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ロヒール・ファン・デル・ウェイデン『キリスト降架』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月29日(日)14時24分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月29日(日) 


目次
1. ニコデモ
2. アリマタヤのヨセフ
3. 原題


今回取り上げる作品は、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン作『キリスト降架』です。

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン『キリスト降架』264


1. ニコデモ


ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1400頃-1464)の作品にはイエスの磔刑死後に遺体を埋葬した関係者が描かれています。

画面向かって左端の赤いマントを着ているのが使徒の一人ヨハネです。
ヨハネの右側で倒れこんでいる青い服の女性が聖母マリアですね。

イエス亡き後、ヨハネはマリアの生活の面倒を見たとされています。

画面中央でイエスの両腕を抱き抱えているのがニコデモです。
ニコデモはイエスと対立していたユダヤ教パリサイ派に所属するユダヤ人でした。

パリサイ派の主だった人物たちはイエスに反感を抱いていましたがニコデモは立場を異(こと)にしていました。
イエスに敬意を払い、その思想に共鳴するところもあったと言います。

そのような経緯からイエスの遺体を引き取る役目をした内の一人になっているわけです。


2. アリマタヤのヨセフ


画面向かって右端に描かれている俯いて両指を絡ませている女性がマグダラのマリアです。
その向かって左でイエスの両脚を抱えている男性がアリマタヤのヨセフです。

アリマタヤとはエルサレムの北西にある街です。
アリマタヤのヨセフはピラトに対してイエスの遺体を引き取ることを願い出て許可されました。

アリマタヤのヨセフに関しては聖書に詳しい記述はありません。
埋葬時にイエスの遺体に香を塗り亜麻布を巻いたのはアリマタヤのヨセフであるとされています。


3. 原題


ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(Rogier van der Weyden)が制作した『キリスト降架』はスペイン語ではEl Descendimientoと言います。

El Descendimientoは降架という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。




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ピーテル・パウル・ルーベンス『キリスト降架』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月28日(土)13時50分 | 編集 |
2014年6月28日(土) 


目次
1. 死せるイエス
2. ナポレオン1世
3. 原題


今回取り上げる作品は、ピーテル・パウル・ルーベンス作『キリスト降架』です。

ピーテル・パウル・ルーベンス『キリスト降架』216


1. 死せるイエス


十字架上のイエスの動きが止まった後、処刑に関わっていた係員がイエスの右脇腹を槍で突きました。
イエスはその行為に対して何の反応も示しませんでしたので処刑する側はイエスが死んだと理解しました。

その後、イエスの亡き骸は十字架から降ろされたのですが、その場面を描いたのがこの作品です。

2014年6月22日(日)の記事で取り上げた『キリスト昇架』の際の姿と比べると、イエスの肌の色は完全に血の気を失っていますよね(loro2012.blog)。

筋肉の張りもなくなり死亡したイエスの肉体からは完全に緊張感が消えています。

ところが、この作品全体からは漲(みなぎ)るような緊張感が伝わって来るのです。
その理由は周囲にいる人たちの態度です。

梯子(はしご)に登ってイエスの左腕を掴んでいる人物やイエスの左脚を支えている赤い衣服を身に纏っている人物は、死体を丁重に扱おうとする意志が感じ取れます。

イエスはこの時点では既に息絶えていますので、周囲にいる者が慎重に肉体を支えないと地面に落ちていくはずです。
偉大な聖人の最期をそのような形で終わらせてはいけないという人々の意志が、この作品からは強く感じられます。


2. ナポレオン1世


ヨーロッパの覇者となったナポレオン1世はアントウェルペンという都市の戦略的な重要性に目をつけて、港の拡張を図るための工事を行う計画を立てていました。

彼はアントウェルペンに視察に訪れたついでにこの大聖堂にも立ち寄りました。

大聖堂に飾られているルーベンス(1577-1640)の『キリスト昇架』と『キリスト降架』を眺めて私物化することを勝手に決めてしまい、この世界的な名画を2枚ともパリに持ち帰ってしまったのです。

相変わらずの暴君ぶりを発揮するナポレオンです。
本当に困ったものです。

ナポレオン1世(在位:1804-1814)の権勢が10年程度で終わりを告げた後、略奪されたルーベンスの絵画は再び大聖堂へと返却されることになりました。

2014年6月22日(日)の記事で述べたように、小説『フランダースの犬(原題:A Dog of Flanders)はイギリス人作家ウィーダ(1839-1908)が1872年に発表した作品です。

彼女は実際にアントウェルペンを取材して、この大聖堂に掛かっている2つの絵も見た上で小説を書いているはずです。

もし暴君ナポレオンの天下がもっと長く続いていたら、ウィーダは大聖堂でこの絵画を見ることは無かったかも知れません。

そうすると『フランダースの犬』の筋書きも変わってしまったかも知れませんね。

ナポレオンが神に見放されたおかげでルーベンスの名画は本来の居場所に戻ることが出来ました。


3. 原題


『キリスト降架』は英語ではThe Descent from the Crossと言います。

the descentは降下という意味です。

この作品はベルギーのアントウェルペン(Antwerp)にある大聖堂(Cathedral of Our Lady)に飾られています。




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アンドレア・マンテーニャ『磔刑』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月27日(金)19時10分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2014年6月27日(金) 


目次
1. 3人の磔刑
2. アダムの髑髏
3. 原題


今回取り上げる作品は、アンドレア・マンテーニャ作『磔刑』です。

アンドレア・マンテーニャ『磔刑』242


1. 3人の磔刑


アンドレア・マンテーニャ(1431-1506)はゴルゴタの丘で処刑された3人の姿を描きました。
イエスの両隣にいるのは強盗罪で十字架刑になった男たちです。

イエスは手足を釘で打たれていますが他の二人は縄で縛った状態で描かれていますね。
3人の磔刑図はこのように描かれることが通例です。

イエスの十字架の最上部にはINRIと書いてあります。
INRIとはラテン語でIesus Nazarenus Rex Iudaeorumの頭文字を並べたものです。

訳せば「ナザレのイエス、ユダヤの王」となります。
この言葉はイエスが十字架に架けられる罪状を示しています。

イエスはユダヤの王として支配者であるローマ帝国に反旗を翻すような行為をしたことを罪状とされたわけです。
実際には冤罪です。


2. アダムの髑髏


イエスの十字架の最下部には髑髏(どくろ)が描かれています。
これは人類の祖アダムの髑髏です。

なぜアダムの髑髏が描かれているかというと、ゴルゴタの丘というのはアダムが埋葬された土地であるとされているからです。

その向かって右側では円盤状のものを使って兵士たちがくじ引きをしています。
くじで勝った兵士がイエスの下着をもらうことになるという場面が描かれています。

イエスが着ていた上着は四つに切り分けることが出来ました。
しかし下着は一枚物だったためそれを獲得する者をくじで決めているわけです。

画面前景下部で槍を持っているのはローマ兵のロンギヌスです。
ロンギヌスは十字架上で動かなくなったイエスが亡くなったのかどうかを確認するために右の脇腹を槍で刺しました。

白内障を患っていたロンギヌスの目にイエスの鮮血が飛び込み、彼は視力を回復したと言われています。

向かって左端に立っている男性は使徒のヨハネです。
その右で赤い服の上に黒い外套を着ている女性が聖母マリアです。

マリアは息子の死を目の前にして自分で立つことすらできない程の衝撃を受けています。
10歳代半ばでイエスを生んでから約33年が経過していますので、マリアの年齢はこの時点で40歳代後半です。

現代とは異なりこの時代の40歳代後半といえば老齢と言ってもいいでしょう。
無実の罪で息子を殺された母の気持ちは聖書では語られてはいません。


3. 原題


アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna)が制作した『磔刑』はフランス語ではLa Crucifixionと言います。

La Crucifixionが十字架刑という意味です。
この作品はルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。




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ディエゴ・ベラスケス『十字架に架けられたイエス・キリスト』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月26日(木)13時09分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月26日(木) 


目次
1. 右脇腹の傷
2. 原題


今回取り上げる作品はディエゴ・ベラスケス作『十字架に架けられたイエス・キリスト』です。

ディエゴ・ベラスケス『十字架に架けられたイエス・キリスト』500


1. 右脇腹の傷


ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)は十字架上で絶命した後のイエスを描いています。

十字架に架けられたイエスは初めの内は衆人環視の中、神との対話を行っていました。

しかし数時間が経過し、やがて何も言わなくなりました。
身動きもしなくなりました。

傍で見ていた死刑執行責任者はイエスの死を確認する必要があります。
そこで係りの者にイエスの右の脇腹を槍で指すように命じたのです。

脇腹を刺されたイエスが何の反応も示さなかったので、イエスは完全に死んだと断定されたわけです。
イエスの絶命は午後3時頃と言われています。

十字架上のイエスあるいは十字架から降ろされた後のイエスを描く場合には、画家たちは右の脇腹に刺された跡や出血した様子を描くことになっていますね。

キリスト教徒にとっては皆が知っていることだと言って良いでしょう。


2. 原題


ディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)が制作した『十字架に架けられたイエス・キリスト』はスペイン語ではCristo crucificadoと言います。

crucificadoは形容詞で十字架に架けられた~という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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エル・グレコ『磔刑』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月24日(火)14時03分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月24日(火) 


目次
1. 台座のない十字架
2. 原題


今回取り上げる作品は、エル・グレコ作『磔刑』です。

エル・グレコ『磔刑』624


1. 台座のない十字架


ベラスケスよりも50年ほど早くスペインで活躍したエル・グレコ(1541-1614)は、台座を描かずに両足を交差させる構図を選んでいます。

この状態だと両足の骨を上から貫通させる形で釘を打った後、死刑執行の数時間にわたりイエスの肉体が落下しないようにその釘が肉体を支え続けていたことになります。

やはり、このエル・グレコが描いている両足への釘の打ち方は無理があるような気がしますね。

イエスの右の脇腹からは出血が見られますので、この時点ではイエスは絶命していることが分かります。


2. 原題


エル・グレコ(El Greco)が制作した『磔刑』はスペイン語ではLa Crucifixiónと言います。

La Crucifixiónとは磔刑(たっけい)のことです。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ディエゴ・ベラスケス『十字架上のイエス・キリスト』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月23日(月)15時26分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月23日(月) 


目次
1. 台座のある十字架
2. 原題


今回取り上げる作品はディエゴ・ベラスケス作『十字架上のイエス・キリスト』です。

ディエゴ・ベラスケス『十字架上のイエス・キリスト』613


1. 台座のある十字架


ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)が描いた十字架には両足を乗せる台座がありますね。
両足を交差させてその上から釘が打ち込まれている様子を描く画家も多いのですが、ベラスケスの解釈は異なります。

長時間イエスをいたぶりながら殺すことがパリサイ派の長老たちの目的だったわけですから、両足は台座に乗せて安定した状態にして十字架にかけた可能性もあります。

この絵の時点ではイエスはまだ存命中です。


2. 原題


ディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)が制作した『十字架上のイエス・キリスト』はスペイン語ではCristo en la Cruzと言います。

la cruzは十字架という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ピーテル・パウル・ルーベンス『キリスト昇架』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月22日(日)20時30分 | 編集 |
2014年6月22日(日) 


目次
1. フランダースの犬
2. アントウェルペン大聖堂
3. 人間の残虐性
4. 原題


今回取り上げるのはピーテル・パウル・ルーベンス作『キリスト昇架』です。

ピーテル・パウル・ルーベンス『キリスト昇架』216


1. フランダースの犬


ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)が描いたこの作品は『キリスト降架』という作品と共に、1975年に放送されたテレビアニメ『フランダースの犬』の最終回で登場しました。

主人公ネロが吹雪の中、最後の力を振り絞ってアントウェルペン大聖堂を訪れ、念願叶ってルーベンスの当該作品を見た後、天に召されるという筋書きでした。

愛犬パトラッシュもネロに寄り添って冷え切った大聖堂の中で死んで行くという悲劇的な結末が視聴者の涙を誘ったのでした。

1975年というと私はまだ小学生でした。
ルーベンスやベルギーの何たるかも知らず毎週テレビで『フランダースの犬』を見ていました。

原作の小説『フランダースの犬』(原題:A Dog of Flanders)はイギリス人作家ウィーダ(Ouida)が1872年に書き上げたものです。

現在も『キリスト昇架』と『キリスト降架』の2枚の作品はアントウェルペン大聖堂で見ることが出来ます。


2. アントウェルペン大聖堂


アントウェルペンとはベルギーの都市の名前です。

現地の公用語であるオランダ語で読むとアントウェルペン(Antwerpen)になりますが英語読みをするとアントワープ(Antwerp)です。

2004年の秋に私はクラブツーリズムのパックツアーに参加して実際にアントウェルペン大聖堂へ行って来ました。

小学生の頃とは異なりベルギーの何たるかは多少は知っていましたが、ルーベンスの何たるかはほとんど分かっていませんでした。

2004年当時の私にとっては絵画とはあくまでも「見るもの」でしたので案内者の説明を聞きながら『キリスト昇架』と『キリスト降架』を眺めて、それで終わりでした。

私にとって絵画が「見るもの」から「学ぶもの」へと変わったのは、このブログにおいて絵画シリーズを始めた2010年からなのです。

絵画関連の最初の投稿記事は、2010年5月19日の『ジョット・ディ・ボンドーネ『天使と聖人を伴なう玉座の聖母子』』です(loro2012.blog)。


3. 人間の残虐性


ルーベンスに限らず十字架上のイエスを描いた絵画を見るといつも思うことがあります。
それは、人間とはここまで他者に対して残酷な仕打ちを行えるものなのだろうかという疑問です。

イエスを十字架に架けた者たちはイエスの両掌に釘を打ち込み両足を重ねてその上から釘を打ち込んでいます。

ルーベンスはイエスの手足から出血する量を抑え気味に描いていると思われますが、実際には夥(おびただ)しい量の出血が見られたのだろうと思います。

ルーベンスの描く男性像はイエスも含めて皆が筋骨逞(たくま)しいですよね。
聖書の話から想像する限りではイエスはもう少し貧相な肉体をしていたのではないかと思います。

ルーベンスはイエスのことを十字架を設置しようとする屈強な男たちに負けないぐらいの肉体美を誇る存在として捉えていたのでしょうね。

私はキリスト教徒ではありませんが、このイエスの磔刑(たっけい)という歴史的事実は絵画などを通して何度も目にしていますので、異民族の昔話という捉え方は出来ません。

人間という生き物の残虐性を知るという意味でも、こういった名画は後世に残していかなければならないと思っています。


4. 原題


『キリスト昇架』は英語ではThe Elevation of the Crossと言います。

the elevationは持ち上げること、the Crossは十字架という意味です。
The Raising of the Crossと呼ばれる場合もあります。




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エル・グレコ『聖衣剥奪』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月21日(土)22時44分 | 編集 |
2014年6月21日(土) 


目次
1. ギリシア人
2. 弱者を苛め抜く者たち
3. 不敬な絵画
4. 原題


今回取り上げる作品はエル・グレコ作『聖衣剥奪』です。

エル・グレコ『聖衣剥奪』568


1. ギリシア人


エル・グレコ(1541-1614)はスペインのトレドで活躍した画家ですが、出身はクレタ島ですのでギリシア人です。
本名はドメニコス・テオトコープロス(Doménikos Theotokópoulos)と言います。

新約聖書は元々はギリシア語で書かれていますので、ギリシア人であるエル・グレコにとっては原書をそのまま読んで理解出来るという強みがあったと思われます。

そんなエル・グレコが残した傑作の内の1つが、この『聖衣剥奪』です。


2. 弱者を苛め抜く者たち


総督ピラトが最終的にイエスの死刑を決めた後、イエスは刑が執行されるゴルゴタの丘へ連れて行かれることになります。

ただ実際には「連れて行かれる」などという生易しいものではありません。

鞭に打たれ、唾を吐きかけられ、罵声を浴びせられ、笑いものにされ、自ら十字架を背負わされ・・・、
イエスはローマ兵やユダヤ教徒たちから数限り無い辱めを受けました。

そのやり方は極めて陰湿であり、今の言葉で言えば苛(いじ)めです。
つまり、これから処刑される人物に対して敢えてしなくてもいいようなことばかりされたわけです。

イエスにとって、あるいはイエス派閥の人々にとって磔刑死という死に方そのものよりも、そこへ至るまでのいたぶられ方の方が心身を傷つけられたのではないかと思われます。

かつての強者イエスが落ちぶれて処刑されることになり、彼の運命が自分たちの手の中にあると分かった途端にこの者たちはこのような異常とも言える行動に出たのです。

2,000年前に遠いエルサレムの地で起きた出来事ですが、イエスを苛め抜いた側の者たちと似たようなことをしている人が現代の日本にもいるのかも知れませんね。


3. 不敬な絵画


イエスが着ている緋色の外套は彼が十字架に架けられる直前に剥ぎ取られてしまいました。

十字架上のイエスは局部を隠す布切れだけの状態で描かれることがほとんどなのですが、十字架に架けられる直前にはエル・グレコが描いているような緋色の外套を着ていたことになっています。

この絵画を完成させたエル・グレコは依頼者であるトレド大聖堂側から報酬の支払いを拒否されてしまいました。
理由は不敬であるということです。

具体的にはイエスの上部に群衆の姿が描かれていることを指摘して、神に対する冒涜であると解釈されてしまったのです。

カトリックの伝統的な考え方からすると、神の子であるイエスの頭上に一般人の顔を描くということは到底受け入れられない構図だと看做(みな)されたのでしょうね。

しかも、この一般人たちは反イエスの人々です。

キリスト教徒からすると、自分たちの信奉する宗教の創設者を苛め抜いた者たちがイエスを見下ろす形で描かれているわけです。

これはやはり受け入れられないでしょうね。
しかもトレド大聖堂というのは、スペイン・カトリックの総本山という地位にある大聖堂なのです。

その強大な権威はカトリック国であるスペイン全土を支配し、トレドで決定された事項が宗教的な規範になることも多々あったのだろうと思われます。

エル・グレコはその辺りの事情を全て飲み込んだ上で敢えてこのような構図を選んだのだと思われますが、最高権威に逆らっても利益はありませんよね。

さらにはイエスの両隣に描かれている2人の男はイエスと同時に磔刑になることが決まっている罪人たちです。
エル・グレコの解釈では、イエスのこんな至近距離に市井(しせい)の罪人がいたということになるわけです。

こういった描き方も大司教の立場では手放しで認めることなど出来ませんよね。


4. 原題


エル・グレコ(El Greco)の制作した『聖衣剥奪』はスペイン語ではEl expolioと言います。

el expolioは略奪とか強奪という意味です。
この作品はスペインのトレド大聖堂(Catedral de Santa María de Toledo)で見ることが出来ます。




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デンゼル・ワシントン主演映画『ザ・ハリケーン』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 外国映画 | 2014年06月20日(金)20時08分 | 編集 |
2014年6月20日(金) 


6月17日(火)にBSTBSでデンゼル・ワシントン主演の映画『ザ・ハリケーン(原題:The Hurricane)』を見ました。

題名のハリケーンはデンゼル・ワシントンが演じるプロボクサーのルービン・カーター(1937-2014)のリングネームです。

この映画はアメリカで実際にあった冤罪事件のルービン・カーター事件を題材にしています。

1966年6月17日にニュージャージー州で3人の白人が何者かによって銃で撃ち殺されるという事件が発生し、容疑者としてプロボクサーのルービン・カーターが逮捕されました。

カーターは犯行時刻には別の飲食店にいたのですが捜査の過程でアリバイとは認められず裁判において有罪となり終身刑が言い渡されました。

この裁判における陪審員は全員が白人であり黒人への差別意識が強く働いて、確たる物的証拠もないままにカーターが犯人にされてしまったという側面があるようです。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(1929-1968)が主導した公民権運動が実を結び1964年にジョンソン政権下で公民権法が制定され法律上は人種差別が撤廃されたことになりましたが、実際の生活の場では白人による黒人への差別意識は根強く残っており、事件が起きるとまず黒人が疑われるという不条理がまかり通っていた時代でした。

黒人を蔑視する白人たちの手によって冤罪事件の犠牲者になってしまったカーターは1975年に獄中で無実を訴える自伝(原題:The Sixteenth Round)を執筆し、この自伝が話題になることでアメリカ社会もこの事件に対して強い関心を寄せるようになりました。

その後、事件が風化していくにつれ獄中のカーターは絶望感を抱くようになり、面会に来た妻には離婚して別の人生を探すよう告げます。

1980年に古本市でこの自伝を手に入れた黒人少年レズラ・マーティンがカーターに手紙を書いたことがきっかけとなって小規模ながらも支援活動が再度本格化し、最終的には1985年にカーターは逆転無罪を勝ち取ります。

映画ではレズラと共にリサ・ピータースなど3名のカナダ人がカーターの釈放を求めて支援活動を行っていきます。

映画の中では描かれていませんが、カーターは釈放後に支援者の一人リサ・ピータース(Lisa Peters)と再婚しており、後に離婚しています。

リサ・ピータースを演じているのはデボラ・カーラ・アンガー(1966-)です。

デンゼル・ワシントン主演映画『ザ・ハリケーン』を見た感想 540


現役ボクサーのルービン・カーターが逮捕されたのは1966年6月ですが、奇しくも日本では同じ年の1966年8月に元ボクサーの袴田巖が強盗殺人などの容疑で逮捕され1980年に死刑判決が確定しました。

1985年に自由の身となったルービン・カーターはその後、冤罪救済活動団体の責任者となり日本の獄中において無罪を訴え続ける袴田巖に対しても支援の手を差し伸べています。

袴田巖は支援者たちの粘り強い活動が実を結び、2014年3月27日に裁判の再審が決定されたことを受けて東京拘置所から釈放されました。

ルービン・カーターがトロントで亡くなったのは2014年4月20日のことですので、袴田巖が拘置所から解放されたという情報はカーターの耳に届いていたかも知れません。

映画の後半で獄中にいるルービン・カーターは新証拠を掴んで面会に訪れたガラスの向こうにいる弁護士たちに対して苛立ちを示し、次のセリフを吐き捨てるように言います。

「私を逮捕し有罪に導いた警察官や検察官らは皆出世しているんだ!」

警察官や検察官が自らの出世欲を満たすために罪のない人を犯人に仕立て上げる捜査・尋問が1966年当時は行われていたということです。

あれから48年が経過した今、そんな非人道的な捜査・尋問は行われていないはずですが、実態はどうなのでしょうか?


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アントニオ・デ・ペレダ『イエスの苦しみの丸太』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月19日(木)15時22分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月19日(木) 


目次
1. 1本の丸太
2. 切り倒したままの木
3. 原題


今回取り上げる作品は、アントニオ・デ・ペレダ作『イエスの苦しみの丸太』です。

アントニオ・デ・ペレダ『イエスの苦しみの丸太』421


1. 1本の丸太


イエスはゴルゴタの丘を登って行く際に十字架型の丸太を背負って行ったとされています。

なぜ十字架型かというと、処刑の際に両腕を地面に対して水平に伸ばして掌を釘で打たれたということが通説になっているからです。

十字架型にするためには丸太が2本必要になります。

一方、1本の丸太が磔刑(たっけい)に使われたのではないかという説もあります。

これだと十字架型にはなりませんので、両手首を頭上で重ね合わせる形にした上で釘で打ったのではないかとされています。

但し、1本の丸太と言っても相当重くて長いものだったと思われます。
なぜならイエスは丸太の重みに耐えかねて丘の上に到達するまでに3回転倒しているからです。

痩せ型だったイエスが人一倍力持ちだったとは考えにくいのですが、仮に腕力があったとしても電柱のような巨大な1本丸太を担いで丘を登って行くのですから、足元がよろけて倒れてしまうのも無理はありません。


2. 切り倒したままの木


作者であるアントニオ・デ・ペレダ(1611-1678)はこの丸太を切り倒したままの状態で描いています。
特に表面を削るといった加工を施していない、切り倒したままの丸太をイエスは担いだのではないかという解釈ですね。

これだと丸太の粗い木肌が裸のイエスの皮膚を傷つけ、丸太の重みだけでなく痛みまでも感じることになります。
ゴルゴタの丘へ向かうイエスは五感の全てを痛めつけられて死への道のりを歩んでいったわけです。


3. 原題


アントニオ・デ・ペレダ(Antonio de Pereda)が制作した『イエスの苦しみの丸太』はスペイン語ではCristo, Varón de Doloresと言います。

el varónは太い木材という意味です。

el dolorは肉体的及び精神的な苦痛を意味しますが、ここでは複数形(dolores)になっていますので幾つもの苦痛を味わったということを表しています。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ジャンバッティスタ・ティエポロ『カルヴァリオへの道で倒れるイエス』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月18日(水)20時16分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月18日(水) 


目次
1. カルヴァリオの丘
2. 原題


今回取り上げる作品は、ジャンバッティスタ・ティエポロ作『カルヴァリオへの道で倒れるイエス』です。

Caida+en+el+camino+del+Calvario 290


1. カルヴァリオの丘


ジャンバッティスタ・ティエポロ(1696-1770)がこの作品の中で描いているのはカルヴァリオの丘に向かって進んでいるイエスです。

カルヴァリオの丘とはゴルゴタの丘の別名です。
イエスは背負っている十字架の重みに耐えかねて、丘の頂上に達するまでに数回転倒しています。

茨の冠を被せられ裸足で不安定な丘を登っていくわけです。
転倒して当然ですよね。

ティエポロが描くイエスの顔からは血の気が完全に引いています。


2. 原題


ジャンバッティスタ・ティエポロ(Giambattista Tiepolo)が制作した『カルヴァリオへの道で倒れるイエス』はスペイン語ではCaída en el camino del Calvarioと言います。

la caídaは転倒とか落下という意味です。
el caminoは道という意味です。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ベルナルド・ストロッツィ『ヴェロニカ』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月17日(火)20時03分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2014年6月17日(火) 


目次
1. 聖顔
2. 原題


今回取り上げる作品はベルナルド・ストロッツィ作『ヴェロニカ』です。

ベルナルド・ストロッツィ『ヴェロニカ』478


1. 聖顔


ヴェロニカはイエスが十字架を背負ってゴルゴタの丘へ行く途中に、身につけていたヴェールを差し出した女性です。
流れ出る額の汗や血を拭くためにヴェロニカは勇気を振り絞ってヴェールを手渡しました。

なぜ勇気を振り絞る必要があったかというと、ユダヤ教パリサイ派の人々やローマ兵士たちがイエスに対して罵詈雑言を浴びせ続ける環境の中でイエスに同情的な行為を示すことは、明日以降の自分の身にも決してプラスにはならないという思いが人々の心にあったからです。

主流派から虐めを受けているイエスに対して内心では何らかの協力をしてあげたいと思いつつも、周囲の目が気になって一歩踏み出せずにいる・・・。

現代においても同じような状況に身を置いている人は多いのかも知れません。

しかしヴェロニカは思い切ってヴェールを差し出したのです。
手渡されたヴェールでイエスが顔を拭いヴェールをヴェロニカへ返しました。

すると信じられないことが起きたのです。
ヴェロニカに戻されたヴェールにはイエスの聖顔が記されていました。

ベルナルド・ストロッツィ(1581-1644)の作品には聖顔が刻まれたヴェールを持つヴェロニカの姿が描かれています。

この聖顔が写ったヴェロニカのヴェールは、現在ヴァチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂に保管されているということになっています。


2. 原題


ベルナルド・ストロッツィ(Bernardo Strozzi)が制作した『ヴェロニカ』はスペイン語ではLa Verónicaと言います。

この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)に所蔵されています。




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ティントレット『カルヴァリオの丘へと登るイエス』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月16日(月)20時13分 | 編集 |
2014年6月16日(月) 


目次
1. 3つの十字架
2. 原題


今回取り上げる作品は、ティントレット作『カルヴァリオの丘へと登るイエス』です。

ティントレット『カルヴァリオの丘へと登るイエス』452


1. 3つの十字架


ティントレット(1518-1594)はイエスがエルサレムの城門を出た後、カルヴァリオの丘を登って行く姿を描いています。
カルヴァリオの丘とはゴルゴタの丘の異名です。

画面中央上部で首に縄をつけられて十字架を背負っているのがイエスです。
画面下部にはさらに2つの十字架が描かれています。

これはイエスが処刑された折に、一緒に2人の強盗も十字架刑に処せられたことを表しています。
後ろ手に縛られた上半身裸の男たちがそれぞれイエスと同じように十字架を背負って歩いています。

イエスの磔刑(たっけい)死という歴史的な瞬間に、その両隣で磔刑死した強盗がいたわけです。
イエスは市井(しせい)の強盗と同列視されていたということになりますね。


2. 原題


ティントレット(Tintoretto)が制作した『カルヴァリオの丘へと登るイエス』はイタリア語ではLa salita al Calvarioと言います。

la salitaの語義は登ることです。

この作品はヴェネツィアにあるサン・ロッコ信徒会集会所(Scuola Grande di San Rocco)で見ることが出来ます。




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ヒエロニムス・ボス『この人を見よ』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月14日(土)22時41分 | 編集 |
2014年6月14日(土) 


目次
1. 民意を問うピラト
2. 強盗バラバ
3. 法律構成
4. 冷笑
5. 原題


今回取り上げる作品は、ヒエロニムス・ボス作『この人を見よ』です。

ヒエロニムス・ボス『この人を見よ』400


1. 民意を問うピラト


鞭打ちを受け荊冠(けいかん)されたイエスをピラトは民衆の前に連れて行きました。

ピラト邸のバルコニーから肉体的に傷ついたイエスの姿を見せて、これ以上の刑罰を与えずにこの件は終わらせるというローマ総督としての意志を示そうとしたのです。

ピラトは屋敷の周囲に集まっているユダヤ人たちに語りかけます。

「この人を見よ!この人はお前たちを癒した。それでもこの人を処刑せよと言うのか?」

ピラトはユダヤ人たちの良心に訴えかけます。
しかしユダヤの民衆はイエスを十字架刑に処す方針を変えるつもりはありません。


2. 強盗バラバ


この当時のユダヤ地区の習わしとして過ぎ越しの祝いの時に一人の死刑囚に恩赦を与えることになっていました。
ピラトはこの恩赦の制度を利用してイエスの死刑を回避しようと考えました。

ピラトは屋敷の前に集まっている民衆に語りかけます。

「恩赦を与えるとすればイエスかそれとも強盗のバラバか?」

民衆はバラバに恩赦を与えるよう強硬に主張しました。
ユダヤ人はどうしてもイエスを処刑しなければ気が済まなかったのです。

結局、恩赦は強盗犯バラバに与えられることになりバラバは釈放されました。


3. 法律構成


ユダヤ地区における裁判において最終決定権を持っているのはピラトです。
ユダヤ最高法院は死刑の宣告は出来ますが実際の処刑は権限がないので出来ません。

ピラトが死刑をしないという判決を表明した場合、ピラトはユダヤ人の暴動を抑えることが出来ないと判断します。
結果、ピラトはイエスに死刑の判決を下しました。

罪状はローマ帝国への反逆罪です。

つまり、ユダヤの王を名乗り民衆を扇動しローマ帝国に対して反旗を翻(ひるがえ)すような動きがあったということです。

ユダヤの王位を詐称するということはローマ皇帝に対する反逆罪に等しいという法律構成をピラトはとったわけです。

しかし実際にはそんな行動はありませんでした。
判決を下したピラト自身もそれは分かっています。

完全なる冤罪ですね。

仮にイエスに罪があるとすれば、それはユダヤ社会内部の問題に過ぎません。
ローマ帝国を相手にするような言動をイエスがとったことは一度もなかったはずです。

ピラトは元々、イエスを死刑にすることには反対の立場をとっていました。
死刑にするような罪状がないのですから当然の判断です。

しかし、ユダヤ人の暴動を招いた責任を本国ローマに追求されることを避けるためにイエスを死刑に処すことに決めたのです。

保身以外の何ものでもありません。


4. 冷笑


ヒエロニムス・ボス(1450頃-1516)はほぼ全裸で傷だらけになった体のイエスを描いています。
イエスの向かって右に立っている赤いマントを掛けている男がピラトです。

向かって右に描かれている群衆の中には惨めな姿に成り果てたイエスを見て薄ら笑いを浮かべている者もいますね。

イエスの行った3年半に渡る布教活動の間、さんざん虚仮(こけ)にされて権威を失墜させられた律法学者の恨みがそこに表現されています。

民衆から慕われて奇跡の数々を行ったイエスが肉体的精神的に追い込まれている姿を見るのはさぞかし痛快だったのでしょうね。

しかも、その無様(ぶざま)な姿は大衆の前に晒されているのです。
イエスと対立するユダヤ体制派の面々にとっては至福の瞬間だったのかも知れません。


5. 原題


ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch)が制作した『この人を見よ』はラテン語ではEcce homoと言います。

私はラテン語については無知なので文法解説は出来ませんが、英語にせよドイツ語にせよこの場面を扱った絵画の題名はラテン語のEcce homoが用いられています。

この作品はドイツ西部の都市フランクフルト・アム・マインにあるシュテーデル美術館(Das Städel)で見ることが出来ます。




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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『荊冠のキリスト』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年06月12日(木)13時35分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2014年6月12日(木) 


目次
1. 荊の冠
2. ピラトの考え
3. 原題


今回取り上げる作品は、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作『荊冠(けいかん)のキリスト』です。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『荊冠のキリスト』561


1. 荊の冠


鞭打ち刑の後、イエスの頭部には荊(いばら)の冠がかけられました。
この冠はユダヤの王として君臨しようとしたイエスを揶揄するために用意されたものです。

もちろんイエス自身はユダヤの王になる考えなどありませんでした。
しかし世論の流れによってイエスがそういった考えを持っていたことにされてしまったわけです。

完全なる陰謀であり冤罪です。

ローマ兵たちは茨の冠をつけるにあたり、わざとイエスの前に跪(ひざまず)いてこう叫びました。

「ユダヤの王、万歳!」

そしてある者は戴冠しながらイエスに唾を吐きかけました。
ある者はイエスの頭を小突き回しました。


2. ピラトの考え


ピラトとしてはこのような刑罰をイエスに与えることで、この一件の幕引きをしようとしたのだと思われます。

背中は爛(ただ)れ額からは血を流し憔悴しきったイエスの姿を見れば、ユダヤの民衆も死刑などという主張を捨てるだろうとピラトは考えたのです。

実際にはユダヤ人はあくまでもイエスの死刑を求めました。
ピラトの思惑通りにはユダヤ人は動かなかったわけですね。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1490頃-1576)は荊を被せられたイエスが遠くを見つめている姿を描いています。
肉体的苦痛の限界を超えたイエスにはローマ兵たちの動きが目に入らないかのようです。


3. 原題


ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(Tiziano Vecellio)が制作した『荊冠のキリスト』はフランス語ではLe Couronnement d'épinesと言います。

Le Couronnementが戴冠、épineが荊という意味です。

この作品はルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。




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