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キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』シーズン1を見た感想
記事URL  カテゴリ | 海外ドラマ | 2013年02月26日(火)16時19分 | 編集 |
2013年2月26日(火)


2012年11月9日(金)から2013年2月15日(金)までディーライフで、キャサリン・マクフィー主演のドラマ『SMASH シーズン1(原題:SMASH)』をやっていました。

2013年2月26日キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』を見た感想1 173


日本語吹き替え版が土曜日に放送されるのですが、私は字幕版が放送される金曜日に見ていました。

話の筋立てはマリリン・モンローの生涯を主題とした新作ミュージカルを製作するにあたって、主役のマリリン役を狙う女優たちの姿や演出家、作詞家、作曲家、資金提供者などこのミュージカルに関わる人々の様々な人生が描かれて行くというものです。

主役のキャサリン・マクフィー(Katharine McPhee)とマリリン役を奪い合うのはメーガン・ヒルティ(Megan Hilty)です。

2013年2月26日キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』を見た感想2 223

上掲の写真では向かって左がキャサリン、右がメーガンです。

顔立ちや体の曲線美などはメーガンの方がマリリンに近いと思います。

2013年2月26日キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』を見た感想3 223


キャサリンが演じるカレンは当初主役の座をメーガンが演じるアイヴィーに取られてしまい、演出家デレク・ウィルズからアンサンブルを担当するように命じられるのですが、その理由は演技力や歌唱力の優劣ではなくカレンがデレクの誘いを断ったからです。

ここで言う「誘い」とは、要するに主役にしてやるからセックスをさせろということですね。

卑劣な人事権保有者デレクを演じるのは、ジャック・ダヴェンポートです。

2013年2月26日キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』を見た感想4 252


一方のアイヴィーは主役の座を得られるのであれば、という思いでデレクと肉体関係を結びます。

2013年2月26日キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』を見た感想5 252

シーズン1ではオーディションから始まり、最終話はミュージカル初日の舞台にこぎつけるまでが描かれます。

本番の舞台でマリリン役を務めていたのはカレンでした。

2013年2月26日キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』を見た感想6 357


ドラマの中では心に残る名曲がいくつかありましたが、お勧めはカレン(キャサリン・マクフィー)が最終話の締め括りで熱唱したDon't Forget Meです。

発売されているCDにはなぜかDon't Forget Meは入っていません。

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2013年2月26日キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』を見た感想7 447


もう一つのお勧めは、カレンとアイヴィーが一緒に歌っているLet Me Be Your Starです。

2013年2月26日キャサリン・マクフィー主演ドラマ『SMASH』を見た感想8 419

シーズン2の放映も決定していますので、いずれディーライフで放送されるものと思います。

DVDの発売日は2013年4月5日です。

この『SMASH VOL.1』の収録時間は93分ですので、このDVDにシーズン1の全15エピソードが入っているわけではありません。


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チョン・ジヒョン主演映画『猟奇的な彼女』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年02月25日(月)15時58分 | 編集 |
2013年2月25日(月)


2月14日(木)にBSTwellVで、チョン・ジヒョン主演の映画『猟奇的な彼女』をやっていました。
原題は韓国語ですが、私は韓国語が分かりませんので、英語題名を紹介します。

英語題名は、My Sassy Girlです。

2013年2月25日チョン・ジヒョン主演映画『猟奇的な彼女』を見た感想1 482


sassyは、生意気な~、という意味ですが、邦題の「猟奇的な~」よりは、映画の実態に近いと思います。

猟奇的という言葉は、どうしても猟奇殺人を連想してしまいますが、作品はロマンティックコメディに仕上がっています。

2013年2月25日チョン・ジヒョン主演映画『猟奇的な彼女』を見た感想2 189

チョン・ジヒョンが演じる主人公の名前は、最後まで明らかにされることなく、「彼女」という呼び方で統一されています。

「彼女」の恋人役キョヌは、チャ・テヒョンが演じています。

作品の構成自体は、決して斬新なものではありませんし、劇中に別の劇がいくつか挿入されていて、それらと本編との関連性がはっきりしないため、興醒めになる側面もあります。

2013年2月25日チョン・ジヒョン主演映画『猟奇的な彼女』を見た感想3 180

それでも、この映画が大ヒットしたのは、音楽のおかげだろうと思います。

作品自体にそれほど目新しい要素がなくても、音楽の力で傑作に変えることが出来るという、一つの好例だと思います。

『冬のソナタ』についても、同じことが言えますね。

韓国の音楽家は、心の琴線に触れるメロディーを紡ぎ出すのが得意ですね。
この映画の音楽の中で、私が最も気に入っている曲は、ロスト・メモリー(Lost Memory)です。

2013年2月25日チョン・ジヒョン主演映画『猟奇的な彼女』を見た感想4 186

Lost Memoryは、キョヌが、樹の下で2年前に彼女が地中に埋めた手紙を一人で読む場面で使われていた曲です。

これほど完成度の高い曲を作れる音楽家が韓国にいる、ということを証明したという点で、この作品は韓国映画の最高傑作の一つに挙げても良いと思っています。

ただ、映画の冒頭で、チョン・ジヒョンが地下鉄の車内で吐く場面が克明に描かれているのですが、汚物にはモザイクをかけるべきですね。

一般論として、乳首などにモザイクをかける必要はありませんが、不衛生な場面にはモザイクをかけるべきです。

あの場面を見るのが嫌で、二度三度と見ない人もいるだろうと思います。

映画を見なくても、オリジナル・サウンド・トラックを聞くだけでも癒しになると思いますよ。





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レンブラント・ファン・レイン『ダビデの手紙を持つバテシバ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年02月23日(土)13時10分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2013年2月23日(土)


目次
1. バテシバの苦悩
2. 女の道は一本道
3. 人妻を孕ませるダビデ
4. ウリヤの最期
5. 原題


今回取り上げる作品は、レンブラント・ファン・レイン作『ダビデの手紙を持つバテシバ』です。

2013年2月23日レンブラント・ファン・レイン『ダビデの手紙を持つバテシバ』339


1. バテシバの苦悩


レンブラント(1606-1669)が描いている熟れた女性はバテシバです。

バテシバが右手に持っているのは、古代イスラエルの第2代王ダビデ(在位:紀元前1000頃-紀元前961頃)からの手紙です。

手紙の内容は一言で言えば、王宮へ来て欲しいということですね。
王から王宮へ来て欲しいと言われたということは、要するに愛人になれということです。

ですから、手紙をもらったバテシバは困惑の表情を見せているわけです。

バテシバがダビデからの手紙を受け取った時、軍人である夫のウリヤは仕事に励んでいました。
つまり、彼は戦場にいて命がけでイスラエル王国のために戦っていたのです。

夫は不在ですし相談出来る相手もいない・・・、
仮に誰かに相談したところで結論は初めから決まっているわけです。

作品においてレンブラントは逡巡し困惑するバテシバを描いています。

彼女は日常生活の中で、その美貌と豊満な肉体を隠すこと無く水浴びをしていただけです。
その水浴びの場を偶然ダビデに見初められたがために、バテシバの人生には大きな転機が訪れます。

しかし、その転機は決してバテシバが望んでいたものではありませんでした。


2. 女の道は一本道


このような内容の手紙が届けられた時、バテシバの女心は大きく揺れ動きました。

断りたいが相手は夫の上司でもある・・・。
夫の生殺与奪権は上司であるダビデが握っている・・・。

自分がこの誘いを断れば何らかの嫌がらせが夫の身に降りかかるだろう・・・。
残念ながら女性である自分の取る道は1つしかない・・・。

現代のドラマでも取り上げられるような題材が、3000年前のイスラエルにおいても存在したということですね。
もしかしたら、現代でも現実のこととして類似体験している女性がいるのかも知れません。

男女を問わず権力者の性欲が原因で普通の小さな幸せを奪われた者がいるとすれば、権力を不当に行使した人間は恥を知るべきですね。

旧約聖書で述べられていることは、現代を生きる私たちにも当てはまることが多いと思います。


3. 人妻を孕ませるダビデ


意を決してバテシバはダビデの待つ王宮へ向かいました。

美貌の人妻を手に入れたダビデは彼女を即妊娠させてしまいます。
ゴリアテの額に石を命中させた時のような、寸分の狂いもない正確さで人妻を孕(はら)ませます。

ダビデは外しません。
必ず命中させるのです。

但し、ダビデはバテシバを妊娠させるつもりはありませんでしたので、善後策を練る必要に迫られます。


4. ウリヤの最期


そこで戦地にいた夫のウリヤを呼び戻し今までの労をねぎらう言葉を述べた上で、いったんバテシバとの普通の生活に戻るよう提案します。

要するにウリヤとバテシバに愛の夫婦生活をさせて、数カ月後にバテシバから生まれて来る子がウリヤの子であるとウリヤに思わせる作戦に出たわけです。

ところが仕事熱心なウリヤは、このダビデの提案を拒否します。

ウリヤはダビデに対して「妻バテシバとの生活は喉から手が出るほど欲しいのですが、戦地に残して来た部下たちのことを思うと自分だけが良い思いをすることは許されないのです」と述べました。

このような正論を言われてしまいダビデの作戦は失敗に終わります。

仕方なくダビデは、ここまで国家を思い部下を思う有能な兵士のウリヤを最も命の危険がある前線へと配置替えしたのです。

結果ウリヤは戦場の露と消えました。
もちろん上司と妻との不貞については何も知らずに・・・。

ダビデは卑怯です。
古代イスラエルの英雄だろうが何だろうが、ダビデは卑劣な男であると言わなければなりません。

現在フィレンツェの市庁舎前広場でその全裸の姿を晒しているダビデは、生きている時にこういうことをやっていた男でもあるのです。


5. 原題


レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz. van Rijn)が描いた『ダビデの手紙を持つバテシバ』は、フランス語ではBethsabée au bain tenant la lettre de Davidと言います。

Bethsabée au bainは水浴のバテシバということです。
tenantはtenirの現在分詞で掴んでいるという状態を表しています。

この作品はルーヴル美術館(Musée du Louvre)の所蔵となっています。




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ピーテル・パウル・ルーベンス『水浴するバテシバ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年02月16日(土)14時23分 | 編集 |
2013年2月16日(土)


目次
1. 使いを遣るダビデ
2. 原題

今回取り上げる作品はピーテル・パウル・ルーベンス作『水浴するバテシバ』です。

2013年2月16日ピーテル・パウル・ルーベンス『水浴するバテシバ』468

1. 使いを遣るダビデ


バテシバの美しい裸体を偶然目にした王ダビデは彼女の身元調査を行ないました。

調査の結果、バテシバには夫がいることが判明します。
夫はウリヤと言ってダビデ王の軍隊で働く家臣でした。

なお旧約聖書ではウリヤはユダヤ人ではなくヒッタイト人であると記されています。

王が家臣の妻に言い寄るとは、いつの時代であっても許される行為ではありません。
しかし権力者が美貌の人妻を抱きたいと思った以上、思いを遂げるまでは決して諦めないのです。

権力を持っている者は何をしても良い・・・、

これが太古の昔からの権力者の発想です。
現代でも同じですね。

「英雄色を好む」などと言ってその生き方を賛美するかのような捉え方をする人もいるようですが、権力によって他人の生活を壊すことに何ら建設的な意味合いはありません。

色好みなど権力者が自分の性欲と征服欲を満たすために行っている蛮行に過ぎません。

ルーベンス(1577-1640)の作品では使いの者は黒人少年が演じています。

ダビデが王として君臨していた紀元前1000年頃の古代イスラエルにおいては黒人がこのような身分であったとルーベンスは解釈しているのでしょうね。

画面後景上方のバルコニーに小さく描かれているのが王ダビデです。


2. 原題


ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)が制作した『水浴するバテシバ』はドイツ語ではBatsheba im Badと言います。

das Badが水浴という意味です。

この作品はドレスデンにある国立美術館(Staatliche Kunstsammlungen Dresden)で見ることが出来ます。





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パリス・ボルドーネ『水浴するバテシバ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年02月09日(土)11時19分 | 編集 |
2013年2月9日(土)


目次
1. 人妻の裸体を覗くダビデ
2. 原題


今回取り上げる作品はパリス・ボルドーネ作『水浴するバテシバ』です。

2013年2月9日パリス・ボルドーネ『水浴するバテシバ』358

1. 人妻の裸体を覗くダビデ


ある日、古代イスラエルの第2代王ダビデ(在位:紀元前1000頃-紀元前961頃)は民衆がどのような生活をしているかを知るために王宮の屋上から周囲を眺めていました。

すると、美しい女性が全裸で水浴びをしている姿が目に入ります。

「抱きたい・・・。」

普通の男なら頭の中でそう考えるだけで実行には移しませんが、王であるダビデは即、行動に移します。

調査をすると、この女性は部下である武将ウリヤの妻であることが判明しました。
女性の名はバテシバと言います。

普通の男なら相手が人妻だと分かった時点で諦めます。
しかし、王であるダビデには不可能なことは何もありませんので諦める必要がありません。

早速バテシバの所へ使い者をやり、即刻、王宮へ来て欲しい旨を伝えます。
まあ、要望というよりは事実上の命令ですよね。

ボルドーネ(1496-1570)の作品にも画面中央向かって右に位置する建物の2階の窓からバテシバの豊麗な肉体を覗いているダビデの上半身が小さく描かれています。

バテシバと侍女たちは水浴している姿をダビデに覗き見されているとは全く気づいていません。
バテシバの後景に小さく馬に乗った姿で描かれているのが夫のウリヤです。

ウリヤは後に王ダビデの命令によって過酷な戦地に派遣されて命を落とすことになるのですが、それはまた別の機会に。


2. 原題


パリス・ボルドーネ(Paris Bordone)が制作した『水浴するバテシバ』はドイツ語ではBatsheba im Badと言います。

das Badが水浴という意味です。

この作品はケルンにあるヴァルラフ・リヒャルツ美術館(Wallraf-Richartz-Museum)で見ることが出来ます。







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サルヴァトル・ローザ『エンドルの口寄せの家でサウルに現われるサムエルの霊』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年02月02日(土)16時54分 | 編集 |
2013年2月2日(土)


目次
1. 女霊媒師
2. 原題


今回取り上げる作品は、サルヴァトル・ローザ作『エンドルの口寄せの家でサウルに現われるサムエルの霊』です。

2013年2月2日サルヴァトル・ローザ『エンドルの口寄せの家でサウルに現われるサムエルの霊』448

1. 女霊媒師


イタリアの画家サルヴァトル・ローザ(1615-1673)が描いているのは、王サウルが、今は亡きサムエルの霊魂と対面している場面です。

古代イスラエルの初代王サウルは、ペリシテ人との戦いに突入していました。
戦況は思わしくなく、サウルは神に取るべき進路を問います。

しかし、神からは何の返事もありません。

狼狽(うろた)えたサウルは、エンドルにいた降霊(こうれい)術師の女性を訪ねました。
そして、かつて助言者として頼りにしていたサムエルの霊魂を、墓場から呼び出してもらったのです。

霊として現れたサムエルは、降霊術師の口を借りて、サウルの近未来を予言します。

その予言の内容は、サウル及び三人の息子たちがこの戦いで死ぬこと、及びダビデが、その後、王国を継承するということでした。

不吉で絶望的な予言を聞かされたサウルは、王としての威厳を保つことすら出来ずに、地面に倒れてしまうのでした。

画面向かって右で腕組みをして白い衣装で身を包んでいるのが、霊となって現れた士師サムエルです。
向かって左下で、サムエルの霊の前に跪(ひざまず)いているのが王サウルです。

サウルの後ろに立っているのが、降霊師の女です。
男性のような筋肉質の腕をしている一方で、右の乳房が垂れていますね。

降霊師の周囲には、異形のものが多数現れています。
肉の落ちた馬の顔、骸骨、翼を広げた大きなミミズクが見えますね。

極めて気味の悪い光景です。

サムエルの後ろで後退(あとずさ)りしているのは、サウルの部下たちです。

この後、ペリシテ人との戦争において、サウルの四男イシュ・ボシェテだけが生き残りました。
しかし、王位に就いて間もなく、イシュ・ボシェテは暗殺されてしまいました。

そして、ダビデがその後、イスラエルの王となるのです。


2. 原題


サルヴァトル・ローザ(Salvator Rosa)が描いた『エンドルの口寄せの家でサウルに現われるサムエルの霊』は、フランス語ではL'Ombre de Samuel apparaissant à Saül chez la pythonisse d'Endorと言います。

l'Ombreは、亡霊、apparaîtreは、急に姿を表す、という意味です。
la pythonisseの語義は、女預言者、です。

この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。




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