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名取裕子主演映画『序の舞』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 日本映画 | 2013年04月29日(月)14時13分 | 編集 |
2013年4月29日(月)


4月13日(土)にBS朝日で名取裕子主演の映画『序の舞』をやっていました。

映画における主人公の名前は架空の人物・島村松翠(しょうすい)ですが、モデルとなった女性画家は上村松園(うえむらしょうえん)です。

上村松園(1875-1949)は明治時代から昭和時代まで活躍した美人画の大家(たいか)で、1948年にはそれまでの功績が認められ、女性としては初となる文化勲章を受章しています。

映画公開は1984年1月で上映時間が2時間半という大作なのですが、BS朝日での放映はCMを含めて2時間に短縮され、数々の名場面が削除されていたように思います。

「思います」というのは、実は私はこの映画を映画館で見ています。

正確な年は覚えていませんが公開時に見たか、あるいはその後名画座などで見たか、いずれにしても若い頃に全編を映画館で見ています。

島村松翠は佐藤慶が演じる日本画の権威・高木松溪の下に弟子入りし絵の腕前を上げていきます。
高木松溪のモデルとなった人物は竹内栖鳳(せいほう 1864-1942)です。

映画の中では高木松溪が島村松翠に肉体関係を求めた時に、松翠が断り切れずに男女の仲になってしまう場面が丹念に描かれています。

名取裕子が上半身裸になって佐藤慶との濡れ場を演じたということで、公開当時かなり話題になっていたのを覚えています。

但し、今回のBS朝日の放映では濡れ場のほとんどが削除されていました。
これは編集者の意図の現れなのでしょうが、作品の趣旨を損なう削除の仕方だと感じています。

島村松翠は高木松溪の子供を2度身ごもり、2度とも松溪の物心両面の協力を得られないまま不実の子を出産します。

公開時の1980年代半ばにはセクシャル・ハラスメントという言葉は一般的ではなかったと思いますが、高木松溪が島村松翠にしたことは完全なるセクハラです。

高木松溪は島村松翠を強姦したわけではありません。

一応合意があったわけですが、現実問題として松翠は師匠の求めを拒むことなど出来るはずもなく、もし肉体関係を結ぶことを断ったら松翠が絵画の世界で生きて行けなくなることは目に見えています。

松翠としては好きでもない師匠に身を委ねざるを得なかったというのが真実だろうと思います。
当時の社会のあり方を考えると、この時松翠は処女だったのでしょうね。

映画では明治から昭和初期にかけては権力を持つ男性の横暴がまかり通る反面、当該セックスに関わる不利益は全て女性である島村松翠が負担することになったという描き方がなされていました。

助平上司である高木松溪を佐藤慶が熱演していました。

まあ男子たるもの、高木松溪のような上司になってはいけませんね。

原作者の宮尾登美子が一番言いたかったことは、権力を握った男性がいかにセックスに対して身勝手かということだったのだろうと思います。

このことはこのブログでもギリシア神話絵画や旧約聖書絵画の投稿記事の中で、再三再四取り上げている話題です。

映画の題名になっている『序の舞』は上野公園にある東京藝術大学大学美術館に所蔵されています。

2013年4月29日名取裕子主演映画『序の舞』を見た感想2 553


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アルブレヒト・デューラー『妻によって嘲笑されるヨブ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年04月24日(水)23時03分 | 編集 |
2013年4月24日(水)


目次
1. 試される信仰心
2. 神公認の試練
3. ヨブのその後
4. 原題


今回取り上げる作品は、アルブレヒト・デューラー作『妻によって嘲笑されるヨブ』です。

2013年4月24日アルブレヒト・デューラー『妻によって嘲笑されるヨブ』636

1. 試される信仰心


旧約聖書『ヨブ記』は、無償の信仰が成り立つかどうかを題材としています。

主人公のヨブは、ウツという街で暮らす義人です。
ウツとは、現在の死海の南側にあった街だと考えられています。

ヨブは経済的に成功し、たくさんの子宝にも恵まれた男でした。
さらに神を敬い高潔な人物として、人々から慕われていました。

ある日、悪魔はヨブの信仰心に疑念を抱きます。

豊かな生活が保たれているからこそ信仰心に篤いと言われる生活をしているだけであり、もし経済的な基盤が崩れたら神を罵るのではないかということです。

悪魔はヨブの真の信仰心を試すために、ヨブの幸せの基盤を尽く奪っていくことにしました。

神はヨブの義心を信頼していましたので、サタンの悪巧みを容認しました。
つまり、ヨブを陥れようとする悪魔の試みを神は防がなかった、ということです。

ヨブは、神から絶対的な信頼を得ていました。
だからこそ、神はヨブが悪魔の仕打ちに耐えて信仰を保ち続けるだろうと考えたのです。

現世的な利益がなくても、人間は神を愛せるのかどうか・・・、

義人ヨブに問われたのは、この側面だったわけです。


2. 神公認の試練


まず、ヨブは富の源である家畜を全て略奪されました。
次に、子供たちが災害で次々に命を落とします。

最後に、ヨブは全身に思い皮膚病を患(わずら)いました。
この状況の中で、それでも今まで通り神を敬えるのかどうかが試されたわけです。

ドイツの画家アルブレヒト・デューラー(1471-1528)は、苦境に陥ったヨブと彼の妻の姿を描いています。

ヨブは落胆した表情で腰を下ろしています。
爛れた皮膚は、思い皮膚病を患っていることを表しています。

どれだけ信仰を維持しようと思っても、ここまで不幸が重なると心に一抹の迷いが生じるはずです。

ところが義人ヨブは、神への忠誠を失いません。
ここまで落ちぶれた人生になっても、豊かな時と同様に神を信じています。

ヨブの妻は、そんな夫の生き方を見て嘲笑するのです。
経済的な豊かさを失ってまで、なぜ神を敬うのかというのが妻の立場です。

現世的な利益を得られるから神を信仰するのであって、不利益しか得られないのであれば神など捨てて死んだ方がましだ、と妻は言いました。

神を呪う妻の言葉を諌めたヨブに、妻は頭から冷水を浴びせかけます。

妻が言っているのは、信仰だけでは人間は生きてはいけないということですね。
現実的にはもっともな言い分です。

現実問題としてヨブは皮膚病に苦しみ、痒みや痛みと戦わないといけません。
長く皮膚病を患って、治る見込みすらありません。

自分の苦痛が長期間に渡って解消されないのに、神を信じるだけの貧乏生活を貫いて何の得があるのか、ということですね。

作品では、桶で水を浴びせかける妻の顔は侮蔑の面持ちです。
何もかも失った男には、もはや用はないとでも言いたげな表情です。


3. ヨブのその後


思い皮膚病に苦しむヨブは、内なる声に耳を傾ける日々を送っていました。
ある日、嵐の中から神が顕現しました。

神は次のように言いました。

「因果応報の理論だけで、全てが説明出来るわけではないのだ。」

ヨブは災いすらも神の支配下にあることを悟り、懺悔しました。
ヨブの祈りは、神に聞き入れられます。

その後、ヨブの皮膚病は癒えました。
そして従来の2倍以上の家畜を所有するようになり、子宝にも再び恵まれるようになりました。

結果的に試練を信仰の力でくぐり抜けたヨブには、以前を上回る豊かで幸せな人生が与えられたのでした。


4. 原題


アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer)が描いた『妻によって嘲笑されるヨブ』は、ドイツ語ではHiob von seiner Frau verhöhntと言います。

Hiobが、ヨブです。

von Zは、受動態の行為者Zを表します。
従って、von seiner Frauは、彼の妻によって、という意味になります。

verhöhntは、verhöhnen(~を嘲る)の過去分詞です。

この作品は、ドイツ中西部の都市フランクフルト・アム・マイン市(Frankfurt am Main)にあるシュテーデル美術館(Das Städel)で見ることが出来ます。

Das Städelは、Städelsches Kunstinstitut und Städtische Galerieと呼ばれる場合もあります。




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ジェニファー・ガーナー主演ドラマ『エイリアス』シーズン5を見た感想
記事URL  カテゴリ | 海外ドラマ | 2013年04月18日(木)20時29分 | 編集 |
2013年4月18日(木)


レンタルDVDで、ジェニファー・ガーナー主演のドラマ『エイリアス(原題:Alias)』シーズン5を見ました。

私は『エイリアス』のシーズン1と2はNHKBS2で見て、シーズン3と4はテレビ東京で見ました。

その後テレビ東京ではシーズン5を放映せず、シーズン4の終わり方が意味深長だったためあの後どうなったのかということが数年気になっていました。

ようやくDVDをレンタルして『エイリアス』シリーズの完結編を見ることが出来ました。

シーズン5の前半はシドニー・ブリストウ役のジェニファーが私生活で妊娠していることを踏まえて、ドラマの中でもシドニーが妊娠している設定になっていました。

2013年4月18日ジェニファー・ガーナー主演ドラマ『エイリアス』シーズン5を見た感想 441


このドラマはジェニファーの派手なアクション場面が見どころになっているのですが、妊婦には回し蹴りなどをすることは無理なのでシドニーは内勤の役回りになっていました。

後半になってシドニーが両親に見守られながら出産するのですが、これは実生活においてジェニファーが出産する日が近づいたことに基づきます。

ジェニファーは出産後すぐに体型を元に戻し、最終盤では派手な立ち回りを披露してファンを納得させる構成になっていましたね。

最終シーズンの最後は一方ではシドニーに悲劇が襲い、一方ではシドニーの周囲に希望が見えるという終わり方になっていました。

5年に渡りシドニー・ブリストウという2重スパイの人生が描かれて来たわけですが、最後に希望の光が見えたことでシドニーの苛烈な人生が報われた気がして安心しました。

アメリカの映像界はCIAものをたくさん作りたがりますが、その中でも出色の出来だと言える作品だと思っています。
見ていない人は、是非シーズン1から通して見ることをお勧めします。

なぜならシーズン1には、その後のシーズン5までに展開する出来事の伏線がいくつも張られているからです。


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Pieter Lastman『モルデカイの勝利』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年04月15日(月)14時03分 | 編集 |
2013年4月15日(月)


目次
1. モルデカイの凱旋行進
2. ハマンの処刑
3. 原題


今回取り上げる作品は、Pieter Lastman作『モルデカイの勝利』です。

2013年4月15日Pieter Lastman『モルデカイの勝利』237

1. モルデカイの凱旋行進


かつて王の暗殺を未然に防いだことのあるモルデカイは、その事実を知った王クセルクセス1世から賞賛されます。
王は命を救ってくれたモルデカイに対して、どのような名誉を与えたら良いか大臣のハマンに相談しました。

ハマンは、次のように提案します。

「モルデカイには王の衣装を身につけさせて王の馬に乗せ、市中を凱旋行進させたらいかがでしょうか?」

王は、この提案を採用しました。
但し、馬を引くのはハマンの役割としたのです。

ハマンは陰謀の露呈以後、王の信頼を完全に失っていたわけです。

Pieter Lastman(1583-1633)の作品では、王の白馬に跨(またが)っているのがモルデカイです。
馬上のモルデカイを見上げながら、馬の綱を引かされているのがハマンですね。


2. ハマンの処刑


私的感情によりユダヤ人大虐殺を企図したハマンは、王の命令で失脚させられました。
ハマンは、モルデカイを処刑するつもりで用意していた柱に自らが吊るされることになりました。

王はハマンの財産を没収し、功のあったモルデカイとエステルに与えました。
王の信頼を勝ち得たモルデカイは、最終的にアケメネス朝ペルシアの宰相の地位まで登りつめることになりました。


以上でエステルの物語は、おしまいです。


3. 原題


Pieter Lastmanが制作した『モルデカイの勝利』は、英語ではThe Triumph of Mordecaiと言います。

この作品は、オランダのアムステルダムにあるレンブラントハイス美術館(The Rembrandt House Museum)で見ることが出来ます。

レンブラントハイス美術館は、レンブラント(1606-1669)が20年間住んでいた家を美術館の形にしたものです。
「レンブラントの家」と呼ばれる場合もあります。




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Jan Victors『祝宴の際のエステル、アハシュエロス、ハマン』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年04月06日(土)21時24分 | 編集 |
2013年4月6日(土)


目次
1. ハマンの陰謀
2. ユダヤ民族を救った王妃
3. 原題


今回取り上げる作品は、Jan Victors作『祝宴の際のエステル、アハシュエロス、ハマン』です。

2013年4月6日Jan Victors『祝宴の際のエステル、アハシュエロス、ハマン』243


1. ハマンの陰謀


Jan Victors(1619-1676)が描いているのは、エステルが酒宴の席でハマンの陰謀を暴いている場面です。

向かって右の赤い服を着ている男性がクセルクセス1世(別名アハシュエロス)です。
向かって左に座っているのは大臣のハマンです。

エステルは王に対して初めて自分がユダヤ人であることを明らかにしました。

そして、このユダヤ人大虐殺計画はハマンの感情から始まったに過ぎない陰謀であることを説きました。
切々と訴えるエステルの姿を見つめながら、王は次第にハマンに対して懐疑的になっていきます。


2. ユダヤ民族を救った王妃


王妃エステルはユダヤ民族大虐殺が行われる間近という差し迫った厳しい状況の中で、クセルクセス1世に勇気を持って進言しました。

そして、ハマンの陰謀を暴き王に正しい判断をすることを促します。

旧約聖書の中でエステルが主人公に取り上げられている理由は、このようなユダヤ民族絶滅の危機を救ったところにあるのです。

続きます。


3. 原題


Jan Victorsが制作した『祝宴の際のエステル、アハシュエロス、ハマン』は、ドイツ語ではEster, Ahasveros und Haman beim Festmahlと言います。

das Festmahlが祝宴という意味です。

この作品は、ドイツのヘッセン州の都市カッセルにある美術館(Die Museumslandschaft Hessen Kassel)で見ることが出来ます。




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アントワーヌ・コイペル『エステルの失神』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年04月04日(木)14時34分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2013年4月4日(木)


目次
1. 失神するエステル
2. 原題


今回取り上げる作品はアントワーヌ・コイペル作『エステルの失神』です。

2013年4月4日アントワーヌ・コイペル『エステルの失神』257

1. 失神するエステル


アントワーヌ・コイペル(1661-1722)が描いているのは王を前にして気絶しているエステルの姿です。
ユダヤ人大虐殺を阻止するという重責を担い、王に向かって自分の意見を述べている内にエステルは失神しました。

極度の緊張感と重圧から自制心を失うところまで追い込まれたわけですね。
元来色白のエステルですが完全に血の気が引いています。

王に対する自分の発言一つで多くの同胞の命が左右されることになります。
王の機嫌を損ねるような言動は一切慎まなくてはなりません。

エステルは王妃とは言え、決して王に対して近い立場にあったわけではありません。
当時は王から呼び出されていない者が自己都合で王の前に参上するのは死罪に相当すると看做されていました。

雲の上の存在であるクセルクセス1世に対してエステルは自らの意見を述べることになります。
エステルは足が震える思いどころか実際に気絶してしまいました。

画面中央でエステルの左腕を取っているのがクセルクセス1世です。
皆の前で失神するほどの思いを持って謁見に臨んだエステルを優しく支える王の姿が描かれています。

結果的にエステルはユダヤ人大虐殺計画を推進している大臣ハマンを同席させた上での酒宴を王に開催することを確約させたのです。

見事な外交手腕です。

しかし、あくまでも酒宴の開催が決まっただけであり、エステルにとってはまだ試練が続きます。
来る酒宴の場で王が大虐殺の実行を思い止まるように説得することが次の課題となります。


続きます。


2. 原題


アントワーヌ・コイペル(Antoine Coypel)が制作した『エステルの失神』はフランス語ではL'Évanouissement d'Estherと言います。

l'évanouissementが気絶という意味です。
この作品はルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。




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ジョヴァンニ・アンドレア・シラーニ『アハシュエロスの前に立つエステル』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年04月02日(火)14時51分 | 編集 |
2013年4月2日(火)


目次
1. 王との謁見
2. 原題


今回取り上げる作品は、ジョヴァンニ・アンドレア・シラーニ作『アハシュエロスの前に立つエステル』です。

2013年4月2日ジョヴァンニ・アンドレア・シラーニ『アハシュエロスの前に立つエステル』238


1. 王との謁見


クセルクセス1世は、別名アハシュエロスと言います。

エステルは、王妃という立場になったとは言え、日常的に王アハシュエロスに馴れ馴れしく接することなど、許されてはいません。

アハシュエロスとエステルとの関係は、一般的な意味での夫婦の関係ではありませんでした。
あくまでもエステルは、王に奉仕をする立場に過ぎません。

王妃が、政治や人事について王に向かって口出しをするということは、絶対に認められないことでした。

しかし、モルデカイに説得されたエステルは、決死の覚悟で王との謁見(えっけん)を打診します。
そして、首尾よくアハシュエロスと会うところまで、こぎつけたのです。

ジョヴァンニ・アンドレア・シラーニ(1610-1670)が描くエステルは、王を前にして緊張と不安の面持ちです。
向かって左のエステルは、アハシュエロスの目をまともに見ることも出来ず、王の威厳の前に気圧(けお)されています。

一方のアハシュエロスは、エステルの服の上から左の乳房に右手を当てています。
若くて可憐(かれん)なエステルのことを、アハシュエロスが気に入っている証左ですね。

続きます。


2. 原題


ジョヴァンニ・アンドレア・シラーニ(Giovanni Andrea Sirani)が制作した『アハシュエロスの前に立つエステル』は、英語ではEsther before Ahasuerusと言います。

この作品は、ハンガリーの首都ブダペストにある美術館(Museum of Fine Arts)で見ることが出来ます。




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