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ヨハン・ハインリヒ・フュースリー『息子ポリュネイケスを呪うオイディプス』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年08月18日(木)15時29分 | 編集 |
2011年8月18日(木)


目次
1. オイディプスの息子たち
2. 追放されるポリュネイケス
3. テーバイ攻めの七将
4. 神託
5. 原題


今回取り上げる作品は、ヨハン・ハインリヒ・フュースリー作『息子ポリュネイケスを呪うオイディプス』です。

2011年8月18日ヨハン・ハインリヒ・フュースリー『息子ポリュネイケスを呪うオイディプス』306

1. オイディプスの息子たち


テーバイ王だったオイディプスには妻イオカステとの間に二人の息子がいました。
長男はポリュネイケス、次男はエテオクレスと言います。

ポリュネイケスとエテオクレスは、父オイディプスが実父を殺害し実母を妻としたという所業を許すことは出来ませんでした。

そしてその事実が明るみに出た際、彼らは摂政クレオンに同調し父王オイディプスをテーバイから追放する勢力に加担したのです。

オイディプスは実の息子たちからも忌み嫌われテーバイを追放されたわけですが、テーバイ宮廷を離れる際に自分を庇(かば)おうともしなかった2人の息子たちがその後お互いに憎しみ合い争い合うように呪いをかけたのでした。


2. 追放されるポリュネイケス


オイディプスがテーバイから追放された後、しばらくの間はクレオンが摂政の立場でテーバイを治めていました。

やがてポリュネイケスとエテオクレスは成人し一年交代で王の地位に就きテーバイを治めて行くことになったのですが、弟のエテオクレスが王位に就いた時、兄であるポリュネイケスは謀反の嫌疑を掛けられてテーバイから追放されることになります。

完全なる冤罪ですがエテオクレス派が陰謀を巡らし、ポリュネイケス派をテーバイから駆逐することに成功したのです。

その後エテオクレスはテーバイ王位を独り占めすることになりました。

オイディプスの呪いが、まずは長男のポリュネイケスの人生を狂わせて行きます。

テーバイを追われたポリュネイケスは、ハルモニアの首飾りを携えてアルゴスへと逃れて行きました。

ハルモニアの首飾りとはかつてテーバイの建設者カドモスとハルモニアが結婚した際に、祝いの品として母であるアプロディーテがハルモニアに贈ったものです。

この首飾りは代々受け継がれテーバイ王家の象徴となっていました。

ポリュネイケスはテーバイ宮廷を去る際に、その首飾りを弟王エテオクレスに無断で持ち出し奪って行ったわけです。


3. テーバイ攻めの七将


ポリュネイケスは落ち延びたアルゴスにて王アドラストスの情けを受け、捲土重来(けんどちょうらい)を期すことになります。

また、ポリュネイケスはアドラストスの娘アルゲイアとの結婚を認められ、アルゴス宮廷における地位を確保します。

アドラストスはポリュネイケスがアルゴスへ落ち延びた経緯を聞き、義理の息子となったポリュネイケスのためにテーバイに対して挙兵することを決意します。

アルゴスには予言の力を持ったアムピアラオスという武将がいました。

王アドラストスはアムピアラオスを宮廷に呼び出し、テーバイとの戦いがどのような結果になるかを占わせました。

すると、アムピアラオスは戦いに参加した武将は王アドラストスを除いて全員が死ぬと予言したのです。

もちろんアムピアラオスも参戦すれば、テーバイ軍に討たれて死ぬということになります。
そこで、アムピアラオスは自らの参戦を回避しようとしたのでした。

ポリュネイケスは勇敢な武将アムピアラオスにもテーバイとの戦争に加わって欲しいと思ったので、一計を案じアムピアラオスの妻エリピュレに働きかけることにしました。

ポリュネイケスはエリピュレに対して、もしアムピアラオスに参戦するよう説得してくれたらテーバイ王家の至宝ハルモニアの首飾りを贈ると約束しました。

エリピュレは目の前に置かれた高名(こうめい)な首飾りを一目見て心を奪われます。

エリピュレは夫アムピアラオスに予言の才が備わっていることは承知していますし、参戦すれば夫が死ぬという予言も聞かされています。

にも関わらず壮麗な首飾りに目が眩んだエリピュレは、夫アムピアラオスに対してアドラストスやポリュネイケスに従ってテーバイを攻めるよう懇願したのです。

もちろんアムピアラオスは、エリピュレとポリュネイケスとの間に裏取引があることは知りません。

従ってアムピアラオスは、妻エリピュレが純粋な気持ちから参戦を願っているのだと理解したのです。

結局、アムピアラオスは妻の懇願に負け、死ぬことが分かっていながらテーバイ攻めに参加することになってしまいました。

こうしてアルゴス王アドラストスを筆頭に、ポリュネイケスやアムピアラオスなどの七人の武将がテーバイ攻めに加わることになりました。

この七人をテーバイ攻めの七将と呼んでいます。


4. 神託


ポリュネイケスは弟エテオクレスと戦うに当たり、どうすれば勝利を収めることが出来るのかを神託に問いました。

すると、父オイディプスを味方につけた方が勝利を得るという神託が下ります。
そこで、ポリュネイケスはオイディプスの居場所を突き止め、コロノスの森へとやって来たわけです。

スイス人画家ヨハン・ハインリヒ・フュースリー(1741-1825)は、オイディプスがポリュネイケスを叱責し追い返している場面を描いています。

向かって右で左腕を差し出して人差し指を突き出している老人がオイディプスです。
オイディプスの指の先にいて顔を背けているのが長男ポリュネイケスです。

ポリュネイケスは父オイディプスをテーバイから追放した首謀者の一人です。

時を経てポリュネイケスは自分が戦争に勝利するために父を利用しようという魂胆でコロノスまでやって来ました。

ポリュネイケスの邪心を見抜いたオイディプスは、ポリュネイケスに対して早々にコロノスの森から立ち去るよう命じます。

オイディプスとポリュネイケスの間に立っている女性はアンティゴネです。

アンティゴネは久しぶりに再会した父と兄が仲違いしている場面を見て、当惑の表情を浮かべています。


5. 原題


ヨハン・ハインリヒ・フュースリー(Johann Heinrich Füssli)が描いた『息子ポリュネイケスを呪うオイディプス』は、英語ではOedipus Cursing His Son, Polynicesと言います。

この作品はワシントンのナショナル・ギャラリー(National Gallery of Art, Washington, DC)で見ることが出来ます。





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