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サンティ・ディ・ティト『パエトンの姉妹』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年06月17日(金)15時27分 | 編集 |
2011年6月17日(金)


目次
1. 琥珀
2. パエトンの教訓
3. 中田英寿選手の優れた判断力
4. よほどの例外的状況
5. 原題


今回取り上げる作品は、サンティ・ディ・ティト作『パエトンの姉妹』です。

2011年6月17日サンティ・ディ・ティト『パエトンの姉妹』485

1. 琥珀


イタリアの画家サンティ・ディ・ティト(1536-1603)が描いているのは、パエトンが墜落死した後の姉妹たちの姿です。

パエトンの訃報を聞いた姉妹たちは、パエトンが落ちたと言われるエリダノス河畔へとやって来ました。

エリダノス川は現在のポー川に同定されています。

画面中景や後景で嘆き悲しんでいるのはパエトンの姉妹たちです。
顔を覆ったり両手を上げたりしてパエトンの死を悼(いた)んでいます。

パエトンを失った深い悲しみは、やがて彼女たちを樹木に変えてしまいます。
背中を向けている女性の指先からは葉が出ていますね。

樹木となった後も彼女たちは泣き続けました。
その涙は樹皮から滲(にじ)み出し、やがて琥珀になったと言われています。


2. パエトンの教訓


このパエトンの話はいくつかの教訓を秘めていて興味深いですね。

パエトンが引き起こした大惨事の原因を作ったのは父であるヘリオスです。

太陽の馬車を少年パエトンが制御できないことぐらい、初めからヘリオスには分かっていました。
しかし息子可愛さについ心が緩んで、ヘリオスは重大な判断の過ちを犯してしまいました。

人間どんな仕事に従事するにせよ、技術的な過ちを無くすことはほぼ不可能と言って良いでしょう。

例えば商店の店員がお釣りを間違って渡したり、原稿を書く人間が誤字脱字に気づかなかったりと、人間は技術的な過ちを犯す可能性がある動物なのです。

だからこそ複数の人間が一つの仕事に同時に関与して、多角的な視点で過ちがないかどうかを検証する体制を築く必要があるわけです。

書籍などの編集部門においては最終原稿完成→著者校正→幹事校正→印刷という手順を踏みますが、その校正作業の中である程度の確率で誤字脱字が見つかります。

場合によっては印刷してから誤字脱字に気づく場合もあります。
もう手遅れですけどね。

それぐらい人間の仕事の能力は一般論としては高くはないですし、だからこそ検証作業が必要になるのです。

「この仕事は彼がやったのだから、恐らく正しいのだろう」という思い込みや手抜きを完全に排除して、検証作業に重きを置いて仕事に取り組まないと技術的な過ちはなくなりません。


3. 中田英寿選手の優れた判断力


一方、判断の過ちというのは、人によってはゼロに近づけることが可能です。

判断力が身に備わっている人は、よほどの例外的状況を除いてその判断力が鈍るということはまず考えられません。

例えば、以前サッカー日本代表の岡田武史元監督が中田英寿選手を評して、次のようにテレビで言っていました。

「彼にも技術的なミスというのはあります。しかし判断のミスというのは、ほぼ無いと言って良いと思います。」

私には中田選手のサッカーセンスを論評する能力はありませんが、おそらく岡田監督の言う通り中田選手には司令塔に不可欠な判断力が備わっているのでしょうね。

ヘリオスに話を戻しますが、ヘリオスは神ですので正しい判断力が備わっていることが前提になっていると思います。

しかし馬車に乗りたいというパエトンからの熱望を受けて、父親としての甘さがヘリオスの判断力を鈍らせました。

そしてその判断の過ちが、最終的には地上に大惨事をもたらす結果を招いたのです。

いつの時代でもどの民族でも、親は子に対しては甘いのでしょうね。

他人の子どもには原理原則を貫くくせに自分の子には特例を認めてしまう・・・、それが人の親なのかも知れません。


4. よほどの例外的状況


アメリカのドラマ『ER』の中でどのシーズンだったか忘れましたが、興味深い場面がありました。

モーラ・ティアニー(Maura Tierney)が演じる女医アビー・ロックハートは、預けていた我が子が病気になってERへ搬送されて来た姿を見て気が動転します。

マニュアルでは、この病状の場合であれば麻酔を打つべきところです。
しかしアビーは、乳児である我が子にマニュアル通りに麻酔を打つことには反対します。

麻酔を打って、もし赤ちゃんに万一のことがあれば取り返しがつかないからというのが理由です。

けれどアビーは女医として今までに似たような状況においては、他人の赤ちゃんに麻酔を打ってきたわけです。

もちろん、麻酔を打つに当たり躊躇(ためら)いなどありません。

医師は患者の命を救うために麻酔を打つべきですし、他に選択肢などありません。
だからこそ、麻酔を打つことがマニュアルで定められているのです。

アビーは女医の立場としては麻酔を打つべきだと分かっているのですが、母の立場としては後遺症の危険性が頭をかすめて判断力が鈍ります。

アビーは「よほどの例外的状況」に追い込まれたわけですね。
結局、他の医師たちの正論に押されて、アビーは我が子に麻酔を打つことに同意します。

親という立ち場はこれほどまでに判断力を曇らせてしまう、厄介なものなのかも知れません。


5. 原題


サンティ・ディ・ティト(Santi di Tito)が描いた『パエトンの姉妹』は、イタリア語ではLe sorelle di Fetonteと言います。

le sorelleが姉妹たちという意味です。

この作品は、フィレンツェにあるヴェッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)の中の、Studiolo di Francesco Iという部屋で見ることが出来ます。


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