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ピエロ・デラ・フランチェスカ『アダムの死』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年05月21日(月)16時16分 | 編集 |
2012年5月21日(月)


目次
1. アダムの死に際
2. 死せるアダム
3. イエスの十字架
4. 原題


今回取り上げる作品は、ピエロ・デラ・フランチェスカ作『アダムの死』です。

2012年5月21日ピエロ・デラ・フランチェスカ『アダムの死』235

1. アダムの死に際


イタリアの画家ピエロ・デラ・フランチェスカ(1415頃-1492)は、アダムの死に纏(まつ)わる出来事を描いています。

向かって右側に描かれているのは、アダムが死ぬ間際の様子です。

地面に腰を下ろしている白髪の男性が、アダムです。
アダムの向かって右に立っている女性が、イヴです。

アダムの向かって左で、白い布を纏(まと)って立っている男性が、息子のセトです。

作品の鑑賞者に対して、背を向けている全裸の男性と、黒い衣服を着ている短髪の女性も、アダムの子供たちです。

アダムは、セトに対して右手を差し出しながら語りかけ、楽園の門へ行き、慈悲の香油をもらって来るように頼んでいます。

香油を遺体に塗ることによって、腐敗臭を防ぐためです。

画面後景中央に描かれているのは、アダムの命を受けたセトが、楽園の門前にいる大天使ミカエルに面会している場面です。

セトは父アダムのために、大天使ミカエルに香油を分けてもらうよう依頼します。

ところが大天使ミカエルは、香油の代わりに、果実の種を渡しました。
この種は、楽園において、禁断の果実を実らせた知恵の木から生まれたものです。

アダムとイヴは、禁断の果実を食べてしまったことがきっかけで、楽園を追放されたのでした。
その果実を実らせた知恵の木の種子を、セトは大天使ミカエルから与えられたのです。


2. 死せるアダム


画面左に描かれているのは、アダムが死後、家族によって埋葬されている場面です。

フレスコ画が剥げ落ちてしまい、顔が確認できませんが、中央で白い服を身につけて、座っているのがセトです。

セトの周囲にいる人々は、アダムの一族です。

アダムは、遺体となってセトの目の前の地面に横たわっています。

セトは、アダムの口元に右手を差し出しています。
右手には、大天使ミカエルから与えられた知恵の木の種子を持っています。

セトは、この種子をアダムの舌の下に置きました。

両腕を大きく広げている女性の、左腕の後ろに立っている木は、この種子から芽を出し、成長した木です。

時系列としては、アダムの死の時点では、まだ成長してはいませんが、後日、アダムの口から芽が出て、このような木に成長したということを表しているわけです。


3. イエスの十字架


このアダムの遺体から成長した木々は、時を経てイエスの十字架へと繋がっていきます。
イエスが架けられた十字架は、この木を切り倒して作られたのです。

人類の祖アダムからノアまでの人類の系図を、ここでまとめておきましょう。

アダム→セト→エノス→カイナン→マハラレル→ヤレド→エノク→メトシェラ→レメク→ノア


4. 原題


ピエロ・デラ・フランチェスカ(Piero della Francesca)が描いた『アダムの死』は、イタリア語ではMorte di Adamoと言います。

la morteが、死、という意味です。

この作品は、イタリア中部の街アレッツォ(Arezzo)にあるサン・フランチェスコ大聖堂(Basilica di San Francesco)のマッジョーレ礼拝堂(la cappella maggiore)で見ることが出来ます。

なお、マッジョーレ礼拝堂にはピエロ・デラ・フランチェスカが制作した『十字架物語(Le Storie della Vera Croce)』という連作がフレスコ画として残されています。

『アダムの死』は、その内の一部なのです。





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