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作者不明『イングランド王ジェームズ1世』
記事URL  カテゴリ | ヨーロッパ王家絵画 | 2011年03月04日(金)22時58分 | 編集 |
2011年3月4日(金)


目次
1. メアリー・ステュアートの息子
2. スコットランド起源のステュアート朝
3. 原題


今回取り上げる作品は、作者不明『イングランド王ジェームズ1世』です。

2011年3月4日作者不明『イングランド王ジェームズ1世』464

1. メアリー・ステュアートの息子


スコットランド女王メアリー・スチュアート(1542-1587)は、1566年に夫ヘンリー・ステュアートとの間に男の子を生みました。

この男児は、イングランド女王エリザベス1世(在位:1558-1603)によってチャールズ・ジェームズ(1566-1625)と命名されました。

チャールズ・ジェームズは、母メアリー・ステュアートの失脚により1567年にスコットランド王に即位しました。

まだ1歳の王は、ジェームズ6世(在位:1567-1625)と呼ばれることになります。

スコットランドを追われたメアリー・スチュアートは、イングランドにおける19年に及ぶ軟禁生活を経て、処刑されました。

1587年のことです。

メアリー・スチュアートの処刑を命じたのは、イングランド女王エリザベス1世です。

1589年にジェームズ6世は、デンマーク王フレゼリク2世の娘アン・オブ・デンマーク(1574-1619)と結婚します。

その後14年間は、ジェームズ6世は家族と共にスコットランドで暮らしていました。

そして1603年にエリザベス1世が死去して、イングランドのテューダー朝が断絶します。
ジェームズ6世はその後を継いで、イングランド王の地位を継承することになりました。

イングランドにおけるステュアート朝の始まりです。

ジェームズ6世は、イングランド王としてはジェームズ1世(在位:1603-1625)を名乗りました。
つまり、ジェームズ1世とジェームズ6世は同一人物であるということですね。


2. スコットランド起源のステュアート朝


ジェームズ1世の即位によって1603年以降は、ステュアート家がイングランドも統治することになりました。

ステュアート朝は、スコットランドが起源です。
スコットランドとイングランドにおける、王の系譜を見てみましょう。


スコットランド王の系譜をたどると、

ジェームズ5世(在位:1513-1542)→メアリー・スチュアート(在位:1542-1567)→ジェームズ6世(在位:1567-1625)となります。

イングランド王の系譜をたどると、

メアリー1世(在位:1553-1558)→エリザベス1世(在位:1558-1603)→ジェームズ1世(在位:1603-1625)となります。

多少ややこしいかもしれませんが、この時代のイングランド史を理解するためには、これらの系譜を把握することが不可欠です。


3. 原題


『イングランド王ジェームズ1世』の作者は、不明です。
英語では、King James I of England and VI of Scotlandと言います。

この作品は、ロンドンにあるナショナル・ポートレート・ギャラリー(National Portrait Gallery)で見ることが出来ます。





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