映画とドラマと語学、そして株式投資へ
| ホーム loro2012 |
| 投稿 |
ドミニク・アングル『浴女』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年09月19日(日)13時44分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2010年9月19日(日)


テレビでの放送日:2010年5月24日(月) 番組名:名画への旅(NHKBShi)

目次
1. ナポレオン1世の時代
2. 写実と美意識
3. 裸体を垣間見る悦楽
4. 感じる視線
5. 原題


今回ご紹介する絵画は、ドミニク・アングル作『浴女』です。

2010年9月19日ドミニク・アングル『浴女』511

1. ナポレオン1世の時代


作者のドミニク・アングル(1780-1867)は、革命→軍事独裁→王政復古→革命・・・、というように政治体制が目まぐるしく変動した時代のフランスを生き抜きました。

しかしアングルは、ずっとフランスに留まっていたわけではありません。
祖国の政治的な混乱を、異国から眺めていた時期というのもありました。

今回取り上げる『浴女』は、1808年に制作されました。
ちょうどナポレオン1世(在位:1804-1814)が政権を握っていた頃ですね。


2. 写実と美意識


ラファエロ(1483-1520)を尊敬していたというアングルの画風は、写実主義が基本になっています。

白いシーツの皺(しわ)や縁(へり)の房など、写真と見紛(みまが)うほどの仕上がりになっていますよね。

ところが、一方では現実離れした画面構成をとっている箇所もあるのです。

例えば、艶めかしい背中を見せている女性の上半身は、通常よりもかなり長く描かれています。
当時の批評家からも、胴長過ぎるのではないかと揶揄されたようです。

アングルにとっては、実際の寸法で描く写実性よりも自らの美意識を優先させたということなのでしょう。

彼にとっては、やや胴長気味の女性の方が背中の妖艶さを表し易いという意識があったのかも知れません。

豊満な乳房をあえて描こうとせず、柔和な背中と正中線の行き着く先を構図の中心にしてこの作品は出来上がっています。


3. 裸体を垣間見る悦楽


女性の美しさというと、一般的には顔や乳房や腰回りなどに関心が集まりがちです。
しかしドミニク・アングルは、女性の撫で肩や柔らかい背中の美しさというものに着目しました。

そして、風呂上りの裸体を盗み見するという非日常的な瞬間を絵画の中に収めることに成功したわけです。

この絵画ではカーテンが途中までしか閉じられていないため、開放的な空間が作り出されています。

そして作品には描かれていませんが、手を伸ばして愛撫したくなるような背中を息を殺して見つめている者がいます。

シーツと接している肉付きの良い臀部を、食い入るように見つめている者がすぐ傍にいるのです。

女性の前方には、鏡はありません。
従ってこの者は、自分の存在がこの女性にはまだ気づかれていないと思っています。

しかし、この女性は当初から背後に気配を感じているのです。
感じていながら敢えてそのままの姿勢を保ち、この者の次なる行動を待っているわけです。


4. 感じる視線


アングルは、女性の右の睫毛(まつげ)を微(かす)かに描いています。
ということは、女性の視界には背中を見つめる者の姿が入っているということになります。

自分の官能的な裸体に視線を注いでいる者がいることを、この女性は承知しているのです。
つまり、故意に裸体を露(あらわ)にしているわけですね。

一方、覗(のぞ)き見している者は、自分の存在がまだ露見していないと確信しています。
見てはいけない素肌だからこそ、出来るだけ長く見ていたいのです。

女性の右足の親指は、接地していませんね。
これにより、画面全体に適度な緊張感がもたらされています。


5. 原題


『浴女』は、フランス語ではLa Baigneuseと言います。

フランス語で入浴や風呂を意味する名詞は、le bainです。
また入浴するという動詞は、se baignerと言います。

la baigneuseという名詞は、このあたりの語から派生したものと思われます。
この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)の所蔵となっています。

明日は、この女性が再度登場する作品『トルコ風呂』を取り上げます。




関連記事