映画とドラマと語学、そして株式投資へ
| ホーム loro2012 |
| 投稿 |
スポンサーサイト
記事URL  カテゴリ | スポンサー広告 | --年--月--日(--)--時--分 | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





セバスティアーノ・リッチ『エテロの娘たちを守るモーゼ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月29日(日)11時39分 | 編集 |
2012年7月29日(日)


目次
1. ミディアンへの逃亡
2. エテロの娘たち
3. 原題


今回取り上げる作品は、セバスティアーノ・リッチ作『エテロの娘たちを守るモーゼ』です。

2012年7月29日セバスティアーノ・リッチ『エテロの娘たちを守るモーゼ』219

1. ミディアンへの逃亡


エジプト宮廷で育てられたモーゼは、やがて立派な青年へと成長します。

ある日、街に出掛けたモーゼは、ユダヤ人がエジプト人に虐待される現場に遭遇します。
正義感の強いモーゼは、こういった苛めを許すことが出来ません。

モーゼは、このエジプト人を人目につかない所へと連れて行き、殴り殺してしまいました。

この殺人事件を契機として、モーゼはエジプト宮廷を抜け出し、ミディアンに逃亡します。
ミディアンとは、現在のアラビア半島のどこかにあった地域とされています。

モーゼは、ミディアンの地で祭司エテロと出会い、エテロの世話になる形で、羊飼いとして一緒に暮らすことになりました。


2. エテロの娘たち


エテロには、七人の娘がいました。

ある日、娘たちは、羊の群れに水を飲ませるために、井戸へとやって来ました。
エテロの元で羊飼いとなっていたモーゼも、この娘たちと一緒に井戸へと同行します。

エテロの娘たちが、井戸から水を汲み上げ、羊たちに水をやろうとしていた時、別の羊飼いたちが井戸へとやって来て、娘たちの水を取り上げたのです。

順番を守らず、か弱い女性から水を奪うという行為は、許されるはずもありません。
この光景を近くで見ていたモーゼは、娘たちの元へと急ぎ、羊飼いの男たちに制裁を加えたのです。

イタリアの画家セバスティアーノ・リッチ(1659-1734)は、モーゼが棒を持って、狼藉者たちを追い払っている場面です。

今回は、エジプトの時のように、相手を殴り殺すようなことはしませんでしたが、正義感溢れるモーゼは、娘たちの権利と肉体を見事に守ったのです。

帰宅後、この話を聞いたエテロは、モーゼの勇気と正義感に感銘を受けます。
そして、娘のツィポラをモーゼに妻として与えました。


3. 原題


セバスティアーノ・リッチ(Sebastiano Ricci)が描いた『エテロの娘たちを守るモーゼ』は、英語ではMoses Defending the Daughters of Jethroと言います。

この作品は、ブダペストにある美術館(Museum of Fine Arts)で見ることが出来ます。


スポンサーサイト



関連記事

Bartholomeus Breenbergh『モーゼ発見の風景』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月27日(金)14時48分 | 編集 |
2012年7月27日(金)


目次
1. 全裸の侍女
2. 映画『十戒』
3. 原題


今回取り上げる作品は、Bartholomeus Breenbergh作『モーゼ発見の風景』です。

2012年7月27日Bartholomeus Breenbergh『モーゼ発見の風景』238

1. 全裸の侍女


作者であるBartholomeus Breenbergh(1598-1657)は、オランダ生まれの画家です。
私は、オランダ語の読み方がわかりませんので、カタカナで表記することが出来ません。

画面向かって左端に立って、左手を差し出しているのがエジプト王の娘です。
その人差し指の先にいる全裸の女性は、王女の侍女ですね。

王女に命じられた侍女が、衣服を全て脱いでナイル川の葦の茂みに入り、モーゼが乗せられている籠を拾って来たところを描いているわけです。


2. 映画『十戒』


後に、成人したモーゼは、奴隷として苦役に従事するユダヤ民族をエジプトから脱出させるよう、神から命じられることになります。

1956年に制作された映画『十戒(原題:The Ten Commandments)』は、モーゼが王女に拾われたところから始まり、ユダヤ民族を率いてエジプトを脱出し、その後、死にゆくまでを描いています。

ただ、この映画では、そもそもなぜユダヤ人が「出エジプト」をしなければならなかったのか、という根本的な部分については描かれてはいません。

これは、ユダヤ人やキリスト教徒であれば常識的に知っていることとして、敢えて監督は描かなかったのだと思います。

出エジプトへ至る経緯を、矢印で示せばこうなります。

カナンの地における食糧不足→ヨセフを頼って豊かなエジプトへ→異国の地では奴隷となる→爆発的な子孫繁栄を実現する→生まれた男児が大量に殺されるという悲劇に見舞われる→モーゼを指導者としてエジプトを脱出

ユダヤ人にとっての「聖書」というのは、結局のところ、彼らがどのようにして生き延びて来たのかを記した歴史書です。

そこにはいくつかの誇張もあるでしょうが、苦難の歴史を確実に記録に残し、後世へと伝えていく労を厭わなかったということですね。

この知的作業を担ったユダヤ人の文筆家たちのおかげで、私たちは過去の出来事を知ることが出来るわけです。


3. 原題


Bartholomeus Breenberghが制作した『モーゼ発見の風景』は、英語ではLandscape with the Finding of Mosesと言います。

この作品は、スウェーデンの首都ストックホルムにあるHallwylska Museetで見ることが出来ます。


十戒 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン (2008-06-20)
売り上げランキング: 1997






関連記事

パオロ・ヴェロネーゼ『ナイル川からのモーゼの救出』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月25日(水)00時09分 | 編集 |
記事のタグ: 美術史美術館
2012年7月25日(水)


目次
1. 食糧を求めて
2. 増え続けるユダヤ人
3. 原題


今回取り上げる作品は、パオロ・ヴェロネーゼ作『ナイル川からのモーゼの救出』です。

2012年7月25日パオロ・ヴェロネーゼ『ナイル川からのモーゼの救出』 3finding


1. 食糧を求めて


2012年7月23日(月)の記事『パオロ・ヴェロネーゼ『ナイル川から救出されたモーゼ』 loro2012.blog.fc2.com』で述べたように、エジプトのファラオ、ラムセス2世(在位:紀元前1290-紀元前1224)は、生まれたばかりのユダヤ人男児を全てナイル川に放り込め、という命令を出していました。

ユダヤ人側から見ると、この命令は極悪非道に聞こえます。
しかし、エジプト側からすると、やむを得ない政治的な事情があった、ということになっています。

そもそも、カナンの地で暮らしていたユダヤ民族が、この紀元前13世紀頃に、なぜ異国の地エジプトで生活していたのでしょうか?

ユダヤ人が、この時期にエジプトへ移住して来た最大の理由は、食糧問題を解決するためです。

ヤコブの息子であるヨセフが、その才覚によってエジプトで確固たる地位を築いた頃、カナンの地は大飢饉に見舞われており、僅かな収穫しか得られないため、とても民族全体を養っていけるような状況ではありませんでした。

そこで、同胞であるヨセフを頼って、多くのユダヤ人がエジプトへと移住して来たわけです。

エジプトもカナン同様に不作が続いたために、もし無為無策であれば食糧不足に直面するはずでした。

ところが、奴隷から身を起こしたヨセフの政策が功を奏し、エジプト人たちは無事にこの難局を乗り切っていたのです。

旧約聖書は、この紀元前13世紀頃に、ユダヤ民族の中で農業政策を打ち出せる人間がいなかった、ということを暗に言っているわけですね。


2. 増え続けるユダヤ人


食料を求めて、ユダヤ人達がエジプトの領域に入って来ました。
聖書の記述では、移住者は70人程度とされています。

当初は、エジプト王もユダヤ人移民を受け入れ、共存していく姿勢を見せていました。

エジプト王が移住者であるユダヤ人たちに期待したのは、その労働力です。
特にエジプト人が嫌うような、厳しい仕事を受け持つことがユダヤ人には求められました。

最初はピラミッド建造等の労働力として受け入れられ、事実上、奴隷のような身分でユダヤ人たちはエジプトで暮らしていたわけです。

食べることを最優先にした結果の、苦渋の選択というところでしょうね。

この移住したユダヤ人たちは、エジプトで暮らす間に沢山の子を作り、どんどん人口が増えていきました。

為政者であるエジプト王が、このままでは食糧不足を招きかねないと懸念するぐらい、ユダヤ人の人口は増えていったのです。

このことが、「生まれたばかりの男児を、全てナイル川に放り込む」という政策につながっていったわけです。

モーゼは、このような時代にエジプトで誕生したのです。

パオロ・ヴェロネーゼ(1528-1588)のこの作品は、構図としては、前回の絵とほとんど同じですね。

相違点を挙げるとすれば、王女の衣装です。
それから、向かって左に描かれている木の葉の色が違いますね。


3. 原題


パオロ・ヴェロネーゼ(Paolo Veronese)が制作した『ナイル川からのモーゼの救出』は、ドイツ語ではRettung des Mosesknaben aus den Fluten des Nilsと言います。

die Rettungは、救助、という意味です。
ドイツ語では、モーゼのことをMosesと言います。

der Knabeは、男の子、という意味です。

ausは3格支配の前置詞ですので、den Flutenは、die Flutの複数3格ということになります。
aus den Fluten des Nilsは、「ナイル川の流れの中から」という意味になります。

この作品は、ウィーンにある美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)に所蔵されています。







関連記事

キャメロン・ディアス主演映画『メリーに首ったけ』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2012年07月24日(火)10時42分 | 編集 |
2012年7月24日(火)


今回の記事には露骨な性的表現が含まれています。
性的表現に対して心的なストレスを感じる方は読まないことをお勧めします。


目次
1. 意図的な覗きではないけれど
2. 彼はオナニーしていたんだ
3. なぜキャメロンの髪が立っているのか?
4. 精液は上に飛ばせるのか?
5. タイガー・ウッズなら可能かも
6. あそこまで前髪が立つのか?
7. 精液を見たことって、ありますか?


1. 意図的な覗きではないけれど


7月21日(土)にFOX bs238でキャメロン・ディアス主演の映画『メリーに首ったけ(原題:There's Something About Mary)』をやっていたので見ました。

FOX bs238の番組概要には「下ネタ満載のエッチ・コメディ」と書いてありましたが、下ネタ満載という程でもなかったと思いますけどね。

性欲を掻き立てるようなセックス場面などは一切無く、どちらかというと品性下劣路線の作品でした。

ベン・スティラーが演じるテッドは高校時代にキャメロンが演じる主人公のメリーからプロムに誘われます。

プロムとはアメリカの高校生が学年末に行うダンスパーティーのことで、男女一組で参加することが原則です。

つまり男子生徒が一人で参加したり女子生徒が複数で会場に入り男子生徒から声を掛けられるのを待つということは認められてはいません。

さて、テッドは風采の上がらない男でメリーは全校男子生徒の憧れの的です。

本来であればプロムにせよデートにせよ男性から女性を誘うのが基本だと言えますが、テッドは高嶺の花であるメリーから誘われるという奇跡的な幸運を手にします。

プロム当日、テッドはメリーの家に迎えに行き中に上がりメリーが2階の自室で支度をしている間、1階にあるトイレに入りました。

テッドが小用(しょうよう)を足している際、窓の外に立つ木の枝に鳥が2羽止まっているのが目に入りました。

この時にBGMで流れていたのが『遙かなる影(原題:(They Long to Be) Close to You)』です。

『遥かなる影』はカーペンターズの曲として有名ですが、元々はバート・バカラック(1928-)が作曲しハル・デヴィッド(1921-)が作詞した楽曲です。

『遥かなる影』は、

Why do birds suddenly appear
Every time you are near?

という歌詞で始まるのですが、映画でもこの歌詞に合わせて鳥が2羽突然テッドの目の前に現れます。

ところがその鳥が枝から姿を消した瞬間、用足しの最中だったテッドは図らずも視線の先の2階にいるメリーがプロム用のドレスに着替えているところを覗いた格好になってしまいました。

テッドには着替え中のメリーを覗き見する意志はなかったのですが、結果的にトイレの中から覗き見している姿をメリーに見られてしまいます。


2. 彼はオナニーしていたんだ


下着姿のメリーと視線が合い動揺したテッドはズボンのジッパーを慌てて上げた際にペニスを挟んでしまいました。

激痛に耐えかねたテッドは叫び声を上げます。

私はペニスをチャックに挟んだ経験はありませんが、ベルトのバックルが陰嚢(金玉のことね)に当たり痛みでしばらく声が出なかった経験はあります。

本当に痛い時は声すら出せず無言で耐え抜くしかないように思います。
声が出ている時はまだ余裕があるのだと思いますね。

恐らく快感も同じで、声が出ている時は多少なりとも演技がかっているのではないかと思います。

至上の快感を得たらあまりの気持ち良さに声は出ないのではないかしらと思いますね。

さて、テッドがメリー宅のトイレ内で苦悶している間に警察官や消防士までもが次々とやって来る大騒ぎとなり、テッドのペニス事件はあっという間に街中に広まります。

テッドがトイレから救出され救急車に搬送される際に街の人々はテッドの滑稽な出来事を揶揄して次のような言葉を投げかけます。

He was masturbating!

直訳すると「彼はオナニーをしていました。」となりますが映画の字幕では「オナってたのさ」となっていました。

字幕翻訳者は松浦美奈です。

過日の記事『ジュリア・ロバーツ主演映画『エリン・ブロコビッチ』を見た感想 loro2012.blog.fc2.com』でも述べましたが、翻訳家を目指す女性はセックス関連の語彙を修得する必要が大いにあり、取り組む作品によっては男性のオナニーについて和訳を付ける場合もあるということですね。

学校英語としては「彼はオナニーをしていました。」という過去進行形の訳出が出来ていれば合格点をもらえますが、翻訳家の実務となると松浦さんがしているように「オナってたのさ」という訳出が求められるわけですね。

オナニーやフェラチオに対して内心では興味があっても話題にすることを毛嫌いする女性は多いとは思いますが、翻訳家になりたいのであれば仕事の幅を広げるためにもこういう分野の知識も吸収しておく必要があるのだろうと思っています。

女性翻訳家は仕事だと割り切って松浦さんのように「オナってたのさ」という日本語訳を捻(ひね)り出して下さいね。

大いに期待しています。


3. なぜキャメロンの髪が立っているのか?


メリーに首ったけ [DVD]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2010-06-25)
売り上げランキング: 55167



アマゾンで販売しているDVDのパッケージ写真ではキャメロンの髪が立っていますね。

この映画を見たことがない人でも、映画公開時(日本では1999年1月)にポスターなどの広告でキャメロンの髪が立っている写真を見かけたことがある人もいるかも知れません。

なぜキャメロンの髪がこんなにそびえ立っているのか?
それはキャメロンが演じるメリーがテッドの精液を髪につけてしまったからです。

もちろんメリーは精液だとは知らず白濁色のヘアジェルだと勘違いして自ら望んで髪につけてしまったのです。

パッケージ写真におけるメリーの輝くような笑顔は真実を知らないからこそ生まれた笑顔なのです。

経緯を詳しく見て行きましょう。

なお私のブログを今回初めて訪問してくれた女性でここまでの話を読んでオナニーとか金玉という言葉が出て来て馬鹿馬鹿しいと思った方は、映画のネタバレにもなっていますので以下の文章は読まない方が良いかも知れません。

一方、定期的に訪問してくれている女性の皆さんは私の長~い文章や大真面目に書いているエロい文言に慣れていると思いますのでじっくりとお読み下さい。

2012年7月24日キャメロン・ディアス主演映画『メリーに首ったけ』を見た感想1 173

4. 精液は上に飛ばせるのか?


30代前半の年齢になったテッドはメリーの住むマイアミを訪れ高校時代以来の久々の再会を果たし、首尾よくメリーとデートをする約束を交わします。

テッドはデート当日、性欲に起因する苛つきを解消するためにという趣旨で女に会う前にオナニーしておくことを悪友から勧められ妙に納得してその提案を受け入れます。

悪友が去った後、テッドは泊まっているホテルの部屋のバスルームでオナニーを始めます。

映画の中でテッドは左手でオナニーをしていましたので演じていたベン・スティラーは左利きなのでしょうね。

利き手じゃないとオナニーをすることは難しいです。

監督はテッドのオナニー中の恍惚感溢れる表情などを克明に描いていましたが、私は男女に限らずオナニー場面には全く興味が無いので気持ち悪いだけでしたね。

アダルトビデオでもAV女優がオナニーをする場面を映像に撮るという企画が数多く立てられているようですが、私は全く関心が湧きません。

さて、テッドは首尾よく射精に至ったのですが発射したはずの精液がどこにも見当たりません。

あちこち探しますがどうしても精液は見つからず、そうこうしている内に予定時刻となりメリーがテッドの部屋に到着してチャイムを鳴らします。

メリーの来訪を知ったテッドは取り敢えず精液の在り処を突き止める作業を中断しバスルームを出てドアを開けてメリーに応対しますが、件(くだん)の精液はテッドの左耳についていたのでした。

それをメリーが見つけヘアジェルかと尋ねた上で手に取り、自分の前髪にベッタリと塗りつけてしまったのです。

まあ、現実ではあり得ないですけどね。

射精直後の精液が耳からぶら下がった状態で留まるなんてことはあり得ません。

精液は割りと水っぽくヌルヌルしているので、肌に付着した場合下へ下へと落ちて行くものなのです。

テッドは立ち姿でオナニーをしていましたので、もし耳に精液が付着したとすれば射精時にペニスを上に向けていたことになります。

しかし、そんなことをしたら服などに精液が飛び散りますので、普通は射精直前にペニスを上に向けることはありません。

一般論として立ち姿でオナニーをする場合、左利きであれば左手でペニスを握って摩擦を繰り返しながら右手でティッシュを持って準備万端にして、精液がティッシュの中にちゃんと収まるようにペニスを下に向けて亀頭部をティッシュで包(くる)むような形にして射精するわけです。

テッドはちょっと変な男なので、服などが精液で汚れることなど考えもせずに握っていたペニスをわざと上に向けて思いっ切り射精したのかしらね。


5. タイガー・ウッズなら可能かも


もう一つ、立ち姿の状態で精液が上に向かって放出される場合があるとすれば、射精の直前にあまりの快感に我を忘れてペニスから手を離してしまい制御のなくなったペニスが自然に上を向き勢いのある射精が達成されて、濃い精液が大量に噴き上がるという可能性は考えられます。

しかし、AV男優や精力自慢の男性でもない限り、普通の男性にはそんな芸当はまず不可能だと言えるでしょう。

アダルトビデオを見たことがある女性も多いと思いますが、AV男優というのは一般の男性とはペニスの大きさや射精までの我慢度が全く異なりますので彼らを標準だとは思わないで下さいね。

ほとんどの女性は一般男性のセックスパートナーがいるはずですので既に経験上分かっていると思いますが、AV男優の芸当はまさにプロとしての技であり一般男性が真似できるものではありません。

あんなことは一般男性には不可能です。

ゴルフで言えばタイガー・ウッズの技術を一般人が修得しようとするようなものであり、絶対に無理ですし時間と労力の無駄です。

そんなエネルギーがあるんだったら、自分の得意分野で成果を上げて社会貢献すれば良いわけです。

そして、セックスパートナーの女性に対して愛情を込めた普通のセックスを長くたっぷりと時間をかけて行えば良いわけですよ。

そうすれば女性陣だって私達一般男性を認めてくれるでしょ?

まあ、タイガーはゴルフだけでなく女性関係でも一般男性には出来ない芸当をあれこれとやっていたようですけどね。

2012年7月24日キャメロン・ディアス主演映画『メリーに首ったけ』を見た感想2 475

6. あそこまで前髪が立つのか?


医療従事者や性風俗店関係者でもない限り女性が男性の発射した精液をマジマジと見る機会はあまりないかも知れませんが、精液を直接見たことがなくてもそれをヘアジェルだと勘違いする女性はいませんね。

しかも、映画ではその勘違い女をあのキャメロンがやっているわけです。

キャメロンと言えば一応2枚目路線の女優だと思うのですが1998年頃はこういう役もこなしていたわけですね。

台本をもらって作品の内容を把握した際、キャメロンには抵抗があったと思いますけどね。
だって精液を髪につけるわけですから。

その精液はテッドとのデート中に髪の中で乾燥して行き髪が風に煽(あお)られたりしている内に、やがて前髪があんなに立ってしまうような状態になったというわけです。

私は精液を自分の髪につけたことはありませんし女性が精液を髪につけている姿を見たこともありませんので、精液のついた髪が乾いて風に煽(あお)られるとあのように立つのかどうかは知りません。

恐らく監督は撮影に際し、誰か女性スタッフなどを実験台にして精液のついた髪が乾くとどうなるのかを試したのかも知れません。


7. 精液を見たことって、ありますか?


もしセックスパートナーがいるにも関わらず今まで精液をちゃんと見たことがないという女性は、後学のためにも一度見ておくのも良いかも知れません。

セックスパートナーのいる女性は射精後の精液入りのコンドームを眺めた経験のある女性も多いでしょうし、フェラチオで口の中に射精させた後、両手に吐き出して唾液混じりの精液を見ることも可能ですね。

あるいは中出しを許した場合は横たわっている間に精液がトロ~っと膣の内部から外に向かって流れ落ちて来ますので、股間付近やシーツなどに付着した精液をティッシュで拭いた際に見たりとか、ついでに匂いを嗅いでみた経験を持つ女性も多いでしょう。

場合によっては男性が顔射を行い精液が髪にまで飛び散って、結果的に精液が髪についた状態を経験したという女性もいるかも知れませんね。

アダルトビデオの世界では顔射は日常茶飯で行われていますので精液がAV女優の髪にかかることはしょっちゅうですが、あれはあくまでも虚構の世界であり一般の男女が普通のセックスをする場合に女性の事前許可無く男性が顔射をするのは身勝手で失礼というものですね。

やたらと顔射をしたがる男はアダルトビデオの見過ぎですし、あれが虚構の世界であるという認識が持てず現実世界でも同じことをやろうとする自己中心的な性格であると言えます。

但し、セックスパートナーである女性が事前に顔射や胸射を了解しているのであれば何ら問題はありません。

顔射に限りませんが男女関係において大事なことは両者の意思統一です。

どんなことであれ、例えばSMプレイであったとしてもディルド(電動こけし)の使用であったとしても、両者に事前の了解があるのであれば私は構わないと思っています。

私はSMプレイや性具の使用には全く関心はありませんけどね。

随分話が逸れましたが、この映画は品性下劣ながら興行的には成功を収めたようです。
まあ、エロ・コメディーは大衆ウケするということかも知れません。

もう一つ勝因を挙げるとすれば、キャメロンのあの輝くような笑顔にみんな惹きつけられるんでしょうね。

私はキャメロンにはあまり色気は感じないんですけどね。


メリーに首ったけ もっと過激に全開バージョン [DVD]
20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント (2003-11-12)
売り上げランキング: 32726






関連記事

パオロ・ヴェロネーゼ『ナイル川から救出されたモーゼ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月23日(月)00時02分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2012年7月23日(月)


目次
1. ヤコブの子孫モーゼ
2. エジプト王女の養子になるモーゼ
3. 実母が乳母に
4. 原題


今回から『出エジプト記』に入ります。

今回取り上げる作品はパオロ・ヴェロネーゼ作『ナイル川から救出されたモーゼ』です。

2012年7月23日パオロ・ヴェロネーゼ『ナイル川から救出されたモーゼ』 4finding

1. ヤコブの子孫モーゼ


モーゼは紀元前13世紀頃にエジプトで生まれました。
両親はレビ族で父はアムラム、母はヨケベドです。

レビ族とはヤコブの子レビを祖とするイスラエルの部族の一つです。

系譜を示します。

アブラハム→イサク→ヤコブ→レビ→?→アムラム→モーゼ


アムラムはレビの息子ではないので血脈を直結させることは出来ません。


2. エジプト王女の養子になるモーゼ


モーゼが生まれた時のエジプトの王はラムセス2世(在位:紀元前1290-紀元前1224)です。

ラムセス2世はやむを得ない政治的判断に基づきエジプトの領地に暮らしているユダヤ人の生まれたばかりの男児を全てナイル川に放り込むようにという命令を出していました。

「やむを得ない政治的判断」が下された背景については次回の投稿記事で詳しく述べます。

こういう社会情勢の中、モーゼを生んだ母親ヨケベドは男児が生まれたことを周囲に隠して育てていました。

男児がいることが発覚したら、エジプト政府によってナイル川に放り込むよう命令されるからです。

しかし、赤ちゃんがいることを隠し通す生活は長続きするはずもなく数カ月で限界に達します。

何とかして息子の命を守りたいヨケベドは娘のミリアムと一緒にナイル河畔へとやって来ました。

ミリアムはモーゼの姉にあたります。

そして、赤子のモーゼをパピルスで編んだ籠に入れてナイル川の葦の茂みに置き去りにしました。

籠の中のモーゼは程なくしてナイル川に水浴びにやって来た王女に見い出されます。
モーゼの姉ミリアムは王女一行の動きを近くから密かに見つめていました。

パオロ・ヴェロネーゼ(1528-1588)の作品では画面中央で赤ん坊を見下ろしている女性が王女ですね。

王女が見つめている赤ちゃんがモーゼです。

モーゼは途轍もない強運の持ち主と言えるでしょう。

よりによって拾ってくれたのは王家の娘です。
これ以上の家柄はエジプトにはありません。

王女は河畔に捨てられていた赤子を不憫に思い、自分の養子にすることに決めました。


3. 実母が乳母に


王女が養子にすると決めたとは言っても、王女は直接育児をしませんので、今後ある程度の期間この赤子を養育する人間が必要となります。

赤ちゃんの養育とはただ単に傍について見守るだけでなく母乳を与えることが必要になります。
現代であれば粉ミルクが開発されていますがこの時代には母乳しか選択肢はありません。

従って赤ちゃんの養育は男性には不可能で女性が担当することになります。

女性が担当するとは言っても女性なら誰でも育児に適しているわけではありません。
母乳が出るためには出産直後であることが条件になります。

どんなに素晴らしい乳房を持っていたとしても出産しないことには母乳は出ませんし、出産したからといって全ての女性が母乳を出せるとも限りません。

従って、赤ちゃんを養育するためには出産したばかりで母乳がちゃんと出る女性がどうしても必要なわけです。

王女がそのことを考えている時に、近くから様子を窺(うかが)っていたミリアムが王女の前に歩み寄ります。

そして、ミリアムは近所に適当な乳母候補がいるのでその女性に当座の養育を任せてはどうかという提案をしたのです。

ミリアムが乳母として王女に推薦したのは実母のヨケベドでした。
もちろん王女はヨケベドがモーゼの母であることを知りません。

王女は一旦、赤ちゃんをヨケベド宅に預け暫くの間、養育してくれるよう依頼しました。

そして赤子がある程度成長した時点で自分の子供として引き取り宮廷へ連れて行くことにしたのです。

こうしてユダヤ人モーゼは奇跡的に命を救われ、エジプト王女に引き取られてエジプト宮廷内で育てられることになったのでした。


4. 原題


パオロ・ヴェロネーゼ(Paolo Veronese)が制作した『ナイル川から救出されたモーゼ』はスペイン語ではMoisés salvado de las aguas del Niloと言います。

salvar A de BはAをBから救うという意味です。
ここではsalvarの過去分詞salvadoが使われています。

las aguas del Niloはナイル川の水ということですね。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)の所蔵となっています。





関連記事

オラス・ヴェルネ『ユダとタマル』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月22日(日)11時29分 | 編集 |
2012年7月22日(日)


今回の記事には露骨な性的表現が含まれています。
性的表現に対して心的なストレスを感じる方は、読まないことをお勧めします。


目次
1. ヤコブの息子ユダ
2. ユダの息子オナン
3. 膣外射精と手コキ
4. 神は膣外射精を許さず
5. オナニーの語源
6. セックスのネタとの向き合い方
7. タマルのその後
8. ただでセックスはさせないわよ
9. ダビデへの系譜
10. 原題


今回取り上げる作品は、オラス・ヴェルネ作『ユダとタマル』です。

2012年7月22日オラス・ヴェルネ『ユダとタマル』437

1. ヤコブの息子ユダ


この作品で描かれているユダは、ヤコブとレアとの間に生まれた息子です。

系図を示します。

テラ→アブラハム→イサク→ヤコブ→ユダ


ヤコブには4人の妻がいました。
ユダはレアを母とする四男です。


2. ユダの息子オナン


ユダには妻シュアとの間に3人の息子がいました。
名前は年齢順にエル、オナン、シェラと言います。

長男のエルはタマルという女性と結婚していましたが、神に逆らったため神によって殺されました。

エルが神を怒らせた原因や死に方などは不明です。

エルが死んだため、妻であったタマルは寡婦になりました。
そこでユダは次男のオナンに次のように命じました。

「兄嫁であったタマルをお前の妻として迎えなさい。
そして、亡くなった兄エルのために子孫を残すのだ。」

未亡人になった女性が死亡した夫の兄弟と再婚する形態をレビレート婚と言います。

レビレート婚はレビラト婚と呼ばれる場合もあり、日本では逆縁婚、あるいはもらい婚という言い方をします。

レビレート婚はユダヤ人だけに限った風習ではなく、モンゴル人やチベット人でも一般的だとされています。

なぜユダがこういう結婚の形態を次男のオナンに命じたかというと、律法で定められているからです。

つまり、レビレート婚は神が定めたということですね。

この場合のレビレート婚はエルの弟オナンが夫を亡くしたタマルと結婚するということですが、長男の寡婦と結婚する次男にとっては不利益の方が大きいのです。

なぜなら、次男のオナンと長男の寡婦であるタマルが結婚し性交して男の子が生まれた場合、その子は亡くなった長兄エルの名前を継ぐことになるからです。

実の父親であるオナンの名前は継承されません。

生まれた子が長兄の名前を継ぐということは一家の長であるユダが有する財産も、その子が将来的に継ぐということです。

精子はオナンのものなのに生まれた息子はエルの子と見做され、財産相続権を与えられるわけです。

タマルの生んだ息子に長子相続権が与えられるということは、次男であるオナンは父ユダの財産を受け継ぐことが出来ないということです。

もしタマルがオナンとの間に男の子を生まなければ、父ユダの財産は次男であるオナンのものになります。

とすると、オナンとしてはタマルに自分の子を生んで欲しくないと考えるようになるわけです。


3. 膣外射精と手コキ


レビレート婚の制度に則って、オナンはタマルと結婚します。

オナンは妻となったタマルと毎晩のようにセックスはするのですが、子を儲けないために常に膣外射精をしていました。

そこまでしてタマルを妊娠させたくないのであればオナンはセックスをしなければ良いのですが、あり余る性欲を抑えられるはずもなく、しかも妻であれば無料でセックスが出来るので射精直前までのセックスは普通の夫婦同様していたわけですね。

オナンは身勝手な男ですが、別の観点から見るとよく膣内射精を我慢して上手く膣外に射精していたものだと感心します。

なかなか膣外射精は出来る芸当ではありませんね。

恐らく余裕を持って早めにペニスを膣内から抜き出し、最終的には手でシゴイて射精していたのでしょうね。

現代のAV男優でも射精の瞬間を見せるにあたり、瞬時の早業でコンドームを外し手でシゴイて女優の顔や胸を目がけて射精を行なっています。

顔射にするか胸射にするかは台本で予め定められているため、男優としてはギリギリまで我慢してから射精に臨むと、場合によってはコンドームの中で果ててしまうという情けない結果にもなりかねません。

それぐらい射精を統制するのは男にとって不可能なのですよ。

また、この時代にはコンドームなどありませんし妊娠危険日などという概念もありませんので、避妊の方法としては膣外射精ぐらいしかなかったわけですね。

参考までに妊娠危険日とは排卵日の3日前を起算日とし、排卵期間の5日間を経て排卵後の1日までを含む9日間を指すと理解されています。


4. 神は膣外射精を許さず


さて、オナンは本来であればタマルとの間に男の子を儲ける努力を続け、首尾よく生まれたその子が長子相続権を継承していくのが律法で定められたレビレート婚の趣旨です。

つまりは神の意志です。

ところがオナンは神の意志に逆らい、膣外射精を繰り返しました。

一般論としては、どれだけセックスをしても男が女の膣内に射精しない限り妊娠することはありません。

最終的な射精の瞬間というのはセックスの終盤で男が堪(こら)え切れなくなり、やむを得ず発射してしまうことを指しますが、その瞬間に至るまでにペニスの先端からは様々な体液が自然放出されているわけですね。

その中には、もしかしたら精液も含まれているのかも知れず、射精時に膣外に出したとしても、射精前に既に膣内に精子が放出されている可能性も否定は出来ません。

その意味では、避妊をしたいのであればペニスを膣内に挿入する前に、コンドームを装着するのが最も確実な方法なのですが、オナンの時代にはコンドームなどは存在しませんので膣外射精しか方法がなかったわけですね。

しかし、このオナンが行った膣外射精は、神の命令に対する不服従の罪にあたります。

オナンに限らず、神は男に膣内射精をさせ女を妊娠させるためにレビレート婚を定めているわけです。

セックス時の快楽というのは人間にとってはそれ自体がセックスの目的となりますが、どれだけセックスに励んで性的快楽を得たとしても、女が妊娠しないのであればその家系は断絶し、最悪の場合民族自体が絶えます。

民族が絶えるということは、神の設計書には載っていません。

少なくともユダヤ民族は未来永劫子孫繁栄し、カナンの地で暮らすよう神によって定められているわけですね。

オナンはタマルと何度もセックスしお互いにセックスの快楽だけは共有していましたが、その都度膣外射精をしていたオナンは最終的に神によって処刑されました。

オナンには執行猶予期間があったのですが、その間に悔い改めもせず、相も変わらず膣外射精を繰り返していたため、ついに死刑宣告が下されたわけですね。

このブログで何度も述べていますが、ユダヤの神には絶対に逆らってはいけません。
逆らったらオナンのように殺されます。

神の命令には忠実であるべきです。

子供を儲けろと命じられたら、たとえ得られるはずの財産を失ったとしても、セックスに励み膣内射精するべきなのです。

オナンは得られるはずの財産権を手放したくないばかりに、ついに命を落としたのです。


5. オナニーの語源


オナニーという言葉は、実はこのオナンの膣外射精が語源と言われています。
オナンが行ったのは、正確には避妊するための膣外射精であってオナニー自体ではありません。

しかし第3章で述べたように、オナンは射精の瞬間が近づいたと感じたら余裕を持って早めにペニスを膣内から抜き出し、最終的には手でシゴイて射精していたはずであり、最後の射精の仕方はオナニーと全く同じだと言えます。

さらに膣外射精もオナニーも、生殖を目的としない射精行為に該当するという点では同じですね。

その意味でオナンがタマルと性交する時に繰り返していた射精行為が、いつしか自慰行為と同一視され、自慰行為はオナンの名前をとってオナニーという名称で呼ばれるようになりました。

ということは少なくともオナン以前の時代には、オナニーという名称はなかったということになりますね。

人類の祖アダム以降カイン、アベル、セト、そして、ノア→アブラハム→イサク→エサウ、ヤコブ→ヨセフ、ベニヤミンなど何代にも渡って男性が生きていたわけですから、彼らは全員がオナニーをしていたはずです。

恐らく箱舟の中でもノアたちはオナニーをしていたはずですし、ヨセフはエジプト宮廷においてオナニーをしていたはずです。

オナニーをしない男なんていません。

もしオナニーをしない男がいるとすれば、その男には必要な時にセックスパートナーがいるからオナニーをしないだけです。

AV男優の加藤鷹は17歳以降オナニーをしていないそうですが、彼は公私共にセックスパートナーに困ったことがないからですね。

男は100%オナニーをしますが、女も同じようにオナニーをするはずです。

100%とは言えないかも知れませんが、セックスパートナーのいない女は溢れる性欲を抑えるためには、オナニーするしか手立てがないと思います。

ソープランドなど男性用の性欲処理施設は街に存在しますが、女性用の性欲処理施設は恐らくないのだろうと思います。

その意味では日常的に襲って来る強烈な性欲を抑制するために、男性よりも女性の方がマスターベーションをする機会が多いはずなんですけどね。

また、セックスよりオナニーの方がイケるという女性もいるみたいですしね。

セックスを主導している男にとっては惨めな話ですが。

まあ、いずれにせよ健康な人間として生まれたのであれば、男女に関わらずオナニーをして当たり前ですし恥でも何でもありません。

逆に不健康などの理由によりオナニーが出来なくなる環境に追い込まれたら、精神的に安らかではいられないと思います。


6. セックスのネタとの向き合い方


なお、私はブログではハンドルネームを使って赤裸々にセックスのネタを綴っていますが、ハンドルネームだからこそ書けることであり、本名で人と会う時は相手が誰であれ下ネタなど話しませんし、下ネタを面白がって話題にしたがる者(まあ全部男ですが)とは交際はしません。

例えば初体験は何歳でしたかとか、最後に性風俗店に行ったのはいつでしたかとか、週に何回セックスやオナニーをしていますかなどという質問は、匿名性が担保されたアンケート調査において行えばいいことであり、面と向かって話している特定人に対して投げかけるべきではありませんね。

別の話題を話し合うために集合した相手に向かって、そういうセックスに関する質問を人目も憚(はばか)らず平気で投げかける者は本性が下品なのですよ。

じゃあ、お前だってブログにおいてたとえハンドルネームを使っているとはいえ、セックスの話題を提供しているのだからお前の本性は下品ではないのかと立腹する人もいるかも知れませんが、人間の本質を突き止めるためにはセックスの分野を看過することは出来ないのです。

私がブログを書きネット上に記録に残す最大の理由は、人間の本質を明らかにし私の知り得たことを後輩に伝えるためです。

外国語や絵画の研究をする過程で人間の生業(なりわい)に着目すると、どうしてもセックス関連の話題を避けて通ることは出来ず、適当な頻度で下ネタを提供することになるのです。

なぜなら、男女に関わらず人間が最も関心を寄せる主題はセックスだからです。
もし人類がセックスに対する研究を放棄した場合、医学も法学も文学も語学も成り立ちません。

例えば医学部では、当然ペニスや膣の構造を学びます。

医学部6年間の早い時期にどういうペニスが正常か、あるいはどういう膣が異常なのかなどについて画像などを元にして学ぶわけですよ。

女医を目指す女子医学部生は何科に進むにせよ、ペニスには関心がないなんて言ってられません。

次に法律においては刑法で強姦罪を規定し、民法で結婚や離婚を規定しています。

強姦罪を語る際に論点の一つとなるのは精液が膣内に残っていたかどうかであり、結婚生活の破綻は往々にして性生活の破綻を意味します。

法曹(裁判官、検察官、弁護士)を目指す女子法科大学院生は、強姦被害者の膣内に残された精液になど関心はないなんて言ってられませんし、離婚裁判に関わる際に夫婦の間に性生活があったか否かについて無関心を貫くことは不可能です。

このように医療関係者や法務関係者は、広い意味でセックスについての理解や関心がなければ実務を遂行できませんね。

それから文学の主題として頻繁にセックスが選ばれることは、今更言うまでもないでしょう。

例えばフランス文学の最高峰とも称されるスタンダールの『赤と黒(原題:Le Rouge et le Noir)』を官能小説に分類する専門家はいないと思いますが、あの小説で描かれている世界の大半はセックスを題材としたものです。

従って見方によっては『赤と黒』はエロ小説であるという評価をしても差し支えないと思いますよ。

清純な女子高生は読まない方が良いかも知れません。

さらに語学の業界ではフェラチオへの理解がなければ翻訳者になれない場合もあることは、2012年3月2日(金)の記事『ジュリア・ロバーツ主演映画『エリン・ブロコビッチ』を見た感想 loro2012.blog』で述べたところです。

外国作品に限らず映画やドラマの大半はセックスを主題としていますので、翻訳者を目指す女性はフェラチオやクンニリングスなんて言葉は聞いたことがありません、知りたくもないです、もちろん実体験なんかあるわけないじゃないですかなんて言ってる場合ではないのですよ。

実体験の有無はともかく知識としては仕入れておかないと、翻訳実務に支障が出る場合があるということですね。

こういったことを踏まえて、私は私の立場でセックスの話題を提供しているのです。

出来る限り下品にならないように定期的な訪問者に見放されないよう品性を保ちながら、エロい話題を提供しているつもりです。


7. タマルのその後


さて、話を戻します。

オナンが神の逆鱗に触れて処刑された後、タマルは再度後家となりました。
そして、舅(しゅうと)であるユダの判断で実家へと戻されました。

オラス・ヴェルネ(1789-1863)が描いているのは、実家へと戻った後のタマルとユダが出会っている場面です。

向かって右のユダは、妖艶な女性がタマルであることに気づいていません。
向かって左のタマルは、豊満な肉体を武器に娼婦として客引きをしているところです。

実家へ戻ったタマルは生きていくために娼婦になっていたわけですね。

現代でもソープランドなどの性風俗店を職場として選択する女性は、何はさておきお金を稼ぐことが主目的なのだろうと推測しますが、旧約聖書の時代にも既に娼婦という職業は成立していたわけですね。

ソープ嬢にせよAV女優にせよ、あれは過酷な肉体労働だと思いますし、ああいう仕事をしたことのない女性が先入観に縛られて彼女たちを色眼鏡で見るようなことはあってはならないのだろうと私は思っています。

なぜならソープ嬢もAV女優も、セックスパートナーに飢えている男性に希望と潤いを与え、日々否応なしに押し寄せる性欲を処理するために一役買ってくれている存在だからです。

特にAV女優は顔と体が美しくないと売れないという厳しい世界ですし、外見の美しさだけでなく作品の趣旨を理解した上での演技力も求められる高度な職種なのです。

例えば、熟女AV女優として人気の新尾きり子は肌も綺麗ですが演技力も抜群です。

ソープ嬢についても来店した客と密室内で何らかの話をするわけですから、性技だけでなく人柄もそれなりに要求されるわけですね。

外見の美だけでなく様々な能力を兼ね備えた女性でないと、性風俗界で活躍できないわけです。
性風俗界は、決して落ちぶれた女性の行き着く先ではありません。

一部の会社ではそういう人生の落伍者も在籍しているのかも知れませんが、ヤル気のない風俗嬢には客が集まらず結局廃業に追い込まれます。

一方人気を集める風俗嬢は外見と内面の両方に優れ、その上で性技にも磨きをかけることを怠らない努力家たちなのです。

いずれにせよサービス業を選ぶ者は男女に関わらず、客の心を掴めないと小手先の技術だけでは長続きはしないということです。

路上に立つ娼婦を生業(なりわい)とするタマルには、客の心を掴むだけの雰囲気があったのでしょうね。

ユダは吸い寄せられるようにタマルへと近づいて行きます。


8. ただでセックスはさせないわよ


ユダはこの時かなりの高齢だったと思われますが、タマルの色香に心を奪われて足を止め声をかけました。

色っぽいタマルの豊満な肉体に視線が釘付けになり、高齢であってもユダはしっかりと勃起していたのでしょう。

いくつになっても男は性欲には勝てないようです。

まあ女から見ればユダの勃起は馬鹿だと思えるでしょうが、男にはそういう馬鹿な一面があるということです。

ユダはこの美女がまさかかつて長男及び次男の嫁だったタマルだとは思っていないので、喜び勇んで自分との性交を求めました。

もう一度言いますが、男にはそういう馬鹿な一面があるということです。

私もユダの勃起したペニスを想像するにユダは馬鹿だと思いますが、くどいようですが男にはそういう馬鹿な一面があるということです。

画面向かって左のタマルは客であるユダにセックスの見返りとして差し出されるものを尋ねます。

「あなたと性交したら何をくれますか?」

ユダは、後ほどヤギの子を送り届けると約束します。

しかしタマルとしては、行きずりの男から約束されたことをそのまま鵜呑みにするわけにはいきません。

交渉が成立してセックスをさせてやり、その上中出しまでさせてやったにも関わらず、事前に約束した報酬を渡さない卑怯な男などいくらでもいるはずなのです。

そこでタマルは保証を求めました。

「指輪と鎖と杖をヤギの子が届けられるまでの保証として私に渡して下さい。」

作品においてタマルが右手を出して要求しているのは、担保としての物品なわけです。

タマルの豊麗な乳房や太股を盗み見しながら、勃起したユダは担保を差し出すことに同意し二人は性交します。

なんと結果論とはいえ、タマルは長男とセックスし次男とセックスし義父ともセックスをしたわけですね。


9. ダビデへの系譜


この時タマルに相手の男がかつての義父ユダであるという認識があったかどうかは、旧約聖書は伝えていません。

私の推測ですが、タマルは気づいていたんじゃないかと思いますけどね。

旧約聖書は、この後タマルがユダの子を身ごもったと記しています。

高齢のユダはちゃんとペニスを膣内に挿入しきっちり膣内射精し、その精子は何億分の一の確率を突破して見事に受精したわけですね。

こうして生まれた男の子はベレツと言います。
そして、ベレツの子孫にダビデとイエスがいるのです。

系譜を示します。

アブラハム→イサク→ヤコブ→ユダ→ベレツ→サルマ→(中略)→ダビデ→ソロモン→(中略)→ヨセフ(養父)→イエス

旧約聖書においてタマルの話を削除出来ないのは、ダビデに至る血縁関係があるからなのです。

本来であれば、こういう艶っぽい話は削除したいところですよね。

しかしアダムからイエスへと至る血脈を担保するには、全ての事実を包み隠さず伝えていくしかないのです。

その意味では、ユダヤ人って勇気がありますよね。


10. 原題


オラス・ヴェルネ(Horace Vernet)が制作した『ユダとタマル』は、英語ではJudah and Tamarと言います。

この作品はロンドンにあるウォレス・コレクション(The Wallace Collection)で見ることが出来ます。

旧約聖書『創世記』の話は今回でおしまいです。
次回からは『出エジプト記』の話に入ります。








関連記事

レンブラント・ファン・レイン『エフライムとマナセを祝福するヤコブ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月21日(土)16時44分 | 編集 |
2012年7月21日(土)


目次
1. ヨセフの息子たち
2. 原題


今回取り上げる作品は、レンブラント作『エフライムとマナセを祝福するヤコブ』です。

2012年7月21日レンブラント・ファン・レイン『エフライムとマナセを祝福するヤコブ』274

1. ヨセフの息子たち


カナンを離れエジプトへやって来たヤコブは、最終的にエジプトの地で亡くなりました。
ヤコブは死に臨んでヨセフの息子たちに祝福を祈りました。

レンブラント(1606-1669)の作品で向かって左端に描かれている老人がヤコブです。
ヤコブの向かって右に立ち頭にターバンを巻いているのはヨセフですね。

ヨセフの向かって右に立っている女性はヨセフの妻アセテナです。
アセテナはエジプトの祭司の娘です。

中央に描かれているのがヨセフとアセテナの間に生まれた子供たちです。
長男はマナセ、次男はエフライムと言います。

系譜を示します。

テラ→アブラハム→イサク→ヤコブ→ヨセフ→マナセ


孫たちに祝福を与えた後、ヤコブはその生涯を閉じました。
ヤコブの遺体はカナンへと運ばれ丁重に葬られました。


2. 原題


レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz. van Rijn)が制作した『エフライムとマナセを祝福するヤコブ』は、ドイツ語ではJakob segnet Ephraim und Manasseと言います。

Z segnenはZを祝福するという意味です。

この作品はドイツのヘッセン州の都市カッセルにある美術館(Die Museumslandschaft Hessen Kassel)で見ることが出来ます。





関連記事

Salomon de Bray『エジプトにて父と兄弟を迎え入れるヨセフ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月20日(金)16時47分 | 編集 |
2012年7月20日(金)


目次
1. 懐疑的なヤコブ
2. 父ヤコブとの再会
3. 原題


今回取り上げるのは、Salomon de Bray作『エジプトにて父と兄弟を迎え入れるヨセフ』です。

2012年7月20日Salomon de Bray『エジプトにて父と兄弟を迎え入れるヨセフ』423

1. 懐疑的なヤコブ


ヤコブは、ずいぶん前に息子たちから、ヨセフが死んだと聞かされていました。

ヨセフが死んだことの証として、血のついたチュニカを見せられていましたので、ヤコブはヨセフがエジプトの地で生きているなど、夢にも思っていませんでした。

ところが、息子たちの話では、ヨセフはエジプトで宰相の地位につき、有能な政治家としてファラオからの信任も厚いということでした。

それでも、ヤコブはヨセフの生存に関しては懐疑的で、カナンの地を離れてエジプトまで赴くことには、乗り気ではありませんでした。


2. 父ヤコブとの再会


ところが、カナンにおける大飢饉が収束せず、ついに穀物が尽きてしまいました。

そこで、一義的には食料を求めるという趣旨で、ヤコブはカナンの地を離れて、エジプトに向かうことを決意します。

アムステルダム生まれの画家Salomon de Bray(1597-1664)が描いているのは、エジプトにてヨセフとヤコブが再会している場面です。

画面向かって右の、白いターバンを巻いている男性がヨセフです。
エジプトの宰相として、立派な身なりをしています。

その向かって左に描かれている老人が、ヤコブです。
ヤコブはこの時、130歳になっていたとされています。

ヤコブは、立派になった息子との再会を喜び、感極まった表情を浮かべています。

ヤコブの向かって左で、頭を垂れて青い布を身に纏(まと)っているのは、ヤコブの妻レアです。
ヨセフの実母ラケルは、ベニヤミンを出産した際に、命を落としていました。

レアは、ラケルの実姉です。

画面向かって左の前景で、犬に手をやっている少年は、ベニヤミンであると解されています。


3. 原題


Salomon de Brayが描いた『エジプトにて父と兄弟を迎え入れるヨセフ』は、英語ではJoseph Receives His Father and Brothers in Egyptと言います。

この作品は、個人所蔵となっています。





関連記事

ジェイムズ・ティソート『ファラオに歓迎されるヨセフとその兄弟』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月18日(水)11時47分 | 編集 |
2012年7月18日(水)


目次
1. ファラオに謁見する兄弟たち
2. 原題


今回取り上げるのは、ジェイムズ・ティソート作『ファラオに歓迎されるヨセフとその兄弟』です。

2012年7月18日ジェイムズ・ティソート『ファラオに歓迎されるヨセフとその兄弟』491

1. ファラオに謁見する兄弟たち


ナント生まれの画家ジェイムズ・ティソート(1836-1902)が描いているのは、ヨセフの兄弟たちがファラオに謁見している場面です。

晴れて、ヨセフと兄弟であることが判明したカナン人一行は、ファラオから、貧しいカナンを捨てて、エジプトへ移住することを勧められます。

後に、モーゼが「出エジプト」と呼ばれる脱出劇を敢行することになりますが、その原点は、ヤコブの息子たちが、この時にファラオから勧められたエジプト移住を決断するところに求められるのです。


2. 原題


ジェイムズ・ティソート(James Tissot)が描いた『ファラオに歓迎されるヨセフとその兄弟』は、英語ではJoseph and His Brethren Welcomed by Pharaohと言います。

brethrenは、brotherの古語複数形です。

なお、ジェイムズ・ティソートは、James Jacques Joseph Tissotという名前で表記される場合も多いです。

この作品は、ニューヨークにあるユダヤ美術館(The Jewish Museum of New York)で見ることが出来ます。





関連記事

メル・ギブソン主演映画『ハート・オブ・ウーマン』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2012年07月17日(火)02時45分 | 編集 |
2012年7月17日(火)


目次
1. 美貌の女性上司
2. 胸の谷間を盗み見してね
3. セックスの最中の、女性の本音が聞こえる


1. 美貌の女性上司


7月13日(金)にディーライフで、メル・ギブソン主演の映画『ハート・オブ・ウーマン(原題:What women want)』をやっていました。

邦題の『ハート・オブ・ウーマン』は女心と訳されますが、カタカナ英単語の羅列によって分かりにくくなっています。

原題を直訳して『女性たちが望むこと』でも良かったと思いますけどね。

メルが演じる主人公のニックは広告代理店に勤務しています。

2012年7月17日メル・ギブソン主演映画『ハート・オブ・ウーマン』を見た感想4 187

ニックは昇進間近だと思っていましたが、社長は外部から有能な女性をヘッドハンティングしニックの上司に据えます。

この美人上司ダーシーを演じるのは、綺麗なお姉さまヘレン・ハント(Helen Hunt)です。

それにしてもヘレンは美人ですね。
見とれてしまいます。

2012年7月17日メル・ギブソン主演映画『ハート・オブ・ウーマン』を見た感想1 190

さて、ダーシーは部下たちに女性向け商品の広告を考えるよう指示を出します。

ニックは自宅に戻った後、良い広告を思いつくために女性の気持ちになり切ろうと、ダーシーから渡された各種商品を実際に試してみます。

脛毛取りや、パンスト、ブラジャーなど男性のニックが日常的に使用しない商品を身につけたりしている内に、ニックは室内で感電する羽目に陥ります。

感電によって気絶したニックは目が覚めた時、女性たちが頭の中で考えていることが聞こえるようになっていました。

2012年7月17日メル・ギブソン主演映画『ハート・オブ・ウーマン』を見た感想2 190

2. 胸の谷間を盗み見してね


ニックはそうした特殊能力を得たことを当初は嫌がっていましたが、女性心理が手に取るように分かるわけですから、女性向け商品の広告作成にその能力を活かそうとします。

そして仕事にだけ活かすのではなく、別の分野、すなわち女性との人間関係を構築する上でもそうした特殊能力を活かすことになります。

作品開始から40分が経過したあたりでダーシーが社内会議の場で席を立ち前かがみになった際、ボタンをいくつか外したブラウスの襟ぐりから豊満な乳房やブラジャーがチラッと見え、その一部始終をニックが遠目から覗き込もうとする場面があります。

こういう場合、男性は女性の一瞬の隙を逃さず胸の谷間を盗み見しているのがバレていないか、ドキドキしながら見つめているのですが、当の女性は俯(うつむ)いて視線を落としていても男性からの視線は十分すぎるぐらい感じているわけです。

胸元が大きく開いた服装を身に着けている女性は、自然な動きの中で時折垣間見える乳房に男たちの視線が集中していることを承知の上でわざと胸元を見せているという、そうした女性の心の内もニックには全て聞こえてしまうわけです。

2012年7月17日メル・ギブソン主演映画『ハート・オブ・ウーマン』を見た感想3 190

3. セックスの最中の、女性の本音が聞こえる


あるいは別の場面で、ニックはカフェで働く女性ローラとセックスする運びとなるのですが、セックスの最中にローラが何を考えているのかが全てニックには聞こえて来るのです。

男にとってはセックスの最中に女性が何を思いどのように感じているのかは極めて興味のあることであり、是非とも本音を聞いてみたいところです。

ただ一方で、男の予想に反し厳しい評価を突きつけられる可能性もありますので、余程自信のある男でない限りセックスの出来栄えに関する女性の本心は聞かない方が無難なのかも知れませんね。

セックスの最中、イッたふりとか感じているふりをする女性もいるようなので、セックスを主導する男性としては陶酔した表情や喘ぎ声などの「表現された様子」だけで女性の満足度を評価してはいけないようです。

この映画作品においても、概ねそういう方向性でニックとローラのセックス場面が描かれていましたね。

まあ、セックス場面とは言っても控えめな演出になっていて、あくまでもコメディであるという趣旨が損なわれることはありませんでした。





ハート・オブ・ウーマン [DVD]
東宝東和 (2001-09-19)
売り上げランキング: 62292






関連記事

ジェイムズ・ティソート『兄弟に正体を明かすヨセフ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月16日(月)11時53分 | 編集 |
2012年7月16日(月)


目次
1. 真相
2. 原題


今回取り上げるのは、ジェイムズ・ティソート作『兄弟に正体を明かすヨセフ』です。

2012年7月16日ジェイムズ・ティソート『兄弟に正体を明かすヨセフ』260

1. 真相


エジプト宮廷は、銀杯を盗んだ廉(かど)で、ベニヤミンを連行しようとしました。
馬上の宰相ヨセフは、ベニヤミンを奴隷として扱うと宣言します。

泣きじゃくるベニヤミンを哀れんだヤコブの息子たちは、自分が奴隷となって残るので、幼いベニヤミンだけは、カナンの地へ返して欲しいと懇願します。

この態度に心打たれたヨセフは、ついに、自分の正体を明かしたのです。
兄弟たちは、この宰相がヨセフだとは思っていませんでしたので、驚きます。

さらに、彼らは、過去においてヨセフに対して行った仕打ちを思い出し、まともにヨセフの顔を見ることが出来ません。

ヨセフはそんな兄たちを許し、和解し、抱擁を交わしたのでした。

ナント生まれの画家ジェイムズ・ティソート(1836-1902)が描いているのは、ヨセフが兄たちに正体を明かしている場面です。

兄たちは地べたに跪(ひざまず)き、過去の過ちに対する許しを請うています。


2. 原題


ジェイムズ・ティソート(James Tissot)が描いた『兄弟に正体を明かすヨセフ』は、英語ではJoseph Makes Himself Known to His Brethrenと言います。

brethrenは、brotherの古語複数形です。

なお、ジェイムズ・ティソートは、James Jacques Joseph Tissotという名前で表記される場合も多いです。

この作品は、ニューヨークにあるユダヤ美術館(The Jewish Museum of New York)で見ることが出来ます。





関連記事

Claes Corneliszoon Moeyaert『ベニヤミンの袋から銀杯を見つけるヨセフ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月14日(土)20時53分 | 編集 |
2012年7月14日(土)


目次
1. ベニヤミンとの再会
2. ヨセフの策略
3. 原題


今回取り上げるのは、Claes Corneliszoon Moeyaert作『ベニヤミンの袋から銀杯を見つけるヨセフ』です。

2012年7月14日Claes+Corneliszoon+Moeyaert『ベニヤミンの袋から銀杯を見つけるヨセフ』229

1. ベニヤミンとの再会


カナンへ戻った一行は、父ヤコブに事の次第を話し、ベニヤミンをエジプトへ連れて行くべきかどうかを尋ねます。

ヤコブは、ベニヤミンをエジプトへ赴かせることには反対でしたが、シメオンが人質になっていることもあり、しぶしぶ承知したのでした。

ヤコブの長男ルベンらは、ベニヤミンを連れて再びエジプトへと旅立ちました。

エジプト宮廷では、ヨセフが実弟のベニヤミンの到着を、首を長くして待っていました。

そして、イスラエル人一行がエジプトの地に入り、ヨセフは何年ぶりかでベニヤミンと再会することが出来たのです。

ただし、この時点では、ベニヤミンたちは、エジプトの宰相が実兄のヨセフであることは知りません。


2. ヨセフの策略


遠路はるばるやって来たカナン人を、宰相ヨセフは歓待します。

そして、彼らが食料を得て、帰路に立つ前に、一つの細工をします。
ヨセフは、ベニヤミンの穀物袋の中に、銀杯を忍ばせておいたのです。

こうすることで、ベニヤミンを盗人扱いにして拘留し、このままエジプトに留めておく口実にしようとしたのでした。

長男ルベンらが宮廷を出発して、しばらくしてから、ヨセフたちが馬に乗って追いかけて来ました。

そして、宮廷内の銀杯が無くなったのは、ベニヤミンが盗んだに違いないと決めつけて、一行に所持品検査を行いました。

断じてそのようなことはない、と言い張るルベンらの見ている前で、ヨセフの部下が、ベニヤミンの袋の中から銀杯を見つけ出したのです。

ベニヤミンには、身に覚えのないことであり、完全な濡れ衣です。
しかし、目の前に付きつけられた事実は、どうやっても覆(くつがえ)りません。

オランダの画家Claes Corneliszoon Moeyaert(1592-1655)が描いているのは、ベニヤミンの穀物袋の中から銀杯が出てきた瞬間です。

向かって左で、馬に乗っているのがヨセフです。
ヨセフの向かって右で、袋から銀杯を取り出しているのは、ヨセフの部下です。

その向かって右で、両手を顔に当てて、うなだれているのはベニヤミンです。

黒い服を着た幼いベニヤミンは、盗みの実行犯として容疑をかけられ、証拠を突きつけられてしまったのでした。

画面右端にいる男達は、ヨセフの兄弟たちです。

自分たちの袋の中には、銀杯などなく、何も疾(やま)しいところがない、ということを示しています。


3. 原題


Claes Corneliszoon Moeyaertが描いた『ベニヤミンの袋から銀杯を見つけるヨセフ』は、英語ではJoseph finds the silver in Benjamin's sacksと言います。

この作品は、ブダペスト美術館(The Museum of Fine Arts)で見ることが出来ます。





関連記事

ジェイムズ・ティソート『兄ユダと対話するヨセフ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月13日(金)16時50分 | 編集 |
2012年7月13日(金)


目次
1. 宰相ツァフェナト・パネア
2. 兄ユダとの再会
3. ベニヤミンを要求するヨセフ
4. 原題


今回取り上げるのは、ジェイムズ・ティソート作『兄ユダと対話するヨセフ』です。

2012年7月13日ジェイムズ・ティソート『兄ユダと対話するヨセフ』261

1. 宰相ツァフェナト・パネア


ファラオによって宰相に任じられたヨセフは、ツァフェナト・パネアという名前をファラオから与えられました。

また、祭司ポティ・フェラの娘アセナトを、妻として与えられました。

それから数年が経ち、かつてヨセフが予言した通り、エジプトにおいて飢饉が発生しました。

食糧難の中、宰相ヨセフが辣腕をふるって、何とかエジプト人たちの暮らしを成り立たせていた頃、カナンの地でも同じように、人々が飢饉で苦しんでいました。

いよいよカナンにおける穀物が無くなりそうな段階になって、ヤコブの息子たちは、有能な宰相がいるおかげで穀物の在庫があると噂されているエジプトへ、買い付けに行くことにしました。

出発に際し、ヤコブの息子たちは、末弟のベニヤミンだけはカナンの地に残し、年老いた両親の面倒を見るように命じました。

両親とは、ヤコブとレアです。

レアは、ベニヤミンの実母ではありません。

ベニヤミンの実母ラケルは、難産の末ベニヤミンを生んだ時に、命を落としていました。


2. 兄ユダとの再会


エジプトに到着したイスラエル人一行は、宮廷において宰相ツァフェナト・パネアに穀物の買い付けに来た旨を述べます。

ナント生まれの画家ジェイムズ・ティソート(1836-1902)が描いているのは、ツァフェナト・パネアに対して、ヤコブの4番目の息子ユダが、穀物買い付け交渉をしている場面です。

向かって右で、床に座っているのがユダです。

向かって左で、じっくりと訴えを聞いているのが宰相ツァフェナト・パネアです。

ユダは、この目の前にいるツァフェナト・パネアが、まさか弟のヨセフであるとは思ってもいません。

異国エジプトでの生活を長く続けることよって、ヨセフの風貌は、かなり変わっていたのです。

しかも、エジプト人の中でも最高級の生活をしているわけですから、自然と優雅な立ち居振る舞いが身についていきます。

一方、カナンの地で、相も変わらぬ生活を漫然と繰り返していたユダは、ただ単に年をとっただけの男でした。

鋭敏なヨセフは、一目で、すぐに兄ユダであることを見抜きました。


3. ベニヤミンを要求するヨセフ


ユダの話をひと通り聞き終えたヨセフは、ユダの素性を知らないふりをして、あくまでも大国の政治家として、カナン人の誠意を試す命令を出します。

それは、今回は、ユダが所望する穀物の全てを渡すのではなく、一部だけとし、今後、カナンに残っているベニヤミンが、エジプトを訪問した際に、改めて残りの穀物を引き渡す旨、申し渡したのでした。

ベニヤミンがエジプトを訪問するかどうかは、ユダの一存では決められません。

そこでユダは、いったんカナンに戻り、父ヤコブと相談の上、ベニヤミンを連れて来るかどうかを決めたい、と述べました。

その申し出を受け入れたヨセフは、ユダがカナンへ戻っている間の人質として、次兄のシメオンを指名しました。

人質をとっておかないと、場合によっては、ユダら一行は、二度とエジプトへやって来ない可能性もあるからです。

どうしてもベニヤミンと再会したいヨセフにとっては、口実を設けて、人質を取ってでも、ユダら一行を再度、エジプトへと来させる必要があったわけですね。

カナンの地で一緒に暮らしていた頃、シメオンはヨセフとの関係が、最も険悪だったと言われています。

義兄たちは、皆で美形のヨセフを虐め抜いたのですが、特にシメオンのやり方は、陰湿で残虐だったのです。

ヨセフはシメオンを人質として取り、エジプトの牢に投獄しました。


4. 原題


ジェイムズ・ティソート(James Tissot)が描いた『兄ユダと対話するヨセフ』は、英語ではJoseph Converses With Judah, His Brotherと言います。

なお、ジェイムズ・ティソートは、James Jacques Joseph Tissotという名前で表記される場合も多いです。

この作品は、ニューヨークにあるユダヤ美術館(The Jewish Museum of New York)で見ることが出来ます。





関連記事

ジェイムズ・ティソート『ファラオの夢を解くヨセフ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月12日(木)16時53分 | 編集 |
2012年7月12日(木)


目次
1. ファラオの夢解き
2. 原題


今回取り上げるのは、ジェイムズ・ティソート作『ファラオの夢を解くヨセフ』です。

2012年7月12日ジェイムズ・ティソート『ファラオの夢を解くヨセフ』224

1. ファラオの夢解き


ヨセフが獄中で行った夢解きの話は、ファラオの耳にも届きました。

ヨセフの予言通り、調理官長は死刑となり、献酌官長は復職が認められたのでしたね。

その的中ぶりに強い関心を示したファラオは、自身の見た2つの夢の真意をヨセフに解き明かすよう求めました。

ファラオの見た1つ目の夢には、美しく肥えた牝牛(めすうし)と、醜く痩せ細った牝牛が、それぞれ7頭ずつ出て来ました。

この話を聞いたヨセフは、この2種類の牝牛が、7年間の豊作と、それに続く7年間の飢饉の徴(しるし)であると解釈しました。

ファラオの2つ目の夢には、豊かに実る穂と、萎(しな)びた穂が、それぞれ7本ずつ出て来ました。

ヨセフは、この2種類の穂が、牝牛と同様、7年間の豊作と、それに続く7年間の飢饉の徴であると解釈しました。

ナント生まれの画家ジェイムズ・ティソート(1836-1902)が描いているのは、ヨセフがファラオの前で夢解きをしている場面です。

画面中央に座り、上半身裸で右手を上げて喋っているのがヨセフです。
その向かいで着座して、青い帽子をかぶっているのがファラオです。

ヨセフの示したずば抜けた分析力を高く評価したファラオは、ヨセフの拘留を解き、宮廷の要職に就けることにしました。

これ以降ヨセフは、ファラオからの絶大な信頼を勝ち取り、ついにはエジプト宰相の地位にまで登りつめるのです。


2. 原題


ジェイムズ・ティソート(James Tissot)が描いた『ファラオの夢を解くヨセフ』は、英語ではJoseph Interprets Pharaoh's Dreamと言います。

なお、ジェイムズ・ティソートは、James Jacques Joseph Tissotという名前で表記される場合も多いです。

この作品は、ニューヨークにあるユダヤ美術館(The Jewish Museum of New York)で見ることが出来ます。





関連記事

Benjamin Gerritsz Cuyp『調理官長と献酌官長の夢を解き明かすヨセフ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月11日(水)16時56分 | 編集 |
2012年7月11日(水)


目次
1. 獄中での夢解き
2. 原題


今回取り上げるのは、Benjamin Gerritsz Cuyp作『調理官長と献酌官長の夢を解き明かすヨセフ』です。

2012年7月11日Benjamin+Gerritsz+Cuyp『調理官長と献酌官長の夢を解き明かすヨセフ』399

1. 獄中での夢解き


濡れ衣を着せられて監獄に入れられたヨセフでしたが、その持ち前の才気を監獄内でも発揮して、次第に一目置かれる存在になって行きます。

監獄長に気に入られたヨセフは、監獄の管理人に任命されました。

しばらくして、ファラオに対して罪を犯した廉(かど)で、宮廷の調理官長と献酌官長が牢に入れられることになりました。

調理官長と献酌官長は、監獄内で同じ夜にそれぞれ夢を見ました。

二人はそれぞれが見た夢を、管理人であるヨセフに語り、その意味するところを尋ねました。

ヨセフは、夢の内容を聞いた後で、3日後に二人の身に起きるであろう出来事を予言します。

そして、ヨセフの予言したとおり、調理官長は死刑となり、献酌官長は復職が認められました。

オランダの画家Benjamin Gerritsz Cuyp(1612-1652)が描いているのは、監獄の中でヨセフが、二人の官長に夢の真意を話して聞かせている場面です。

立って話をしているのが、ヨセフです。
腰掛けている二人の官長は、両手両足が鎖に繋がれています。


2. 原題


Benjamin Gerritsz Cuypが描いた『調理官長と献酌官長の夢を解き明かすヨセフ』は、英語ではJoseph interpreting the dreams of the baker and the butlerと言います。

a bakerは、パン屋、という意味ですが、ここでは、調理官長、と訳してあります。

a butlerは、酒倉や食器類などを管理する執事、という意味ですが、ここでは、献酌官長、と訳してあります。

この作品は、アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum Amsterdam)で見ることが出来ます。





関連記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。