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フランソワ・ブーシェ『ヘラクレスとオンファレ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月31日(月)19時30分 | 編集 |
2011年10月31日(月)


目次
1. オイカリアの王女イオレ
2. 果たされない約束
3. アウトリュコスによる馬盗難事件
4. 2度目の狂気
5. デルフォイの神託
6. 原題


ヘラクレスの話は、2011年9月4日(日)の記事『フランシスコ・デ・スルバラン『ヘラクレスとケルベロス』 loro2012.blog』で休止していましたが、今日から再開します。

今回取り上げる作品は、フランソワ・ブーシェ(François Boucher)作『ヘラクレスとオンファレ』です。

2011年10月31日フランソワ・ブーシェ『ヘラクレスとオンファレ』420

1. オイカリアの王女イオレ


ここからは、ヘラクレスがエウリュステウスに命じられた12の功業を成し遂げた後の話です。

オイカリアの王エウリュトスには、イオレという美しい娘がいました。
父エウリュトスは、美しいイオレを嫁入りさせたくないと考えていました。

そこで、求婚者たちに対してイオレの夫になるための条件を、次のように公言していました。

「弓の競技で、自分と王子たちに勝つこと。」

エウリュトスは、アポロンから授けられた弓を持っていました。
この弓があれば、弓術で負けるはずがないのです。

娘イオレを手放したくないエウリュトスは、弓道競技で勝ち続けます。

ヘラクレスは、オイカリアの王女イオレを妻にするために、弓道競技に参加しました。
そして、ヘラクレスはエウリュトスたちを打ち負かしたのです。

ヘラクレスは約束通り、美貌のイオレを妻としてもらい受けようとしました。
ところが、エウリュトスは約束を守らず、この結婚に難色を示します。

エウリュトスは、ヘラクレスの心には未だに狂気が潜んでいると思っていたのです。
そんな凶暴な男には娘を与えることは出来ないというのが、エウリュトスの主張でした。


2. 果たされない約束


かつてヘラクレスは、妻メガラとの間に出来た三人の子供たちを炎の中に投げ入れて殺したことがありました。

これが第一回目の狂気です。

この狂気の噂はギリシア中に広まり、オイカリア王エウリュトスたちも聞き及んでいました。

オイカリア宮廷側は、ヘラクレスがイオレと結婚した場合、再び同じような惨事が起きるのではないかと危惧します。

オイカリア宮廷の中で、エウリュトスの息子イピトスだけは約束を守るべきだと主張しました。
しかし、王エウリュトスの判断で約束は反故にされてしまいました。

ヘラクレスは、約束が違うと激怒します。
しかし、王女イオレを強奪するわけにもいきません。

ヘラクレスは将来エウリュトスを成敗することを心に誓い、しぶしぶ引き下がったのでした。


3. アウトリュコスによる馬盗難事件


ヘラクレスが引き下がったその夜、エウリュトスの馬が盗まれるという事件が起きました。
エウリュトスは、ヘラクレスが約束を反故にされた仕返しにやったことではないかと怪しみます。

実際には、馬を盗んだのはアウトリュコスでした。
アウトリュコスとは、ヘルメスとキオネとの間に生まれた息子です。

アウトリュコスは、父ヘルメスから盗みの技を学びとりました。
今回の馬盗難事件は、盗みに長けたアウトリュコスの仕業だったわけです。

アウトリュコスは妻アムピテアとの間に、二人の娘を儲けています。

一人はアンティクレイアで、オデュッセウスの母になります。
もう一人はポリュメデで、イアソンの母になります。

系譜を示します。

ゼウス→ヘルメス→アウトリュコス→アンティクレイア→オデュッセウス

ゼウス→ヘルメス→アウトリュコス→ポリュメデ→イアソン


4. 2度目の狂気


エウリュトスの息子イピトスは、ヘラクレスは馬を盗んでいないと信じました。
イピトスは、今回もヘラクレスの側に立ったわけです。

エウリュトスは、ヘラクレスから馬を取り返して来るようイピトスに命じました。

イピトスは父王の命令に逆らうわけにもいかず、しぶしぶ足跡を頼りに馬を探しに行くことになりました。

その頃アウトリュコスは、盗んだ馬をいつまでも連れているわけにはいかないと思い立ちます。
そこで、魔法の力によって馬を羊に変えました。

アウトリュコスは、通りで偶然にヘラクレスと出会いました。
二人の間には、面識はありません。

アウトリュコスは、その羊をヘラクレスに売りつけることに成功します。

ヘラクレスが羊を連れて歩いているところへ、馬の足跡を追っていたイピトスがやって来ます。
ヘラクレスはイピトスとの再会を喜び、食事を共にします。

ヘラクレスは、食事をしながらイピトスがここまでやって来た理由を尋ねました。

そして理由を聞いた後で、イピトスが内心では自分を馬泥棒だと疑っているのではないかと怪しみます。

ここでヘラクレスは、再びヘラによって狂気を吹き込まれてしまいます。
正気を失ったヘラクレスは、オイカリアの王子イピトスを城壁から投げて殺してしまったのです。

これが、ヘラクレスの二度目の狂気です。


5. デルフォイの神託


その罪を償うため、ヘラクレスは奴隷として身を売られ、3年間の奉公に従事することが神託によって命じられました。

また、息子を殺されたエウリュトスに対して、賠償金を支払うことも課せられたのです。

奴隷として売りに出されたヘラクレスを購入したのが、リディアの女王オンファレです。
リディア王国とは、現在のトルコに相当する地域です。

オンファレは、オムパレと表記される場合もあります。
オンファレは主人の身でありながら、ヘラクレスと恋に落ちました。

もちろん立場としては、オンファレの方が上位です。
ヘラクレスは、従属的な立場としての愛人になったわけです。

フランスの画家フランソワ・ブーシェ(1703-1770)が描いているのは、ヘラクレスとオンファレが愛を交わしている場面です。

ヘラクレスは、オンファレの豊満な右胸を鷲掴みにしています。
オンファレは熟れた左脚をヘラクレスの太ももの上に投げ出して、お互いの情欲を高めています。

ヘラクレスは、筋骨逞しい肉体の持ち主として描かれている一方、オンファレは、丸みを帯びた豊麗な体つきの女性として描かれています。

オンファレは、ヘラクレスに対して一見甘えた仕草を見せています。
しかし、精神的にはオンファレが完全に優位に立っているのです。

その状況の中でヘラクレスは、「男としての役割」をオンファレから毎日求められたのです。
女王オンファレは、精力絶倫の女性でした。

これはこれで、男にとっては難行苦行だと思われます。


6. 原題


フランソワ・ブーシェ(Франсуа Буше)が描いた『ヘラクレスとオンファレ』は、ロシア語ではГеракл и Омфалаと言います。

この作品は、モスクワにあるプーシキン美術館(Государственный музей изобразительных искусств имени А. С. Пушкина)で見ることが出来ます。


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ノエル・アレ『ヒッポメネスとアタランテの競争』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月30日(日)13時41分 | 編集 |
2011年10月30日(日)


目次
1. ヒッポメネスの勝利
2. 不敬な性交
3. 原題


今回取り上げる作品は、ノエル・アレ作『ヒッポメネスとアタランテの競争』です。

2011年10月30日ノエル・アレ『ヒッポメネスとアタランテの競争』155

1. ヒッポメネスの勝利


フランスの画家ノエル・アレ(1711-1781)が描いているのは、競争の終着地点に迫るヒッポメネスの姿です。

ヒッポメネスは、右手に黄金のリンゴを一つ残しています。

ここに至るまでに、ヒッポメネスは黄金の林檎を2個、効果的に道に落として来ました。
アタランテが黄金の林檎に気を取られている隙に、一歩先を行くという戦術を取ったのでした。

アタランテは、黄金の林檎を拾うために、2回も立ち止まりました。
こんなことをやっていては、勝負には勝てませんよね。

ヒッポメネスは、観客たちの目の前で見事アタランテに勝ちました。
そして約束通り、晴れてヒッポメネスとアタランテは結婚することになりました。


2. 不敬な性交


アタランテを娶(めと)ったヒッポメネスは、アタランテの豊麗な肉体を抱くことで十分な性的満足感を得て、四六時中でもアタランテとセックスしたいと思うようになりました。

アタランテも、セックスをすることにより得られる肉体的な快楽と精神的な充足感を知り、ヒッポメネスとのセックスにのめり込んでいきます。

自宅における毎晩のセックスでは飽き足らなくなった二人は、ゼウスの神殿内で性交に及ぶことを計画します。

日常的な空間を離れ、聖域とされている神殿内でセックスをすることで、さらなる快感を得られるのではないかと考えたわけですね。

そして、ついに二人は、神殿内でセックスをしてしまったのでした。

ヒッポメネス夫妻の場所をわきまえない性行為は、ゼウスによって不敬罪にあたると判断されました。

ゼウス自身は、性交に関しては好き勝手なことをしている男神です。

ところが、ヒッポメネスとアタランテが自らの神殿内で性交したことについては、見逃すことはしませんでした。

二人の快楽の代償は、あまりに大きなものでした。
ヒッポメネスとアタランテは、ライオンの姿に変えられてしまったのです。

ゼウスは最高神なので、人間はその決定に逆らうことは出来ません。

ゼウスだって似たようなことをしているではないか、という人間の言い分は、聞き届けられることはないのです。


3. 原題


ノエル・アレ(Noël Hallé)が描いた『ヒッポメネスとアタランテの競争』は、フランス語ではLa course d'Hippomène et d'Atalanteと言います。

la courseが、競争、という意味です。
この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。




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ニコラ・コロムベル『アタランテとヒッポメネス』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月29日(土)15時48分 | 編集 |
2011年10月29日(土)


目次
1. リンゴの誘惑
2. 原題


今回取り上げる作品は、ニコラ・コロムベル作『アタランテとヒッポメネス』です。

2011年10月29日ニコラ・コロムベル『アタランテとヒッポメネス』373

1. リンゴの誘惑


フランスの画家ニコラ・コロムベル(1644-1717)が描いているのは、ヒッポメネスが落とした2個目のリンゴを、アタランテが走るのを止めて拾っている場面です。

このリンゴ作戦をヒッポメネスに入れ知恵したのは、愛と性の女神アプロディーテです。
女性の関心事を知り尽くしたアプロディーテならではの、必勝法です。

人類の祖イヴ以来、女性は林檎の誘惑からは逃れられないようです。


2. 原題


ニコラ・コロムベル(Nicolas Colombel)が描いた『アタランテとヒッポメネス』は、英語ではAtalante and Hippomenesと言います。

この作品は、ウィーンにあるリヒテンシュタイン美術館(Liechtenstein Museum)で見ることが出来ます。





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グイド・レーニ『ヒッポメネスとアタランテ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月28日(金)00時56分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2011年10月28日(金)


目次
1. カリュドンの猪退治の後
2. 黄金の林檎
3. 原題
4. カーポディモンテ美術館版


今回取り上げる作品は、グイド・レーニ作『ヒッポメネスとアタランテ』です。

2011年10月28日グイド・レーニ『ヒッポメネスとアタランテ』1 250

1. カリュドンの猪退治の後


アタランテは、カリュドンの猪退治に参加した後、故郷アルカディアに凱旋帰国します。

カリュドンの猪狩りの以前に、イアソンが率いるアルゴナウタイにも参加していたアタランテの名声は、アルカディアにおいても高くなっていました。

赤子の時に山中に捨てたアタランテが、立派な美女に成長した姿を見たアルカディア王イアソスは、アタランテに結婚することを勧めます。

結婚など全く気乗りしないアタランテでしたが、メレアグロスから思いを寄せられたことを通じて、精神的な恋愛を体験することが出来ました。

戦場における短期間の恋愛だったため、アタランテは人目を避けてメレアグロスとセックスをするところまでは至りませんでした。

従って、今だに処女を守り通しているのですが、メレアグロスに出会う前と比べると、恋愛に対して前向きな気持ちが芽生えて来たのも事実です。

そこで、アタランテは、一つだけ条件を出すことで結婚話に乗ることにします。
その条件とは、相手の男性が徒競走でアタランテに勝つことでした。

幼い頃から山野を駆け回っていたアタランテは、足の速さには絶対の自信を持っています。
そのアタランテを脚力で負かすような男であれば、結婚しても良いと言うわけです。

但し、もし求婚者の男が負けた場合は、即刻死んでもらうという厳しい条件も付加しました。

実際には、アタランテに足の速さで勝てる男など、いるはずがありません。
全ての求婚者たちは徒競走で敗北した後、命を落としていきます。


2. 黄金の林檎


求婚する男達を、次々に死へと追いやっていたアタランテの元に、ヒッポメネスという青年が現れました。

ヒッポメネスは、愛と性の女神アプロディーテに勝利の方策を伝授してもらっていました。

真正面から足の速さを競ったのでは、確実に敗れます。
そこで、黄金の林檎作戦を敢行したのでした。

アタランテがヒッポメネスを追い越しそうになるたびに、黄金の林檎を地上に転がすのです。
ヒッポメネスは、全部で3つの林檎をアプロディーテから与えられていました。

イタリアの画家グイド・レーニ(1575-1642)は、徒競走の最中にアタランテが林檎を拾っている場面を描いています。

向かって左のアタランテは、既に林檎を左手に持っていますね。
地面から拾おうとしている林檎は、2個目ということになります。

かつて少女時代に、狩猟に明け暮れて男勝りの生活をしていたアタランテも、今ではすっかり女性らしい官能的な体つきになっています。

そして女性であるアタランテは、目の前の勝負を捨ててでも、どうしても黄金の林檎が欲しいのです。

続きます。


3. 原題


グイド・レーニ(Guido Reni)が描いた『ヒッポメネスとアタランテ』は、スペイン語ではHipómenes y Atalantaと言います。

この作品は、プラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。


4. カーポディモンテ美術館版


グイド・レーニは全く同じ構図で、もう1枚『ヒッポメネスとアタランテ』を描いています。

2011年10月28日グイド・レーニ『ヒッポメネスとアタランテ』2 251

上掲の作品は、ナポリにあるカーポディモンテ美術館(Museo Nazionale di Capodimonte)で見ることが出来ます。





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ヤーコブ・ヨルダーンス『メレアグロスとアタランテ』 プラド版
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月27日(木)00時47分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2011年10月27日(木)


目次
1. 親族よりも美女を選んだメレアグロス
2. メレアグロスの最期
3. メレアグロスの死後
4. 原題


今回取り上げるのは、ヤーコブ・ヨルダーンス作『メレアグロスとアタランテ』です。

2011年10月27日ヤーコブ・ヨルダーンス『メレアグロスとアタランテ』 プラド版 213

1. 親族よりも美女を選んだメレアグロス


フランドルの画家ヤーコブ・ヨルダーンス(1593-1678)が描いているのは、自分の判断に不満を漏らす叔父たちを手にかけようとするメレアグロスの姿です。

画面中央で、左肩に黄色い衣服を掛けているのがメレアグロスです。
右手は剣の柄(つか)を握り締め、すぐにでも引きぬいて周囲にいる叔父たちを殺そうとしています。

向かって右で、左の乳房を露にしている女性がアタランテです。

アタランテは、右手でメレアグロスの右手を抑え、剣を引き抜かせないように留めています。
この剣を抜いた時は、メレアグロスは親族殺人を犯すことになるのです。

しかし、叔父たちから猪の頭部を寄こせとしつこく言われ、メレアグロスは完全にいきり立っています。

戦利品としての猪の頭部は、ついにアタランテの手から奪い取られて、叔父たちの手に渡ってしまいました。

この様子を見たメレアグロスは、王子としての自分の立場を忘れ、剣を抜いて叔父たちをメッタ切りにしてしまいます。

息子メレアグロスが美女に心を奪われた結果、兄弟たちを殺された王妃アルタイアは、母としてメレアグロスの命を終わらせることにします。


2. メレアグロスの最期


実は、メレアグロスが生まれた時、運命の三女神モイライが現れて、アレスの息子であるメレアグロスに3つの贈り物をしていました。

モイライは複数形で、単数形だとモイラと言います。

モイライの内の一人、生命の糸を割り当てる役割を担うラケシスは、英雄としての人生を授けました。
生命の糸を紡ぐクロトは、高貴な地位を約束しました。

そして、生命の糸を切る役割を担うアトロポスは、王家の屋敷の中にある炉の中で、薪が燃え尽きて無くなるまでの人生を保証しました。

この話を聴いていた王妃アルタイアは、モイライが姿を消した後、薪に水をかけ、火を消してしまいます。

こうすれば、薪が燃え尽きることがなくなるので、生まれたばかりのメレアグロスがいつまでも生きられると考えたのです。

王子メレアグロスが親族を殺したという一報が王宮にもたらされた後、アルタイアは隠しておいた薪を取り出して火をつけました。

女の色香に惑わされて、王家に繋がる者たちを殺すという蛮行をなした息子の命を、自分自身の手で終わらせようとしたのです。

猛烈な炎の中で、薪はあっという間に燃え尽きました。
こうして、メレアグロスは突然死したのです。


3. メレアグロスの死後


メレアグロスには、クレオパトラという妻がいました。

王妃アルタイアと王太子妃クレオパトラは、メレアグロスが急死したことを聞いて、縊死(いし)しました。

母と兄を一時(いちどき)に亡くした王女たちは、悲嘆に暮れ、生きる希望を失います。
その姿を見ていたアルテミスは、メレアグロスの姉妹たちを、ほろほろ鳥の姿に変えたのです。

ただし、アルテミスが変身の術を行使する前に、ディオニュソスが自分の娘であるデイアネイラと、もう一人の王女ゴルゲの2名だけは人間のまま生かして欲しいと頼みました。

その甲斐あって、この2人はホロホロ鳥に変身させられる魔法を回避することが出来ました。

ゴルゲはディオニュソスの娘ではありませんが、デイアネイラと仲が良かったという理由で助けられたと言われています。

デイアネイラは、この後、ヘラクレスの妻となり、結果的にヘラクレスを死へと追い込むことになります。

アタランテは、メレアグロスの死後、ヒッポメネスという男性と結婚することになるのですが、その話は次回に続きます。


4. 原題


ヤーコブ・ヨルダーンス(Jacob Jordaens)が描いた『メレアグロスとアタランテ』は、スペイン語ではMeleagro y Atalantaと言います。

この作品は、プラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。





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ヤーコブ・ヨルダーンス『メレアグロスとアタランテ』 アントワープ版
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月26日(水)13時35分 | 編集 |
2011年10月26日(水)


目次
1. 叔父たちの不満
2. 原題


今回取り上げるのは、ヤーコブ・ヨルダーンス作『メレアグロスとアタランテ』です。

2011年10月26日ヤーコブ・ヨルダーンス『メレアグロスとアタランテ』 アントワープ版 425

1. 叔父たちの不満


ギリシア中の名だたる武将たちが力を結集して、ようやくのことでカリュドンの猪を退治することが出来ました。

フランドルの画家ヤーコブ・ヨルダーンス(1593-1678)が描いているのは、カリュドンの猪を仕留めた後の場面です。

画面中央で、猪の頭部を抱えているのがアタランテです。

アタランテは猪打倒に対して、極めて大きな手柄を立てたということで、メレアグロスから戦利品としての猪の頭部を与えられたのです。

戦闘が終了した後、本来であれば、その名誉や戦利品としての猪の頭部や皮は、闘いの中で功績のあった者たちに公平に分配されるべきです。

これは、いつの時代でも、どの民族であっても変わらない論功行賞(ろんこうこうしょう)であるはずなんですが、アタランテに恋をしたメレアグロスは、今回の猪捕獲作戦の成功は、アタランテ1人の手柄であると断じてしまいました。

この独断に対して猛烈に反対したのが、メレアグロスの叔父たちです。

カリュドン王オイネウスと王妃アルタイアの近親者として、猪征伐隊に参加した者たちが、王子メレアグロスの間違った判断に対して公然と異を唱えたのです。

画面向かって左側に描かれた3名の男性が、その叔父たちです。
叔父たちは、アタランテが抱えている猪の頭部を奪い取ろうとしています。

画面向かって右端に描かれたメレアグロスは、右手を剣の柄(つか)にかけ、今にも引き抜こうという構えです。

続きます。


2. 原題


ヤーコブ・ヨルダーンス(Jacob Jordaens)が描いた『メレアグロスとアタランテ』は、英語ではMELEAGER AND ATALANTAと言います。

この作品は、アントワープ王立美術館(Koninklijk Museum voor Schone Kunsten, Antwerp)で見ることが出来ます。





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ピーテル・パウル・ルーベンス『メレアグロスとアタランテの狩り』 リヒテンシュタイン版
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月25日(火)20時30分 | 編集 |
2011年10月25日(火)


目次
1. 雌熊の乳
2. アタランテとメレアグロスの出会い
3. 原題


今回取り上げるのは、ピーテル・パウル・ルーベンス作『メレアグロスとアタランテの狩り』です。

2011年10月25日ピーテル・パウル・ルーベンス『メレアグロスとアタランテの狩り』 リヒテンシュタイン版 139

1. 雌熊の乳


アタランテは、アルカディアの王女として生まれましたが、父王イアソスは後継ぎとなる男子を望んでいました。

生まれたのが女児でしたのでイアソスは失望し、我が子をすぐに山に捨ててしまいました。

山中に捨てられたアタランテは、雌熊によって乳を与えられ、しばらくの間、養育されることになります。

この雌熊は、処女神アルテミスがアタランテを助けるために送ったものとされています。

その後、狩人に拾われて成長したアタランテは、武器を携えて狩りに明け暮れる女性へと成長していきます。

アタランテはアルテミスを手本として処女を守りぬき、山野を自由に駆け回る男勝りの生活を楽しんでいました。


2. アタランテとメレアグロスの出会い


そんなアタランテの元に、カリュドンの猪征伐隊が結成されるという噂がもたらされます。
狩猟に関しては絶対の自信を持つアタランテは、すぐさま、征伐隊の一員に加わることにします。

この征伐隊の中で、アタランテはカリュドン王子メレアグロスと出会い、お互いに恋に堕ちるのです。

フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)が描いているのは、獰猛な猪がついに倒れた場面です。

画面向かって左の、右の乳房を露にしている女性が、アタランテです。

アタランテの放った矢が見事に猪の頭部に命中し、猪はそれまでの勢いを完全に失います。
そして、槍で息の根を止めたのがメレアグロスです。

画面向かって右端の赤い布を身につけているのが、メレアグロスですね。

この後、戦利品の扱いを巡って、征伐隊の中で悶着が起き、結果としてメレアグロスは命を落とすことになるのです。


3. 原題


ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)が描いた『メレアグロスとアタランテの狩り』は、英語ではThe hunt of Meleager and Atalantaと言います。

この作品は、ウィーンにあるリヒテンシュタイン美術館(Liechtenstein Museum)で見ることが出来ます。





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ピーテル・パウル・ルーベンス『メレアグロスとアタランテの狩り』 ウィーン版
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月24日(月)13時27分 | 編集 |
記事のタグ: 美術史美術館
2011年10月24日(月)


目次
1. カリュドン王オイネウス
2. 妹デイアネイラ
3. カリュドンの猪
4. 原題


今回取り上げるのはピーテル・パウル・ルーベンス作『メレアグロスとアタランテの狩り』です。

2011年10月24日ピーテル・パウル・ルーベンス『メレアグロスとアタランテの狩り』 ウィーン版 205

1. カリュドン王オイネウス


古代ギリシアの山岳地域アイトリアの都市カリュドンはオイネウスという王が治めていました。

アイトリアは現代のギリシア西部に位置するエトリア=アカルナニア県の東側の地域に同定されています。

オイネウスは神々がカリュドンの地を来訪した場合、彼らへのもてなしとして自分が最も大切にしているものを差し出すことが信心深さの証であると考えていました。

ある日、オイネウスの屋敷にアレスがやって来ました。

アレスへの精一杯のもてなしとして、オイネウスは自分の最も大切にしているものを差し出すことにします。

オイネウスがこの世で最も大事にしているもの、それは彼の妻アルタイアです。
アルタイアは夫の意を汲み取り、アレスと寝所(しんじょ)を共にします。

生まれた子はメレアグロスと名付けられました。
系譜を示します。

ゼウス→アレス→メレアグロス


2. 妹デイアネイラ


後日、オイネウスの屋敷にディオニュソスがやって来ました。
今回もオイネウスは妻のアルタイアを差し出します。

ディオニュソスとアルタイアの間には娘が誕生し、デイアネイラと命名されました。
後年、このデイアネイラはヘラクレスの妻となるのですが、それはまだ先の話です。


3. カリュドンの猪


カリュドン王オイネウスは年に1回、収穫に感謝して神々に生贄を捧げる儀式を執り行なっていました。

ある年の儀式の際、オイネウスは迂闊(うかつ)にもアルテミスへの捧げ物を手配するのを失念していました。

天界からこの様子を見ていたアルテミスは激怒し、カリュドンの地に獰猛な猪を送り込みました。

巨大な猪はカリュドンの地で暴れまくり、多くの家畜が殺され、畑はほぼ全滅の状態になってしまいました。

困窮した王オイネウスは王子メレアグロスを中心とした猪征伐隊を結成します。

このカリュドンの猪征伐隊の中にはギリシア神話において名を馳せた英雄たちが数多く含まれています。

カストルとポリュデウケス、テセウス、イアソン、そして唯一の女性としてアタランテも参加していました。

フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)が描いているのはメレアグロスたちが猪を征伐している様子です。

画面中央の左側で赤い衣服を肩からかけて、両手で槍を持っている男性がメレアグロスです。
その向かって左に描かれている女性がアタランテで、猪に向かって石を投げているように見えます。

アタランテの生い立ちは次回お話しします。


4. 原題


ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)が描いた『メレアグロスとアタランテの狩り』は英語ではThe hunt of Meleager and Atalantaと言います。

この作品はウィーンの美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)で見ることが出来ます。





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ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『オルフェウスの首を見つけるニンフたち』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月23日(日)14時58分 | 編集 |
2011年10月23日(日)


目次
1. 首と竪琴
2. 原題


今回取り上げる作品は、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス作『オルフェウスの首を見つけるニンフたち』です。

2011年10月23日ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『オルフェウスの首を見つけるニンフたち』515

1. 首と竪琴


オルフェウスを虐殺したマイナスたちは彼の首と竪琴を河に投げ込みました。
その首と竪琴は海に出てレスボス島まで辿り着きました。

レスボス島は現在のトルコ沿岸に位置するギリシア領の島です。

イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849-1917)が描いているのは、オルフェウスの首と竪琴がレスボス島に流れ着いた場面です。

二人の女性はレスボス島で暮らすニンフです。
男の首と竪琴が漂着したのを見て、ニンフたちは恐怖と不安が入り交じった表情を見せています。

レスボス島の人々はオルフェウスの死を悼み手厚く葬りました。


2. 原題


ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(John William Waterhouse)が描いた『オルフェウスの首を見つけるニンフたち』は、英語ではNymphs Finding the Head of Orpheusと言います。

この作品は個人所蔵となっています。





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ギュスターヴ・モロー『オルフェウス』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月22日(土)00時44分 | 編集 |
記事のタグ: オルセー美術館
2011年10月22日(土)


目次
1. 惨殺後
2. 原題


今回取り上げる作品は、ギュスターヴ・モロー作『オルフェウス』です。

2011年10月22日ギュスターヴ・モロー『オルフェウス』529

1. 惨殺後


ギュスターヴ・モロー(1826-1898)が描いているのは、狂信的なバッカスの巫女(みこ)たちに八つ裂きにされたオルフェウスの首です。

このオルフェウス惨殺事件が起きた場所は、トラキアです。
トラキアとは、現在のバルカン半島東部を指します。

現在では、ブルガリア、ギリシア、トルコがそれぞれ領有している地域を、歴史的にはトラキアと呼んでいます。

竪琴の上に載せられたオルフェウスの首を、悲しげな顔で見つめているのはトラキア人の女性です。

狂信から冷めて自らの犯した蛮行を悔やんでいるのか、あるいはこの女性は惨殺には加担していなかったのか・・・。

いずれにしても、オルフェウスは残酷過ぎる死を迎えたのです。

画面右下に、亀が2匹描かれています。

これは、リラと呼ばれる古代ギリシアの竪琴を最初に作る時に、亀の甲羅を利用したという伝説に基づいています。


2. 原題


ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau)が制作した『オルフェウス』は、フランス語ではOrphéeと言います。

この作品は、オルセー美術館(Musée d'Orsay)で見ることが出来ます。





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グレゴリオ・ラッツァリーニ『バッカスの巫女たちに虐殺されるオルフェウス』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月21日(金)13時05分 | 編集 |
2011年10月21日(金)


目次
1. 無視されたディオニュソス
2. マイナスに虐殺されるオルフェウス
3. 傲慢な男には天罰を!
4. 男の価値とは何か?
5. 原題


今回取り上げる作品は、グレゴリオ・ラッツァリーニ作『バッカスの巫女たちに虐殺されるオルフェウス』です。

2011年10月21日グレゴリオ・ラッツァリーニ『バッカスの巫女たちに虐殺されるオルフェウス』206

1. 無視されたディオニュソス


バッカスは、ギリシア神話におけるディオニュソスに相当します。

オルフェウスは、父であるアポロンを最も偉大な神として信奉し、他の神々には全く興味を示さない生活を送っていました。

そんなオルフェウスの所に、ある日、葡萄酒の神ディオニュソスがやって来て、2人は知り合いとなりました。

オルフェウスはディオニュソスと知り合った後も、まるでディオニュソスに当てつけるかのように、あくまでも一本気にアポロンを崇め奉っています。

ディオニュソスは、オルフェウスが神である自分に全く関心を示さないことに、激しく苛立ちます。

業を煮やしたディオニュソスは、信仰の姿勢を改めないオルフェウスを懲らしめることとし、自分を信奉する女たちに、オルフェウスを虐殺するよう命じたのです。


2. マイナスに虐殺されるオルフェウス


ディオニュソスの熱狂的な女性信者は、マイナスと呼ばれています。

マイナスたちは、普段は普通の女性なのですが、葡萄酒を飲んで酩酊した後は、破廉恥な振る舞いを平気でする女性たちへと変化します。

そして、ある日、女性たちは葡萄酒を飲んで狂乱状態に陥った後、ディオニュソスの命令に従って、オルフェウスを虐殺するのです。

この女性たちは、常日頃から自分たちに全く興味を示さないオルフェウスを憎んでいました。

ディオニュソスの命令という大義名分を得た女性たちは、ここぞとばかりに、オルフェウスに対して襲いかかり、今まで冷淡にされて、恥をかかされて来た恨みを晴らそうとしたのです。

グレゴリオ・ラッツァリーニ(1657-1730)が描いているのは、理性を失ったマイナスたちが、寄ってたかってオルフェウスを殴りつけている場面です。

この事件により、オルフェウスは八つ裂きにされ、命を落としました。
そして、切断されたオルフェウスの首は、マイナスたちによって、河に投げ込まれたのでした。


3. 傲慢な男には天罰を!


オルフェウスは、エウリュディケに対する貞節を貫くために、周囲の女性たちの誘いを断っていたのですが、元来、オルフェウスは、女性たちが好意を寄せたくなるような色男だったため、そこに存在しているだけで、女性たちは色めき立ち、あわよくば、オルフェウスの愛を勝ちとって、自分のものにしたいと考えます。

そのために、女性たちはあれこれと手を尽くして、オルフェウスに言い寄り、贈り物をしたり、二人だけで会うための時間と場所を設定したりします。

本来、このようなことは、男性が女性に愛を告げる過程の中で行うことであり、女性の方からこうした働きかけをしてもらえる男性など、ほとんどいないと言っていいでしょう。

そんな女性からの求愛に事欠かない、恵まれた人生を神々から与えられておきながら、オルフェウスは、死んだ妻エウリュディケとの思い出の中だけで生きていこうとして、自分に好意を寄せてくれた女性たちを冷淡に扱い続けます。

モテる男が、女性たちに対して、このようなつれない態度を示すことは、古代ギリシア人の社会通念からしても、やはり、不遜(ふそん)だと受け止められたのだろうと思います。

女性の方から勇気を出して、言い寄って来てくれたにも関わらず、邪険にし、女性に恥をかかせて平気で生きて行くモテ男には、天罰が下るべきだという思いが、当時の女性社会だけでなく、男性社会にもあったのでしょうね。


4. 男の価値とは何か?


モテる男の価値というのは、言い寄って来た女性を尽(ことごと)く袖にして、優越感に浸ることではなく、何人の女性を自分の力で幸せにできたか、という点に求められるのだと思います。

女性が男に対して、恥を偲んで、遠回しにセックスをして欲しいと求めることも、場合によってはあるでしょうし、それは、人間の女性としては自然な感情の発露(はつろ)だと思います。

男が、女性からそのような申し出を受けたにも関わらず、考慮する素振りさえも示さずに、言下(げんか)に拒絶したら、その男は周囲から傲慢の誹(そし)りを受けるでしょう。

また、男から冷酷な反応を浴びせられて、恥をかかされ、惨めな思いで佇(たたず)む女性に対して、目もくれずに完全に背を向けて立ち去るというのは、分別のある男のすることではありませんね。

オルフェウスは、自分に思いを寄せてくれた女性たちに対して、一貫してこうした残酷な態度を取って来たわけですが、ある意味では、愛した妻エウリュディケすらも、完全には幸せに出来なかったわけで、彼のような恋愛に対する偏執的な性向を有する男性に対しては、ギリシアの神々は手厳しいのです。

2011年8月12日(金)の記事『ローレンス・アルマ=タデマ『ヒッポリュトスの死』 loro2012.blog.fc2.com』において、やはり恋愛に対して偏屈な考え方を持っているヒッポリュトスが、アプロディーテやポセイドンに呪いをかけられて、哀れな死に方をしたことを紹介しましたが、古代ギリシアの人々には、セックスを始めとして、男が持てる力を存分に発揮して女性を幸せにするべきだという意識が発達していたように思います。

そして、そうした社会通念に沿わない生き方を選んだ男が存在した場合には、集団から排除し、残酷なまでの死を与えてやればいいという思想が確立していたのだと思います。

次回は、河に投げ込まれたオルフェウスの首の行方について述べます。


5. 原題


グレゴリオ・ラッツァリーニ(Gregorio Lazzarini)が制作した『バッカスの巫女たちに虐殺されるオルフェウス』は、イタリア語ではOrfeo massacrato dalle Baccantiと言います。

massacrare Zは、Zを惨殺する、という意味です。

la Baccanteは、バッカスの巫女、と訳されますが、狂乱したディオニュソスの女性信者のことです。
オルフェウス虐殺には、複数のマイナスが関わっていますので、複数形のle Baccantiになっています。

この作品は、ヴェネツィアにあるCa' Rezzonicoと呼ばれる建物に所蔵されています。





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ウィリアム・アドルフ・ブグロー『バッカスの巫女』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月20日(木)12時38分 | 編集 |
2011年10月20日(木)


目次
1. 誤解されるオルフェウス
2. 狂乱女マイナス
3. 原題


今回取り上げる作品は、ウィリアム・アドルフ・ブグロー作『バッカスの巫女』です。

2011年10月20日ウィリアム・アドルフ・ブグロー『バッカスの巫女』596

1. 誤解されるオルフェウス


冥界からエウリュディケを現世へ連れ戻すことに失敗したオルフェウスは、その後、イアソンが率いるアルゴー船に乗り込み、様々な活躍を見せました。

アルゴー船での冒険が終わった後、オルフェウスは相変わらず亡き妻エウリュディケの存在を忘れることが出来ないでいました。

エウリュディケへの貞節を貫くために、オルフェウスは女性との交わりを完全に断ち切った生活を続けました。

周囲の女性たちから求愛されても、オルフェウスは無視し続けたのです。

オルフェウスは、エウリュディケに対する一途な想いを捨て切れないだけでした。

ところが、オルフェウスから愛されたいと思っている女性たちは、オルフェウスのそうした態度を、尊大なものとして受け取ったのです。

そして、オルフェウスに相手にされなかった女性たちは、オルフェウスに対して憎悪の念を抱くようになっていきました。

こうした女性たちは、酩酊の神ディオニュソスの信者でもありました。
バッカスは、ギリシア神話ではディオニュソスに相当します。


2. 狂乱女マイナス


酩酊の神ディオニュソスには、集団的狂乱を特徴とする熱狂的な女性信者たちがいるとされています。

この巫女(みこ)たちは、日常的に狂乱しているわけではないのですが、時として理性を失い凶暴化します。

この狂乱したディオニュソスの女性信者たちを、ギリシア神話ではマイナスと呼んでいます。
オルフェウスの周囲にいる女性たちは、このマイナスたちでした。

このことが、オルフェウスの悲劇を招きます。

フランスの画家ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825-1905)は、一人の美しいマイナスを描きました。

マイナスたちは、普段はこのように大人しい女性なのです。

ところが、一度(ひとたび)葡萄酒を飲み始めると、間もなく酩酊し、わめき立て、粗野で奔放な踊りに興じるのです。


3. 原題


ウィリアム・アドルフ・ブグロー(William-Adolphe Bouguereau)が描いた『バッカスの巫女』は、英語ではBacchanteと言います。

この作品は、個人所蔵となっています。





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フェデリコ・チェルヴェッリ『オルフェウスとエウリュディケ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月19日(水)12時41分 | 編集 |
2011年10月19日(水)


目次
1. 折れる心
2. 原題


今回取り上げる作品は、フェデリコ・チェルヴェッリ作『オルフェウスとエウリュディケ』です。

2011年10月19日フェデリコ・チェルヴェッリ『オルフェウスとエウリュディケ』397

1. 折れる心


冥界から地上に出る寸前の所までは、全てオルフェウスの計算通りに事が運びました。
ところが最後の場面になって、オルフェウスの心は不安に苛(さいな)まれます。

「本当にエウリュディケは、ついて来ているのだろうか?」


オルフェウスが握っている手は、紛れもなくエウリュディケの手です。

しかし、冥界の長い道を歩いている最中、オルフェウスはエウリュディケの顔を一度も見ていません。
地上に出るまでは、決して振り返ってはいけないというハデスとの約束があったからです。

あと少しの我慢だったのですが、ここでオルフェウスの心は折れてしまいます。
エウリュディケの姿を確認するために、後ろを振り返ってしまいました。

イタリアの画家フェデリコ・チェルヴェッリ(1625-1700)は、後ろを振り向いてしまったオルフェウスを描きました。

向かって左のエウリュディケは、冥界の方へと顔を向けています。
オルフェウスがハデスとの約束を破ったために、これ以上エウリュディケは前を向くことが出来なくなったのです。

次の瞬間、エウリュディケは冥界の彼方へと姿を消してしまいました。
あっという間の出来事でした。

再度エウリュディケを失い、現世へ一人きりで戻ったオルフェウスには、悲劇的な最期が待ち受けます。


2. 原題


フェデリコ・チェルヴェッリ(Federico Cervelli)が描いた『オルフェウスとエウリュディケ』は、イタリア語ではOrfeo e Euridiceと言います。

この作品は、ヴェネツィアにあるFondazione Querini Stampaliaが所蔵しています。





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カミーユ・コロー『冥界からエウリュディケを連れ出すオルフェウス』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月18日(火)12時44分 | 編集 |
2011年10月18日(火)


目次
1. 地上まであと少し
2. 原題


今回取り上げる作品は、カミーユ・コロー作『冥界からエウリュディケを連れ出すオルフェウス』です。

2011年10月18日カミーユ・コロー『冥界からエウリュディケを連れ出すオルフェウス』279

1. 地上まであと少し


カミーユ・コロー(1796-1875)が描いているのは、冥界からエウリュディケを連れて、現世に向かっているオルフェウスの姿です。

とても冥界とは思えないほどに緑の木々が生い茂り、後景には光が射しています。
この光は、現世が間近に迫っていることを示しています。

中央の沼の奥に立っている2人は、ハデスとペルセポネです。
ペルセポネはハデスの左肩に寄りかかって、悲しげな様子です。

恐らく、この後、オルフェウスに待ち受ける悲劇を見通しているのでしょうね。

いぜれにせよ、地上まであと僅かの所まで来ました。
もう少しの辛抱で、オルフェウスは、エウリュディケと共に現世に戻ることが出来るのです。

しかし、最後の最後で、落とし穴が潜んでいました。


2. 原題


カミーユ・コロー(Camille Corot)が制作した『冥界からエウリュディケを連れ出すオルフェウス』は、英語ではOrpheus Leading Eurydice from the Underworldと言います。

the Underworldが、黄泉(よみ)の国、という意味です。

この作品は、アメリカのテキサス州ヒューストンにあるヒューストン美術館(The Museum of Fine Arts, Houston)で見ることが出来ます。





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ジャン・ラウー『オルフェウスとエウリュディケ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年10月17日(月)00時41分 | 編集 |
2011年10月17日(月)


目次
1. 冥府を離れるエウリュディケ
2. 運命の三女神
3. 原題


今回取り上げる作品は、ジャン・ラウー作『オルフェウスとエウリュディケ』です。

2011年10月17日ジャン・ラウー『オルフェウスとエウリュディケ』341

1. 冥府を離れるエウリュディケ


冥府の王ハデスから許可を得たオルフェウスは、エウリュディケの手を引いて現世へと急ぎます。

このまま約束を守り真っすぐ前だけを向いて突き進めば、エウリュディケとの愛の生活を取り戻すことが出来るわけです。

フランスの画家ジャン・ラウー(1677-1734)は、冥界を去る際に名残惜しそうに後ろを振り返るエウリュディケを描いています。

向かって左後方に座っているのがハデスとペルセポネです。
ペルセポネはハデスの左肩に右手を載せています。

ハデスとペルセポネの余裕の表情を見ていると、結末は明らかだと言わんばかりですね。
オルフェウスの心の弱さを見透かしているかのようです。


2. 運命の三女神


向かって左の前景にいるのは運命の三女神です。
運命の三女神はモイラと呼ばれ三人姉妹です。

三人姉妹の両親はゼウスとテミスです。
人間の運命はこのモイラたちの行為によって決まります。

まずラケシスが人間に運命の糸を割り当てます。
次にクロトーがその糸を紡ぎます。

最後にアトロポスがその糸を切るのです。

エウリュディケの運命の糸は、オルフェウスの願い虚しく間もなく切られる運命にあります。

続きます。


3. 原題


ジャン・ラウー(Jean Raoux)が描いた『オルフェウスとエウリュディケ』は、英語ではOrpheus and Eurydiceと言います。

この作品は、カリフォルニア州ロサンゼルス市にあるポール・ゲッティ美術館(J. Paul Getty Museum)で見ることが出来ます。





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