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古代ローマ時代のフレスコ画『プリクソスとヘレ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年09月05日(月)19時35分 | 編集 |
2011年9月5日(月)


目次
1. ボイオティア王子プリクソス
2. ヘルメスの救済
3. ヘレの死
4. コルキス王アイエテス
5. 原題


今日からイアソンの冒険に話題が移りますが、まずは、その前段階のプリクソスの話から始めます。

今回取り上げる作品は、古代ローマ時代のフレスコ画『プリクソスとヘレ』です。

2011年9月5日古代ローマ時代のフレスコ画『プリクソスとヘレ』435

1. ボイオティア王子プリクソス


プリクソスは、ボイオティア王アタマスとネペレとの間に生まれた息子です。
ヘレは、プリクソスの妹です。

ボイオティアは、現在のバルカン半島南部にある地域です。

アタマスとネペレの夫婦仲は、険悪でした。
そこでアタマスは、テーバイ王女イノを二番目の妻として迎えました。

イノがボイオティア宮廷にやって来た時、最初の妻ネペレはまだ健在で、プリクソスとヘレと共にボイオティア宮廷で暮らしています。

イノは、アタマスとの間に息子レアルコスを生んだ後、ゼウスの命を受けてディオニュソスを育てた女性です。

イノがディオニュソスの乳母になった経緯については、2011年7月16日(土)の記事『ニコラ・プッサン『バッカスの養育』 loro2012.blog』を参照して下さい。

レアルコスが成長していくにつれて、イノはネペレの息子プリクソスの存在が邪魔になって来ました。
そこでイノはプリクソスを亡き者にするために、意図的にボイオティアの地に飢饉を引き起こします。

そして、この飢饉から逃れるためには、生贄としてプリクソスの命を差し出さなければならないというデルフォイの偽の神託を、でっち上げることに成功します。


2. ヘルメスの救済


プリクソスは、母ネペレと妹ヘレが見つめる中、生贄の祭壇へと連れて行かれます。
息子プリクソスの命を守るために、ネペレはヘルメスに祈りを捧げました。

すると、天空から黄金の羊が舞い降りて来て、生贄の儀式が一時中断されました。
その隙に、ネペレはプリクソスとヘレを羊の背に乗せました。

二人は黄金の羊によって、ボイオティアの街から脱出することになりました。


3. ヘレの死


広大なエーゲ海を渡る最中に、幼いヘレは力尽き、羊の背から滑り落ちて、海へと落下して行きました。

古代ローマ時代のフレスコ画に描かれているのは、ヘレがプリクソスから離れて、海へと落下して行く場面です。

向かって左で右手を差し出しているのが、妹ヘレです。

少年プリクソスはヘレを助けることが出来ず、この後、一人で羊の背に乗って上空の旅を続けることになります。

ヘレが落下した海は、現在のトルコに近いマルマラ海に同定されています。

マルマラ海の北は、ボスポラス海峡を通じて黒海と繋がっています。
マルマラ海の南は、ダーダネルス海峡を通じてエーゲ海と繋がっています。

ダーダネルス海峡は、かつてはヘレスポントス海峡と呼ばれていました。
ヘレスポントスとは、ヘレの海という意味です。


4. コルキス王アイエテス


プリクソスは、黒海東岸にあるコルキスへと着陸します。
コルキスは、現在のグルジアに同定されています。

コルキスの王はアイエテスで、魔女キルケやクレタ王妃パシパエは、アイエテスの妹にあたります。
アイエテスは、遠路はるばるやって来たボイオティア王子プリクソスを受け入れました。

プリクソスを連れて来た黄金の羊は、コルキスにあるゼウス神殿で生贄として捧げられました。
刈られた黄金の羊毛は、アレスの森の中で竜に守られていくことになります。

後に、イアソンはコルキス王アイエテスから、この黄金の羊毛を奪うことになるのです。
その時にイアソンに協力したのが、アイエテスの娘メディアです。


5. 原題


『プリクソスとヘレ』は、英語ではPhrixus and Helleと言います。





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