映画とドラマと語学、そして株式投資へ
| ホーム loro2012 |
| 投稿 |
スポンサーサイト
記事URL  カテゴリ | スポンサー広告 | --年--月--日(--)--時--分 | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





ラファエロ・サンティ『ディオタッレーヴィの聖母』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月22日(月)15時22分 | 編集 |
2010年11月22日(月)


目次
1. ウルビーノにいた頃
2. 原題


今回取り上げる作品は、ラファエロ・サンティ作『ディオタッレーヴィの聖母』です。

2010年11月22日ラファエロ・サンティ『ディオタッレーヴィの聖母』 470

1. ウルビーノにいた頃


ラファエロ・サンティ(1483-1520)が画家としての活動を開始したのは、生まれ故郷のウルビーノです。

ウルビーノはイタリア中部にある街です。

ラファエロ・サンティ(Raffaello Sanzio)は誰もが天才画家と認めるルネサンス期の巨匠ですが、ウルビーノにいた頃に制作された作品にはまだまだ荒削りなところが見られます。

『ディオタッレーヴィの聖母』という作品がその一つです。
この作品は1500年から1503年頃に制作されたと考えられています。

マリアの表情を見て、本当にこれがラファエロの作品なのだろうかと訝(いぶか)る人もいるかも知れませんね。

マリアは画面向かって左側に首を傾(かし)げているのですが、直立した首と顔の位置関係が不均衡です。

顔だけが唐突に左に折れ曲がったように感じられ、首からの一体感がありません。

そして、膝の上に座っているイエスの描き方にもぎこちなさを感じます。
顔の大きさに比べると胴体や脚が異様に長すぎて現実離れしています。

これは非現実的な聖母子像を意図的に描いたというよりは、ラファエロの技術がまだ未熟だったことの表れでしょう。

さすがのラファエロも、10代後半ではこの程度の技法しか身に備えていなかったわけです。

このラファエロに人物の描き方の真髄を教えたのが、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)でした。


2. 原題


『ディオタッレーヴィの聖母』は、イタリア語ではMadonna Diotallevi、ドイツ語ではMadonna Diotaleviと言います。

この作品は、ベルリン国立美術館絵画館(Die Berliner Gemäldegalerie)に所蔵されています。




関連記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。