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ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ『三博士の礼拝』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月30日(月)13時38分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2013年9月30日(月)


目次
1. 公現祭
2. 人数不明
3. 原題


今回取り上げる作品は、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ作『三博士の礼拝』です。

ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ『三博士の礼拝』270


1. 公現祭


ベツレヘムにて、12月25日にイエスが生まれました。
そしてそのことを東方の三博士は、星のお告げにより知ることになります。

博士たちは、ペルシアから13日かけてベツレヘムへと到着しました。

現在カトリック教会では、1月6日に公現祭を行っています。
これは、三博士がベツレヘムに到着してイエスと出会った日を記念しているわけです。


2. 人数不明


実は聖書では、東方からやって来た博士の人数は明らかになっていません。

彼らがイエスに黄金、没薬(もつやく)、乳香の3つを贈り物として捧げたという記録から3人だったのだろうという説が通説となりました。

没薬及び乳香は、主に薫香料(くんこうりょう)として用いられます。

ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(1375頃-1427)は、跪(ひざまず)いている博士にイエスが興味を示し、その頭に触れている場面を描いています。

現実には生後13日でこうした行動に出るのは難しいとは思いますが、微笑ましい一場面となっていますね。

ファブリアーノが活躍した15世紀前半において、教会の壁に飾られたこのような類の作品は小さな子供たちの目にも触れたことでしょう。

作品の向かって左には、イエスが家畜小屋で生まれたことの象徴として牛やロバが描かれています。
また向かって右側には、東方三博士が乗ってきた立派な馬も数頭描かれていますね。


3. 原題


ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(Gentile da Fabriano)が制作した『三博士の礼拝』は、イタリア語ではAdorazione dei Magiと言います。

adorazioneが礼拝、i magiが三博士という意味です。
この作品はフィレンツェにあるウフィッツィ美術館(Galleria degli Uffizi)で見ることが出来ます。

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グイド・レーニ『割礼』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月28日(土)22時36分 | 編集 |
2013年9月28日(土)


目次
1. 割礼とは何か?
2. 1月1日
3. 原題


今回取り上げる作品は、グイド・レーニ作『割礼』です。

グイド・レーニ『割礼』583


1. 割礼とは何か?


イタリアの画家グイド・レーニ(1575-1642)が描いているのは、幼子イエスが割礼を受けている場面です。

割礼とは、陰茎包皮を切開、除去する習俗のことです。
一言でいうと、割礼の施術が成功すれば包茎にはならないということですね。

なお、割礼などわざわざしなくても包茎にならない人も多いと思います。

ユダヤ教においては、割礼は神との契約になっています。
神はアブラハムに対して、生後8日目の男子に割礼を行うことを命じました。

従って、ユダヤ人男性は赤子の内に陰茎包皮除去手術を受けることが定められているわけです。


2. 1月1日


イエスはユダヤ人ですので、生後8日目に割礼を受けています。
誕生日が12月25日ですから、割礼の日は1月1日ということになります。

作品におけるイエスは、しっかりと目を見開いて横たわっています。
右手に刃物を持った男性が、イエスの陰茎包皮を切開、除去しようとしています。

施術者の下にいる天使は、陰茎包皮から滴り落ちる血を受け止めようとして皿を持っています。
画面上部に描かれた天使たちは、手術の成功を祈って合掌していますね。

2,000年前の手術ですから、麻酔などありません。
現代の外科医に相当する職業を営む人物も、恐らく存在しなかったと思われます。

そう考えると割礼を受けた赤子の中には、命の危険に晒された子もいたかも知れません。


3. 原題


グイド・レーニ(Guido Reni)が描いた『割礼』は、イタリア語ではLa Circoncisioneと言います。

la circoncisioneが、割礼という意味です。

この作品は、イタリア中西部の街シエナにあるサン・マルティーノ教会(Chiesa di San Martino)で見ることが出来ます。




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リチャード・ギア主演映画『ジャック・サマースビー』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年09月24日(火)13時20分 | 編集 |
2013年9月24日(火)


9月22日(日)にTBSで、リチャード・ギア主演の映画『ジャック・サマースビー(原題:Sommersby)』を見ました。

この映画の日本での公開は1993年6月なのですが、当時20歳代後半だった私は青砥駅前の映画館で見ています。
配給会社がこの映画を売り込むためにつけた宣伝文句は、「この夏、唯一の恋愛物語」だったと思います。

そのキャッチコピーに惹かれて見に行ったわけでもないはずですが、今となってはなぜ映画館に足を運んでまで見ようと思ったのかは覚えていません。

今回20年ぶりに本作品をテレビで見たわけですが、単なる「恋愛物語」とは程遠い内容であることが分かりましたので、このブログで取り上げることにしました。

この映画はアメリカの南北戦争(1861-1865)が終結した直後のテネシー州の小さな村が舞台になっていますが、作品の下敷きとなっているのは、16世紀のフランスで実際に起きたマルタン・ゲール事件です。

マルタン・ゲール事件とは、1548年に妻や息子を置いて失踪したマルタン・ゲールが1556年に突如帰郷したのですが、やがてその人物の身元が判明して別人であることが証明され、姦通罪と詐欺罪により絞首刑に処せられたというものです。

この事件を題材として、1982年にフランスで『マルタン・ゲールの帰郷(原題:Le Retour de Martin Guerre)』という映画が作られたのですが、『ジャック・サマースビー』はそのフランス映画のリメイク版という位置づけになります。

主役のリチャード・ギアは南北戦争に出征後、戦死したと思われていたジャック・サマースビーを演じています。

死んだと思っていたジャックが突如帰郷し、困惑しながらも夫を迎え入れる美貌の妻ローレル・サマースビーを演じるのはジョディー・フォスターです。

リチャード・ギア主演映画『ジャック・サマースビー』を見た感想1 516


出征前のジャックは冷淡かつ残忍な性格で妻のローレルと心を通わすこともなく、近隣住民からも愛されていない男でした。

ところが、数年ぶりに帰郷したジャックは人格が変わっていました。

妻を深く愛する夫に変貌し、幼い息子ロブの就寝時には高尚なギリシア神話を読み聞かせる優しい父親になり、さらには村人たちに対しても友好的な態度を取るようになりました。

そういったジャックの人間性の変化に対して、妻も村人たちも当初は疑問の目を向けていましたが、人格が改善されたわけですから取り立てて不満を口にする必要はないわけですね。

ただ、妻のローレルは夫ジャックに対して決定的な違和感を抱く時がありました。
それは、セックスの最中です。

出征前のジャックは自分本位のセックスを繰り返し、ローレルの心と体を労(いたわ)ることなど一度もなかったのですが、帰郷したジャックは自己中心的なセックスではなく妻の立場を思いやるセックスを行うようになりました。

加えてローレルはフェラチオやピストンを通じて、出征前のジャックのペニスの寸法を熟知していたわけですが、帰郷後のジャックのペニスは握っても咥えても膣内に挿入されても、どうも大きさが違うのではないかという感覚を抱いていました。

この「妻ならではの違和感」は、ジャックの身元を解き明かす上での重要な要素となって行きます。

リチャード・ギア主演映画『ジャック・サマースビー』を見た感想2 252


映画の後半は、ジャックは本当にジャック・サマースビーなのかという謎解きに入って行きます。

ジャックには数年前に起こした殺人の嫌疑がかかり、殺人容疑者として逮捕されて裁判にかけられます。
そして、本当にジャックなのであれば絞首刑に処せられることが裁判長から言い渡されます。

ローレルはジャックの命を守るために「この男は本当のジャックではない」と法廷で主張します。

その根拠は「かつてジャックには愛を感じていなかったが、目の前にいるあなたには愛を抱いているからだ」と説明します。

このジョディー・フォスターのセリフの場面が、この映画の最大の見せ場ですね。

結果的にリチャード・ギアが演じる「ジャック」と名乗っていた男は、実はホレス・タウンゼント(Horace Townsend)という名前で、帰郷する前の4年間をジャックと共に牢獄で過ごした仲だったのです。

ジャックとホレスは外見が良く似ていました。
妻や村人たちが騙されるぐらい、身長や顔立ちがそっくりだったわけです。

但し、ペニスの寸法までは同じではなかったわけですね。
さらに愛撫の手順や射精までの持続時間、あるいは後戯にかける時間などは明らかに異なっていたわけです。

その事実にいち早く気づいたのは、2人の「ジャック」と何度もセックスを繰り返した妻のローレルだったわけです。

リチャード・ギア主演映画『ジャック・サマースビー』を見た感想3 449


本当のジャック・サマースビーは出所後人殺しをして、その後戦争で負った怪我が元で亡くなっていました。

ホレス・タウンゼントは友人としてジャック・サマースビーの亡骸を葬った後、ジャック・サマースビーになりすまして帰郷しジャックの妻を手に入れ、自分の娘を産ませるということをやっていたわけです。

なぜホレスが自分の素性を隠してまでジャック・サマースビーになりたかったかというと、ジャックにはホレスを上回る資産があり美貌の妻がいたからでしょうね。

ホレスとローレルとの間には間違いなく愛があり、ジャックの頃と比べると貧しい暮らしに転落しながらもローレルはこれまで味わったことのない幸福感に満たされていました。

ホレスが法廷でジャックになりすましていたことを白状すれば、「ジャックが犯した殺人」の嫌疑が解けるので、ホレスの命は助かります。

ところが、そうするとホレスには姦通罪及び詐欺罪による裁きが待ち受けます。

ローレルを騙してセックスをしていたことを認めることになるわけで、死刑にはなりませんが刑務所行きは免れないところです。

姦通罪の被害者となるローレルも、一緒に暮らしている男の素性は全く知らなかったとは言え、ジャックではないことを精神的にも肉体的にも感じていたことを法廷で証言しましたので、夫ではない男だと半ば承知していながら日々セックスを繰り返し、流れに任せて生きていた女性という評価を受けてしまうのです。

ローレルはホレスの命を助けるためにそれでも構わないと言いますが、ホレスは愛するローレルが身持ちの悪い女だという悪評が立つことを受け入れることは出来ません。

さらにはホレスの娘レイチェルの人生にとっても、父親がサマースビー家からすれば全く無関係の男ホレスであり、母に対して姦通罪を犯した男が父親であるという立場になってしまうため、ホレスが素性を明らかにすることは得策ではありません。

ホレス・タウンゼントは、ジャックであると偽り続ければ殺人犯として処刑され、ホレスであることを明かせば姦通罪と詐欺罪に問われてローレルとレイチェルに汚名を着せるという八方塞がりの状態に陥ったわけですね。

最終的にジャック(実はホレス)の下した結論は、ローレルを満足させるものではありませんでしたが、ローレルの心にはホレスが与えてくれた真実の愛がいつまでも残ることになったのでした。

映画公開時の「この夏、唯一の恋愛物語」という宣伝文句は言い得て妙だと言えますが、20歳代後半だった私には作品を深く理解する能力などなく、漠然と映画館の中で見ていただけでした。

その後、私もある程度の人生経験を積み作品の背景を理解した上で見ると、なかなか考えさせられる良質の映画でした。


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ロヒール・ファン・デル・ウェイデン『ブラデリンの祭壇画』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月22日(日)18時53分 | 編集 |
2013年9月22日(日)


目次
1. ペルシアの占星術師
2. ヘロデ大王による統治
3. 原題


今回取り上げる作品は、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン作『ブラデリンの祭壇画』です。

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン『ブラデリンの祭壇画』778


1. ペルシアの占星術師


イエスが生まれた後、真っ先に駆けつけたのは羊飼いたちでした。
その後、星に導かれて東方から3人の博士がベツレヘムへやって来ることになります。

新約聖書では「東方」という表現が使われますが、恐らくペルシアのことを言っているのだろうとされています。
博士の専門分野は、天文現象の観測です。

三博士たちの主な仕事は、観測結果を科学的に分析し農耕に必要なデータを人々に提供することでした。
単なる星占い師ではありません。

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1400頃-1464)は、三人の博士がペルシアから見て西方に現れた星を見上げている場面を描いています。

光り輝く子供の姿をした星が、西の空に現れたのです。
博士たちは驚愕し、跪(ひざまず)いて合掌しています。

そしてこの星に導かれて、博士たちはベツレヘムへと向かうことになるのです。


2. ヘロデ大王による統治


イエスが生まれた当時、ユダヤ人を支配していたのはヘロデ大王(在位:紀元前37-紀元前4)でした。
ヘロデ大王はローマ帝国との協調関係を構築して、ユダヤ人居住地域の統治を任されていました。

今回の主題とは関係ありませんが、ヘロデ大王はエジプトの女王クレオパトラ7世(紀元前51-紀元前30)が治めるアレクサンドリアに赴いたこともある人物です。

さて、東方の3人の博士はベツレヘムに向かう途上、道案内をしてもらうためにヘロデ大王の邸を訪れました。
3人の博士は、ユダヤの王が誕生したという噂を聞いたので、ベツレヘムへ行くところだと説明します。

異教徒である博士たちのベツレヘム訪問目的を聞いたヘロデ大王は、自分の地位を脅かす男の子が生まれたのだと解釈します。

そこでヘロデ大王は、3人の博士に次のように命じました。

「私もその赤ん坊を礼拝したいので、帰路は必ずここへ立ち寄って仔細を報告するように。」

ヘロデ大王は生まれた赤ん坊の様子を聞き、その後の対処方法を考えるつもりだったのでしょう。

結果的に三博士は、ベツレヘムからの帰路、神の命に従ってヘロデ大王邸には立ち寄らずにペルシアへと戻って行くことになります。

このことが、ヘロデ大王によるベツレヘム幼児大虐殺事件へと繋がって行くのです。


3. 原題


ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(Rogier van der Weyden)が描いた『ブラデリンの祭壇画』は、ドイツ語ではBladelin-Altarと言います。

Bladelinは固有名詞、Altarは教会の祭壇を指します。
この作品は、ベルリン美術館 (Staatliche Museen zu Berlin)で見ることが出来ます。

なお、この絵は単独で飾られている作品ではありません。
3つの祭壇画で構成されている作品の内の、向かって右に位置している作品です。




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ポール・ウォーカー主演映画『イントゥ・ザ・ブルー』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2013年09月20日(金)15時27分 | 編集 |
2013年9月20日(金)


9月17日(火)にテレビ東京で、ポール・ウォーカー主演の映画『イントゥ・ザ・ブルー(原題:Into the Blue)』を見ました。

原題のthe Blueは海を指し、海底に眠る宝物を探し当てることを夢見る青年ジャレット をポール・ウォーカーが演じています。

ジャレットの恋人サムを演じているのは、ジェシカ・アルバです。

この映画の公開は2005年ですので、撮影時、ジェシカ(1981-)は23歳ぐらいですが、ムチムチプリンのお尻が見事なだけでなく、上手な泳ぎも披露しています。

ポール・ウォーカー主演映画『イントゥ・ザ・ブルー』を見た感想1 144


ジェシカはスキューバダイビングの資格を取得していますので、海底に潜ったままの状態で演技をすることも難なくこなしています。

ポール・ウォーカー主演映画『イントゥ・ザ・ブルー』を見た感想2 447


上映時間の半分近くは海中で撮影されており、登場人物たちが宝物や麻薬などの争奪戦を繰り広げます。

アメリカ映画の基本通りに、従わない者は銃で脅し、気に入らなければ銃殺するという場面も盛り込まれていますが、主たる舞台が街中ではなく海中なので、サメに食われて死ぬという場面も描かれています。

ジャレットとサム以外に、ブライスとアマンダというカップルが宝探しを共同で行うのですが、作品冒頭から今ひとつ影の薄い存在であったアマンダは、作品の中盤でサメに襲われて呆気無く命を落とします。

アマンダは、下掲画像のアシュレイ・スコットが演じています。

ポール・ウォーカー主演映画『イントゥ・ザ・ブルー』を見た感想3 513


作品の終盤で、ジェシカの演じるサムは、信じていた警察官に裏切られてマフィアに捕まり人質となります。
しかし、サムは勇気を奮って機転を利かし、見事に逆境を抜け出して得意の海中戦に持ち込むことに成功します。

サムは地上ではチンピラ男たちに腕力では負けますが、海中での泳ぎと身のこなしでは決して負けません。

サムが船のデッキ上でチンピラ男の股間を鷲掴みにして戦意を失わせ、2人で海へとなだれ落ちる場面は、この映画の一つの見所になっています。


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ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ『羊飼いの礼拝』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月18日(水)15時06分 | 編集 |
2013年9月18日(水)


目次
1. 神の子との対面
2. 原題


今回取り上げる作品は、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ作『羊飼いの礼拝』です。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ『羊飼いの礼拝』499


1. 神の子との対面


羊飼いたちが家畜小屋の中に入ると、そこには天使が告げた通りの神々しい赤子が衣にくるまれて眠っていました。

カラヴァッジオ(1571-1610)はこの作品で、生まれたばかりの神の子を礼拝する羊飼いたちを描いています。
新約聖書の記述では、イエスは生まれた直後は布にくるまって飼い葉桶の中で寝ていることになっています。

しかしこの作品では、イエスはマリアの腕に抱かれて眠っていますね。
長旅で疲れた上に出産までこなしたマリアは、疲れ切った表情を見せています。

まさかこういう場所で神の子を出産することになろうとは、マリアはナザレを出発した時には考えていなかったかも知れません。

後に世界宗教へと発展するキリスト教は、20歳にも満たない一人の女性の奮闘によってその入口の扉が開かれたのです。


2. 原題


ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオが制作した『羊飼いの礼拝』は、イタリア語ではAdorazione dei pastoriと言います。

adorazioneが礼拝、il pastoreが羊飼いという意味です。
この作品では羊飼いが複数人描かれていますので、複数形のi pastoriになっているわけです。

この作品は、シチリア島のメッシーナにあるシチリア州立美術館(Il Museo regionale di Messina)で見ることが出来ます。




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フェデリーコ・バロッチ『誕生』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月16日(月)13時50分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2013年9月16日(月)


目次
1. 出産後のマリア
2. 原題


今回取り上げる作品は、フェデリーコ・バロッチ作『誕生』です。

フェデリーコ・バロッチ『誕生』427


1. 出産後のマリア


ベツレヘムにやって来た羊飼いたちは、イエスが生まれたという家畜小屋を探し当てました。

イタリア人画家フェデリーコ・バロッチ(1535頃-1612)は、訪問して来た羊飼い達をヨセフが招き入れている場面を描いています。

画面中央では、10歳代半ばで母親になったマリアの姿が描かれています。
向かって右には2頭の家畜が描かれて、誕生間もないイエスの顔を興味深そうに見つめています。

成人したイエスの悲劇的な結末を知っている立場からすると、マリアの幸せそうな表情は逆に痛々しく感じられますね。


2. 原題


フェデリーコ・バロッチ(Federico Barocci)が描いた『誕生』は、スペイン語ではEl Nacimientoと言います。

el nacimientoは、誕生という意味です。
この作品は、プラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。




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ヤーコポ・バッサーノ『羊飼いへのお告げ』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月14日(土)19時24分 | 編集 |
2013年9月14日(土)


目次
1. 羊飼い
2. 原題


今回取り上げる作品は、ヤーコポ・バッサーノ作『羊飼いへのお告げ』です。

ヤーコポ・バッサーノ『羊飼いへのお告げ』420


1. 羊飼い


イエスがこの世に誕生したことを真っ先に知ることになったのは、羊飼いたちでした。

羊飼いたちが夜番をするために野宿しているところへ、突然眩(まばゆ)いばかりの光の束が落ちて来ました。
そして、光の中から彼らの前に天使が現れます。

天使は、今日ダビデの街で救い主が生まれたことを彼らに告げたのです。
ダビデの街とは、ベツレヘムを指します。

イタリアの画家ヤーコポ・バッサーノ(1510頃-1592)は、天使が現れた瞬間の羊飼いたちの様子を描いています。

突如、上空に現れた天使を発見して呆然としている者や、全く気づかずに乳搾りをしている者もいます。

続いて彼らは、天上から流れてくる美しい合唱を耳にしました。
天からもたらされた光と音により、仕事をしていた全ての羊飼いたちが異変に気づきます。

信じられない光景を目の当たりにして、羊飼いたちは呆然と立ち尽くします。
やがて、天使たちは天の彼方へと消え去りました。

突如現れたこの世のものではない存在が去って行く姿を、彼らは確かに見届けたのでした。
時間の経過と共に、彼らは冷静さを取り戻します。

そして彼らは天使から聞かされたことを確かめるために、急いでベツレヘムへと向かいました。


2. 原題


ヤーコポ・バッサーノ(Jacopo Bassano)が描いた『羊飼いへのお告げ』は、英語ではThe Annunciation to the Shepherdsと言います。

この作品は、イングランド中部のレスターシャー州にあるBelvoir Castleで見ることが出来ます。




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アルブレヒト・アルトドルファー『キリストの誕生』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月12日(木)23時19分 | 編集 |
2013年9月12日(木)


目次
1. ベツレヘム到着直後
2. 原題


今回取り上げる作品は、アルブレヒト・アルトドルファー作『キリストの誕生』です。

アルブレヒト・アルトドルファー『キリストの誕生』490


1. ベツレヘム到着直後


ベツレヘム到着後、ヨセフとマリアはその夜泊まる宿を探しました。
しかし生憎(あいにく)どこも一杯で、泊まる場所を見つけることが出来ません。

やむを得ず2人は家畜小屋で一晩を過ごすことにしたのです。
その家畜小屋でマリアは産気づき、そのままイエスを出産したのでした。

アルブレヒト・アルトドルファー(1480頃-1538)の作品では、イエス誕生の光景をやや遠目から見ている構図となっています。

画面前景では手前からイエス、マリア、ヨセフの順に並んでいます。
布に載せられたイエスの体は天使たちがあやしています。

マリアは両腕を胸の前で交差させて礼拝しています。

ヨセフが左手に持っているのは蝋燭ですね。
ヨセフの右手は風で蝋燭の炎が消えないようにかざしているのでしょう。

向かって左には黒い牛の顔が描かれています。

天使たちは上空にもいてイエスの誕生を祝福しています。
世界の価値観を変え今日まで影響力を及ぼしている宗教家は、このような場所で誕生したわけです。


2. 原題


アルブレヒト・アルトドルファー(Albrecht Altdorfer)が描いた『キリストの誕生』は、ドイツ語ではGeburt Christiと言います。

Geburtが誕生という意味です。
この作品はベルリン美術館(Staatliche Museen zu Berlin)で見ることが出来ます。




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テリー・ハッチャー主演ドラマ『デスパレートな妻たち』シーズン8を見た感想
記事URL  カテゴリ | 海外ドラマ | 2013年09月09日(月)13時46分 | 編集 |
2013年9月9日(月)


NHKBSプレミアムで2013年4月4日(木)から9月5日(木)まで、テリー・ハッチャー主演のドラマ『デスパレートな妻たち(原題:Desperate Housewives)』シーズン8が放送されていました。

このドラマのシーズン1は2005年9月28日にNHKBS2で放送開始となりました。
私はシーズン1からシーズン8まで全エピソードを見通しました。

全シーズンを通してコメディを基本としながらも裏切り、妬み、猜疑心といった人間の暗部が随所に盛り込まれ、典型的な娯楽作品でありながらも人生について色々と考えさせられる要素の多い作品だったと思っています。

最終シーズンとなったシーズン8はシーズン7の最終盤で発生した死体隠蔽事件をいつまでも引きずる展開になっており、やや冗長ぎみに感じられました。

正直なところ最後の終わり方がどうなるのかだけに関心が移り、毎週のドラマの内容はそれほど魅力あるものにはなっていなかったと感じました。

ウィステリア通りに転居して来たことで知り合い親友となった4人の妻たちは、最終的に全員がウィステリア通りを離れることになりました。

テリー・ハッチャーが演じるスーザン・デルフィーノは娘のジュリーや息子のM.J.、そしてジュリーが生んだ孫娘と共に新天地を目指して4人の中で一番最初にウィステリア通りを離れます。

ただ新天地がどこなのか、またその後スーザンやジュリーたちがどういう人生を送ったのかについては言及されませんでした。

他の3人については以下に述べるようにその後の勝ち組人生が明らかになっていますので、もしかするとスーザンは負け組になったことを示唆しているのかも知れません。

ジュリーを演じていたのは下掲画像のアンドレア・ボーウェン(Andrea Bowen 1990-)です。

テリー・ハッチャー主演ドラマ『デスパレートな妻たち』シーズン8を見た感想1 500


フェリシティ・ハフマンが演じるリネット・スカーボは、キャサリン・メイフェアが行っている事業に経営参加するためにニューヨークへ移住します。

スーザンに続いて2番目にウィステリア通りを離れました。

その後リネットはCEOとして辣腕を振るい経済的にも大成功を収め、セントラルパークを見下ろす高級マンションに居を定め夫のトムと幸せに暮らし、6人の孫にも恵まれました。

キャサリンを演じていたのは下掲画像のダナ・デラニー(Dana Delany)です。

テリー・ハッチャー主演ドラマ『デスパレートな妻たち』シーズン8を見た感想2 504


エヴァ・ロンゴリアが演じるガブリエル・ソリスは夫のカルロスの協力を得てネットショッピング事業で大成功を収め、勢いに乗ってテレビショッピング業界にも参入し一財産を築きます。

カブリエルはウィステリア通りを3番目に離れた後カリフォルニアに豪邸を構え、カルロスと一緒に時折喧嘩をしながらも幸せに暮らしました。

下掲の画像はエヴァ・ロンゴリアです。

テリー・ハッチャー主演ドラマ『デスパレートな妻たち』シーズン8を見た感想3 476


マーシャ・クロスが演じるブリー・バン・デ・カンプは、裁判で弁護人を務めたトリップ・ウェストン(Trip Weston)と結婚しカブリエル夫妻が引っ越した2年後にウィステリア通りを離れ、ケンタッキー州のルイビルに移り住みます。

その後、ブリーはケンタッキー州の州議員選挙に立候補して勝利を収め政治家になりました。

下掲の画像はマーシャ・クロスです。

テリー・ハッチャー主演ドラマ『デスパレートな妻たち』シーズン8を見た感想4 467


この作品には主役の4人以外にも様々な過去を持つ女性たちが登場し、ウィステリア通り界隈において男性交遊や破局、警察沙汰や死別などを毎月のように繰り広げて行きます。

現実の生活ではあそこまで女性たちがセックスに対する執着心を周囲の者に対してあからさまにすることはないはずですし、あれぐらいの高い頻度で事件や事故が発生したら恐ろしくて落ち着いた生活は送れないと思います。

作品の通算放送年数は8年間でしたが、スーザンがウィステリア通りに引っ越して来た時にジュリーはまだ乳母車に乗っていましたので、ドラマの中で描かれた年数はおよそ20年といったところだと思います。

20年という年月は人を変え、街を変え、社会通念を変えるのに十分な時間です。

幼子だったジュリーが豊満な肉体を誇る大人の女性に変貌し、母親の知らないところで妊娠し子供を出産します。
その同じ時期にカレン・マクラスキーが人生を終えたことは象徴的な出来事でした。

ドラマに登場した女優の中で私が一番気に入った女優は誰かって?

もちろんダナ・デラニーです。

テリー・ハッチャー主演ドラマ『デスパレートな妻たち』シーズン8を見た感想5 504


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ピーテル・ブリューゲル『ベツレヘムの戸籍調査』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月07日(土)13時56分 | 編集 |
2013年9月7日(土)


目次
1. ローマ皇帝アウグストゥス
2. ベツレヘム到着
3. 原題


今回取り上げる絵画は、ピーテル・ブリューゲル作『ベツレヘムの戸籍調査』です。

ピーテル・ブリューゲル『ベツレヘムの戸籍調査』240


1. ローマ皇帝アウグストゥス


イエスは、ベツレヘムの家畜小屋で生まれました。
なぜマリアは家畜小屋でイエスを出産することになったのか、その経緯を見ておきましょう。

当時の地中海世界一帯を支配していたのは、ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥス(在位:紀元前27-紀元14)でした。

アウグストゥスの母は、カエサル(紀元前100頃-紀元前44)の姪にあたります。

その皇帝アウグストゥスが支配地域全土に人頭税を課すために、住民たちに対して住民登録をするよう義務付けました。

人頭税とは、納税能力に関わらず各人一律に課せられる税金のことです。

皇帝の命令によって、人々は税金の根拠となる住民登録をしなければならなくなったわけですね。

地中海から遠く離れたユダヤの土地もローマ帝国の支配地域に入っていましたので、皇帝の命令には従わなければなりません。

ヨセフとマリアは、ガリラヤ湖に近いナザレと呼ばれる土地で生活していました。
しかし、ヨセフの出生地がベツレヘムであったために、住民登録をナザレで行うことが出来ません。

そこでヨセフと身重のマリアは、ナザレから南へ120キロも離れたベツレヘムへと赴くことになったのでした。
ベツレヘムはエルサレムのそばの、死海の近くにある街です。


2. ベツレヘム到着


ピーテル・ブリューゲル(父)(1525頃-1569)は、ヨセフとマリアが数日かけてようやくベツレヘムへと辿り着いた時の様子を描いています。

画面前景でロバに乗って、黒いマントを被っているのがマリアです。
人物描写が小さいので見づらいですけどね。

ロバの前を歩いているのがヨセフですね。
長旅で疲れ果て、ヨセフの足取りは重そうです。


3. 原題


ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel)が制作した『ベツレヘムの戸籍調査』は、フランス語ではLe dénombrement de Bethléemと言います。

le dénombrementは、人口などの全数調査を指します。

この作品は、ブリュッセルにあるベルギー王立美術館(les Musées royaux des Beaux-Arts de Belgique)で見ることが出来ます。




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ピエロ・デラ・フランチェスカ『出産の聖母』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月05日(木)15時33分 | 編集 |
2013年9月5日(木)


目次
1. 出産間近
2. 原題


今回取り上げる作品は、ピエロ・デラ・フランチェスカ作『出産の聖母』です。

ピエロ・デラ・フランチェスカ『出産の聖母』423


1. 出産間近


イタリアのルネサンス期の画家ピエロ・デラ・フランチェスカ(1415頃-1492)が描いているのは、出産を間近に控えたマリアの姿です。

有翼の天使たちが天幕を開け放つと、妊婦のマリアが現れるという構図になっています。

妊娠中のマリアは、ガリラヤ湖の近くにある街ナザレで暮らしていました。

出産が近づいた時期に、マリアはヨセフと共に戸籍調査のためナザレを離れることになります。
二人は、ナザレの遥か南にある街ベツレヘムへと向かうのです。

ベツレヘムは、エルサレムの南10キロほどに位置するダビデの出生地です。

ヨセフはダビデの子孫で、ベツレヘムの出身でした。
そこで戸籍調査は、ベツレヘムで行う必要があったのです。

続きます。


2. 原題


ピエロ・デラ・フランチェスカ(Piero della Francesca)が描いた『出産の聖母』は、イタリア語ではMadonna del Partoと言います。

il Partoが、分娩という意味です。

この作品は、イタリアのトスカーナ州の街モンテルキ(Monterchi)にある美術館(museo di Monterchi)で見ることが出来ます。




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アルテミジア・ジェンティレスキ『洗礼者ヨハネの誕生』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月03日(火)15時23分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2013年9月3日(火)


目次
1. 名はヨハネ
2. 原題


今回取り上げる作品は、アルテミジア・ジェンティレスキ作『洗礼者ヨハネの誕生』です。

アルテミジア・ジェンティレスキ『洗礼者ヨハネの誕生』236


1. 名はヨハネ


エリザベツは、大天使ガブリエルが言った通り男の子を生みました。

ザカリアは、子供が生まれるという奇跡的な出来事に大喜びです。
しかし、神罰を受けているために喋ることが出来ないでいました。

周囲の者達は、不妊で悩んでいたエリザベツが突如懐妊し、無事出産したことに大きな驚きを感じています。
そして祭司を務めていたザカリアが、ある日突然口が聞けなくなったことも不思議に思っていました。

誕生から8日が過ぎて、赤ん坊に名前をつける日がやって来ました。
父であるザカリアが、紙に名前を書きました。

そこには、ヨハネと記されていました。
後の洗礼者ヨハネが命名された瞬間です。

命名が終わった直後、ザカリアは喋ることが出来るようになりました。
大天使ガブリエルの命に従い、息子にヨハネと名付けたことで神罰が終わったのです。

ローマ生まれの女流画家アルテミジア・ジェンティレスキ(1593-1653)は、近所の女性たちが赤子のヨハネを湯浴みさせている場面を描いています。

向かって左端で着席し、机に向かっているのがザカリアです。
右手に筆記具を持っていますので、この時点ではまだ喋ることが出来ないのでしょうね。

奇跡的な赤子の誕生に対して、周囲も活気づいている様子が窺えます。


2. 原題


アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi)が描いた『洗礼者ヨハネの誕生』は、スペイン語ではNacimiento de San Juan Bautistaと言います。

nacimientoが、誕生という意味です。

この作品は、プラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。




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ドメニコ・ギルランダイオ『聖母のエリザベツ訪問』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年09月02日(月)15時30分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2013年9月2日(月)


目次
1. 年上の従姉妹
2. 聖霊懐妊
3. 原題


今回取り上げる作品はドメニコ・ギルランダイオ作『聖母のエリザベツ訪問』です。

ドメニコ・ギルランダイオ『聖母のエリザベツ訪問』342


1. 年上の従姉妹


大天使ガブリエルから受胎告知を受けたマリアは、ユダという街に住む従姉妹(いとこ)のエリザベツを訪問することにしました。

年上のエリザベツに事の次第を報告して善後策を相談しようと思ったのです。

実はエリザベツはマリアと同じように聖霊によって懐妊したところでした。
マリアが訪問した時はエリザベツは妊娠6ヶ月の身でした。

14歳のマリアはエリザベツが聖霊によって懐妊したという事実を聞いていました。
そして同じように性交なしで懐妊してしまった事実を打ち明ける相手としてエリザベツを頼ったわけです。

エリザベツとマリアは似たような時期に聖霊によって懐妊しました。
二人の違いは処女であるか否かということだけです。

マリアがエリザベツを訪問した際、エリザベツのお腹の中の子は喜んで踊ったと言われています。
マリアはエリザベツの家で3ヶ月を過ごした後、ナザレの自宅へと戻りました。

エリザベツの生んだ息子は洗礼者ヨハネとなり、マリアの生んだ息子はイエスとなります。


2. 聖霊懐妊


聖書で語られるユダヤの歴史においては不妊に悩む夫婦がたくさん登場します。
夫婦生活を長く続けていても、なかなか子が授からないという夫婦は現代日本においても少なくありません。

アブラハムの妻サラがイサクを生んだのはサラが90歳の時でした。
ヤコブの妻ラケルがヨセフを生んだのはラケルが高齢になってからです。

エリザベツも閉経後の懐妊、出産です。

医学的には不可能ですね。
子孫繁栄のためにユダヤの神は、たびたび奇跡を起こすということが聖書には書かれているわけです。

ドメニコ・ギルランダイオ(1449-1494)の作品では中央向かって右で跪(ひざまず)いているのがエリザベツです。

マリアが身ごもった子は神の子です。

年長者とは言えエリザベツの方が、マリア及び子のイエスに対して敬意を表しているという構図になっているわけですね。


3. 原題


ドメニコ・ギルランダイオ(Domenico Ghirlandaio)が描いた『聖母のエリザベツ訪問』はフランス語ではLa Visitationと言います。

La Visitationはカトリックの用語で聖母マリアのエリザベツ訪問を表します。
この作品はルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。




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