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ウジェーヌ・ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年12月07日(火)15時21分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2010年12月7日(火)


目次
1. 1830年7月革命
2. 女神の帽子
3. 隠された女神
4. 原題
5. 他国比較


今日ご紹介するのは、ウジェーヌ・ドラクロワ作『民衆を導く自由の女神』です。

2010年12月7日ウジェーヌ・ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』276

1. 1830年7月革命


ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)の『民衆を導く自由の女神』は、1830年7月に勃発したフランス7月革命の様子を描いたものです。

ナポレオン1世(在位:1804-1814)の退位後、フランスは王が君臨する国家に逆戻りしています。

ルイ18世(在位:1814-1824)及びシャルル10世(在位:1824-1830)というブルボン家の血をひく者が王位に就いて、フランス革命(1789年)以前とあまり代わり映えのしない国家体制を保っていたわけです。

シャルル10世は権力を振りかざす人物だったため、次第に民衆の心は離れて行きました。

最終的に、1830年7月に人民が武器を持って蜂起し、後に7月革命と呼ばれる政変が起きたわけです。

この1830年の7月革命に共鳴し、民衆の持つエネルギーを作品に描いたのがドラクロワ(1798-1863)だったのです。


2. 女神の帽子


この作品を見て真っ先に目が釘付けになるのは、中央に描かれた女性の豊かな乳房ですね。

はためく三色旗を右手で高らかに掲げ、埃まみれになった乳房を揺らしながら陣頭指揮を取っているのは「自由の女神」です。

美しい横顔の女神が豊満な乳房を揺らす様は確かに魅力的なんですが、注目点として挙げたいのは彼女がかぶっている帽子です。

女神という立場の女性が帽子をかぶるということは、西洋の絵画史においてもあまり例がないことではないかと思います。

しかも、この赤茶けた色の縁なし帽は古代ギリシアにおいて解放された奴隷がかぶっていたものとされています。

つまり、奴隷の身分を脱し、ようやく自由の身になった者がその証拠としてかぶっていた帽子だったわけです。

そのような趣旨の帽子を美しき女神にかぶせて、圧政を非難する意味合いを込めたのがこの絵画だったのです。


3. 隠された女神


1) 七月王政


1830年7月革命後に成立した新政府は、オルレアン家のルイ・フィリップ(在位:1830-1848)を王に迎えました。

そして、新政府は1831年のサロン(官展)に出展されたこの作品を買い上げ、王宮に飾ることにしました。

ドラクロワが作品の中に描いた革命の意義や自由という言葉の持つ本質的な意味を、新国王に理解してもらうことが目的でした。

しかし、王位に就いたルイ・フィリップは、民衆の心を理解する素振りを見せただけでした。
結局、王として君臨したかっただけの男だったのです。

そして、自由の象徴であるこの絵画を、倉庫にしまい込んでしまったのです。


2) 第三共和政


ルイ・フィリップが1848年の2月革命でイギリスに追放された後、フランスの政体は第二共和政(1848-1852)、第二帝政(1852-1870)へと変化していきます。

労働者や学生の姿を描いたこの作品は、その間、日の目をみることはありませんでした。

この絵画がルーブル美術館に展示され人々の目に触れるようになったのは、第三共和政(1870-1940)下の1874年以降のことなのです。


4. 原題


『民衆を導く自由の女神』は、フランス語ではLa Liberté guidant le peupleと言います。
la Libertéは、自由の女神、という意味です。

小文字を使ってla libertéと書いた場合は、「自由、平等、博愛」と言う場合の自由という意味になります。

この題名には大文字としてのla Libertéが使われていますので、この1語で「女神」という意味も表すことが出来ます。

guider Zは、Zを導く、という意味ですね。
この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)の所蔵となっています。


5. 他国比較


ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)が活躍した時代の、他国の政体を概観しておきましょう。


1) スペイン


ホセ1世(在位:1808-1813)の時代です。
スペイン王ホセ1世とは、ジョゼフ・ボナパルトのことです。

ジョセフは、ナポレオン・ボナパルトの実兄です。
ホセ1世は、弟ナポレオンの失脚とともに亡命を余儀なくされました。


2) オーストリア


オーストリア帝国の初代皇帝フランツ1世(在位:1804-1835)の時代です。

クレメンス・メッテルニヒ首相兼外相(1773-1859)が、ウィーン会議(1814-1815)を主宰した頃ですね。


3) イギリス


ヴィクトリア女王(在位:1837-1901)の時代です。
世界各地に植民地を作って、イギリスの黄金期を築いた女帝です。

特筆すべきは、議会制民主主義を貫いた点です。


4) アメリカ


ミラード・フィルモア第13代大統領(在位:1850-1853)の時代です。

マシュー・ペリー(1794-1858)は1853年に浦賀に入港した時に、フィルモア大統領の親書を携えていました。


5) 日本


徳川家斉(いえなり)が、江戸幕府第11代将軍(在位:1787-1837)として君臨していた頃です。
彼は、50年の長きに渡って将軍職を続けたという最長記録保持者です。




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