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ジェイムズ・ティソート『兄ユダと対話するヨセフ』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月13日(金)16時50分 | 編集 |
2012年7月13日(金)


目次
1. 宰相ツァフェナト・パネア
2. 兄ユダとの再会
3. ベニヤミンを要求するヨセフ
4. 原題


今回取り上げるのは、ジェイムズ・ティソート作『兄ユダと対話するヨセフ』です。

2012年7月13日ジェイムズ・ティソート『兄ユダと対話するヨセフ』261

1. 宰相ツァフェナト・パネア


ファラオによって宰相に任じられたヨセフは、ツァフェナト・パネアという名前をファラオから与えられました。

また、祭司ポティ・フェラの娘アセナトを、妻として与えられました。

それから数年が経ち、かつてヨセフが予言した通り、エジプトにおいて飢饉が発生しました。

食糧難の中、宰相ヨセフが辣腕をふるって、何とかエジプト人たちの暮らしを成り立たせていた頃、カナンの地でも同じように、人々が飢饉で苦しんでいました。

いよいよカナンにおける穀物が無くなりそうな段階になって、ヤコブの息子たちは、有能な宰相がいるおかげで穀物の在庫があると噂されているエジプトへ、買い付けに行くことにしました。

出発に際し、ヤコブの息子たちは、末弟のベニヤミンだけはカナンの地に残し、年老いた両親の面倒を見るように命じました。

両親とは、ヤコブとレアです。

レアは、ベニヤミンの実母ではありません。

ベニヤミンの実母ラケルは、難産の末ベニヤミンを生んだ時に、命を落としていました。


2. 兄ユダとの再会


エジプトに到着したイスラエル人一行は、宮廷において宰相ツァフェナト・パネアに穀物の買い付けに来た旨を述べます。

ナント生まれの画家ジェイムズ・ティソート(1836-1902)が描いているのは、ツァフェナト・パネアに対して、ヤコブの4番目の息子ユダが、穀物買い付け交渉をしている場面です。

向かって右で、床に座っているのがユダです。

向かって左で、じっくりと訴えを聞いているのが宰相ツァフェナト・パネアです。

ユダは、この目の前にいるツァフェナト・パネアが、まさか弟のヨセフであるとは思ってもいません。

異国エジプトでの生活を長く続けることよって、ヨセフの風貌は、かなり変わっていたのです。

しかも、エジプト人の中でも最高級の生活をしているわけですから、自然と優雅な立ち居振る舞いが身についていきます。

一方、カナンの地で、相も変わらぬ生活を漫然と繰り返していたユダは、ただ単に年をとっただけの男でした。

鋭敏なヨセフは、一目で、すぐに兄ユダであることを見抜きました。


3. ベニヤミンを要求するヨセフ


ユダの話をひと通り聞き終えたヨセフは、ユダの素性を知らないふりをして、あくまでも大国の政治家として、カナン人の誠意を試す命令を出します。

それは、今回は、ユダが所望する穀物の全てを渡すのではなく、一部だけとし、今後、カナンに残っているベニヤミンが、エジプトを訪問した際に、改めて残りの穀物を引き渡す旨、申し渡したのでした。

ベニヤミンがエジプトを訪問するかどうかは、ユダの一存では決められません。

そこでユダは、いったんカナンに戻り、父ヤコブと相談の上、ベニヤミンを連れて来るかどうかを決めたい、と述べました。

その申し出を受け入れたヨセフは、ユダがカナンへ戻っている間の人質として、次兄のシメオンを指名しました。

人質をとっておかないと、場合によっては、ユダら一行は、二度とエジプトへやって来ない可能性もあるからです。

どうしてもベニヤミンと再会したいヨセフにとっては、口実を設けて、人質を取ってでも、ユダら一行を再度、エジプトへと来させる必要があったわけですね。

カナンの地で一緒に暮らしていた頃、シメオンはヨセフとの関係が、最も険悪だったと言われています。

義兄たちは、皆で美形のヨセフを虐め抜いたのですが、特にシメオンのやり方は、陰湿で残虐だったのです。

ヨセフはシメオンを人質として取り、エジプトの牢に投獄しました。


4. 原題


ジェイムズ・ティソート(James Tissot)が描いた『兄ユダと対話するヨセフ』は、英語ではJoseph Converses With Judah, His Brotherと言います。

なお、ジェイムズ・ティソートは、James Jacques Joseph Tissotという名前で表記される場合も多いです。

この作品は、ニューヨークにあるユダヤ美術館(The Jewish Museum of New York)で見ることが出来ます。





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