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バルトロメウス・スプランヘル『オデュッセウスとキルケ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2012年03月10日(土)15時56分 | 編集 |
2012年3月10日(土)


目次
1. 美女キルケの能動的なセックス
2. キルケの虜になったオデュッセウス
3. キルケの助言
4. 原題


今回取り上げる作品は、バルトロメウス・スプランヘル作『オデュッセウスとキルケ』です。

2012年3月10日バルトロメウス・スプランヘル『オデュッセウスとキルケ』458

1. 美女キルケの能動的なセックス


オデュッセウスは、本来であれば、すぐにでもイタキ島へ帰らなければいけない立場ですが、部下を救うために、キルケを愛するという交換条件を受け入れました。

当初は、交換条件を実践するために、キルケに愛情を注いでいたオデュッセウスでしたが、次第にキルケの美貌に心を奪われていきます。

オデュッセウスは、約束の履行のためにキルケと嫌々セックスするのではなく、キルケとセックスすることを待ち望むようになって行きました。

キルケは魔女なのですが、美女でもあります。
しかも豊満な肉体の持ち主で、男を昇天させる術も身につけています。

セックスの最中に、ただ寝転がっているだけで、男の要望に応えようともしない非協力的な女もいますが、キルケは、セックスに対して協力的と言うより、むしろ、積極的な女です。

男にセックスの快感を与えることによって、男が自分に夢中になるように仕向けることなど、キルケにとっては、いとも簡単なことだったのです。

キルケのような能動的なセックスをする女性に、男は弱いのです。

オデュッセウスは、妻ペネロペのことは間違いなく愛しています。
しかし、知り合ったばかりの美女キルケは、離れがたい色香の持ち主です。

オデュッセウスは、豊満な肉体の誘惑に抗うことは出来ませんでした。
こうして、オデュッセウスはキルケと共にアイアイエ島で、一年間を過ごすことになります。


2. キルケの虜になったオデュッセウス


キルケは魔女としては、魔法を破られ惨めな思いをしました。

しかし、美女としてはオデュッセウスの心と体を虜(とりこ)にし、優越感に浸ることが出来たわけです。

女としては、むしろこちらの展開の方が嬉しいのかも知れません。

フランドルの画家バルトロメウス・スプランヘル(1546-1611)は、オデュッセウスとキルケが睦み合っている場面を描いています。

オデュッセウスは、キルケの豊麗な左太股の上に、自らの右脚を絡めています。

キルケはじっとオデュッセウスの表情を見つめながら、豊満な左の乳房をオデュッセウスの脇腹に押し付けています。

キルケは左手をオデュッセウスの臀部へと回し、オデュッセウスの反応を楽しんでいるかのようです。
キルケが右手に握っているのは、魔法の杖です。

この杖で、男たちを獣に変えるのです。
周囲に描かれた馬などの動物たちは、全てキルケによって姿を変えられた者たちです。

オデュッセウスはヘルメスの協力を得て、キルケの魔法は簡単に打ち破ることが出来ました。

しかし、美女キルケのツンと立った乳首を目の前にして、勃起を抑制することなど出来るはずもありません。


3. キルケの助言


オデュッセウス一行のアイアイエ島での生活も、一年が経ちました。
キルケのお腹には、オデュッセウスの子が宿っていました。

オデュッセウスの部下たちは、一日も早くイタキ島へ戻ることを、オデュッセウスに進言します。
部下の意見を受け入れたオデュッセウスは、キルケに別れを告げました。

妊娠しているという、女にとっての切り札を持ちながら、キルケはオデュッセウスを自由にしてあげました。

実際には、キルケにとっては、かなりの葛藤がありましたが、オデュッセウスの本心は、妻ペネロペにあることを理解したのです。

別れ際にキルケは、今後のオデュッセウスたちの航海にとって重要になるであろう、以下の情報を授けます。

「まず、怪物セイレンが棲む海域では、セイレンたちの歌声を耳にしてはいけない。
その後、メッシーナ海峡を通過する際に、左右二つの岩にそれぞれ、怪物カリュブディスとスキュラが棲んでいる。

カリュブディスかスキュラか、どちらかのいる岩の傍を選択して、通過しなければらない。」


美女キルケは、愛のある生活を共にしたオデュッセウスに、安全な航行をするための知識を、前もって授けたのです。

短い期間とは言え、精一杯愛してくれた男への、せめてもの恩返しのつもりでした。


4. 原題


バルトロメウス・スプランヘル(Bartholomäus Spranger)が描いた『オデュッセウスとキルケ』は、ドイツ語ではOdysseus und Kirkeと言います。

この作品は、ウィーンにある美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)で見ることが出来ます。





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