映画とドラマと語学、そして株式投資へ
| ホーム loro2012 |
| 投稿 |
スポンサーサイト
記事URL  カテゴリ | スポンサー広告 | --年--月--日(--)--時--分 | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『聖ヨセフの夢』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月31日(土)15時09分 | 編集 |
2013年8月31日(土)


目次
1. ダビデの子孫
2. 夢に現れる天使
3. 原題


今回取り上げる作品は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作『聖ヨセフの夢』です。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『聖ヨセフの夢』376


1. ダビデの子孫


ヨセフは婚約者マリアが懐妊したことを知りました。

この時点ではヨセフとマリアとの間には、まだ性的な関係がありませんでした。
ということは、マリアのお腹の子は不義密通の子ということになります。

マリアの婚約者ヨセフは大いに悩みました。

マリアの懐妊を受け入れるということは、自分以外の男がマリアと性交して出来た子を自分の子として認知するということです。

マリアとセックスをした男性が誰であれ、ヨセフの知らないところでマリアがセックスをしていたという事実はヨセフの心に暗い影を落としました。

当然ですね。

あれこれ悩んだヨセフはマリアとの婚約解消を決意します。
自分自身の心の痛手もあるのですが、ヨセフの家系に傷がつくことを回避しようと考えたのでした。

実はヨセフは古代イスラエル王国の第三代王ダビデの子孫なのです。
ユダヤ人世界においては名門中の名門の家柄です。

そうしたダビデ家の子孫が婚約者の不義密通を知りながらその事実を受け入れるのは、やはり無理があります。

ユダヤの律法ではこのような場合、ヨセフはマリアの不義密通の事実を世間に公表する権利を有していました。
さらに、婚約者マリアを石打ちの刑にすることも可能だったのです。

しかしヨセフにはその権利を行使する意志はありませんでした。
そしてマリアとは縁を切ることに決めたのです。


2. 夢に現れる天使


ヨセフが身の振り方を決めた頃、彼の夢に天使が現れて次のように告げました。

「婚約者マリアを受け入れなさい。
マリアのお腹の子は聖霊によって宿ったのだ。
生まれて来るのは男の子で、民を罪から救うことになるのだ。」

夢でお告げを受けたヨセフは、マリアが懐妊した本当の理由を知ることになります。
マリアが宿したのは不義密通の子ではなく神の子だったのです。

ヨセフはこの天使のお告げを全面的に信じました。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)が描いているのは、椅子にかけて眠っているヨセフの目の前に天使が現れた瞬間です。

ヨセフはマリアと婚約した時点で再婚の身でしたので、かなりの老齢で描かれていますね。


3. 原題


ジョルジュ・ド・ラ・トゥールが描いた『聖ヨセフの夢』は、フランス語ではLe Songe de saint Josephと言います。

le songeが夢という意味です。

この作品はフランス西部の都市ナントにあるナント美術館(Le Musée des beaux-arts de Nantes)で見ることが出来ます。

スポンサーサイト



関連記事

オラツィオ・ジェンティレスキ『受胎告知』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月30日(金)14時35分 | 編集 |
2013年8月30日(金)


目次
1. 受胎告知の後
2. 原題


今回取り上げる作品は、オラツィオ・ジェンティレスキ作『受胎告知』です。

オラツィオ・ジェンティレスキ『受胎告知』492


1. 受胎告知の後


イタリアの画家オラツィオ・ジェンティレスキ(1563-1639)は、マリアが受胎告知をされた直後の場面を描いています。

向かって右で、白百合の花を携えて右手の人差指を上げているのが大天使ガブリエルです。
キリスト教においては、白百合は純潔の象徴とされています。

大天使ガブリエルが聖母マリアに対して行った受胎告知を題材とした絵画では、白百合が描かれることがほとんどです。

向かって左に立つマリアは、両眼を閉じて右の掌をかざしています。
これは、大天使ガブリエルの伝えたことをマリアが受け入れたことを示す仕草です。

こうして14歳のマリアは、突如現れた大天使によって、処女であるにも関わらず受胎したことを知らされ、その事実を受け入れたのでした。

この受胎告知は、3月25日にナザレで行われた出来事とされています。


2. 原題


オラツィオ・ジェンティレスキ(Orazio Gentileschi)が描いた『受胎告知』は、イタリア語ではAnnunciazioneと言います。

Annunciazioneが、受胎告知という意味です。
この作品は、イタリア北西部の街トリノにあるサバウダ美術館(Galleria Sabauda)で見ることが出来ます。

なお、オラツィオ・ジェンティレスキの娘が、アルテミジア・ジェンティレスキ(1593-1653)です。




関連記事

ティントレット『受胎告知』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月29日(木)16時01分 | 編集 |
2013年8月29日(木)


目次
1. ティツィアーノの弟子
2. 驚愕するマリア
3. 口元を開くマリア
4. 黒い翼
5. 原題


今回取り上げる作品は、ティントレット作『受胎告知』です。

ティントレット『受胎告知』263


1. ティツィアーノの弟子


ティントレット(1518-1594)はヴェネツィア出身の画家で、ティツィアーノ(1485頃-1576)の弟子に当たります。

本名は別にあるのですが家業が染物屋(la tintoria)でしたので、そこからティントレット(Tintoretto)と呼ばれるようになりました。

『受胎告知』はティントレットが1585年前後に制作した作品ですが、先人に当たるレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)とサンドロ・ボッティチェッリ(1444-1510)が描いた『受胎告知』と比較してみましょう。


2. 驚愕するマリア


レオナルド・ダ・ヴィンチ 153


上掲のレオナルド・ダ・ヴィンチ作『受胎告知』におけるマリアの表情からは、異形の大天使を目の当たりにしているという驚きや恐怖は微塵も感じられません。

レオナルドの『受胎告知』からは、マリアの人間性というものはあまり感じられませんね。

もしかしたら大天使ガブリエルとマリアは既に面識があったのかしら、と疑りたくなるような描き方がなされています。

下掲のサンドロ・ボッティチェッリの『受胎告知』で描かれたマリアの顔つきにも、目を見開き恐怖の叫び声を張り上げるような人間らしさは表現されていないと思います。

サンドロ・ボッティチェッリ 316


一方ティントレットの描くマリアは上空を漂う異界の者への恐怖心が最大の主題になっていて、椅子から転げ落ちそうな臨場感が伝わって来ます。

一般人の感覚で受胎告知という場面を想像するならば、このティントレットの解釈が最も人間の女性らしい態度であると言えるでしょう。


3. 口元を開くマリア


ティントレット版受胎告知で描かれたマリアに人間らしさを決定的に与えているのは、彼女の開いた口元です。

恐らく16世紀初頭までの聖母マリアを題材とした制作現場においては、大天使を目の当たりにした恐怖によって我を忘れてしまい、口元が開いたままになっているマリアを描くという試みはほとんどなされなかったのではないかと思います。

たとえルネサンス様式を採用して人間らしさを如実に表現する意図が画家にあったとしても、聖母マリアの口元を開かせるまでには至らなかったのではないかと思います。

その意味ではこのティントレット(1518-1594)が描き切ったマリアの口元は、画期的な描写であっただろうと思われます。

異界の存在に接して動揺し驚愕し自分を見失う寸前のマリアを最も人間らしく描いたのは、ティントレットだと言えるでしょう。


4. 黒い翼


大天使ガブリエルの上方を漂う有翼の天使たちは光が当たっていないということもあるのですが、何だか気味悪いですよね。

黒い翼にする必要があるのでしょうか?
そして、こんなにたくさん空中に浮かばせる必要があるのでしょうか?

しかも、廃墟のような場所にマリアは暮らしていますよね。
この辺りの意図は、私にはよく分かりません。


5. 原題


ティントレットが描いた『受胎告知』は、イタリア語ではAnnunciazioneと言います。

この作品は、ヴェネツィアにあるサン・ロッコ大信徒会(Scuola Grande di San Rocco)が所蔵しています。
なお、この語句におけるScuolaは信徒会集会所という訳が当てられています。




関連記事

ドメニコ・ギルランダイオ『ザカリアに対する天使の告知』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月28日(水)15時28分 | 編集 |
2013年8月28日(水)


目次
1. ザカリアとエリザベツ
2. 原題


今回取り上げる作品は、ドメニコ・ギルランダイオ作『ザカリアに対する天使の告知』です。

ドメニコ・ギルランダイオ『ザカリアに対する天使の告知』223


1. ザカリアとエリザベツ


マリアには、エリザベツという年長の従姉妹(いとこ)がいました。
エリザベツの夫はザカリアと言って、エルサレム神殿の司祭です。

ザカリアとエリザベツは、長く子供に恵まれませんでした。
老齢になったザカリアは、子を持つことを諦めていました。

ある日、ザカリアが神殿の中で香を焚いていると、突然、大天使ガブリエルが現れて次のように言いました。

「あなたの妻は、子供を産みます。
その子は、ヨハネと名付けるように。」

閉経後のエリザベツが懐妊するはずがありません。
ザカリアは、大天使ガブリエルの言うことを訝(いぶか)しみました。

老人ザカリアは、突然の来訪者に言われたことを俄(にわか)には信じることが出来ないでいます。
その様子を見ていた大天使ガブリエルは、ザカリアに神罰を与えます。

ザカリアは、口が聞けなくなってしまったのです。
大天使ガブリエルは、赤子の命名が終わるまではこの神罰は続く、と告げて姿を消しました。

ドメニコ・ギルランダイオ(1449-1494)が描いているのは、大天使ガブリエルがザカリアに妻の懐妊を告げている場面です。

神は妻のエリザベツではなく、夫のザカリアに受胎告知をしたわけですね。

続きます。


2. 原題


ドメニコ・ギルランダイオ(Domenico Ghirlandaio)が描いた『ザカリアに対する天使の告知』は、イタリア語ではAnnuncio dell'angelo a Zaccariaと言います。

Annuncioが、告知という意味です。

この作品は、フィレンツェにあるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会(Basilica di Santa Maria Novella)のトルナブオーニ礼拝堂(Cappella Tornabuoni)で見ることが出来ます。




関連記事

ラファエロ・サンティ『聖母マリアの婚約』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月26日(月)14時48分 | 編集 |
2013年8月26日(月)


目次
1. 花が咲く棒
2. 再婚
3. 原題


今回取り上げる作品は、ラファエロ・サンティ作『聖母マリアの婚約』です。

ラファエロ・サンティ『聖母マリアの婚約』495


1. 花が咲く棒


マリアへの求婚者たちは祭司長ザカリアの指示に従い、各自が持参した棒を神殿の中に置きました。

マリアの夫となるべく神から選ばれた男の棒には翌朝花が咲いているはずだ、という祭司長からの話がありました。

翌朝、求婚者たちが早く結果を知ろうと集まって来ました。
そして神意は明確に示されていました。

見事に花が咲いていたのは大工のヨセフが持参した棒だったのです。
ラファエロ(1483-1520)の作品においてもヨセフが持っている棒の先端には赤い花が咲いています。

ヨセフの後方にいる男性たちの棒の先端には何も付いていませんね。
彼らの棒には花が咲かなかったのです。

手前の赤いズボンを履いた男は残念がって棒を右膝で折ろうとしていますね。
美しきマリアを妻に出来なかった悔しさが表れています。


2. 再婚


処女のマリアを手に入れたヨセフに対して、周囲の男たちが祝福の気持ちを示していないのには理由があります。

実はヨセフは初婚ではありません。
亡くした先妻との間には息子を儲けていました。

こういう立場の年配の男に初婚の男たちが敗れたわけです。

若い男性陣は美しいマリアとの新婚初夜を夢見ていたことでしょう。
その思いが崩れ去ったわけですから心中穏やかではありませんね。

こうして2人は婚約することになりました。
画面中央に描かれている祭司長ザカリアの仲介で、ヨセフがマリアの右手の指に指輪をはめようとしています。

ただこの時点ではまだ正式には結婚していません。
あくまでも婚約しただけです。

作品の中で緑色の衣装を身につけているヨセフは少なくとも老齢ではありません。
ヨセフはこのようにある程度若い姿で描かれることもあります。

マリアの後ろに立っている女性たちは神殿において共に神に仕えて働く仲間たちです。
処女である彼女たちがマリアの婚約の証人となりました。


3. 原題


ラファエロ・サンティ(Raffaello Santi)の描いた『聖母マリアの婚約』はイタリア語ではSposalizio della Vergineと言います。

lo sposalizioは婚約という意味です。
この作品はミラノにあるブレラ美術館(La Pinacoteca di Brera)の所蔵となっています。




関連記事

ジョット・ディ・ボンドーネ『祈りを捧げるマリアの求婚者たち』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月25日(日)12時26分 | 編集 |
2013年8月25日(日)


目次
1. 生涯純潔の誓い
2. 神意
3. 原題


今回取り上げる作品は、ジョット・ディ・ボンドーネ作『祈りを捧げるマリアの求婚者たち』です。

ジョット・ディ・ボンドーネ『祈りを捧げるマリアの求婚者たち』302


1. 生涯純潔の誓い


マリアの夫はヨセフです。
彼らがどのように婚約するに至ったのかを見て行きましょう。

マリアが生まれる前に両親のヨアキムとアンナは、生まれて来る子を神に捧げると誓いました。
そしてマリアが3歳になった時、ヨアキム夫妻は神との約束を守りマリアを神殿に預けました。

その後マリアは3歳から14歳まで神殿で奉仕することになりました。
マリアは幼くして俗世からかけ離れた生活を続けていたわけです。

もちろんそのような子女はマリアだけではなく、何人かが神殿での奉仕活動に従事していたのです。

マリアは両親から自分が生まれた時の経緯を聞いていました。
そして一生独身のままで神に仕える人生を全うするつもりでいたのです。


2. 神意


ところがマリアは14歳の時に、神殿の祭司長ザカリアから想像もしていなかったことを聞かされます。
結婚することは神の意志であるとマリアは告げられたのでした。

神は婿選びの方法も祭司長ザカリアに指示します。

「ダビデの一族の独身男性たちを神殿に集めなさい。
そして彼らには一本の棒を持参させなさい。
その棒の先端に主の徴(しるし)が現れた者をマリアの婚約者としなさい。」

神意を受けた祭司長ザカリアはダビデの一族の独身男性たちに声をかけ、神殿に集合させました。
こうしてマリアの夫選びが行われたわけです。

イタリアの画家ジョット・ディ・ボンドーネ(1267頃-1337)は求婚者達が祭壇に祈りを捧げている場面を描きました。

中央で赤いマントを着ている男性が祭司長ザカリアです。
祭壇には求婚者達が持ち寄った細長い棒が立てかけられています。

独身男たちは清楚なマリアを妻にするために真剣に祈りを捧げています。


3. 原題


ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone)が描いた『祈りを捧げるマリアの求婚者たち』はイタリア語ではI pretendenti di Maria in preghieraと言います。

i pretendentiが求婚者たち、preghieraが祈りという意味です。

この作品はイタリア北東部の街パドヴァ(Padova)にあるスクロヴェーニ礼拝堂(Cappella degli Scrovegni)で見ることが出来ます。




関連記事

ニコラ・ディプル『聖母マリアの神殿奉献』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月22日(木)15時10分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2013年8月22日(木)


目次
1. 三歳の別れ
2. 原題


今回取り上げる作品は、ニコラ・ディプル作『聖母マリアの神殿奉献』です。

ニコラ・ディプル『聖母マリアの神殿奉献』202


1. 三歳の別れ


フランスの画家ニコラ・ディプル(生没年不詳)が描いているのは、マリアが両親と別れて神殿における生活へと入って行く場面です。

マリアが勤めた神殿には15段の階段があったとされています。
青い服を着た3歳のマリアは神殿の階段を一人で登って行くところです。

マリアは階段を昇る途中で両親に向かって手を振っています。
これ以降14歳になるまでマリアは神殿という聖域で養育されることになるのです。


2. 原題


ニコラ・ディプル(Nicolas Dipre)が描いた『聖母マリアの神殿奉献』はフランス語ではLa Présentation de la Vierge au Templeと言います。

1500年頃に制作されたと考えられているこの作品はルーヴル美術館(Musée du Louvre)が所蔵しています。




関連記事

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『マリアの少女時代』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月20日(火)14時57分 | 編集 |
2013年8月20日(火)


目次
1. マリアの教育
2. 原題


今回取り上げる作品は、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作『マリアの少女時代』です。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『マリアの少女時代』427


1. マリアの教育


イギリスの画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828-1882)が描いているのは、母アンナから教育を受けている少女時代のマリアです。

向かって右に座っているマリアは、隣にいる母アンナから刺繍を習っています。
後景では父ヨアキムが、ぶどう棚から果実の刈り取りを行っているところです。

ヨアキムの向かって左に描かれた白鳩は、聖霊を表します。

マリアの目の前の床に積まれた大型本の背表紙には、希望、信仰、慈愛などキリスト教の美徳を表す語がラテン語で書かれています。

本の上に載っている花瓶に生けられた白百合は、聖母マリアの象徴です。


2. 原題


ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)が描いた『マリアの少女時代』は、英語ではThe Girlhood of Mary Virginと言います。

この作品は、ロンドンにあるテート・ギャラリー(The Tate Gallery)で見ることが出来ます。




関連記事

ドメニコ・ギルランダイオ『聖母マリアの誕生』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月19日(月)15時40分 | 編集 |
2013年8月19日(月)


目次
1. マリアの誕生
2. 原題


今回取り上げる作品は、ドメニコ・ギルランダイオ作『聖母マリアの誕生』です。

ドメニコ・ギルランダイオ『聖母マリアの誕生』207


1. マリアの誕生


イタリアの画家ドメニコ・ギルランダイオ(1449-1494)が描いているのは、マリアを出産した直後のアンナです。

向かって右端でベッドの上で上半身を起こしている女性がアンナです。
アンナに近い所にいる侍女達が甲斐甲斐しく生まれたばかりのマリアの世話をしています。

前景左に立っている5人の女性たちは、聖書の記述とは直接的な関係はない存在とされています。

ただヨアキムは経済的に裕福な人物でしたので侍女を数名使っていました。
ギルランダイオはヨアキムの裕福さを強調して示そうとしたのかも知れません。

後景左隅で抱き合っているのはヨアキムとアンナの夫婦です。
「ヨアキム夫妻の抱擁」という主題はマリアの誕生した瞬間の前提となる事実です。

時系列としては、まずヨアキムとアンナにそれぞれ受胎告知がありました。
次にエルサレムの金門前で夫婦は再会を喜び合って抱擁します。

その9ヶ月後、アンナはマリアをナザレにて出産することになるわけです。

ギルランダイオはマリア誕生の9ヶ月前にあった「金門前におけるヨアキム夫妻の抱擁」という主題をこの作品に盛り込んでいるわけです。


2. 原題


ドメニコ・ギルランダイオ作『聖母マリアの誕生』はイタリア語ではNascita della Vergineと言います。

nascitaが誕生という意味です。

この作品はフィレンツェにあるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会(Basilica di Santa Maria Novella)のトルナブオーニ礼拝堂(Cappella Tornabuoni)で見ることが出来ます。




関連記事

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ『エル・エスコリアルの無原罪のお宿り』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月18日(日)13時44分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2013年8月18日(日)


目次
1. 無原罪とは何か?
2. 原題


今回取り上げる作品はバルトロメ・エステバン・ムリーリョ作『エル・エスコリアルの無原罪のお宿り』です。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ『エル・エスコリアルの無原罪のお宿り』483


1. 無原罪とは何か?


作品において愛らしい表情で合掌している女性は聖母マリアです。
ただこのマリアは聖母になるずっと前、母アンナの胎内に入る直前の姿です。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617-1682)がこの作品で表現しているのは「無原罪のお宿り」です。

「無原罪のお宿り」とは新約聖書に記されている話ではありません。
マリアを信仰の対象として捉えているカトリックの教理の1つです。

具体的には金門の前においてマリアが母アンナの胎内に入った瞬間に原罪を免れたことを指します。

原罪とはアダムとイヴが楽園において禁断の果実を食べてしまい、神に対して不服従の罪を犯したことを言います。

普通の人間は皆、この原罪の影響を受けて生まれて来ますし、その原罪を背負って生きて行くものです。
しかしマリアにはこの世に生まれ出る以前から、この原罪というものがありません。

なぜ全ての人間が背負っている原罪がマリアにはないのかと言うと、マリアの父親が神だからです。

神には当然ですが罪などありません。
従って神の子であるマリアは生まれながらにして罪がないという理論ですね。

ヨアキムが荒野から戻って来て金門の前でアンナと接吻した瞬間にアンナはマリアを身ごもりました。

夫ヨアキムとの性交はこの時点では皆無です。
マリアの母のアンナも神の力によって懐妊したわけです。

この懐妊の瞬間から既にマリアは原罪を免れているとするのが、カトリックの教理「無原罪のお宿り」なのです。
マリアは生まれながらにして「聖なる」女性であるとカトリック教会では捉えているわけです。

別の言い方をすれば男女のセックスによって女性が妊娠し生まれて来た者は、生まれながらにして「聖なる」存在ではないので原罪を背負って生きて行くことを宿命付けられているということになります。

これはあくまでもカトリック教の理論ですけどね。


2. 原題


バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(Bartolomé Esteban Murillo)の描いた『エル・エスコリアルの無原罪のお宿り』はスペイン語ではLa Inmaculada Concepción de El Escorialと言います。

inmaculadoは形容詞でカトリックの用語としては無原罪の~という意味です。
la concepciónの語義は受胎です。

concepciónが女性名詞ですので形容詞もそれに合わせてinmaculadaになっていますね。

La Inmaculada Concepciónは成句で「無原罪のお宿り」と訳されています。

El Escorialとはフェリペ2世(1527-1598)が建造した王宮です。

正式に書けばEl Real Sitio de San Lorenzo de El Escorial(王立エル・エスコリアル聖ロレンソ修道院)となります。

El Escorialはマドリッドの北西に位置し、宮殿だけでなく美術館や修道院がある複合施設になっています。

この作品は現在プラド美術館が所蔵していますので、なぜ絵画の題名の中にEl Escorialという言葉が入っているのかは私には分かりません。




関連記事

ジョット・ディ・ボンドーネ『金門におけるヨアキムとアンナの出会い』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月17日(土)13時15分 | 編集 |
2013年8月17日(土)


目次
1. ヨアキムの帰還
2. イエスのエルサレム入城
3. 原題


今回取り上げる作品は、ジョット・ディ・ボンドーネ作『金門におけるヨアキムとアンナの出会い』です。

ジョット・ディ・ボンドーネ『金門におけるヨアキムとアンナの出会い』305


1. ヨアキムの帰還


イタリアの画家ジョット・ディ・ボンドーネ(1267頃-1337)が描いているのは、荒野から戻って来たヨアキムをアンナが金門の前で出迎えた場面です。

受胎告知を受けたアンナは、荒野にいたヨアキムが間もなくエルサレムに戻って来ることを神から聞かされました。
そしてアンナは、金門の前でヨアキムの帰還を待っていたのです。

エルサレムの金門とは、ユダヤ教及びキリスト教にとって重要な意味を有する門です。
ユダヤの伝承では、神はこの金門を通って姿を表しました。

従って、金門は神聖な門であるということになります。
この金門の前でヨアキムとアンナが抱擁した瞬間に、マリアがアンナの胎内に宿ったとされています。

つまり、マリアは神聖な門の前でこの世に生を受けたことになるのです。
神聖なる金門の前で宿ったマリアの魂は、生まれながらにして罪がない、ということになります。

これをキリスト教の用語で「無原罪の御宿り」と言います。
「無原罪の御宿り」があった場所が、エルサレムの金門前ということですね。

ジョットの絵で述べていることは、神聖なる金門の前でヨアキムとアンナが口づけをしただけでマリアが宿ったということです。

本来、性交をしなければ子は生まれないはずです。
しかし、マリアは抱擁と口づけだけで生まれたということです。

作品において、ヨアキムの後ろにいるのは荒野で知り合った羊飼いの男性です。
アンナの後ろにいるのは侍女達です。

彼らは、二人が金門前で口づけをしたことの証人として描かれているのです。


2. イエスのエルサレム入城


ヨアキムが生きていた当時、この金門はエルサレム市を守る城壁の一部となっていました。
当時の街は、外敵からの侵入を防ぐために街の周囲を壁で囲っていたのです。

街の中と外部世界との出入口として、幾つかの門が設けられていました。
その内の一つが金門でした。

後にマリアの子イエスがエルサレムに入城することになりますが、その際にイエス一行はこの金門を通ってエルサレムの街へと入って行きました。

ユダヤ人は、「祖国再建を担う救世主は、この金門を通ってやって来る」という預言を信じていました。
イエスを救世主と考えるキリスト教徒たちは、この預言が成就したと解釈しているわけです。

一方、ユダヤ教徒たちはイエスをユダヤ人のための救世主とは看做していません。

イエスが金門を通過してエルサレムに入ったという事実は、ユダヤ教徒にとっては救世主の出現とは無関係と捉えられているわけです。


3. 原題


ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone)が描いた『金門におけるヨアキムとアンナの出会い』は、イタリア語ではIncontro fra Gioacchino e Anna alla Porta d'Oroと言います。

incontroが出会い、la Porta d'Oroが金門です。

この作品は、イタリア北東部の街パドヴァ(Padova)にあるスクロヴェーニ礼拝堂(Cappella degli Scrovegni)で見ることが出来ます。




関連記事

ジョット・ディ・ボンドーネ『聖アンナへの告知』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月16日(金)13時00分 | 編集 |
2013年8月16日(金)


目次
1. 受胎告知
2. 原題


今回取り上げる作品はジョット・ディ・ボンドーネ作『聖アンナへの告知』です。

ジョット・ディ・ボンドーネ『聖アンナへの告知』306


1. 受胎告知


夫ヨアキムが荒野に出掛けてしまった後、妻のアンナは一人で寂しい生活を送らなければなりませんでした。
夫が断食行をしている間、アンナも自宅で神に祈る日々を送っています。

するとある日、大天使ガブリエルが現れてアンナが間もなく懐妊することを告げました。
受胎告知です。

聖母マリアの母アンナにも、マリアと同じように受胎告知があったわけですね。

イタリアの画家ジョット・ディ・ボンドーネ(1267頃-1337)は、大天使ガブリエルがアンナの胎内に娘が宿るであろうことを告げている瞬間を描いています。

向かって右の窓から顔を出しているのが大天使ガブリエルです。
中央で赤い服を着て合掌しているのがアンナですね。

部屋の外で糸を紡いでいるのは小間使いの女性です。
後にイエスを生むことになるマリアは間もなく母アンナの胎内に宿ることになります。


2. 原題


ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone)が描いた『聖アンナへの告知』はイタリア語ではAnnuncio a sant'Annaと言います。

Annuncioが告知という意味です。

この作品はイタリア北東部の街パドヴァ(Padova)にあるスクロヴェーニ礼拝堂(Cappella degli Scrovegni)で見ることが出来ます。




関連記事

ルーカス・クラナッハ『ヨアキムへの受胎告知』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月15日(木)13時17分 | 編集 |
2013年8月15日(木)


目次
1. 燔祭
2. 原題


今回取り上げる作品は、ルーカス・クラナッハ作『ヨアキムへの受胎告知』です。

ルーカス・クラナッハ『ヨアキムへの受胎告知』417


1. 燔祭


子のいない悲しさを噛み締めながら、アンナの夫ヨアキムは荒野で一人、燔祭(はんさい)を行って神に祈りを捧げていました。

燔祭とは古代ユダヤ教における儀式を指します。
具体的には、犠牲となる動物を祭壇で焼いて神に捧げるのです。

こうすることによって神へ服従する姿勢を示し、不利益を解消してもらえるよう祈るのです。

ヨアキム夫婦にとって最大の不利益は子がないことです。
そのせいで神殿から追い払われ、ヨアキムは荒野で40日の断食行に入ることになったのです。

そして、荒野で修行しているヨアキムのところに大天使ガブリエルが現れます。

「神はヨアキムの祈りを聞き入れた。妻アンナは懐妊するだろう。」

ルーカス・クラナッハ(1472-1553)が描いているのは、天使からそのように聞かされた時のヨアキムの姿です。
ヨアキムは40日間の断食行を終えて、アンナの元へ戻ることにしました。


2. 原題


ルーカス・クラナッハ(Lucas Cranach)が制作した『ヨアキムへの受胎告知』は、英語ではThe Annunciation to Joachimと言います。

The Annunciationが受胎告知です。
この作品はハンガリーの首都ブダペストにある美術館(Museum of Fine Arts)で見ることが出来ます。




関連記事

ドメニコ・ギルランダイオ『神殿から追い出されるヨアキム』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月14日(水)12時37分 | 編集 |
2013年8月14日(水)


目次
1. ユダヤの掟
2. 原題


今回から新約聖書絵画シリーズが始まります。
今回取り上げる作品は、ドメニコ・ギルランダイオ作『神殿から追い出されるヨアキム』です。

ドメニコ・ギルランダイオ『神殿から追い出されるヨアキム』202


1. ユダヤの掟


聖母マリアが一度も性行為を経験することなしに、我が子イエスを身ごもったことは、キリスト教信者にとっては事実とされています。

実はマリアの母であるアンナも、似たような状況でマリアを身ごもりました。

アンナには、ヨアキムという長く連れ添った夫がいました。
従って、マリアのように処女受胎したわけではありません。

アンナとヨアキムは、老齢になるまで子宝に恵まれませんでした。
もし子を授かったならば、その子を神に捧げる、と2人で誓い合っていました。

ある日、ヨアキムは神殿に供え物を捧げるために出掛けます。
ところが供え物を受け取ってもらえずに、神官によって追い出されてしまいました。

ユダヤ教には、厳しい掟が存在していました。
それは、「イスラエルに子孫を残さない者の供え物は、受け入れるな」という掟です。

子供がいないという厳然たる事実の前に打ちひしがれたヨアキムは、荒野へ退いて40日間の断食行に入ります。


2. 原題


ドメニコ・ギルランダイオ(Domenico Ghirlandaio)が制作した『神殿から追い出されるヨアキム』は、イタリア語ではGioacchino cacciato dal tempioと言います。

Gioacchinoが、ヨアキムです。

cacciare Zは、Zを追い払う、という意味です。
ここでは、過去分詞を使って受動態になっています。

il tempioが、神殿、という意味です。

この作品は、フィレンツェにあるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会(Basilica di Santa Maria Novella)の、トルナブオーニ礼拝堂(Cappella Tornabuoni)で見ることが出来ます。




関連記事

サンドロ・ボッティチェッリ『ベトリアへ帰還するユーディットと侍女』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月13日(火)15時33分 | 編集 |
2013年8月13日(火)


目次
1. 引き上げるユーディット
2. 史実なのか?
3. オペラ
4. 原題


今回取り上げるのは、サンドロ・ボッティチェッリ作『ベトリアへ帰還するユーディットと侍女』です。

サンドロ・ボッティチェッリ『ベトリアへ帰還するユーディットと侍女』454


1. 引き上げるユーディット


未明の内に陣営を抜けだしたユーディットと侍女は、ホロフェルネスの首を掲げて祖国の街ベトリアへと戻ります。

サンドロ・ボッティチェッリ(1445-1510)は、右手に剣を握り締め、胸を張って祖国の街へと向かうユーディットを描いていますね。

固く結ばれた口元に、ユーディットの意志の強さと計画を首尾良く実行した自信が見て取れます。
侍女は布でくるんだホロフェルネスの頭を自らの頭上に乗せて、ユーディットに付き従っています。

屈強なアッシリア軍に制圧されてしまうのでないか、という不安を抱えながら待っている同胞たちに、逆転勝利が間近であることを示しているわけです。

この後、将軍を失ったアッシリア軍はべトリアの街から退散することになるのです。


2. 史実なのか?


さて、旧約聖書外典に載っているこの話は本当にあった出来事なのかというと、疑問視する専門家が多いのも事実です。

まず、ユーディットたちが暮らすベトリアという街がどこにあるのかが不明です。
架空の町ではないかという説が通説となっています。

それからホロフェルネスを派遣したアッシリアのネブカドネザルを、新バビロニア王国の2代目の王であるネブカドネザル2世とする説があるのですが、これも疑わしいです。

実在したアッシリア王国には、ネブカドネザルという王がいたとは確認されていません。

また、史実としてのバビロン捕囚を行ったネブカドネザル2世(在位:紀元前605-紀元前562)をこの『ユーディット記』の登場人物であるネブカドネザルと同一視するには根拠が不十分です。

従って、現在ではこの『ユーディット記』に書かれていることは、架空の話ではないだろうかという意見が主流となっています。


3. オペラ


ユーディットの話とは関係ありませんが、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)が作曲したオペラ『ナブッコ』に登場するナブッコとは、新バビロニア王国のネブカドネザル2世のことです。

『ナブッコ』はイタリア語でNabuccoと綴りますが、原作となった戯曲の題名は『ナブコドノゾール(原題:Nabucodonosor)』と言います。

Nabucodonosorとはネブカドネザル2世のことです。

このオペラはある程度旧約聖書に記された史実を踏まえた内容になっていますので、舞台はエルサレムだったりユーフラテス河畔だったりします。

イタリア人は第3幕で歌われる合唱曲『行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って』に対する思い入れがかなり強いようですが、設定としてはこれはユダヤ民族の望郷の歌です。


4. 原題


サンドロ・ボッティチェリ(Sandro Botticelli)が制作した『ベトリアへ帰還するユーディットと侍女』は、イタリア語ではGiuditta e la sua ancella tornano a Betuliaと言います。

Giudittaはユーディット、ancellaは侍女という意味です。
tornanoは戻るという意味の動詞tornareの3人称複数形の活用です。


旧約聖書絵画シリーズは今回を持って完結となります。
これまで絵画シリーズ3部作としてギリシア神話絵画シリーズと旧約聖書絵画シリーズを発表して来ました。

次回からは最終シリーズとなる新約聖書絵画シリーズが始まります。




関連記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。