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作者不明 『アン・ブーリン』
記事URL  カテゴリ | ヨーロッパ王家絵画 | 2011年02月21日(月)22時38分 | 編集 |
2011年2月21日(月) 


目次
1. アン・ブーリンの悲劇
2. 原題


今回取り上げる作品は、作者不明『アン・ブーリン』です。

2011年2月21日作者不明 『アン・ブーリン』432

1. アン・ブーリンの悲劇


アン・ブーリン(1507頃-1536)は、元々は初代王妃キャサリン・オブ・アラゴンの侍女でした。

王妃付きの侍女としてヘンリー8世の周囲で生活する内に、いつしか王はブーリンのことを結婚対象として見るようになっていきました。

ヘンリー8世がカトリックとの決別という代償を払ってまで手に入れた王妃ブーリンでしたが、残念ながら彼女は周囲の期待を裏切り、王子を生むことは出来ませんでした。

彼女が産んだ王女は、後のエリザベス1世(1533-1603)になります。

暴君のヘンリー8世が、世継ぎを産めない女性を咎(とが)めないはずがありません。

結局、ブーリンには不義密通の疑いがあるという濡れ衣を着せて、ロンドン塔へ幽閉してしまいます。

その後、トマス・モア同様、塔内で処刑されました。

現在世界遺産として登録されているロンドン塔は、かつては監獄であり処刑場でもあったわけです。

真偽の程は定かではありませんが、今だにアン・ブーリンの亡霊がロンドン塔に現れるという噂です。


2. 原題


この作品の作者は、不明とされています。
『アン・ブーリン』は、英語ではAnne Boleynと言います。

この作品は、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー(National Portrait Gallery, London)で見ることが出来ます。





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