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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『アクタイオンの死』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年07月22日(金)15時16分 | 編集 |
2011年7月22日(金)


目次
1. アクタイオンの最期
2. もしアプロディーテだったら
3. 男の使命
4. アルテミスの狭量
5. 原題


今回取り上げる絵画は、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作『アクタイオンの死』です。

2011年7月22日ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『アクタイオンの死』302

1. アクタイオンの最期


アルテミスの逆鱗に触れたアクタイオンは、鹿に変えられ、連れてきた猟犬たちに咬み殺されてしまいました。

ティツィアーノ(1490頃-1576)が描くアクタイオンは、首から下はまだ人間の体をしています。

その体へ何頭もの猟犬が飛びかかり、これから咬み殺されるところです。

アクタイオンは、偶然にもアルテミスの裸体を垣間見ただけだったのですが、処女神の怒りは収まりません。

偶然とは言え、処女神の裸体を見た以上、死をもって償うべし、ということなのでしょうね。

恐ろしいです。

アルテミスは狩猟の女神でもありますので、自ら弓を引いてアクタイオンを射殺そうとしています。
森を司る女神として、恐ろしい側面を併せ持っているのが、処女神アルテミスなのです。


2. もしアプロディーテだったら


もし、アクタイオンがセックスの女神アプロディーテの裸体を見たのであれば、ここまでの仕打ちは受けなかったかも知れません。

場合によっては、そのままの流れで、アプロディーテとセックスにまで及んだかも知れませんね。

アクタイオンにとっては、出会った相手が悪かったということです。

一般論として、セックスを一度もしたことのない女性の中には、妙に潔癖な性格を備えて、それを前面に出す女性がいるのかも知れません。

そういった処女は、普段からセックスを敵視するような言動を繰り返し、他者にも自分と同じ生き方を求めます。

アルテミスは、そんな処女たちの象徴となっているわけですね。

しかし、ほとんどの人間は、そんな「清い」生き方はしていませんし、望んでもいません。

ギリシア神話においては、アルテミスやアテナのような、他者に対して手厳しい処女神が登場します。

これは、古代ギリシアの時代に、周囲の者たちが、この女とはちょっと付き合いにくいかな、と感じるような側面を持ち合わせた処女が、何人かいたことの反映なのかも知れません。

そういう処女は、アルテミスのような残虐な仕打ちはしなかったでしょうが、その代わり、ちょっと体に触れただけの男を口汚く罵って、強姦されたかのような騒ぎを起こしていたのかも知れません。

そんな度量の狭い性格の処女は、アプロディーテの守護を得られずに、不幸になっていったのではないかと推測します。


3. 男の使命


現代においても、大半の人間はアプロディーテの守護を得ているはずですので、実際に行為に移すかどうかは別としても、理念としてはセックスが大好きだという人が、大多数なのだろうと思われます。

とにかく、セックスをしなければ、人類の発展はありません。
特に、女性がセックスに強い関心を示さなければ、その民族は滅びます。

民族の将来は、子を産む機能を持つ女性が握っているのです。
民族を繁栄させるためには、女性がセックスをすることが第一歩となります。

男性は、女性が心地良いセックスをするための環境を作ることが使命です。

男性は、女性との出会いからセックスに至るまで、いかに女性を気持ち良くさせるか、ということに心を砕くべきです。

その行く末に、女性は10ヶ月もの長きに渡って子を孕み、夏の暑さや冬の寒さを乗り越えて、陣痛の痛みに耐えて、民族の未来を担う子供を出産してくれるわけです。

なお、出産だけが女性の使命ではありません。

いろんな事情があって、子を持たないという結果になった女性も、古代ギリシアの頃から多数いたことでしょう。

子どもがいないというのは、あくまでも結果論であって、その女性が恋愛に前向きで、セックスすることを望み、出産することを念頭において人生設計をしていたのであれば、他人から、あれこれと評論される筋合いはありませんね。


4. アルテミスの狭量


現代を生きる処女がギリシア神話を読んで、アルテミスやアテナの考え方に感化されてしまい、セックスを不潔なものとして忌み嫌う人生を選ぶと言うのであれば、まあ、それはそれでいいのかも知れません。

しかし、人間の女性として生を受けて、セックスから得られる快感や充足感を知らずに死んでいくのは、やはり不幸なんだろうと思います。

繰り返しますが、とにかく、セックスをしなければ、人類の発展はありません。

アプロディーテやゼウスのように、複数の相手とセックスをしまくるというのもどうかと思いますが、アルテミスのような頑(かたく)なな生き方も、偏屈の感は拭(ぬぐ)えません。

男が、女の胸の谷間を見たり、体に触れただけで激怒されて、挙句の果てには殺されてしまうのでは、男が出会った女性をどれだけ心地良くしてあげようと準備していても、もうその先には道はありませんね。


5. 原題


ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(Tiziano Vecellio)が制作した『アクタイオンの死』は、英語ではThe Death of Actaeonと言います。

この作品は、ロンドンのナショナル・ギャラリー(The National Gallery, London)で見ることが出来ます。





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