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エドゥアール・マネ『オランピア』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年12月03日(金)19時00分 | 編集 |
記事のタグ: オルセー美術館
2010年12月3日(金)


目次
1. 政府主催の展覧会
2. 娼婦の通称
3. 原題


今回取り上げる作品はエドゥアール・マネ作『オランピア』です。

2010年12月3日エドゥアール・マネ『オランピア』1 225

1. 政府主催の展覧会


『オランピア』はエドゥアール・マネ(1832-1883)が1865年に開催されたサロンに出展した作品です。

サロンとは絵画の展覧会のことです。
当時はフランス政府が主催する官展でした。

1865年のフランスはナポレオン3世(在位:1852-1870)が皇帝として政治を行っていた第二帝政の時代ですね。

この作品はサロンに詰めかけた多くの批評家たちから酷評されました。
その理由は不道徳な内容であるからです。

現代の感覚からすると何ら問題のない普通の裸婦像に思えます。

しかし、今から150年ぐらい前のパリにおいては「このような」女性の裸体を描くことは反社会的な行為であると受け止められていたのです。


2. 娼婦の通称


「このような」女性とはどんな女性かと言うと、まず絵画の題名からして反発を受けました。
オランピアとは当時の社会における共通認識として娼婦のことを指している言葉でした。

19世紀後半のパリにおいては、芸術作品の中に娼婦の裸体を描くことは言語道断であるという空気が存在していました。

裸婦を描くのであれば、神話や聖書に登場する女性を対象とすることが常識とされていたわけです。

対象が誰であれ裸婦像であることには変わりはありません。
しかし、お偉方というのはいつの時代でも自分たちに都合の良い基準を設けたがります。

そして、その基準から外れた新しい表現方法を排除しようとするわけです。

例えば、マネが『オランピア』を制作する上で構図などを参考にしたという『ウルビーノのヴィーナス』という作品があります。

2010年12月3日エドゥアール・マネ『オランピア』2 233

作者はティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488-1576)です。

これを見た批評家たちは「女神を描いている作品なので正当である」と評価してきたわけです。


3. 原題


『オランピア』はフランス語ではOlympiaと綴ります。
この作品はオルセー美術館(Musée d'Orsay)の所蔵となっています。




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