引く戦車に乗って、空の彼方へと去って行きました。
その落ち着き先が、アテナイ王アイゲウスのところです。

アテナイでは、メディアとテセウスとの間に確執が生まれることになりますが、この話は既に、2011年7月31日(日)の記事『ウィリアム・ラッセル・フリント『テセウスに毒杯を差し出すメディア』 loro2012.blog.fc2.com』で述べています。


3. 原題


ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)が描いた『怒れるメディア』は、フランス語ではMédée furieuseと言います。

Médéeは、メディアのことです。

furieuxは形容詞で、怒り狂った、という意味です。
ここではメディアが女性なので、形容詞も女性形になっていますね。

1862年に制作されたこの作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)の所蔵となっています。


4. もう一枚の『怒れるメディア』


なお、ドラクロワはこれ以前に、同じ構図でもう一枚『怒れるメディア』を描いています。

2011年9月22日ウジェーヌ・ドラクロワ『怒れるメディア』2 not

1838年に制作された上掲の作品は、フランス北部のノール県にあるリール市立美術館(Palais des Beaux-Arts de Lille)が所蔵しています。

画像が小さくて見づらいのですが、ルーヴル版とリール版とではメディアが左手に持っている剣の先端の位置が異なっています。

それ以外は、ほとんど見分けがつきませんね。


5. イアソンの最期


メディアに子供たちを殺されたイアソンは、全てを失いました。
家庭も、社会的地位も、夢も、何もかも無くなってしまったのです。

イアソンに残されたものがあるとすれば、黄金の羊毛を求めて冒険した時の思い出と、メディアと楽しく暮らしていた頃の思い出です。

イアソンは、その後、大海原へと一人で船を漕いで、旅立ちました。

そして、水平線を遠くに見つめながら、メディアと出会ってからの様々な出来事を思い出し、一日一日を過ごしていきました。

やがて、イアソンは、船の上で息絶えたと伝えられています。





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アンゼルム・フォイエルバッハ『メディア』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月21日(水)13時50分 | 編集 |
2011年9月21日(水)


目次
1. コリントス王クレオン
2. コリントス王女グラウケ
3. イアソンの落ち度
4. 原題


今回取り上げる作品は、アンゼルム・フォイエルバッハ作『メディア』です。

2011年9月21日アンゼルム・フォイエルバッハ『メディア』166

1. コリントス王クレオン


イアソンは、イオルコス王となるためにコルキスまで赴きました。

そして、コルキス王女メディアの協力を得て黄金の羊皮を手に入れ、やっとの思いでイオルコスまで帰還したのです。

ところが、魔術を操るメディアの存在は、イオルコスの人々に怪しまれ、疎まれて行きました。
イアソンはイオルコス王に就くことを諦め、国外へと逃亡せざるを得なくなったのです。

イアソンとメディアは、やむを得ずコリントスへと落ち延びて行きます。

コリントスは、ペロポネソス半島の北東部にある街です。
イオルコスから見ると、南に位置します。

コリントスの王クレオンは、二人を歓待してくれました。

イアソンとメディアは、コリントスの地でしばらくは平穏に暮らしていました。
二人の子宝にも恵まれ、ようやく平和な日々が訪れたかに見えました。

しかし、イアソンに対するメディアの愛が重すぎて、イアソンにはやや重荷になりかけていたのも事実でした。

そんな折、イアソンの器量を見込んだコリントス王クレオンが、娘グラウケの婿になってもらいたいと、イアソンに話を持ちかけます。

クレオンは、王女グラウケの結婚相手として、以前から優秀な男を望んでいました。
そして、コリントス王国の末永い繁栄を願っていました。

そこへ上手い具合に、イアソンという勇敢な男がやって来たわけです。

クレオンは、イアソンとメディアの間に子どもが二人いることを知っていました。
しかし、イアソンのメディアに対する愛が冷めていることに気づいていたのです。

この辺りから、メディアの人生は暗転します。


2. コリントス王女グラウケ


イアソンは、時折、妖術を使って見せる妻メディアのあり方に、嫌気がさして来ていました。

そして、コリントス王クレオンの申し出を快諾し、メディアとは離婚して、グラウケと結婚する道を選ぶことにしました。

イアソンは、このコリントスの地で、王として暮らすことを決意したわけです。
これにより、メディアは捨てられることになりました。

イアソンの真意を知ったメディアは、烈火の如く怒りました。
そして、コリントス王の娘グラウケを殺害することにします。

メディアは、贈り物と称してグラウケに衣服を贈りました。

その衣服には魔法が掛けられていて、着た途端に発火し、体が燃え尽きるよう仕組まれていたのでした。

グラウケは、メディアの魔術によって焼死させられました。


3. イアソンの落ち度


魔女を怒らせてはいけませんよね。
魔法を使われたら、人間は太刀打ち出来ません。

イアソンがメディアを裏切ったのは、大失策と言えます。

いかにメディアの愛が重すぎて煩わしくなっていたとしても、イアソンはそれを受け止めて一生彼女を愛し続けるべきだったのです。

メディアのイアソンに対する愛は、本物でした。
一方のイアソンの愛は、時間の経過と共に、うつろいゆくものだったということになりますね。

ある意味では、イアソンの愛が普通であり、メディアの愛が奇特であると言えるでしょう。
普通と奇特が衝突した時に、このような悲劇が生まれるわけですね。

やはり、普通と普通が一番相性が良くて、お互いに愛がなくなった時に離婚してしまうのが、一番平和な解決方法なのかも知れません。

さて、メディアは王女グラウケを殺害した後に、子供たちを連れてコリントス宮廷から逃亡しました。

ドイツの画家アンゼルム・フォイエルバッハ(1829-1880)が描いているのは、子供二人を連れて逃亡しているメディアの姿です。

向かって左で、子供二人を抱いているのがメディアです。
中央で顔を覆っているのは、メディアの侍女ですね。


4. 原題


アンゼルム・フォイエルバッハ(Anselm Feuerbach)が描いた『メディア』は、英語ではMedeaと言います。

この作品は、ミュンヘンにあるノイエ・ピナコテーク(Neue Pinakothek)で見ることが出来ます。





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アンソニー・フレデリック・オーガスタス・サンディーズ『メディア』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月20日(火)00時22分 | 編集 |
2011年9月20日(火)


目次
1. イオルコスに帰還したイアソンとメディア
2. ペリアスの死
3. 追放されるイアソンとメディア
4. 原題


今回取り上げる作品は、アンソニー・フレデリック・オーガスタス・サンディーズ作『メディア』です。

2011年9月20日アンソニー・フレデリック・オーガスタス・サンディーズ『メディア』454

1. イオルコスに帰還したイアソンとメディア


アルゴー船に乗って冒険に出たイアソンは、コルキス王女メディアの魔術の力を借りて、首尾よく黄金の羊の毛皮を手に入れ、無事にイオルコスへと戻ることが出来ました。

道中、イアソンとの結婚式を挙げて妻となったメディアも、イアソンと共にイオルコス宮廷に入ります。

イアソンは、持ち帰った黄金の羊毛を叔父王ペリアスに引き渡し、当初の約束通り、王位の譲渡を求めますが、ペリアスは約束を守らず、イアソンには王位を譲りませんでした。

騙(だま)されたイアソンは、苦々しい思いを抱えながら、しばらくイオルコスで暮らして行きます。


2. ペリアスの死


失意のイアソンを傍で見ていたメディアは、ペリアスが死ねば、王位はイアソンのものになると考え、魔力によってペリアスが死ぬように仕向けます。

実際に、メディアが手を下してペリアスを殺害したわけではありません。
ペリアスを殺したのは、ペリアスの娘たちです。

メディアは、ペリアスの娘たちの前で、若返りの魔術と称して、老いた羊をその手でいったん殺し、湯の中に入れ、呪文を唱えて蘇生させ、若返らせるという術を示しました。

この魔術を目の当たりにしたペリアスの娘たちは、そのやり方をメディアから習った上で、体力の衰えた父ペリアスを若返らせようと実行しました。

しかし、メディアが彼女たちに教えたのは、不完全な呪文でした。

そうとは知らない娘たちは、教わった通り、父ペリアスの体を切り刻んで、煮えたぎる湯の中へ入れてしまったのでした。

不完全な呪文をどれだけ唱えても、ペリアスの体が蘇生するはずがありません。
こうして、ペリアスは娘たちの手によって殺害されたのでした。


3. 追放されるイアソンとメディア


イングランドの画家アンソニー・フレデリック・オーガスタス・サンディーズ(1829-1904)が描いているのは、怪しげな材料を調合して、薬品を作っているメディアの姿です。

中央の器からは、炎がメラメラと燃え上がっています。
向かって左下に描かれている動物は、カエルですね。

これから、このカエルを炎の中に入れて、薬の材料にしようというのでしょうか。

ペリアスの娘たちは、毎日のように、メディアのこうした薬品調合から発せられる不気味な香りや、不穏な空気を感じながら暮らしていましたので、メディアには人とは異なる不思議な魔力があると思っていました。

だからこそ、ペリアスの娘たちは、メディアに教えてもらった魔術を、盲目的に信じ込んでしまい、図らずも、父親を殺害するに至ったわけです。

ところが、この殺人事件を知った周囲の者たちは、王殺害の実行犯である娘たちよりも、その背後にいるメディアに疑いの目を向けて行きます。

メディアの魔術が契機となってペリアスが死んだことで、この異国の魔術使いの存在は、イオルコスの人々に少なからず恐怖心を与えました。

元々、メディアは胡散臭い存在として見られていましたが、この事件後は、誰も傍に寄って来ない恐れられる存在になってしまったのです。

イアソンが王になった場合、メディアは王妃として政治を補佐して行く立場になるわけですが、宮廷内で忌み嫌われている女が王妃として人々を束ねて行けるはずもありません。

そして、そんなメディアを妻に選んだイアソンにも、周囲は懐疑的な眼差しを向けるようになり、ついにイアソンとメディアは、イオルコスに留まることが出来なくなってしまいました。


4. 原題


アンソニー・フレデリック・オーガスタス・サンディーズ(Anthony Frederick Augustus Sandys)が描いた『メディア』は、英語ではMedeaと言います。

この作品の所在は、不明です。





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ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ『メディアに対する永遠の愛を誓うイアソン』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月18日(日)00時19分 | 編集 |
2011年9月18日(日)


目次
1. スケリア島の王アルキノオス
2. 王妃アレテの妙案
3. ヒュメナイオス
4. 原題


今回取り上げる作品は、ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ作『メディアに対する永遠の愛を誓うイアソン』です。

2011年9月18日ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ『メディアに対する永遠の愛を誓うイアソン』361

1. スケリア島の王アルキノオス


メッシーナ海峡を通過したイアソン一行は、水と食料を補給するために、スケリア島に寄港しました。
スケリア島は、現在のケルキラ島に同定されています。

ケルキラ島は、ギリシア領の最西部に位置し、かつてヴェネツィア共和国が支配していた頃は、コルフ島と呼ばれていました。

スケリア島は、アルキノオスが王として治めている島です。
島は別名、パイアケス島とも呼ばれていました。

イアソンらが島に上陸してしばらくしてから、コルキス海軍の追っ手がスケリア島に到達しました。
コルキス軍は、王女メディアの引渡しを求めます。

コルキス王女メディアは、父である王アイエテスの監督下に置かれている身であり、父の帰還命令は絶対です。

しかし、コルキスへ連れ戻されたら、メディアは王子アプシュルトスを殺した罪で、死刑になることは目に見えています。

これまでの経緯をイアソンから聞かされていたスケリア王アルキノオスは、王としての権限で、コルキス海軍がメディアを連れて帰るのを、一晩だけ待ってもらうように依頼し、了承を得ました。


2. 王妃アレテの妙案


その晩、スケリア王妃アレテは、メディアをコルキス軍に渡さないための妙案を思いつきます。
それは、イアソンとメディアが正式に結婚して夫婦になることです。

夫婦という形を整えた場合、夫であるイアソンの意向が父アイエテスの意向を上回ります。

メディアが夫を得た場合は、父の命令に従ってコルキスに戻る義務はなくなり、夫イアソンと共に行動することが晴れて認められるわけです。

しかも、この結婚は形だけの急場しのぎではなく、新郎新婦共に、真剣に愛し合っているのです。

愛し合う2人が早晩、結婚するのであれば、今この時に挙式を行ったらどうか、というアレテの提案です。

こうして、イアソンとメディアは、永遠の愛を誓い、夫婦となったのです。


3. ヒュメナイオス


パリで生まれた画家、ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ(1679-1752)は、イアソンがメディアに対して、永遠の愛を誓っている場面を描きました。

画面上方で、イアソンに矢を向けているのはエロスですね。
そのエロスと脚を交差させているのは、結婚の祝祭の神ヒュメナイオスです。

ギリシア神話における結婚の女神はヘラですが、ヘラの役割は結婚に関する総合的なものです。
結婚の祝祭に特化した神が、ヒュメナイオスということになります。

ヒュメナイオスの特徴として、頭に花輪をつけていること、そして片手で燃える松明を持っていること、などが挙げられます。

ヒュメナイオスは、ヒュメンと呼ばれる場合もあります。

向かって右の立像は、どの女神を表しているのかが不明ですが、ヒュメナイオスとは異なり、両手に持った松明の火に灯りがついていないことが、この二人の将来を暗示しているようです。

なお、このイアソンの物語とは直接関係ありませんが、スケリア王アルキノオスと王妃アレテとの間には、王女ナウシカが生まれます。

ナウシカは、オデュッセウスの物語に登場する王女です。
オデュッセウスの話をするのは、まだまだ先になりますが、その時に取り上げます。


4. 原題


ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ(Jean-François de Troy)が描いた『メディアに対する永遠の愛を誓うイアソン』は、英語ではJason swearing Eternal Affection to Medeaと言います。

この作品は、ロンドンのナショナル・ギャラリー(The National Gallery, Trafalgar Square, London)で見ることが出来ます。





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ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『セイレン』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月17日(土)00時14分 | 編集 |
2011年9月17日(土)


目次
1. サイレンの語源
2. 欲情するブテス
3. メディアの活躍
4. ブテスのその後
5. アプロディーテとのセックス
6. エリュクスの最期
7. 原題


今回取り上げる作品は、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス作『セイレン』です。

2011年9月17日ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『セイレン』521

1. サイレンの語源


イアソン一行は魔女キルケの住むアイアイエ島を後にして、一路イオルコスを目指します。
アルゴー船がメッシーナ海峡を通過する際に、セイレンたちが甘い歌声で誘いをかけて来ました。

セイレンとは、上半身が人間の女で、下半身は鳥の姿をしている海の怪物です。
彼女たちは、元々は怪物ではなく、冥界に連れ去られる前のペルセポネに仕えていたニンフでした。

ところが、主人であるペルセポネがハデスに誘拐された後は、特にすることもなく、ただただ悲しむだけの日々を送っていました。

その怠惰な暮らし方を見ていたアプロディーテは、恋愛やセックスに関心を持たず、泣いてばかりいるという生き方に憤りを感じます。

そして、罰として、彼女たちを怪鳥の姿に変えてしまったのでした。
こうして、怪物セイレンは誕生したのです。

なお、サイレンという語は、セイレンに由来すると言われています。


2. 欲情するブテス


セイレンは、カリュブディスやスキュラといった怪物が棲むメッシーナ海峡付近に出現し、その美しくも淫らな歌声で船乗りたちを惑わし、船を難破させることを日々の楽しみとしていました。

セイレン、カリュブディス、スキュラは、メッシーナ海峡を通過したい船乗りたちからすると迷惑な存在で、かつ手強い相手です。

特にセイレンは、男の性欲を刺激する甘い歌声で誘いをかけて来るため、ほとんどの男は勃起を抑制出来ず、仕事が手につかなくなります。

アルゴー船の乗組員の大半は、長旅の中でセックスに飢えていましたので、セイレンの淫らな声を耳にした瞬間、任務や使命などという高尚な意識は吹き飛んで、頭の中はセックスすることで一杯になって行きます。

女体に飢えていた乗組員の内、ブテスという男がセイレンの官能的な歌声に誘われて、いち早く船から海へと飛び込みます。

そして、一目散にセイレンたちのいるところを目がけて、泳いで行きました。

ブテスのしたことは職場放棄であり、イアソンに対する裏切り行為です。

しかし、職場を放棄したくなるぐらい、船上での生活には潤いがなく、癒しがなく、ブテスの性欲は爆発寸前で、セイレンの淫らな歌声に反応してしまったわけです。

まあ、ブテスの気持ちも、分からないではありません。


3. メディアの活躍


メディアはセイレンたちの本性を知っていましたので、他の船員たちが船から海へ飛び込もうとするのを制止します。

そして、オルフェウスに頼んで竪琴を弾いてもらいました。

ブテス以外の船員たちは、セイレンの淫らな歌声よりもオルフェウスの奏(かな)でる妙なる調べに耳を傾けるようになり、海へ飛び込むのを思い止まりました。

船の漕ぎ手たちが、性欲の高まりを抑制し、それぞれの持ち場でちゃんと役割を果たしたため、アルゴー船はメッシーナ海峡を無事に通過することが出来たのです。

もし、メディアがいなければ、多くの船員たちは高まる性欲を満たすことだけを考えて、ブテスのようにセイレンを追いかけて持ち場を捨てていたはずです。

メディアのおかげで、イアソンたちはメッシーナ海峡を通過出来たわけですね。

女神アテナは、イアソン一行がキルケのいるアイアイエ島に立ち寄る前に、今後メディアの存在が必要になるだろうと告げましたが、それは、こういう事態を想定しての発言だったわけです。

女の扇情的な声や態度に男は弱いですが、同性の女は、その扇情作戦の魂胆を見抜き、下心を見透かしているということですね。


4. ブテスのその後


イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849-1917)は、セイレンに近づくために海を泳いで行ったブテスを描きました。

向かって右で、岩の上に座って全裸で楽器を持っているのがセイレンです。
向かって左で、海の中に入っているのがブテスです。

ブテスは本来であれば、この後、セイレンの魅力に取り憑かれて、セックス三昧(ざんまい)の日々を送り、やがては身を滅ぼすところでした。

労働もせず、思考もせず、ただセックスだけに明け暮れていれば、人間は破滅します。

セックスは確かに人にとって必要不可欠な行為ですが、適切な頻度を保つことが必要であり、24時間セックスだけをしていたのでは、その身は破滅します。

ブテスも破滅するはずだったのですが、ここで、アプロディーテが登場し、ブテスを助けることになります。


5. アプロディーテとのセックス


セックスの女神アプロディーテは、性交による快楽を否定する者を嫌悪します。
あるいは、セックスに対して無関心な者には、容赦無い制裁を加えます。

だから、ペルセポネを失って泣いてばかりいるニンフたちは、怪物セイレンの姿に変えられてしまったのでしたね。

一方、アプロディーテは、性交による快感を肯定する者は、積極的に受け入れます。

あるいは、セックスに対して強い関心を示す者には、男女を問わず、何らかの便宜供与をする場合もあります。

アプロディーテは、最も美しい女神でありながらも、常にお高く止まっているわけではなく、時には、男神以外の人間の男にも心と体を開き、自分自身もセックスを楽しむという側面があるのです。

もちろん、あくまでも、時には、という頻度ですけどね。
多くの男にとって、アプロディーテが高嶺の花であることには変わりはありません。

アプロディーテは、セックスに飢えたブテスを気に入り、セイレンの魔の手から逃れさせ、助けることにしました。

しかも、助けただけでなく、アプロディーテは、ブテスのペニスを我がものとしました。

ブテスは、セイレンとセックスするつもりで職場放棄したのですが、結果的には最も美しい女神とセックスすることになったのでした。

ブテスはアプロディーテに導かれてシチリア島へ上陸し、久方ぶりの女体を味わい、心置きなくアプロディーテの膣内に射精しました。

溜まりに溜まった精液を発射したブテスは、その相手がアプロディーテだったことで、天にも昇る心地だったでしょうね。

その後、ブテスとアプロディーテの間には、息子エリュクスが誕生します。


6. エリュクスの最期


アプロディーテが産んだエリュクスは、長じてシチリア王となりました。
この章では、エリュクスがヘラクレスと対決した話を述べます。

ヘラクレスは十番目の功業を成し遂げる過程で、ゲリュオンの牛たちを連れてイタリアに立ち寄ります。

ヘラクレスの十番目の功業については、2011年8月29日(月)の記事『フランシスコ・デ・スルバラン『ゲリュオンを打ち負かすヘラクレス』 loro2012.blog』を参照して下さい。

その際に、1頭の牛がヘラクレスの元を逃げ出し、海を渡ってシチリア島へと辿り着きます。
エリュクスは、この牛を気に入り、自分のものとします。

牛を探してシチリア島へとやって来たヘラクレスは、エリュクスに対して牛の返還を求めます。

エリュクスは、レスリングで勝った方がこの牛を所有するという話を持ち掛け、ヘラクレスもその提案に同意して、2人のレスリング対決が実現します。

この戦いで、シチリア王エリュクスはヘラクレスに敗れ、命を落とすことになります。


7. 原題


ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(John William Waterhouse)が描いた『セイレン』は、英語ではThe Sirenと言います。

この作品は、個人所蔵となっています。





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ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリョーネ『キルケ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月16日(金)00時10分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2011年9月16日(金)


目次
1. ゼウスの怒り
2. 魔女キルケ
3. 原題


今回取り上げる作品はジョヴァンニ・ベネデット・カスティリョーネ作『キルケ』です。

2011年9月16日ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリョーネ『キルケ』281

1. ゼウスの怒り


コルキス王女メディアは異母弟アプシュルトスを船上で殺害し、バラバラにした遺体を海へと投げ入れました。

この行為に対してゼウスは憤り、海は大荒れとなりました。

アルゴー船は思い通りに進めなくなり、船員たちには次第に苛立ちが募って来ました。
船員たちはメディアの殺害行為がゼウスを怒らせたのだと言い始めます。

イアソンはアプシュルトスの犠牲がなければアルゴー船はコルキス海軍に捕まっていたと船員たちに説明します。

しかし目の前の航海が大時化(おおしけ)によって阻まれている以上、一枚岩だった船員たちの結束もやがてバラバラになって行きます。

アルゴー船の船首にはアテナ像が彫ってあったのですが、そのアテナ像が険悪な雰囲気を一掃するために語り始めます。

アテナ像は黄金の羊毛はメディアの協力がなければ手に入らなかったこと、そして、今後の航海にメディアの存在が必要になるであろうことを説きました。

そして、イアソンたちにアイアイエ島に立ち寄り、魔女キルケに清めの儀式を依頼するよう命じました。


2. 魔女キルケ


キルケはヘリオスとペルセイスとの間に生まれた娘です。
コルキス王アイエテスは実兄、クレタ王妃パシパエは実妹です。

美貌のキルケは魔術を自在に操り、人間の男を獣に変えて暮らしていました。

イタリアの画家ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリョーネ(1609-1664)はキルケの姿を描きました。

作品の中に描かれている牛や鶏などの動物たちは以前は人間の男でした。
キルケの美貌に惹かれて一緒に食事をし、魔術をかけられて獣にされてしまったのです。

イアソンたちはアイアイエ島に上陸し、キルケに事の次第を話して儀式を依頼しました。
キルケの魔術によってメディアがアプシュルトスを殺害した罪穢れは清められたのです。


3. 原題


ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリョーネ(Giovanni Benedetto Castiglione)が描いた『キルケ』は英語ではCirceと言います。

この作品はウフィッツィ美術館(Galleria degli Uffizi)で見ることが出来ます。





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ハーバート・ジェームズ・ドレイパー『黄金の羊毛』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月15日(木)15時54分 | 編集 |
2011年9月15日(木)


目次
1. 王太子アプシュルトス
2. アプシュルトス惨殺
3. 原題


今回取り上げる作品は、ハーバート・ジェームズ・ドレイパー作『黄金の羊毛』です。

2011年9月15日ハーバート・ジェームズ・ドレイパー『黄金の羊毛』201

1. 王太子アプシュルトス


コルキス王女メディアは、父王アイエテスを裏切り、異国の王子イアソンに協力しました。
もはやメディアは、祖国コルキスに留まることは出来ません。

イアソンは、メディアも一緒にアルゴー船に乗って、自分と共に生きて行くよう持ちかけます。
すでに退路を絶つ覚悟をしていたメディアは、喜んでアルゴー船に乗ることに同意します。

イアソンらが乗り込んだアルゴー船が、コルキスの港から出発しようとする頃、メディアの弟アプシュルトスが一人で宮殿を抜け出して、港の方で何やら、ざわついているらしいことに興味を持って、船に近づいて来ました。

アプシュルトスは、アイエテスと二番目の妻アステロディアとの間に生まれた王子です。
メディアにとっては、異母弟となります。

アプシュルトスは、姉であるメディアの姿を見つけて、何をしているのかと尋ねます。

幼いとは言え、父王アイエテス側の人間である王太子アプシュルトスが、この緊迫した場面に立ち会ってしまった以上、このまま宮殿に戻すことは出来ません。

イアソンは、メディアと一緒にアプシュルトスも船に乗せて、島から脱出することにしました。


2. アプシュルトス惨殺


しばらくして、竜は眠りから覚めて、大きな声で鳴き始めました。
その鳴き声によって、コルキス王アイエテスは異変に気づきます。

そして、アイエテスは家臣たちに、黄金の羊毛があるかどうかを確認しに行くよう命じました。
竜のそばに近づいた家臣たちは、木の枝に掛かっていたはずの羊毛が無くなっているのを確認します。

家臣たちからの報告を受けたアイエテスは、イアソンたちを乗せたアルゴー船が沖へと向かうのを発見し、すぐに追っ手の船団を差し向けます。

王女メディアは、このままではアルゴー船がコルキス海軍に捕まると判断します。
そして、首尾よく逃げるための一つの策を思いつきました。

それは、アルゴー船に同乗させていた幼い弟アプシュルトスを殺すことです。

イングランドの画家ハーバート・ジェームズ・ドレイパー(1863-1920)が描いているのは、メディアがアルゴー船の中で、アプシュルトスを殺そうとしている場面です。

画面中央で、右の乳房を披露しているのがメディアです。

向かって右で、両手をメディアに差し出して、すがるような態度を示しているのが、アプシュルトスです。

メディアの後方で、黄金の羊毛を広げて立っているのがイアソンです。

メディアは弟アプシュルトスを船上で殺害し、その体をバラバラにして海にばらまきました。
その様子を見ていたアイエテスは、息子の死に大きな衝撃を受けます。

そして、アルゴー船の追跡を中断して、まずは王子の遺体を海から回収するよう命じます。

コルキス海軍の兵士たちは、バラバラになった遺体の回収に手間取ります。
その隙にイアソンたちは、はるか沖へと逃げ切ることが出来たのです。


3. 原題


ハーバート・ジェームズ・ドレイパー(Herbert James Draper)が描いた『黄金の羊毛』は、英語ではThe Golden Fleeceと言います。

fleeceが、羊毛、という意味です。

この作品は、イングランド北部の町ブラッドフォード(Bradford)にあるカートライト・ホール(Cartwright Hall)で見ることが出来ます。





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ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ『黄金の羊毛の獲得』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月14日(水)00時07分 | 編集 |
2011年9月14日(水)


目次
1. 羊毛奪取
2. 原題


今回取り上げる作品は、ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ作『黄金の羊毛の獲得』です。

2011年9月14日ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ『黄金の羊毛の獲得』231

1. 羊毛奪取


オルフェウスとメディアの作戦が功を奏し、アレスの竜は深い眠りにつきました。
その隙にイアソンは黄金の羊毛を手に入れます。

パリ生まれの画家ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ(1679-1752)は、イアソンが黄金の羊毛を手にした場面を描きました。

トロイはイアソンの羊毛奪取が夜間ではなく昼間に行われたと解釈していますね。

画面中央で眠りこけた竜を左足で踏みつけて、両手を挙げているのがイアソンです。
イアソンが左手で誇らしげに掲げているのは、羊毛というよりは子羊のようにも見えますね。

画面向かって左で白い衣装を身につけているのがメディアですね。
後景左端ではアルゴナウタイの面々が大急ぎで出航するための準備をしています。

目的を達したイアソンらはアルゴー船に乗り込み、コルキスの港を離れることになります。


2. 原題


ジャン・フランソワ・ドゥ・トロイ(Jean-François de Troy)が描いた『黄金の羊毛の獲得』は、英語ではThe Capture of the Golden Fleeceと言います。

この作品はロンドンのナショナル・ギャラリー(The National Gallery, Trafalgar Square, London)で見ることが出来ます。





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