映画とドラマと語学、そして株式投資へ
| ホーム loro2012 |
| 投稿 |
スポンサーサイト
記事URL  カテゴリ | スポンサー広告 | --年--月--日(--)--時--分 | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





ピーテル・ブリューゲル『バベルの塔』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月31日(木)15時32分 | 編集 |
記事のタグ: 美術史美術館
2012年5月31日(木)


目次
1. ノアの子孫たち
2. 多言語の起源
3. 原題


今回取り上げる作品は、 ピーテル・ブリューゲル作『バベルの塔』です。

2012年5月31日ピーテル・ブリューゲル『バベルの塔』253

1. ノアの子孫たち


箱舟を建造したおかげで生き延びたノアには、3人の息子たちがいました。
ノアの息子たちは、セム、ハム、ヤペテと言います。

セムはアジア人の先祖、ハムはアフリカ人の先祖、ヤペテはギリシア人の先祖とされています。
あくまでも旧約聖書の話ですけどね。

なお、有名なアブラハムは、セムの数世代後の子孫です。

復習になりますが、人類の祖アダムにも3人の息子(カイン、アベル、セト)がいましたね。
ノアは、セトの子孫でした。

旧約聖書『創世記』は、メソポタミア地方(現在のイラクに相当します)で、ノアの子孫たちが建造したバベルの塔について記しています。

なお、ここで言うノアの子孫とは、セム以降アブラハム以前の人々を指します。


2. 多言語の起源


チグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域に定住したユダヤの民は、天にも届くかという高さの塔を建造することを思いつきました。

神は、皆が一致団結して、この建造工事を行う様子を見ていました。
そして、このままでは本当に天まで届く塔が出来てしまうと懸念した神は、一計を案じます。

「言葉を違えてしまえば、人々は意志の疎通が出来なくなり、工事は中途で終わるだろう。」

この神の思し召し(おぼしめし)により、人類はそれぞれが異なる言語を喋るようになった、ということです。

どれだけ心を砕いても、言葉が通じないのでは協力は出来ません。

大規模な工事を行うには、人々を統括する人間と、現場で協力し合いながら汗を流す人間が必要です。
これらの人と人を結びつけるものは、言葉です。

同じ言葉を喋っているからこそ協力出来るのであって、異なる言語を喋り出したら収拾がつきません。

人々の心を結びつける鍵になっていた言葉が、バラバラにされてしまった結果、人々の行動もバラバラになって行きました。

かくて、神の計画通り、バベルの塔は完成を見ることはありませんでした。

さらに、人々は、意志の疎通が出来なくなった人々と共同生活を続けることに対して、意義を見出すことが出来なくなり、その結果、世界各地へと離散して行くことになります。

ユダヤ人の離散の歴史は、このあたりから始まっていたわけですね。

ピーテル・ブリューゲル(1525頃-1569)の作品では、前景向かって左に、多数の人々が描かれています。

マントを着た長身の男性が、この地方を治めていた王ニムロデです。

ニムロデは従者を引き連れて、塔建造の進捗状況を視察に来ています。
ニムロデの向かいには、王に対して跪(ひざまず)く民の姿も見えます。

ニムロデは、クシュの息子です。
系譜を示します。

ノア→ハム→クシュ→ニムロデ


3. 原題


ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel)の描いた『バベルの塔』は、ドイツ語ではTurmbau zu Babelと言います。

Turmbauの語義は、塔、です。
絵画の題名は、der Turm zu Babelという言い方もあります。

この作品は、ウィーンにある美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)に所蔵されています。


スポンサーサイト



関連記事

ジョヴァンニ・ベリーニ『ノアの酩酊』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月29日(火)16時22分 | 編集 |
2012年5月29日(火)


目次
1. 嘲笑の罪
2. 奴隷化への原因
3. 原題


今回取り上げる作品は、ジョヴァンニ・ベリーニ作『ノアの酩酊』です。

2012年5月29日ジョヴァンニ・ベリーニ『ノアの酩酊』208

1. 嘲笑の罪


農夫となったノアはある日、葡萄酒を飲んで酩酊しそのまま全裸で眠り込んでしまいました。

その姿を最初に目の当たりにしたのが息子のハムです。
ハムは父の醜態を知らせるためにセムとヤペテを呼びました。

状況をハムから聞かされたセムとヤペテは、父の全裸姿を見ないようにして衣を体に掛けてやりました。

イタリアの画家ジョヴァンニ・ベリーニ(1430頃-1516)は3人の息子たちの父に対する態度を描いています。

両端にいる二人がセムとヤペテです。

セムとヤペテは父の全裸姿から顔を背け布を体に掛けようとしています。
内心はどうあれ二人は無表情を保っています。

一方、中央にいるハムは父に対して侮蔑的な笑みを浮かべ、衣を掛けようとする兄弟たちの行為を制しようとしています。

父を裸のままで放置し晒し者にしようという考えですね。


2. 奴隷化への原因


正気を取り戻したノアはセムとヤペテの行為を褒めます。
そして泥酔した自分を嘲笑したハム本人ではなく、ハムの息子のカナンを呪いました。

系譜を示します。

ノア→ハム→カナン


ノアはカナンの子孫がセムとヤペテの子孫の奴隷になるだろうと予言したのです。

セムはアジア人の先祖になりました。
ヤペテはギリシア人の先祖になりました。

ハムはアフリカ人の先祖になりました。

ユダヤの神は父の醜態を嘲笑したハムの子孫に奴隷という罰を与えたのです。

泥酔し前後不覚になるというノアの行為は、いつの時代であっても決して褒められるものではありません。

しかしたとえそうであったとしても、子供たちは父を嘲笑してはいけないというのが神の考えのようです。

嘲笑している本人だって皆の知らないところで悪事を働いていることを神は知っているのでしょうね。


3. 原題


ジョヴァンニ・ベリーニ(Giovanni Bellini)が描いた『ノアの酩酊』は、フランス語ではL'Ivresse de Noéと言います。

l'ivresseが酩酊という意味です。

この作品は、フランス東部の街ブザンソン(Besançon)にあるブザンソン美術館(Le Musée des beaux-arts et d'archéologie de Besançon)で見ることが出来ます。





関連記事

エレン・ポンピオ主演ドラマ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』シーズン1を見た感想
記事URL  カテゴリ | 海外ドラマ | 2012年05月28日(月)16時49分 | 編集 |
2012年5月28日(月)


目次
1. 恋愛医療ドラマ
2. シーズン2も放送決定


1. 恋愛医療ドラマ


ディーライフでエレン・ポンピオ主演のドラマ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学(原題:Grey's Anatomy)』シーズン1をやっていました。

シカゴの総合病院を舞台として外科医を目指すインターンたちの日常を描きます。
主役のメレディス・グレイを演じるのはエレン・ポンピオです。

題名のグレイズは主役の名字が由来となっています。
アナトミー(anatomy)とは医学用語で解剖学という意味です。

『グレイの解剖学(原題:Gray's Anatomy)』という著名な医学書があるのですが、番組の題名はその医学書の題名を真似したとされています。

アメリカの連続ドラマは通例だと半年ぐらい続くため一つのシーズンあたり22話前後になることが多いのですが、この『グレイズ・アナトミー』シーズン1は全9話で終わってしまいました。

同じ医療ドラマのERと比べると医学的なことよりも恋愛の要素が多いドラマだと感じました。

アメリカでは2012年5月にシーズン8が終了し、秋にはシーズン9が始まることが確定しています。

ディーライフがどこまで放送する予定を組んでいるか分かりませんが、面白いドラマなのでシーズン8までは立て続けに放送してもらいたいところです。

2012年5月28日エレン・ポンピオ主演ドラマ『グレイズ・アナトミー+恋の解剖学』シーズン1を見た感想+410

2. シーズン2も放送決定


実は、私はシーズン2に関しては2009年秋から2010年3月にかけてテレビ朝日で放送されていたものをほぼ全話見ていました。

ただ、「ほぼ全話」とは言ってもテレビ朝日が途中、何話か端折ったため全27話を見通したわけではありません。

たぶん20話分ぐらいしか見ていないと思います。

深夜放送とはいえ途中のエピソードをいくつか端折るというテレビ朝日の放送姿勢には憤りを感じました。

ディーライフでは端折られることはないでしょうから、改めてシーズン2の最初から見ようと思っています。


グレイズ・アナトミー シーズン1 コンパクト BOX [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 (2012-02-22)
売り上げランキング: 3264






関連記事

ヤコポ・バッサーノ『洪水後のノアの生贄』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月27日(日)14時01分 | 編集 |
2012年5月27日(日)


目次
1. 地上での生活
2. 原題


今回取り上げる作品は、ヤコポ・バッサーノ作『洪水後のノアの生贄(いけにえ)』です。

2012年5月27日ヤコポ・バッサーノ『洪水後のノアの生贄』202

1. 地上での生活


地上に戻ることが出来たノアたちは、すぐに、暮らすための環境整備にとりかかります。

ノアには、3人の息子がいました。
セム、ハム、ヤペテと言います。

ノアが、500歳の頃に生まれた子供たちである、と記されています。

系譜を示すとこうなります。

アダム→セト→(中略)→レメク→ノア→セム


ヤコポ・バッサーノ(1510-1592)の作品では、向かって右側に描かれている3人の男性が、ノアの息子たちです。

力を合わせて、家を建てるための作業をしています。

彼らの妻たちも、夫を手伝ったり食事の準備をしたりと、忙しく働いています。

画面中景では、ノアが祭壇を築いて神に祈りを捧げています。
ノアは、祈るだけでなく、生贄を神に捧げているのです。

人類はこのようにして、洪水後の新しい生活を始めることになりました。


2. 原題


ヤコポ・バッサーノ(Jacopo Bassano)が制作した『洪水後のノアの生贄』は、ドイツ語ではOpfer Noachs nach der Flutと言います。

das Opferは、犠牲という意味もあるのですが、この文脈だと神への捧げ物、という意味合いで訳す方が相応しいと思われます。

die Flutは、洪水です。
nachが3格支配の前置詞なので、der Flutになっています。

この作品は、ドイツのポツダムにあるサンスーシ宮殿(Schloss Sanssouci)で見ることが出来ます。





関連記事

タイロン・パワー主演映画『愛情物語』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2012年05月26日(土)13時44分 | 編集 |
2012年5月26日(土)


目次
1. 妻との愛
2. 息子との愛
3. 2番目の妻
4. ショパンのノクターン


1. 妻との愛


5月24日(木)に、NHKBSPでタイロン・パワー主演の映画『愛情物語(原題:The Eddy Duchin Story)』をやっていました。

邦題は『愛情物語』ですが、英語原題は全く異なり『エディ・デューチン物語』です。

タイロン・パワーが演じるエディ・デューチン(1910-1951)は、実在の人物で、アメリカのポピュラー・ピアニスト兼バンドリーダーでした。

エディは薬学部を卒業した後、父親の意向を受け入れ、一旦は薬剤師になったのですが、音楽家への夢を断ち切れず、単身ニューヨークへやって来ます。

無名のエディにとって、ニューヨーク行きは、ある意味、無謀な賭けとも言えたのですが、ニューヨークで知り合った上流階級の娘マージョリーの支援などのおかげで、音楽家としての経歴を順調に積み上げて行くことに成功します。

マージョリーは、キム・ノヴァク(Kim Novak)が演じています。

エディは1935年には、無名時代から支援してくれていたマージョリーと結婚し、1937年には長男ピーターが誕生します。

ところが、妻マージョリー(1908-1937)はピーターを出産した数日後、病院で亡くなってしまいます。

エディは妻の死に絶望し、最愛の妻の命を奪ったのは、他でもない生まれて来た息子だったという受け止め方をしたのでした。

エディは、生まれたばかりの息子ピーターを愛することなど出来ません。
結果として、ピーターはエディの知人宅に預けられ、他人の手によって養育されることになります。

2012年5月26日タイロン・パワー主演映画『愛情物語』を見た感想 336

2. 息子との愛


妻を失い、息子の養育を放棄したエディは、その後、数年間は、演奏旅行に明け暮れることになります。

ちょうどその頃、アメリカは第二次世界大戦に参戦することになり、演奏旅行を行なっていたエディの元にも、召集令状が届きます。

エディは海軍に従軍し、太平洋上で日本軍と交戦しています。
そのあたりの事実は、映画の中でも触れられていました。

終戦後、エディは帰国し、知人宅に預けていた長男ピーターと再会します。
8歳になったピーターのそばには、イングランド出身の女性チキータも一緒にいました。

エディは、ピーターやチキータと同居することにし、妻マージョリーとの思い出を抱えながら、ピーターを自分なりに育てることにします。

ところが、ピーターは、突然現れた、面識のないエディには、容易に心を開きません。

そして、日常生活の中で、歳の離れた姉のような立場でいてくれるチキータとの関係を、今まで通り、大事にしようとするのです。

エディは、ピーターがそのような態度を取る原因は、これまでの自分の生き方にあると反省し、時間をかけて、少しずつピーターとの父子関係を築いて行こうとします。


3. 2番目の妻


いつしか、エディは、身近にいるチキータと恋仲になり、お互い結婚を意識するようになりました。
しかし、その頃のエディの体は、既に病魔に蝕まれていたのです。

映画では、病名については伏せられていましたが、エディは、急性骨髄性白血病を患っていました。

エディは、ピーターとの関係がようやく良好になりかけたと思った頃に、重病が発覚したのでした。

また、せっかく新しい人生の伴侶を手に入れようとしているのに、2人の間には未来がないことを、相手に告げなければなりませんでした。

エディは、音楽家としての仕事は、概ね順調だったのですが、妻の突然死といい、自身の白血病といい、仕事以外の部分では、突如として不幸が訪れる人生だったようですね。

結局、エディ(1910-1951)は、チキータと結婚します。
そして、間もなく、14歳のピーターと新妻のチキータを残し、40歳の若さで他界しました。

なお、ピーター・デューチン(1937-)は、その後、父と同じ、ピアニスト兼バンドリーダーの道を歩みます。


4. ショパンのノクターン


映画の最後では、エディとピーターが、ショパンの『ノクターン』を連弾する場面が描かれます。

息子との連弾の最中、病魔に冒されたエディの腕は、思うようには動かなくなり、いつしかエディは、ピアノの前から姿を消します。

そして、画面には、『ノクターン』を弾き続けるピーターと、その姿を見守るチキータだけが残っているという、感動的な演出が行われていました。

ショパンが作曲した『ノクターン』は、いくつかあるわけですが、映画で取り上げられていたのは、『夜想曲第2番、変ホ長調、作品 9-2』です。

英語では、Nocturne in E-flat major, Op. 9, No. 2、と呼ばれています。



エディが、最初の妻マージョリーと出会った頃、この曲を弾いているエディに対して、マージョリーが曲名を尋ねる場面があります。

タイロンのセリフは、日本語字幕では、「ノクターンだよ」、となっていましたが、英語のセリフでは、E-flat、と言っていましたね。

Op. 9のOp.は、Opusの略で、作品番号、という意味です。

私もピアノを弾くのですが、ショパンのE-flatは難しいので、自分なりに楽譜を簡素化して弾いています。

『愛情物語』は、1956年に公開されていますが、主演したタイロン・パワー(1914-1958)は、その2年後に、44歳の若さで、心筋梗塞により急逝しています。


愛情物語  [DVD]
愛情物語  [DVD]
posted with amazlet at 12.07.12
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2011-01-26)
売り上げランキング: 20381






関連記事

ジョン・エヴァレット・ミレー『箱舟への鳩の帰還』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月25日(金)16時19分 | 編集 |
2012年5月25日(金)


目次
1. 箱舟での生活
2. 原題


今回取り上げる作品は、ジョン・エヴァレット・ミレー作『箱舟への鳩の帰還』です。

2012年5月25日ジョン・エヴァレット・ミレー『箱舟への鳩の帰還』541

1. 箱舟での生活


旧約聖書『創世記』によると、大洪水は40日続き、地上の生き物は全て死に絶えました。
その後、150日にわたり、水は増え続けます。

神は風を吹かせて、ノアたちを乗せた箱舟を、アララト山の頂上に導きました。

ノアの箱舟が辿り着いたアララト山は、現在のトルコにある、標高約5,100メートルのアララト山に同定されています。

40日経って、ノアはアララト山の頂きから、一羽のカラスを放ちました。

しかし、まだ地上は水浸しで、カラスは止まるところがなかったので、飛び回るだけですぐに箱舟まで戻って来ました。

ノアは続けて鳩を放ちましたが、カラス同様、箱舟に戻って来ました。

7日後にもう一度鳩を放つと、オリーブの枝を咥(くわ)えて、箱舟まで戻って来ました。
これは、オリーブの木の位置よりも、水面が低くなっていることの証です。

イギリスの画家ジョン・エヴァレット・ミレー(1829-1896)が描いているのは、ノアの息子の嫁たちが、戻って来た鳩を抱いている場面です。

向かって左の、緑色の服を着た女性が、左手に持っているのは、オリーブの枝です。
船の中での、窮屈な生活を余儀なくされている女性たちにも、安堵の表情が見えますね。

さらに7日経って、ノアはもう一度鳩を放ちました。
その鳩は、もう箱舟には戻って来ませんでした。

ノアは水が引いたことを確信して、家族や動物たちと共に、箱舟から出る決心をします。

洪水が発生してからの期間を計算すると、「大洪水40日+増水150日+40日+7日+7日=244日」、となります。

約8ヶ月に渡って、ノア一行は箱舟での生活を強いられたわけです。


2. 原題


ジョン・エヴァレット・ミレー(John Everett Millais)が描いた『箱舟への鳩の帰還』は、英語ではThe Return of the Dove to the Arkと言います。

この作品は、イングランドのオックスフォード市(City of Oxford)にあるアシュモレアン美術・考古学博物館(the Ashmolean Museum of Art and Archaeology)で見ることが出来ます。





関連記事

アントニオ・カラッチ『洪水』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月24日(木)15時05分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2012年5月24日(木)


目次
1. 神罰
2. 原題


今回取り上げる作品は、アントニオ・カラッチ作『洪水』です。

2012年5月24日アントニオ・カラッチ『洪水』218

1. 神罰


アダムの子孫たちは、日々の生業の中で、偽りと驕(おご)りを覚えていきました。
その結果、悪が地上に蔓延(はびこ)り、正義は軽視されるようになりました。

人間たちのそのようなあり方を見兼ねた神は、アダムの末裔を地上から消し去ることにしたのです。
アダムから数えて10代目のノアの時代に、大洪水が発生しました。

激しい雨が、連続して40日間降り続きました。
大量に降った雨のせいで、地上は150日間水没したままだったとされています。

人類が、あまりにも神の意志からかけ離れた生き方を続けていたため、神の逆鱗に触れたのです。

初代のアダムにおいて、既に神の怒りに触れて、人類はエデンの園から追放されています。
そして、ノアの時代に至り、もう一度辛酸を舐めることになるのです。

但し、生きて辛酸を舐めたのは、ノアの家族(息子夫婦などを含めて総勢8名)及び全ての動物たちのつがいだけです。

それ以外は、全て洪水によって死に絶えました。

恐ろしいです。
ユダヤの神を怒らせると、こんな結末になるということですね。

アントニオ・カラッチ(1583-1618)は、溺死していく人々や動物の姿を描きました。

このような惨劇が自分の身に降りかかるとは、驕り高ぶった人間たちには、想像も出来なかったのでしょう。

画面向かって右端では、小高い丘の上で、全裸の男が両手を広げています。
一時的に命が助かっていますが、この者たちも遠からず死ぬのです。

神に選ばれたノアたちが、箱舟に乗って辿り着いたアララト山は、標高5,100メートル以上です。
巨大な箱舟が、5,000メートル以上の山に押し上げられるぐらいの大洪水だったわけです。

古代においても現代においても、水難は恐ろしいです。


2. 原題


アントニオ・カラッチ(Antonio Carracci)が描いた『洪水』は、フランス語ではLe Délugeと言います。

le Délugeが、洪水、という意味です。
ここではDが大文字になっていますので、聖書の洪水事件を指しているわけです。

この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。





関連記事

ヤコポ・バッサーノ『ノアの箱舟に入る動物たち』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月23日(水)12時01分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2012年5月23日(水)


目次
1. 600歳のノア
2. 原題


今回取り上げる作品はヤコポ・バッサーノ作『ノアの箱舟に入る動物たち』です。

2012年5月23日ヤコポ・バッサーノ『ノアの箱舟に入る動物たち』261

1. 600歳のノア


神に祝福されたノアは大洪水の発生を事前に知らされ、対処方法を伝授されました。
対処方法とは巨大な船を建造することです。

この船には全ての動物たちのつがいを乗せなければなりませんので、相当大きなものになります。
長さ130メートル、幅20メートル以上の巨大な船だったようです。

これだけの船を建造するのに約100年はかかったのではないかと言われています。
ではノアの年齢は一体いくつだったのでしょうね?

旧約聖書によると箱舟が完成した時点でノアは600歳だったそうです。
60歳ではありませんよ、600歳です。

ヤコポ・バッサーノ(1510頃-1592)は鹿とか猫とかウサギなど、何種類もの動物たちの姿を丹念に描いています。

今、地上で生きている動物たちは旧約聖書『創世記』の記述に従うとすれば、この時生き延びた動物たちの子孫ということになりますね。


2. 原題


イタリア人画家のヤコポ・バッサーノ(Jacopo Bassano)が制作した『ノアの箱舟に入る動物たち』はスペイン語ではEntrada de los animales en el arca de Noéと言います。

entradaは(箱舟の中に)入ることという意味です。
arcaの語義は蓋のついた大きな箱なんですが、el arca de Noéは成句でノアの箱舟です。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。
なお、箱舟は方舟と表記する場合もあります。





関連記事

ビヨンセ主演映画『ドリームガールズ』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2012年05月22日(火)20時29分 | 編集 |
2012年5月22日(火)


目次
1. 才能はあるが協調性に欠ける女
2. 名曲
3. この映画が伝えたいことは何か?
4. 泣き寝入りは悪者を増長させるだけ
5. ドリームガールズが残したもの


1. 才能はあるが協調性に欠ける女


5月20日(日)にディーライフで、ビヨンセ主演の映画『ドリームガールズ(原題:Dreamgirls)』をやっていました。

この映画は1980年代にブロードウェイで上演されたミュージカル『ドリームガールズ(原題:Dreamgirls)』を映画化したもので、1960年代半ばにアメリカで活躍した黒人系女性ボーカルグループのスプリームス(The Supremes)のメンバーたち及び彼女たちを支えたスタッフの人生を描いています。

スプリームスは1959年の結成から1977年の解散までの間に何度かメンバーの入れ替えをしていますが、映画で取り上げた時期にメンバーだったのはダイアナ・ロス、フローレンス・バラード、メアリー・ウィルソンなどです。

主役のビヨンセ(Beyoncé)が演じるディーナ・ジョーンズは、ダイアナ・ロスをモデルとしています。

2012年5月22日ビヨンセ主演映画『ドリームガールズ』を見た感想1 474

ジェニファー・ハドソン(Jennifer Hudson)が演じるエフィ・ホワイトは、ダイアナとリードボーカルを争って敗れたフローレンス・バラードをモデルとしています。

映画の中ではディーナとエフィは最終的に和解するような展開になっていましたが、実際のフローレンスは自分の実力を正当に評価してくれない事務所社長ベリー・ゴーディ・ジュニア(映画における役名は、カーティス・テイラー・ジュニア)への不満が原因でアルコール中毒に陥ります。

またフローレンスはダイアナを上回る抜群の歌唱力を備えているのですが我儘で協調性に欠けるところがあり、様々な不和を生み出す原因となって行きます。

結局フローレンスは所属事務所から契約を解除され、1968年にスプリームスを脱退します。

その後フローレンス(1943-1976)はソロ活動に活路を見い出そうとしますが不発に終わり、不遇の生活を送る中で最終的に冠状動脈血栓により32歳の若さで命を落としています。

リードボーカルを務めたダイアナ(1944-)も映画では描かれていませんが、1969年にスプリームスを脱退することになります。

その後、ダイアナがソロ歌手として大成功を収めたのは周知の事実ですね。

歌唱力の点ではダイアナを上回るフローレンスがソロ活動に失敗し、声量では劣ると見られていたダイアナがソロとして大成功したのは、人生の成否を左右する要素とは何かについて考えさせられるところが大きいですね。

2012年5月22日ビヨンセ主演映画『ドリームガールズ』を見た感想7 414


2. 名曲


この映画はミュージカル仕立てになっていていくつかの楽曲が作品の中に挿入されているのですが、このブログでは代表的な曲を2つ紹介します。

1つ目はジェニファー・ハドソン(エフィ・ホワイト役)が歌うAnd I Am Telling You I'm Not Goingです。

事務所社長のカーティスはわがまま勝手なエフィに対する愛が冷めディーナへ愛を注ぐようになるのですが、カーティスを愛するエフィが離れて行くカーティスの愛を引きとめようとする場面で歌われたものです。

ジェニファー・ハドソンはこの楽曲の熱唱ぶりを含めた演技力が高く評価され、第79回アカデミー賞(2007年2月)の助演女優賞を獲得しています。

2つ目はビヨンセ(ディーナ・ジョーンズ役)が歌うListenです。

ディーナは事務所社長のカーティスと結婚し公私共にパートナーとなるのですが、やがてカーティスの強引なやり方に疑問を感じるようになり袂を分かつことになります。

この歌は、ディーナがこれからはカーティスの指示には従わず自分の人生は自分で決めて行くのだという強い意志を表明した内容になっています。

2012年5月22日ビヨンセ主演映画『ドリームガールズ』を見た感想3 504

3. この映画が伝えたいことは何か?


この映画のアメリカでの公開は2006年12月で、映画が対象としている時期はその40年前の1960年代半ばです。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(1929-1968)が主導した公民権運動はスプリームスが活躍していた時期と重なるのですが、キング牧師はこの映画の中で実在の人物として登場しています。

1960年代のアメリカでは黒人は様々な場面で差別を受けていましたが、音楽業界においては黒人歌手にはコンサート会場を貸さないなどの差別に加え黒人が発案した知的労働の成果を白人が横取りしていたという事実があります。

例えば黒人が創作した楽曲や舞台衣装などを白人が無断で借用して、いつの間にか自分が発案者であるかのような評価を社会から得るという現象が起きていました。

いつの時代でも他人が創り上げた成果を無断でコピーする卑怯な輩がいるものですが、1960年代のアメリカにおいて権力を握っていた白人たちはそういった卑劣な行いを繰り返していたのです。

この映画にはエディー・マーフィが歌手役で出演しているのですが、白人が黒人に対して行なって来た理不尽な仕打ちに対して彼が正当な不平を述べる場面が随所に盛り込まれています。

映画で描かれていることが全て真実だとは言えないと思いますが、多少の脚色があるにせよビル・コンドン監督はわずか40年ほど前のアメリカの真の姿を映像記録に残すことで、鑑賞者が様々なことを思考するための一助にしたかったのだろうと思います。

2012年5月22日ビヨンセ主演映画『ドリームガールズ』を見た感想4 534

4. 泣き寝入りは悪者を増長させるだけ


1960年代のアメリカにおいて社会のあらゆる場面で実権を握っていた白人たちには、少なくとも他民族を「指導」できるような高潔な人格は備わっていなかったということは言えそうです。

いつの時代であっても差別やいじめに対しては社会全体が心を合わせ、権力者や不逞の輩に対して強い態度で立ち向かう必要があります。

権力者や不逞の輩は、被害を受けた者が大人しくしていると増長していくものなのです。

現代で言えば、他人のブログの文言を無断借用するような者に懺悔を期待しても無理です。

人の気持ちや立場を考慮できず反省などしない人間だからこそ、無断コピーなどという蛮行が平気で出来るわけですね。

2012年5月22日ビヨンセ主演映画『ドリームガールズ』を見た感想5 not

5. ドリームガールズが残したもの


権力の中でも特に人事権と予算編成権を握っている者の多くは、その権力を振りかざして他人の人生を支配することが自分に与えられた使命だと信じて疑わないようです。

馬鹿馬鹿しいですね。
そのような「邪悪な使命」などあなたに与えられているはずがないのですよ。

差別や虐待の本質は、他人の人生を支配したいという邪(よこしま)な欲求に求められます。

ドリームガールズの時代から50年が経過しましたが、まだまだ人間は賢い生き方とは何かについて完全には把握できていないようです。

2012年5月22日ビヨンセ主演映画『ドリームガールズ』を見た感想6 572


ドリームガールズ スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン (2007-06-22)
売り上げランキング: 4673






関連記事

ピエロ・デラ・フランチェスカ『アダムの死』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月21日(月)16時16分 | 編集 |
2012年5月21日(月)


目次
1. アダムの死に際
2. 死せるアダム
3. イエスの十字架
4. 原題


今回取り上げる作品は、ピエロ・デラ・フランチェスカ作『アダムの死』です。

2012年5月21日ピエロ・デラ・フランチェスカ『アダムの死』235

1. アダムの死に際


イタリアの画家ピエロ・デラ・フランチェスカ(1415頃-1492)は、アダムの死に纏(まつ)わる出来事を描いています。

向かって右側に描かれているのは、アダムが死ぬ間際の様子です。

地面に腰を下ろしている白髪の男性が、アダムです。
アダムの向かって右に立っている女性が、イヴです。

アダムの向かって左で、白い布を纏(まと)って立っている男性が、息子のセトです。

作品の鑑賞者に対して、背を向けている全裸の男性と、黒い衣服を着ている短髪の女性も、アダムの子供たちです。

アダムは、セトに対して右手を差し出しながら語りかけ、楽園の門へ行き、慈悲の香油をもらって来るように頼んでいます。

香油を遺体に塗ることによって、腐敗臭を防ぐためです。

画面後景中央に描かれているのは、アダムの命を受けたセトが、楽園の門前にいる大天使ミカエルに面会している場面です。

セトは父アダムのために、大天使ミカエルに香油を分けてもらうよう依頼します。

ところが大天使ミカエルは、香油の代わりに、果実の種を渡しました。
この種は、楽園において、禁断の果実を実らせた知恵の木から生まれたものです。

アダムとイヴは、禁断の果実を食べてしまったことがきっかけで、楽園を追放されたのでした。
その果実を実らせた知恵の木の種子を、セトは大天使ミカエルから与えられたのです。


2. 死せるアダム


画面左に描かれているのは、アダムが死後、家族によって埋葬されている場面です。

フレスコ画が剥げ落ちてしまい、顔が確認できませんが、中央で白い服を身につけて、座っているのがセトです。

セトの周囲にいる人々は、アダムの一族です。

アダムは、遺体となってセトの目の前の地面に横たわっています。

セトは、アダムの口元に右手を差し出しています。
右手には、大天使ミカエルから与えられた知恵の木の種子を持っています。

セトは、この種子をアダムの舌の下に置きました。

両腕を大きく広げている女性の、左腕の後ろに立っている木は、この種子から芽を出し、成長した木です。

時系列としては、アダムの死の時点では、まだ成長してはいませんが、後日、アダムの口から芽が出て、このような木に成長したということを表しているわけです。


3. イエスの十字架


このアダムの遺体から成長した木々は、時を経てイエスの十字架へと繋がっていきます。
イエスが架けられた十字架は、この木を切り倒して作られたのです。

人類の祖アダムからノアまでの人類の系図を、ここでまとめておきましょう。

アダム→セト→エノス→カイナン→マハラレル→ヤレド→エノク→メトシェラ→レメク→ノア


4. 原題


ピエロ・デラ・フランチェスカ(Piero della Francesca)が描いた『アダムの死』は、イタリア語ではMorte di Adamoと言います。

la morteが、死、という意味です。

この作品は、イタリア中部の街アレッツォ(Arezzo)にあるサン・フランチェスコ大聖堂(Basilica di San Francesco)のマッジョーレ礼拝堂(la cappella maggiore)で見ることが出来ます。

なお、マッジョーレ礼拝堂にはピエロ・デラ・フランチェスカが制作した『十字架物語(Le Storie della Vera Croce)』という連作がフレスコ画として残されています。

『アダムの死』は、その内の一部なのです。





関連記事

フェルナン・コルモン『カイン』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月20日(日)20時12分 | 編集 |
2012年5月20日(日)


目次
1. カインの逃亡
2. 原題


今回取り上げる作品は、フェルナン・コルモン作『カイン』です。

2012年5月20日フェルナン・コルモン『カイン』187

1. カインの逃亡


弟アベルを殺害した後、カインはエデンの東にあるノドの地に追放されました。
ノドとは、流離(さすら)い、という意味です。

フランスの画家フェルナン・コルモン(1845-1924)は、カインが子供や従者を引き連れて、ノドの地へと向かう姿を描きました。

画面中央で、子供2人に手をやって、腰掛けているのがカインですね。
カインには、エノクという名の子がいました。

カインはこの後、ノドの地で街を建設しますが、街をエノクと名づけました。
カインの子孫はこの後、数代続いていきます。


2. 原題


フェルナン・コルモン(Fernand Cormon)が描いた『カイン』は、フランス語ではCaïnと言います。

この作品は、オルセー美術館(musée d'Orsay)で見ることが出来ます。





関連記事

ウィリアム・アドルフ・ブグロー『アベルの死に対する嘆き』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月19日(土)16時50分 | 編集 |
2012年5月19日(土)


目次
1. 両親の嘆き
2. 原題


今回取り上げる作品は、ウィリアム・アドルフ・ブグロー作『アベルの死に対する嘆き』です。

2012年5月19日ウィリアム・アドルフ・ブグロー『アベルの死に対する嘆き』271

1. 両親の嘆き


フランスの画家ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825-1905)が描いているのは、次男アベルの遺体を見て嘆いている、アダムとイヴの様子です。

長男カインによって殺されたアベルは、父アダムの膝の上に載せられています。
母イヴは顔を覆い、悲嘆に暮れています。


2. 原題


ウィリアム・アドルフ・ブグロー(William-Adolphe Bouguereau)が描いた『アベルの死に対する嘆き』は、スペイン語ではLamento por la muerte de Abelと言います。

lamentoが嘆き、la muerteが死という意味です。

この作品は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにあるベジャス・アルテス国立美術館(Museo Nacional de Bellas Artes)で見ることが出来ます。

なお、このアベルの死は、楽園を追放された後の人類にとって、最初の悲しい出来事でした。
そこで、『初めての悲嘆(El primer duelo)』という題名で呼ばれる場合もあります。





関連記事

ティントレット『アベルの殺害』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月18日(金)16時52分 | 編集 |
2012年5月18日(金)


目次
1. 肌の色の違い
2. 原題


今回取り上げる作品はティントレット作『アベルの殺害』 です。

2012年5月18日ティントレット『アベルの殺害』249

1. 肌の色の違い


ティントレット(1518-1594)が描く殺害の瞬間には兄弟の顔が描かれていません。

カインがどのような表情で犯行に及んだのかそしてアベルはどんな表情で殺される瞬間を迎えたのか、その点は敢えて表現しない構図を取っています。

刃物を持ったカインと今まさに殺されようとしているアベルは肌の色が大きく異なっています。
同じ親から生まれた兄弟なのにこの相違は何を示唆しているのでしょうか?

向かって右下にはこの殺人事件の一要素となった羊の首が転がっています。


2. 原題


『アベルの殺害』 はイタリア語ではCaino uccide Abeleと言います。

Cainoがカイン、Abeleがアベルですね。
uccidere ZはZを殺害するという意味です。

この作品はヴェネツィアにあるアカデミア美術館(Gallerie dell’Accademia)に所蔵されています。





関連記事

ピーテル・パウル・ルーベンス『アベルを殺害するカイン』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月16日(水)16時47分 | 編集 |
2012年5月16日(水)


目次
1. アダムの子たち
2. 供え物を選ぶ神
3. 原題


今回取り上げる作品は、ピーテル・パウル・ルーベンス作『アベルを殺害するカイン』です。

2012年5月16日ピーテル・パウル・ルーベンス『アベルを殺害するカイン』467

1. アダムの子たち


神の言いつけを守らず禁断の果実に手を出した結果、アダムとイヴは楽園から追放されました。

エデンの園を離れた後、彼らは子供を儲けます。
長男がカイン、次男がアベルと言います。

系譜を示します。

アダム→カイン


なお、アダムとイヴにはカインとアベル以外にもう1人セトという名の息子が生まれます。

三男セトの子孫は代々続いて行きます。
ノアはセトの子孫です。

さて、長男のカインは弟であるアベルを殺害してしまいます。
人類はアダムの子の世代で早くも殺人を犯しているわけですね。

なぜ、こんな悲劇的な結果になってしまったのでしょうか?


2. 供え物を選ぶ神


カインとアベルは、それぞれ異なる生業を持っていました。
カインは農耕に従事し、アベルは羊の放牧を行っていました。

人間とは時代を問わず、神に対して供え物をしなければならない宿命にあるようです。
兄弟2人はそれぞれの生業の中から供え物をすることになりました。

兄カインは農耕によって得られた収穫物を捧げ、弟アベルは羊を捧げ物としました。

ところが、ここで神は不可思議な行為に及びます。
アベルの差し出した羊は受け取ったのですが、カインの捧げた収穫物は、無視したのです。

この差別は一体何でしょうか?

農耕による収穫物が気に入らないのか、あるいは差し出したカインという人物が気に入らないのか・・・。

若しくはカインの嫉妬心を煽(あお)り兄弟を仲違いさせて、親であるアダムとイヴを困らせてやろうと画策したのか・・・。

いずれにせよ神からの愛を受けられなかった兄カインは弟アベルを殺害するに及びます。
人類初の殺人です。

カインは神から贔屓(ひいき)されるアベルに対し憎しみを抱いたのかも知れません。

アダムとイヴは神に対して不服従の態度を取り、神の逆鱗に触れました。
彼らの長男カインは弟アベルを殺すという悪事を働きました。

フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)が描いているのは、カインが棒を振り上げてアベルを殺害しようとする瞬間です。

向かって右に立っているのが長男カインです。
カインは左手でアベルの首を抑えつけて、右手に持った棒で殴り殺そうとしています。


3. 原題


ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)が描いた『アベルを殺害するカイン』は、英語ではCain slaying Abelと言います。

slay ZはZを殺害するという意味です。

この作品はロンドンにあるコートールド・ギャラリー(Courtauld Gallery)で見ることが出来ます。





関連記事

ヨハン・アントン・ランブー『楽園追放後のアダムとイヴ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月15日(火)21時07分 | 編集 |
2012年5月15日(火)


目次
1. ドイツ人画家
2. 苦役
3. 原題


今回取り上げる作品は、ヨハン・アントン・ランブー作『楽園追放後のアダムとイヴ』です。

2012年5月15日ヨハン・アントン・ランブー『楽園追放後のアダムとイヴ』270

1. ドイツ人画家


作者であるランブー(1790-1866)は、ルクセンブルク大公国に近い古都トリーア(Trier)で生まれたドイツ人です。

この作品では、不服従の罪により楽園追放の憂き目に遭った、アダムとイヴのその後の姿が描かれています。

画面中央の後景には、追放された時点の2人の姿が描かれていますね。
それから時が過ぎ、2人には子供が出来ています。

アダムとイヴは楽園から追放された後、3人の息子を儲けるのですが、ここに描かれているのは、長兄カインと次兄アベルです。

イヴの右膝近くに立っているのが、兄のカインです。
イヴの左膝に乗せられているのが、弟のアベルですね。

後に、セトと呼ばれる三男が生まれることになります。


2. 苦役


アダムは農耕具を拵(こしら)えて、大地を耕しています。
神の命に背いた罰として、アダムは労役の苦痛を味わっていくことになります。

楽園にいた時は食べることに困りませんでしたが、そこから追放された今となっては、自ら食糧を確保しなければならなくなりました。

画面中央に描かれている、険しい表情をした褐色の山羊を、アベルは左足で追い払おうとしています。
大自然の中では、動物に対する恐怖を感じながら、生きていかなければならないわけです。


3. 原題


ヨハン・アントン・ランブー(Johann Anton Ramboux)が制作した『楽園追放後のアダムとイヴ』は、ドイツ語ではAdam und Eva nach der Vertreibung aus dem Paradiesと言います。

die Vertreibungは、追放、という意味です。
nachが3格支配の前置詞なので、ここでは定冠詞がderになっています。

この作品は、ケルンにあるヴァルラフ・リヒャルツ美術館(Wallraf-Richartz-Museum)で見ることが出来ます。





関連記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。