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レベッカ・デ・モーネイ主演映画『ゆりかごを揺らす手』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年06月26日(水)19時38分 | 編集 |
2013年6月26日(水)


6月19日(水)にNHKBSプレミアムで、レベッカ・デ・モーネイ主演の映画『ゆりかごを揺らす手(原題:The Hand That Rocks the Cradle)』を見ました。

レベッカ・デ・モーネイ(Rebecca De Mornay)が演じる「ペイトン」は産婦人科医ヴィクター・モットの美人妻で、初めての子供を身ごもっています。

6+22+レベッカ・デ・モーネイ主演映画『ゆりかごを揺らす手』を見た感想1 504


モット医師の元には連日妊婦が検診などに訪れていたのですが、モットは立場を乱用し触診と称して女性の乳首や秘部を不必要に撫で回す破廉恥な行為を繰り返していました。

この映画のもう一人の主役クレア・バーテルは研究機関で働く夫マイケル及び娘のエマと3人で幸せに暮らしており、2人目の赤ちゃんを妊娠中です。

クレアを演じているのはアナベラ・シオラ(Annabella Sciorra)です。

6+22+レベッカ・デ・モーネイ主演映画『ゆりかごを揺らす手』を見た感想2 505

クレアはこれまで通院していた産婦人科医から離れ、今回初めてモットの元を訪れて定期健診を受けることになります。

これまでにモットの猥褻な診療行為を訴えた妊婦がいなかったためモットの悪事は露呈しておらず、クレアも初対面のモットを「普通の」男性産婦人科医として捉えていました。

ところが診察中のモットはクレアの陰部を触る際に医学的処置とは到底呼べない指先の動かし方をしたため、嫌悪感を抱いたクレアは診察が終わり次第逃げるようにして帰宅します。

クレアから事情を聞いた夫のマイケル・バーテルはモットを訴えることにしました。

その後、バーテル夫妻の提訴に勇気を得た4名の女性がモットによって同様の破廉恥な処置を受けたと次々に訴えを起こしました。

複数の女性たちに訴えられた以上、もはや逃れられないと悟ったモットは拳銃で自殺します。

モットの妻「ペイトン」は一連の衝撃的な出来事に悩まされた結果ついに流産し、二度と子供が産めない体になってしまいました。

「ペイトン」は自分たち夫婦を不幸に陥れた原因を作ったクレアを許すことが出来ず、クレア一家への復讐を誓います。
モット家の不幸の原因を作ったのはクレアではなくヴィクター・モット医師自身なんですけどね。

数カ月後、クレアは2人目の赤ちゃんを無事出産し住み込みのベビーシッターを募集することにします。

「ペイトン」は街路で偶然出会ったふりをしてクレアに近づきベビーシッターに応募して、マイケルの了承も得た上で採用されバーテル家に潜り込むことに成功します。

実は「ペイトン」という名前はモットの妻が素性を隠し、バーテル家におけるベビーシッターの職を得るためにつけた偽名でした。

この記事の冒頭からペイトンを括弧書きにしていたのはそのためです。

さて、本作品はこの辺りからサイコ的な色彩を帯び、クレアの周囲にいる者たちがペイトンの謀略により次々と不幸な目に遭って行きます。

事故死に見せかけた殺人計画、夫マイケルへの色仕掛け作戦、越権行為としての授乳、長女エマの抱き込み策などペイトンはありとあらゆる手を使ってクレアの幸せな人生を破滅へと向かわせます。

私はホラー系、サイコ系、殺人系の映画は大の苦手なのですが、結末を知りたくて怖がりながらも最後まで見ました。

クレアを一発で殺さずじわじわと時間をかけて精神的に追い詰めて行くペイトンの底意地の悪い手法は閉口するほどでしたが、レベッカ・デ・モーネイの美貌と演技力に惹きつけられて途中で見るのをやめることが惜しいと思わせる作品に仕上がっていたと思います。


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伊藤英明主演映画『252 生存者あり』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 日本映画 | 2013年06月22日(土)16時29分 | 編集 |
2013年6月22日(土)


レンタルDVDで、伊藤英明主演の映画『252 生存者あり』を見ました。

伊藤が演じる篠原祐司はかつて東京消防庁の消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)に所属し、兄・静馬と共に困難な人命救助にあたっていたエリートでした。

祐司は妻と娘と一緒に暮らし、現在はハイパーレスキュー隊を辞し自動車販売店で働いています。
大森絢音が演じる娘のしおりは聴覚に障害を抱え、両親とは手話で会話をしています。

映画では巨大台風が東京都心部を襲い、地下鉄構内に閉じ込められた祐司、しおり、さらには男性研修医、韓国人女性経営者、大阪出身の男性社長の計5名がハイパーレスキュー隊の救助を待つという筋立てです。

「252」というのは東京消防庁の無線用通話コードで、正確には「生存者あり」という意味ではなく「救助を必要とする者がいる」という意味であり、生死未確認の場合でも使用されます。

通話コードというのは会話が出来ない状況において、意思の疎通を図るために編み出された符牒(ふちょう)です。

聴覚に障害を抱えたしおりが、周囲の大人たちと意思疎通を図るために使っている手話も符牒の一種です。

しおりは言葉を発することはないのですが、回りにいる大人たちが何をしているのかを事細かに観察する賢さを持っており、その賢明さによって大惨事の中にありながら言葉を発せずとも無事に生き残ることになります。

しおりの姿を通して箱庭において発揮される学問的な優秀さよりも、危険を孕んだこの実社会を生き抜くための賢さの方が重要だということを監督は訴えたかったのだろうと思います。

ハイパーレスキュー隊によって救出されたしおりは地上で待つ母親と再会し、地下にいる父親・祐司の帰還を待ち続けます。

ところが勢力を盛り返した巨大台風の影響により地盤が崩れたため、ハイパーレスキュー隊は地下に降りることが出来なくなり、地下にいる祐司たちは生き埋めになって、もはや生存の可能性はないのではないかという雰囲気になります。

ここで、しおりはいつまでたっても地上に現れない父親を心配して精一杯の言葉を発し、「パパ、パパ・・・」と泣きながら呼びかけます。

私はもうこの時点で号泣でした。

幼い娘は絶対的に父親の存在を必要としているのです。
大森絢音の映画史に残る名場面だと言えるでしょう。

結果的にしおりの言葉と心が通じ、「252 生存者あり」という幕切れになるわけです。

この映画はハイパーレスキュー隊の活躍と苦悩を扱った作品なのですが、それと同時に幼い子供にとって親を失うということがどれほど辛いかを一つの主題にしています。

映画では父親の事故死(の可能性)という形での別離を描いていますが、離婚して突然家庭から姿を消すのだって子供からすれば同じことです。

夫婦仲が悪い場合は双方の意思を尊重して離婚すれば良いという風潮があるように思いますが、子供が幼くて両親の存在を絶対的に必要としているのであれば、やはり離婚はしてはいけませんね。


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グレン・ハンサード主演映画『ONCE ダブリンの街角で』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年06月14日(金)16時34分 | 編集 |
2013年6月14日(金)


レンタルDVDで、グレン・ハンサード主演の映画『ONCE ダブリンの街角で(原題:Once)』を見ました。

見ようと思ったきっかけは、植村花菜が6月3日(月)のラジオ番組『植村花菜の「あなたの夢を花菜えまshow」』の中で、好きな映画だと紹介していたからです。

花菜は、この映画のDVDも買って持っているそうです。

なお、この番組は東海ラジオの制作なのですが、私はラジコのニッポン放送で毎週聞いています。

さて、花菜以外にも、アマゾンの該当ページを見ると、この作品を絶賛するレビューを寄せている人が多いのですが、私は率直に言ってそれほど心に染みる映画だとは思いませんでした。

この映画は2007年に公開されたアイルランド映画で、路上で歌って生計を立てている男と、路上で雑誌や花を売って生計を立てている女が、ダブリンの街角で出会ってから別れるまでの短い期間の出来事を描いています。

登場人物には名前が与えられておらず、男はグレン・ハンサード(Glen Hansard)、女はマルケタ・イルグロヴァ(Markéta Irglová)が演じています。

マルケタはチェコ出身のシンガー・ソング・ライターで、劇中でもタブリンで暮らしているチェコ系移民の娘を演じています。

女には別れた男がおり、2人の間に生まれた幼い娘を引き取って、現在、母親を含めた3人で暮らす毎日です。

女は、得意とするピアノを買って作曲や歌唱に精を出したいところですが、現状の経済状態ではとても不可能です。

路上で歌って小銭を稼ぐ男にも、やはり別れた恋人がおり、現在はダブリンで電化製品修理業を営む父親と2人で暮らしています。

話の展開からして、男と女が恋仲になって行くのだろうと思って見ていましたが、結局、そうはなりませんでした。

男にはその気はあり、女にも多少なりともあったはずなのですが、やはり男の経済力の無さが女にもう一歩先へ進む意欲を失わせたのかも知れません。

男女が出会って、それなりに時間を共有しているにも関わらず深い仲にはならない作品ですから、刺激的な場面は全くありません。

私は別に映画やドラマに性的刺激を求めているわけではありませんが、わずかな時間とはいえ、音楽を通して人生を共有し、バイクで海を一緒に見に行くような関係にまでなっておきながら、結局、何となく別れて、その後、男は別れた彼女が暮らすロンドンへと一人旅立ちます。

男は女に一緒にロンドンへ来て欲しいと頼むのですが、それを聞いた女がロンドンへ同行するための条件として、娘と母を連れて行くことが可能かどうか尋ねる場面があります。

たぶん、この時の男の返事が、この映画の肝(きも)なのだろうと思っています。

2013年6月14日グレン・ハンサード主演映画『ONCE ダブリンの街角で』を見た感想 504


上掲の画像は、劇中歌Falling Slowlyが、第80回(2008年2月)アカデミー賞歌曲賞を受賞した時のグレンとマルケタです。


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レンブラント・ファン・レイン『ベルシャザルの饗宴』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年06月10日(月)22時58分 | 編集 |
2013年6月10日(月)


目次
1. ユダ王国
2. ネブカドネザル2世
3. ダニエル
4. 壁の文字
5. 原題


今回取り上げる作品は、レンブラント・ファン・レイン作『ベルシャザルの饗宴』です。

2013年6月10日レンブラント・ファン・レイン『ベルシャザルの饗宴』270


1. ユダ王国


ユダ王国とは、統一イスラエル王国が紀元前930年に分裂して南側に誕生した国です。
首都は、エルサレムです。

ユダ王国の王の系譜を示します。
サウルからソロモンまでは、統一イスラエル王国の時代です。


サウル→イシュボシェト→ダビデ→ソロモン→レハブアム


レハブアムが、ユダ王国の初代の王(在位:紀元前930-紀元前913)ということになります。


2. ネブカドネザル2世


新バビロニア王国の第二代王ネブカドネザル2世(在位:紀元前605-紀元前562)は、二度にわたりエルサレムを攻撃しました。

戦いに敗れたユダヤ人たちは、バビロンなどへ捕虜として強制連行されました。
この出来事はユダヤ人の立場から、バビロン捕囚と呼ばれています。

第1回のバビロン捕囚は、紀元前598年に行われました。
ユダ王国第18代王エホヤキムも捕虜として、バビロンへ連行されました。

第2回のバビロン捕囚は、紀元前586年に行われました。
新バビロニア軍によってエルサレムは陥落し、神殿は破壊されました。

ユダ王国第20代王ゼデキヤも捕虜として、バビロンへ連行されました。
このことにより、ユダ王国(紀元前930-紀元前586年)は消滅します。


3. ダニエル


ダニエルとは、第2回のバビロン捕囚でバビロンへと強制連行されたユダヤ人貴族です。

ネブカドネザル2世は、拉致して来たユダヤ人の中で肉体的にも知性の面でも優れた人材を選抜しました。
異民族ユダヤ人の統治を容易にすることが一つの目的です。

その中の一人にダニエルがいました。
ダニエルは異邦の地バビロンにあっても、ユダヤの神への信仰を失うことなく日々生活していました。

ネブカドネザル2世が死去し、ベルシャザルが後継の王となりました。
ダニエルは、王ベルシャザルに伺候することになりました。


4. 壁の文字


ある日、ベルシャザルは宴会を開催しました。
宴会で使用される食器類は、金銀で出来ていました。

この金属類はエルサレム神殿を破壊した時の戦利品として、ネブカドネザル2世がバビロンへ運んだものでした。
エルサレム神殿で使われていた祭具類は、今や新バビロニア王国の食器にされていたのでした。

宴が進みベルシャザルがワインを飲んでいた時、突然人間の手の指が現れました。
驚くベルシャザルの目の前で、その指が壁に文字を書いたのです。

宴会に出席していた王の取り巻き達は、誰一人としてその文字を読むことが出来ません。
そこで、ベルシャザルはダニエルを呼んだのです。

ダニエルは早速文字の解読にかかりました。
そして、次のように王に告げました。

「この文字は、メネ、メネ、テケル、パルシンと読みます。
メネは、神が王の治世を数え終えたことを示します。
テケルは、神が王を秤にかけた結果、器が不足していると判定したことを示します。
パルシンは、新バビロニア王国がメディアとペルシアに分割されることを示します。」

ダニエルは文字をこのように解読し、その夜にベルシャザルは殺されました。

レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)が描いているのは、壁に現れた指や文字をベルシャザルが見つめている場面です。

突如空間に現れた人の指を見て、一同目を見開いて仰天しています。

向かって右端の女性は、エルサレム神殿の祭具を加工して作った金の食器を右手に持っています。
しかし驚きの余り、食器の中の水を床に零(こぼ)していますね。


5. 原題


レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt van Rijn)が描いた『ベルシャザルの饗宴』は、英語ではBelshazzar's Feastと言います。

この作品は、ロンドンのナショナル・ギャラリー(The National Gallery)で見ることが出来ます。




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ジェイソン・ベイトマン主演映画『モンスター上司』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年06月08日(土)16時16分 | 編集 |
2013年6月8日(土)


レンタルDVDでジェイソン・ベイトマン主演の映画『モンスター上司(原題:Horrible Bosses)』を見ました。

2013年6月8日ジェイソン・ベイトマン主演映画『モンスター上司』を見た感想1 344


この映画は2011年の公開前に、セクシー歯科医として出演しているジェニファー・アニストンの色気ばかりが宣伝材料として使われていましたが、実際に見てみると、ジェニファーの出番はそれほどなく、どちらかと言うと脇役という感じで、色っぽい場面も広報されていたほどはありませんでした。

2013年6月8日ジェイソン・ベイトマン主演映画『モンスター上司』を見た感想2 386


従って、ジェニファーのセクシーぶりを期待して見た人には、期待外れに終わると思います。

2013年6月8日ジェイソン・ベイトマン主演映画『モンスター上司』を見た感想3 252


原題でbossesという複数形が使われている通り、この映画には3人の上司が登場します。

horribleは形容詞で、身の毛もよだつ~、という基本語義がありますが、この作品では、人格面に大きな欠点がある~、という意味合いで使われています。

作品において、それぞれ職場は違いますが、上司役を務めているのは、ケヴィン・スペイシー、ジェニファー・アニストン、そしてコリン・ファレルです。

この3人は、性癖は異なりますが、いわゆる「嫌な奴」であり、直属の部下たちは、彼らの傲慢かつ陰険な態度に日々接して、いい加減、嫌気が差しているのですが、生活のために仕事を辞めることもままなりません。

ケヴィンは、大企業の取締役デイヴ・ハーケンを演じています。
ハーケンは、人事権を振りかざして部下の人生を支配したがる「嫌な奴」です。

そんなハーケンに仕える部下ニック・ヘンドリックスは、ジェイソン・ベイトマンが演じています。

ジェニファーは、美人でセクシーな歯科医ジュリア・ハリスを演じています。

ジュリアは傲慢なだけでなく、仕事中であってもセックスのことばかり考えていて、男性部下に性的奉仕を強要する「嫌な奴」です。

そんなジュリアに仕える歯科助手デイル・アーバスは、チャーリー・デイが演じています。

コリンは、急逝した父親から社長職を継いだばかりのボビー・ペリットを演じています。
ボビーは、帝王学を学ぶ気もないボンクラ息子で、自社製品が招く外国の環境汚染問題など意に介さない「嫌な奴」です。

そんなボビーに仕えるカート・バックマンは、ジェイソン・サダイキスが演じています。

2013年6月8日ジェイソン・ベイトマン主演映画『モンスター上司』を見た感想4 299


上掲の画像では、コリン・ファレルがいませんね。

ニック、デイル、カートの3人は友人という設定で、一緒に酒を飲みながら愚痴を言い合っている内に、話が盛り上がりすぎて、いつか上司を殺してやろうという結論に至ります。

ある意味、物騒な展開になっていきますが、完全なコメディー路線の映画ですので、おどろおどろしい場面は一切出て来ません。

部下3人が当初練り上げた「殺人計画」の通りには事は運びませんが、部下たちが意を決して行動に移したことが功を奏し、驕り高ぶった上司たちにはそれなりの天罰が下ります。

世の中はこうあるべき、というセス・ゴードン監督の思想が表現されていると感じました。

職場の上司に日々虐められて、仕事そのものの苦痛よりも、上司と顔を合わせて一緒に仕事をして行く苦痛の方が大きいという人が大半だと思いますが、その辺りの事情はアメリカでも同じようです。

私も何人かの嫌な上司に当たり、パワーハラスメントを受けた経験があるので、ニックやカートの立場はよく分かります。

ただ、ジュリアのようなセックス狂の女性上司に当たったことはないので、デイルのようなセクシャルハラスメントを受けた経験は一度もありません。


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ヘレン・ミレン主演映画『クィーン』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年06月07日(金)23時29分 | 編集 |
2013年6月7日(金)


6月1日(土)にWOWOWシネマで、ヘレン・ミレン主演の映画『クィーン(原題:The Queen)』をやっていました。

クィーンとはエリザベス2世を指します。

この映画では、トニー・ブレアが首相に就任した1997年5月を物語の起点としています。

その3ヶ月後の8月31日にダイアナがパリで不慮の死を遂げ、その報告を受けたエリザベス女王とブレア首相が王室を既に離脱している「前皇太子妃」の事故死に対して、どのように対応するべきかで苦慮する様子が克明に描かれています。

2013年6月7日ヘレン・ミレン主演映画『クィーン』を見た感想1 532


なお、ダイアナは死の前年1996年8月にチャールズ皇太子と正式に離婚しています。

2013年6月7日ヘレン・ミレン主演映画『クィーン』を見た感想2 424


この作品はイギリス映画にありがちな理屈っぽさとテンポの悪さを兼ね備え、さらには音響効果を多用せず登場人物の会話に重きを置くという盛り上がりに欠ける映画に仕上がっています。

そういった負の要素だけを考えると賑やかなミュージカル映画が好きな私にとっては、途中で飽きてしまい見るのを止めてしまってもおかしくない作品のはずなのですが、結果的に退屈せずに最後まで見通すことが出来たのはエリザベス2世を演じるヘレン・ミレンの重厚な演技力のおかげです。

2013年6月7日ヘレン・ミレン主演映画『クィーン』を見た感想3 504


ヘレンはこの演技により、第79回アカデミー賞(2007年2月)の主演女優賞を獲得しています。

この時主演女優賞にノミネートされていたのは、『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープや『ボルベール 〈帰郷〉』のペネロペ・クルスなどでした。

このブログでは『プラダを着た悪魔』と『ボルベール 〈帰郷〉』については、既に原稿を書いています。

2013年6月7日ヘレン・ミレン主演映画『クィーン』を見た感想4 270


『クィーン』の中でエリザベス2世及び夫のエディンバラ公フィリップは、ダイアナが既に王室のメンバーではないことを根拠に彼女の死に対して特別な反応をしない方針を打ち出します。

具体的には家族全員で夏季休暇を過ごしていたスコットランドにあるバルモラル城に留まり、ロンドンのバッキンガム宮殿にすぐには戻らないこと、あるいはバッキンガム宮殿には半旗を掲げないこと、及び女王としてダイアナの死を悼む声明を発表しないことなどです。

ところが、こうした女王の対応はイギリス市民にはあまりに冷淡な対応だと受け止められ、市民が王室批判を行う様子もテレビカメラに収められ世界中に放送されました。

女王がダイアナの死に対して無反応を貫くことで王室の人気が低下する危険性を察知したブレア首相は、何度もエリザベス2世と電話で話し合いロンドンに戻ってダイアナの死を悼んでいる姿勢を国民に示して欲しいと国民感情に対する理解を求めます。

その後エリザベス2世は態度を軟化させ、ダイアナの死を弔(とむら)うべくロンドンへと戻ります。

エリザベス2世はブレアの説得を受け入れ、国民のために自らの信念を曲げたわけですね。
決して亡くなったダイアナのために弔意を表したわけではないのです。

2013年6月7日ヘレン・ミレン主演映画『クィーン』を見た感想5 340


ダイアナは確かに美人なのですが、それ故に男性との交遊には自由奔放な側面があると皇太子妃だった時代から噂されていました。

真偽の程は不明ですし今となってはダイアナには弁明の機会がないので、彼女の盛んだったとされる異性交遊について憶測だけで決めつけた言い方をするのは慎むべきです。

ただこの映画では皇太子と離婚した後、対人地雷の廃止を求めるなどの社会活動をする一方で奔放なセックス生活を謳歌しているとゴシップ誌に書き立てられていたダイアナは、女王夫妻にとって厄介な存在でしかなく、さらには死んでもなお悩みの種を王室内に撒き散らす悪女としてエリザベス2世の目には映っていたのではないかという描き方がなされているように感じました。


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ダスティン・ホフマン主演映画『卒業』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年06月06日(木)19時09分 | 編集 |
2013年6月6日(木)


目次
1. 大学は出たけれど
2. 熟女の童貞狩り
3. 『赤と黒』のようなエロ映画
4. 無力な若者たち


1. 大学は出たけれど


レンタルDVDで、ダスティン・ホフマン主演の映画『卒業(原題:The Graduate)』を見ました。

邦題は『卒業』ですが原題のgraduateは卒業生という意味であり、卒業という語義はありません。
卒業に相当する英語はgraduationです。

ダスティン・ホフマンが演じるベンジャミンは、大学を卒業したばかりの青年です。

日本の教育制度だと大学を卒業したばかりの者の年齢は22歳であることが多いですが、ベンジャミンは卒業時20歳でまもなく21歳になろうとしています。

大学を卒業した後大学院に進学してさらに学問を追求するのか、あるいは就職して経済的な安定を求めるのか、ベンジャミンは決心がつかずひとまず夏休みを自由な身分で過ごすことにします。

ベンジャミンは親戚一同が集まった盛大な卒業記念パーティーにおいて、久しぶりに再会した親戚みんなに「この後、どうするつもりなのか?」という問い掛けをされて、いい加減うんざりしてしまいます。

この作品の公開は1967年ですが、大学を卒業はしたけれど確固たる人生の目標など見つからず、卒業後何となく流されて生きているベンジャミンのような人間が当時たくさんいたということでしょうね。


2. 熟女の童貞狩り


2013年6月6日ダスティン・ホフマン主演映画『卒業』を見た感想1 336


ベンジャミンはパーティー会場でロビンソン夫人に声を掛けられ、彼女を自宅まで車で送るよう求められました。

アン・バンクロフトが演じるロビンソン夫人はベンジャミンが幼い頃から知っている女性で、娘のエレインとは幼馴染の関係です。

ロビンソン夫人は20歳の若者に成長したベンジャミンを夫が不在の自宅で誘惑し、セックスに持ち込もうと画策しますが、ベンジャミンの理性が勝りこの時は2人の間には何も起きませんでした。

2013年6月6日ダスティン・ホフマン主演映画『卒業』を見た感想2 263


その後、ロビンソン夫人の熟女の色香に屈したベンジャミンは、ついに越えてはいけない一線を越えてしまいます。

ベンジャミンにとってロビンソン夫人は初めての女性でした。

綺麗なお姉さまからセックスの手ほどきを受けたベンジャミンは、ロビンソン夫人の熟れた肉体や性技にのめり込み、両親には内緒で毎晩のようにロビンソン夫人とホテルで会いセックスする不倫関係を続けて行きます。

2013年6月6日ダスティン・ホフマン主演映画『卒業』を見た感想3 140


3. 『赤と黒』のようなエロ映画


この映画は最終盤においてベンジャミンが花嫁のエレインを結婚式場から連れ出して、2人で市バスに乗り込む場面が有名で、名作中の名作であると評価する人が多いのですが、私は率直に言って駄作だと感じました。

2013年6月6日ダスティン・ホフマン主演映画『卒業』を見た感想4 143


作品の大半はベンジャミンとロビンソン夫人との情事に関わることであり、ベンジャミンにとっての恋の本命であるエレインは完全なる脇役に過ぎません。

若い2人の劇的な駆け落ちに至るまでの恋愛模様を扱った純愛路線の映画なのかと想像していましたが、実際には全く異なり、1人の青年が綺麗なお姉さまに童貞を奪われセックスの妙味を教え込まれ、お姉さまの熟れた肉体の虜になって行くというエロ路線の映画でした。

方向性としては、2012年4月21日(土)の記事『ジェラール・フィリップ主演映画『赤と黒』を見た感想 loro2012.blog』で述べた『赤と黒(原題:Le Rouge et le Noir)』に近いですね。

それならそれで、ロビンソン夫人役のアン・バンクロフトが全裸になって濃厚なセックス場面を見せれば良いと思うのですが、1960年代後半という世相を反映してかほとんど肌の露出はありませんので、1990年代後半以降にアン・ハサウェイやアシュレイ・ジャッドなどが見せている激しいセックス場面を見慣れている者にとっては、物足りない中途半端な性描写に終始しているという印象が残りました。

2013年6月6日ダスティン・ホフマン主演映画『卒業』を見た感想5 429


4. 無力な若者たち


「卒業生(The Graduate)」という言葉を題名に据えているわけですから、大学と童貞以外に何か体験し卒業するべき対象があっても良かったのですが、結果的にはこれといった対象は描かれませんでした。

ベンジャミンとエレインとのデートにおいて、ショーガールが豊満な乳房をブルンブルンと揺り動かす場面が描かれているのですが、セクシーさからはかけ離れていて特に何かの伏線が敷かれているというわけでもありません。

あのブルンブルンの場面は不要だと思うんですけどね。

ベンジャミンがエレインにロビンソン夫人との不倫関係を告げた後、ベンジャミンとエレインとの人間関係はいったん破綻し、その後も決して良好とは言えませんでした。

その点でも教会からベンジャミンが花嫁を強奪する場面は、唐突に挿入されているという印象を受けましたし、市バスに乗った後の2人は最終的に不安げな表情を浮かべており、幸福感に欠ける様子がいつまでも映し出されて、結局この2人のやっていることは無計画で無謀で自己中心的であり、志向しているものが全く見えないという不完全燃焼のまま映画は終わってしまうのでした。


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ケヴィン・スペイシー主演映画『ビヨンド the シー 夢見るように歌えば』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年06月02日(日)16時19分 | 編集 |
2013年6月2日(日)


レンタルDVDで、ケヴィン・スペイシー主演の映画『ビヨンド the シー 夢見るように歌えば(原題:Beyond the Sea)』を見ました。

2004年製作の映画で、ケヴィンが監督・脚本・主演を務めています。

ケヴィンが演じるのは、1960年代にアメリカで活躍した歌手ボビー・ダーリン(Bobby Darin 1936-1973)です。

全編を通じて歌と踊りが盛り込まれ、ケヴィンは見事な歌声を披露しています。

ボビーの代表曲がいくつか劇中に使われていましたが、私が一番気に入った曲はFabulous Placesです。

fabulous placesは、直訳すると、素敵な場所、となります。
歌詞の中で「素敵な場所」がいくつか述べられていますが、パリやロンドンなどと並んで、東京も選ばれています。




映画では、ボビーの幼少時から37歳という若さでこの世を去るまでの一連の出来事が、小気味良いテンポで描かれて行きます。

ボビーは映画俳優としても活躍したのですが、妻となったサンドラ・ディーとは1961年に公開された映画『九月になれば(原題:Come September』での共演がきっかけでした。

ボビーとサンドラは深く愛し合っていたと言われていますが、一人息子を儲けた後、2人の結婚生活は7年で破綻しています。

「可愛い子ちゃん女優」のサンドラ・ディーを演じているのは、ケイト・ボスワースです。

2013年6月2日ケヴィン・スペイシー主演映画『ビヨンド the シー 夢見るように歌えば』を見た感想 415


ボビーが映画『九月になれば』の撮影期間にサンドラと出会い、結婚することを企図して口説こうとする時に、サンドラのマネージャーでお目付け役でもある母親メアリーに対して、「あなたはサンディーの母親だと聞いていましたが、もしや姉ではないですか?」という、メアリーの若々しさと美貌を褒め称える発言をするのですが、実は、この発言はメアリーに対するお世辞に留まらず、ボビーの人生を大きく左右する出来事への伏線の役割を果たしています。

脚本もケヴィンが担当していますが、良く練られた脚本に仕上がっていると、感心させられました。

この作品は、興行的には失敗に終わったようですが、私は好きな映画の1つです。
やはり、ミュージカル仕立ての映画は見ていて楽しいですね。

サンドラ・ディー(1942-2005)は、ボビーと離婚した後、再婚することはなく、2005年にアルコール依存症に基づく腎臓疾患が原因で、62歳で死去しました。


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モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年06月01日(土)16時56分 | 編集 |
2013年6月1日(土)


今回の記事には露骨な性的表現が含まれています。
性的表現に対して心的なストレスを感じる方は、読まないことをお勧めします。

目次
1. 反ムッソリーニの作品
2. 売春婦を毛嫌いする女性たち
3. 女性を守れない若さへの苛立ち


1. 反ムッソリーニの作品


レンタルDVDで、モニカ・ベルッチ主演の映画『マレーナ ディレクターズ・エディション(原題:Malèna)』を見ました。

2013年6月1日モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想1 252


主人公のマレーナを演じるモニカ・ベルッチの肉体美に注目が集まった映画ですが、ジュゼッペ・トルナトーレ監督が最も言いたかったことは、美女の熟れた肉体ではなく反ファシズムだと思います。

2013年6月1日モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想2 409


作品はベニート・ムッソリーニがイタリアの首相になりアドルフ・ヒトラーと手を組んで軍国主義をイタリア国民に押し付けていた時代に、シチリア島で暮らしていた12歳の少年レナートの視点から見たマレーナの人生を描きます。

マレーナは、夫が出征しやがて戦死したという悲報を受けて未亡人として暮らしている美貌の女性です。

若く美しいマレーナの周囲にはいつも男性が集まり、レナートのような少年たちもセックスの初体験の相手としてマレーナを妄想する毎日です。

2013年6月1日モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想3 614


マレーナは男性陣からの熱愛を受け流す一方で街の女性たちからは猛烈な嫉妬を買い、美人であるが故に孤立した日常生活を送ることを余儀なくされていきます。

レナートにとってはいつも孤独に暮らすマレーナがむしろ神秘的な存在として映り、マレーナの室内を壁の穴から覗き見する日々を送ります。

さらにレナートはマレーナの私生活を覗き見しているだけでは飽き足らず、マレーナが干している黒いパンティを庭先から盗んで自宅に持ち帰り、夜そのパンティに頬ずりしたり股間部分の匂いを嗅いだりしながら連日オナニーに耽ります。

2013年6月1日モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想4 537


2. 売春婦を毛嫌いする女性たち


次第に戦況が悪化する中でシチリア島にも空爆が行われ、マレーナの父親が空襲の犠牲となって死亡します。

戦争によって夫と父親の両方を失ったマレーナは生活費に困窮し、間もなく同胞としてシチリア島に乗り込んで来ていたナチスドイツの軍人たちに体を売って生計を立てて行くことになります。

そんなマレーナの売春婦としての生き方を見て、街の女性たちは陰口を叩き貞操観念の欠如を囁き合って、男性からの評価を下げようと躍起になります。

マレーナは周囲からどんなに冷たい視線を浴びようとも、生きて行くための手段は美貌を生かした売春しかありませんでした。

2013年6月1日モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想5 508


やがて戦争は終結し、アメリカ軍が勝利者としてシチリア島に進駐して来ました。

時代は一夜にして変わり、同胞だったはずのナチスドイツに協力的だった人物たちが非国民の烙印を押される社会に変貌し、その憎悪の矛先がマレーナにも向けられました。

美貌のマレーナをナチスの協力者として糾弾し、公開集団リンチを行ったのは街の女性たちです。

長時間に渡り男性たちも見守る中で、マレーナを引きずり回し殴る蹴るの暴行を加え、挙げ句の果てには美貌の象徴である髪の毛をハサミで切り刻むという虐めを行います。

マレーナは戦争が終わった後の自分の処遇について覚悟していたため、苦痛と屈辱に泣き叫びながらもリンチが終わるまでじっと耐え続け、抵抗する姿勢は一切見せませんでした。

少年レナートもこのリンチ現場に立ち会っていましたが、無力故に口出しすらも出来ず、憧れのマレーナが乳首を晒し口からは血を流し、体中傷だらけになって行く様子を黙って見つめるしかありませんでした。

戦争は戦地に赴かない一般人の人格すらも変えてしまい、日常的な嫉妬心が解き放たれた瞬間に弱者をリンチするところまで行ってしまうわけですね。

戦争及び敗戦という事態がなければ、街の女性たちもここまでマレーナをいたぶることはなかったと思いますが、生来の美貌があるお陰で男性からの求愛が絶えることのないマレーナに対して、不美人である大多数の女性たちは「いつか落ちぶれろ」という歪んだ感情を抱き続けていたということです。


3. 女性を守れない若さへの苛立ち


ファシズムは全体主義とも訳されますが、街の女性たちがマレーナに対して行った公開リンチは、シチリアという共同体に暮らす人々の心の中に刷り込まれた全体主義思想を具現化したものです。

トルナトーレ監督は個人主義を許容しない集団に狂気が吹き込まれ、いったん暴走し始めるともはや歯止めが効かなくなることを描き、マレーナの豊満な乳房を象徴的に用いて反ファシズムを訴えます。

女性たちに暴行され続けるマレーナが地面に這いつくばったり起き上がったりする度に、薄汚れた乳房が何度も上下左右に揺れる様子に人々の注目が集まり、誰もが羨む美女が落ちぶれた瞬間を街全体で見届けるというファシズムが実践されているわけですね。

2013年6月1日モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想6 252


無力な少年には、苦境に陥ったマレーナを守ることなど出来るはずもありません。

レナートに出来ることは自室でマレーナの裸体を思い浮かべながらオナニーをするか、別の女性とセックスしていながらその女性をマレーナだと思い込むか、あるいはマレーナが心身ともに傷ついて行く様を距離を置いた場所から見つめ続けることぐらいです。

若さの本質は徹底的な無力であり、その一方で強烈な性欲だけは一人前の大人並みに襲いかかって来るのです。

多くの男性はこの虚しさを心に秘めて大人になって行くわけです。

私たち「普通の男性」は劇中でレナートがしたような下着泥棒などもちろんしませんが、「マレーナ」という存在に出会い、憧れ、セックスの対象として捉え、綺麗なお姉さまの下着姿や全裸姿を妄想するというぐらいのことは思春期に経験しているものです。

2013年6月1日モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想7 504


この映画は10代前半の少年が性に目覚め、日夜押し寄せる性欲に抗うことが出来ず、偶然身近に存在している「美女」を常にセックスの対象として見ているという事実を映像化したものであると言えます。

2013年6月1日モニカ・ベルッチ主演映画『マレーナ ディレクターズ・エディション』を見た感想8 480


モニカは前半は伏し目がちで清楚な未亡人を演じ続け、後半では暴行を受けて泣き叫ぶ娼婦を演じ、最終盤では夫と共に暮らす普通の主婦を演じています。

3種類の人格を演じ分けるのは容易ではなかったと思いますが、全編を通じて見事な演技力を示していたと思います。


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