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Nicolas-Guy Brenet『テセウスに武具の所在を指し示すアイトラ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2012年02月23日(木)16時57分 | 編集 |
2012年2月23日(木)


目次
1. テセウスの最期
2. アイトラの最期
3. 原題


今回取り上げる作品は、Nicolas-Guy Brenet作『テセウスに武具の所在を指し示すアイトラ』です。

2012年2月23日Nicolas-Guy Brenet『テセウスに武具の所在を指し示すアイトラ』281

1. テセウスの最期


休止していたテセウスとアイトラのその後について、取り上げます。

テセウスは、アテナイ宮廷から追放された後、スキロス島の王リュコメデスを頼り、辛うじて居場所を確保します。

スキロス島は、エーゲ海に浮かぶ島で、息子たちアカマスとデモポンが流されたエウボイア島よりも、東に位置します。

スキロス島の王リュコメデスは、女装したアキレスを匿(かくま)っていたことで知られています。

リュコメデスは、かつてテセウスがアテナイにおいて、絶大な人気を得ていたことを知っています。
そのテセウスが、今、自分の治める国に身を寄せているのです。

たとえ落ちぶれたとは言え、テセウスの器量を持ってすれば、スキロス島の人々をまとめ上げ、スキロス王の座に就くことは容易なのではないかと、リュコメデスは次第に猜疑心に囚われるようになっていきます。

そして、ついに、リュコメデスは、テセウス暗殺を決意します。

リュコメデスは、崖の傍までテセウスを友好的に誘い、テセウスが水平線を見つめている隙を見逃さず、背中を押して、海へと突き落としたのです。

英雄テセウスの最期は、呆気ないものでした。

アリアドネ、アイゲウス、アンティオペ、パイドラ、ヒッポリュトス・・・、多くの近親者が、テセウスのせいで不幸になりました。

クレタ島のミノタウロスを倒し、アテナイの若者に夢と希望を与えた稀代の英雄は、一方では、関わった人々を不幸に陥れる側面も併せ持っていたのです。

最終的には、息子たちに看取られることもなく、一人で海の藻屑となって、その生涯を終えることになったのでした。

なお、テセウスが死んだのは、トロイ戦争が終結した後のことです。


2. アイトラの最期


テセウスの母アイトラは、トロイが陥落する際に、テセウスの息子たちアカマスとデモポンの手によって、トロイ宮廷から救出されました。

その後、ギリシアへ帰還するために、息子のアカマスの船に同乗したのか、主人であるヘレネの船に同乗したのかは、定かではありません。

ギリシアへの途次、食料補給のために立ち寄った港で、アイトラはテセウスの悲劇的な死を知ることになります。

アイトラは、息子テセウスの訃報を耳にして悲嘆に暮れ、自ら命を絶つ決意を固めます。

アイトラが自殺した方法は伝えられていませんが、もしかしたら、息子同様、海に身を投げて死んだのかも知れません。

死ぬ間際のアイトラが、この世で最後に思い返していたのは、少年だったテセウスが大岩をどかして、アイゲウスの隠した武具を発見した場面だったかも知れません。

この場面は、2011年7月7日(木)の記事『アントニオ・バレストラ『父王の剣を見つけるテセウス』 loro2012.blog.fc2.com』で一度取り上げていますが、再度、別の画家の作品で取り上げました。

作者は、フランスの画家Nicolas-Guy Brenet(1728-1792)です。

アイトラは、孫たちの世話になって余生を過ごすことよりも、自分で育てたテセウスとの思い出を胸に、死ぬ道を選んだのです。

なぜなら、アイトラがどれだけ生きても、もうこの世では、テセウスには逢えないからです。

テセウスの人生も、波乱に満ちたものでしたが、母アイトラの人生も、息子に負けず劣らず、波乱に富んだものでした。

なお、メネラオスに許されたヘレネが、スパルタへ帰還できたのは、戦争終結から8年後のことでした。
そして、アカマスがアテナイへ帰還できたのは、戦争終結から9年が経過してからでした。

トロイの港を出航する時には、アイトラは、どちらかの船に乗っていたわけですが、故郷ギリシアの港には、アイトラの姿はありませんでした。


3. 原題


Nicolas-Guy Brenetが描いた『テセウスに武具の所在を指し示すアイトラ』は、英語ではAethra Showing her Son Theseus the Place Where his Father had Hidden his Armsと言います。

この作品は、ロサンゼルス郡美術館(Los Angeles County Museum of Art)で見ることが出来ます。





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