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ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ『アントニウスとクレオパトラの出会い』
記事URL  カテゴリ | ローマ建国史絵画 | 2012年04月26日(木)13時26分 | 編集 |
2012年4月26日(木)


目次
1. 第二回三頭政治
2. クレオパトラ7世
3. 原題


今回取り上げる作品は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ作『アントニウスとクレオパトラの出会い』です。

2012年4月26日ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ『アントニウスとクレオパトラの出会い』252

1. 第二回三頭政治


カエサル(紀元前100頃-紀元前44)が暗殺された後、共和政ローマを統治する正式な公職として、国家再建三人委員会が成立しました。

この国家再建三人委員会を、第二回三頭政治と呼んでいます。

第二回三頭政治を構成したのは、マルクス・アントニウス(紀元前83-紀元前30)、オクタウィアヌス、レピドゥスです。

この三人は一時的に同盟関係を結んでいたに過ぎず、キケロやブルータスなどの政敵を死に追いやった後は、反目し合うようになります。


2. クレオパトラ7世


クレオパトラ7世(紀元前70頃-紀元前30)は、古代エジプトのプトレマイオス朝最後のファラオです。
ファラオとは、古代エジプトの王を指します。

アントニウスは自らの政治的勢力を強化するために、ローマを離れてシリアなどの東方の国々へ赴きます。

各国の王と会見し、協力関係を打診する中で、エジプト女王クレオパトラとの出会いがありました。

アントニウスは、今は亡きカエサルが、クレオパトラとかつて愛人関係にあったことは知っていました。

そのことを承知でアントニウスは、クレオパトラに惚れ込み、のめり込んでいったと言われています。

イタリアの画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696-1770)は、アントニウスとクレオパトラが出会った場面を描きました。

前景中央で、赤いマントを羽織っているのがアントニウスです。
アントニウスの向かって左隣にいる女性が、クレオパトラですね。

この時点ではまだ二人は、愛人関係にはなっていません。
しかしティエポロは、この二人を親密な男女として描きました。

画面後景向かって左には、ローマ軍の軍艦の帆が描かれています。
後景右側にいる男たちは、アントニウスの側近たちですね。


3. 原題


ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(Giovanni Battista Tiepolo)が描いた『アントニウスとクレオパトラの出会い』は、イタリア語ではL'Incontroと言います。

l'incontroは、出会い、という意味です。
この作品は、ヴェネツィアにあるパラッツオ・ラビア(Palazzo Labia)で見ることが出来ます。





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