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パブロ・ピカソ『ゲルニカ』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年06月25日(金)15時26分 | 編集 |
2010年6月25日


テレビでの放送日:2010年4月23日(金) 
講座名:テレビでスペイン語 講師:貫井一美

目次
1. 1937年パリ万国博覧会
2. 都市ゲルニカ
3. 誰が為に鐘は鳴る
4. 海を渡る『ゲルニカ』
5. 原題
6. 他国比較


「美術からひも解くスペイン vol.04」で取り上げられた絵画を、1点ご紹介します。
テキスト:2010年4月号 88ページ

『ゲルニカ』です。

2010年6月25日パブロ・ピカソ『ゲルニカ』183


1. 1937年パリ万国博覧会


『ゲルニカ』は、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)が1937年に描いた作品です。

1937年に開催されたパリ万国博覧会において、スペインのパビリオンの壁を飾る絵画を政府から依頼されていたピカソは、わずか1ヶ月という短期間でこの大作を描き上げました。

その集中力の源となったのは、無差別爆撃に対する怒りです。


2. 都市ゲルニカ


ゲルニカというのは、スペイン北部のバスク自治州にある都市の名前です。

現在、人口は2万人にも満たないという小さな都市なのですが、ここで人類史上初めてと言われる「無差別爆撃」が行われました。

実際の死傷者数については、諸説あって確かな数字はわかりません。

しかし、たとえ1人であっても民間人を殺傷するという戦術は、従来の戦争観から言えば非道ということになります。

無差別爆撃を行ったのは、ドイツとイタリアの連合空軍です。
1937年4月のことでした。

なぜ、スペインの小さな都市を外国の軍隊が襲撃したのでしょうか?


3. 誰が為に鐘は鳴る


スペインではこのゲルニカ爆撃の1年前、1936年にフランシスコ・フランコ将軍らが反乱軍を組織し、第二共和政(1931-1939)における人民戦線内閣と対立するという事態が発生しました。

後に「スペイン内戦(1936-1939)」と呼ばれる戦いが始まったわけです。

フランコ将軍(1892-1975)はヒトラーやムッソリーニの支援を取り付け、左派の人民戦線側を圧倒していきます。

そして、フランコへの支援という名の下に、ドイツとイタリアの連合空軍がゲルニカを爆撃することになったのでした。

ドイツとイタリアの連合空軍がゲルニカを標的にした理由は、この地が人民戦線軍の補給路にあたっていて交通の要衝と見られていたからです。

アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961)の長編小説『誰が為に鐘は鳴る』は、このスペイン内戦を題材として1940年に発表されました。

イングリッド・バーグマンとゲーリー・クーパーが主演した同名の映画(原題:For Whom the Bell Tolls)も、1943年に制作されています。


4. 海を渡る『ゲルニカ』


スペイン内戦(1936-1939)はフランコ将軍側の勝利に終わり、この後スペインはフランコ独裁体制へと入っていくことになります。

ピカソの描いた『ゲルニカ』は1939年にヨーロッパの戦火を避けて海を渡り、ニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art)に預けられることになりました。

政権を握るフランコは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に対して『ゲルニカ』の返還を求め続けました。

しかし、作者であるピカソが断固として拒否していたため、長らくニューヨークで展示、保管されることになったのでした。

やがて、独裁政権を毛嫌いしたピカソ(1881-1973)が亡くなり、独裁者フランコ(1892-1975)も没します。

立憲君主制となったスペイン政府とニューヨーク近代美術館との間で、ようやく返還交渉がまとまったのが1981年のことでした。


5. 原題


『ゲルニカ』は、スペイン語ではGuernicaと綴ります。

この作品は、マドリッドにある国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía)に展示されています。

なお、ソフィア王妃とは、現国王フアン・カルロス1世の王妃のことです。


6. 他国比較


パブロ・ピカソ(1881-1973)が『ゲルニカ』を描いた1937年頃の、各国の政体を見ておきましょう。


1) フランス


第三共和政(1870-1940)の時代です。
1940年にナチス・ドイツがパリを占領して、この政体は崩壊します。


2) イギリス


ジョージ6世(在位:1936-1952)の時代です。
彼は、現女王エリザベス2世の父親ですね。


3) アメリカ


フランクリン・ルーズベルトが大統領(在位:1933-1945)の時代です。
彼は、マンハッタン計画を推し進めた大統領として有名ですね。


4) ドイツ


アドルフ・ヒトラーが首相(在位:1934-1945)の時代です。
ゲルニカ空爆(1937年4月)を実行したのがヒトラーです。


5) イタリア


ベニート・ムッソリーニが首相(在位:1922-1943)の時代です。

ムッソリーニはヒトラーと共に、ゲルニカ爆撃を実行しました。
彼の政権下で、1929年にラテラノ条約が締結されヴァチカン市国が成立しました。


6) ソ連


ヨシフ・スターリンが書記長(在位:1922-1953)の時代です。
スターリンが主導した社会主義国家には、真の自由などありませんでしたね。


7) 日本


ゲルニカ爆撃(1937年4月)の時点での首相は、林 銑十郎(在位:1937年2月-6月)でした。


『ゲルニカ』の話は、これでおしまいです。





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