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アールト・デ・ヘルデル『アハシュエロスの宴会』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年03月26日(火)13時26分 | 編集 |
2013年3月26日(火)


目次
1. バビロン捕囚
2. ペルシャ王アハシュエロス
3. 原題


今回取り上げる作品は、アールト・デ・ヘルデル作『アハシュエロスの宴会』です。

2013年3月26日アールト・デ・ヘルデル『アハシュエロスの宴会』271

1. バビロン捕囚


紀元前586年に、新バビロニアの王ネブカドネザル2世(在位:紀元前605-紀元前562)によってエルサレムの街は攻撃を受け陥落します。

エルサレムにいたユダヤ人たちは新バビロニアへ強制移住させられました。
この出来事はユダヤ人の立場からバビロン捕囚と呼ばれています。

その後、バビロニアは紀元前539年に、キュロス2世率いるアケメネス朝ペルシアによって滅ぼされました。

ユダヤ人の新しい統治者となったアケメネス朝ペルシア初代国王キュロス2世(在位:紀元前550-紀元前529)は、バビロニアにいたユダヤ人を解放し、祖国へと戻るよう促しました。

キュロス2世の政策は、本来であれば異国の地バビロニアに強制移住させられて祖国帰還を夢見ながら暮らすユダヤ人にとっては好ましい政策であるはずです。

ところが、バビロニアの地において何とか生活基盤を確立させて、ある程度の生活水準を維持していたユダヤ人も少なからずいたのです。

このような、今すぐに祖国へ戻る必要のない、ある程度豊かな生活を送っていたユダヤ人たちはキュロス2世の帰還許可に従わず、そのままペルシャ王国の領土内に留まりました。


2. ペルシャ王アハシュエロス


その後、時代は45年ほど進み、ペルシアではダレイオス1世の息子であるクセルクセス1世(在位紀元前485-紀元前465)が王となりました。

クセルクセス1世は別名アハシュエロスと言います。

王位に就いたアハシュエロスは、即位祝いと称して様々な宴を開催します。

オランダの画家アールト・デ・ヘルデル(1645-1727)が描いているのは、アハシュエロスが宴会の場でワインを飲んで酩酊している場面です。

向かって左に描かれている恰幅(かっぷく)のいい男がアハシュエロスです。

アハシュエロスは左手に大きな杯を持っていますが、中身のワインは全て飲み干した後です。
アハシュエロスは酔って杯を傾けているので、僅(わず)かに杯の中に残っていたワインが滴り落ちています。

ワインの力で良い気分になったアハシュエロスは、王妃ワシュティにも宴に参加し市民の前に姿を見せること命じました。

しかし、王妃はその命令を拒み宴会にはついに現れませんでした。

アハシュエロスは命令に従わない王妃を廃して、新たな王妃を探すことにしました。


3. 原題


アールト・デ・ヘルデル(Aert de Gelder)が描いた『アハシュエロスの宴会』は、英語ではThe Banquet of Ahasuerusと言います。

この作品は、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスにあるJ. Paul Getty Museumで見ることが出来ます。




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