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ドメニコ・フェッティ『燃える茨の前のモーゼ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年08月01日(水)11時42分 | 編集 |
記事のタグ: 美術史美術館
2012年8月1日(水)


目次
1. エジプト人殺害事件
2. シナイ山の茨
3. 原題


今回取り上げる作品は、ドメニコ・フェッティ作『燃える茨の前のモーゼ』です。

2012年8月1日ドメニコ・フェッティ『燃える茨の前のモーゼ』509

1. エジプト人殺害事件


モーゼがミディアンへと赴く経緯については、2012年7月29日(日)の記事『セバスティアーノ・リッチ『エテロの娘たちを守るモーゼ』 loro2012.blog』で既に述べていますが、もう一度おさらいしておきましょう。

エジプト王女に命を救われた赤ちゃんのモーゼは、その後エジプト王宮で育てられ、長じて逞しい若者へと成長しました。

ある日モーゼは市中の作業現場を見に行きました。
そこではユダヤ人達が強制労働に服役していました。

モーゼは一人のユダヤ人がエジプトの監督官に滅多矢鱈に打ち据えられているのを目撃します。
この理不尽な光景を見て、モーゼの内に秘めた正義感が顕在化します。

モーゼは周囲に人がいなくなったのを見計らって、件(くだん)の監督官を撲殺したのです。

モーゼの犯行現場を直接目撃した者はいませんでしたが、世論はモーゼ犯行説に傾いていきました。

そして、ついにエジプト王がモーゼを逮捕するよう命令を出す事態となってしまったのです。

このままではモーゼが逮捕されるという危機的状況を悟った王女は、モーゼを王宮から逃しました。

王女は殺害事件の真相をうすうす気づいていましたが、最後までモーゼの味方になってくれたわけですね。

こうしてモーゼは優雅な生活を堪能できるエジプト宮廷を後にし、遠い砂漠を目指して落ち延びて行ったのです。


2. シナイ山の茨


モーゼはエジプト人の監督官を殺害した後、エジプト王の追跡を逃れてアラビア半島の砂漠へと行方をくらまします。

その後、ミディアンという街に住む祭司エテロの家に身を寄せることになりました。

ミディアンの地で羊飼いとして暮らす生活の中で、モーゼはエテロの娘ツィポラと結婚することになります。

二人の間には子供も出来て、平穏な暮らしがしばらくは続きました。

ある日モーゼはシナイ山へと分け入りました。

しばらくしてモーゼは燃えている茨を目にします。
そして神の声を聞くことになるのです。

「お前の履いている下履きを脱ぎなさい。ここは神聖な場所なのだ。」

ドメニコ・フェッティ(1589-1623)が描いているのは、声がする茨の方を見ながら下履きを脱いでいるモーゼの姿です。

下履きを脱いだモーゼに神の言葉が続きます。

「私はお前の先祖アブラハムの神である。エジプトにいる我が民をカナンの地へ連れ出すのだ。」

神に召命されたモーゼは、この出来事の後、妻子を連れてエジプトへと向かいます。
そしてファラオの下に出向いてユダヤ人の出国交渉を行うことになるのです。

ファラオとはエジプト王のことです。


3. 原題


ドメニコ・フェッティ(Domenico Fetti)が制作した『燃える茨の前のモーゼ』は、ドイツ語ではMoses vor dem brennenden Dornbuschと言います。

brennendは形容詞で燃えている~という意味です。
Dornは茨、Buschは低木の茂みという意味で、ここでは合成語として1語になっています。

この作品はウィーンにある美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)で見ることが出来ます。





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