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伊藤英明主演映画『252 生存者あり』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 日本映画 | 2013年06月22日(土)16時29分 | 編集 |
2013年6月22日(土)


レンタルDVDで、伊藤英明主演の映画『252 生存者あり』を見ました。

伊藤が演じる篠原祐司はかつて東京消防庁の消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)に所属し、兄・静馬と共に困難な人命救助にあたっていたエリートでした。

祐司は妻と娘と一緒に暮らし、現在はハイパーレスキュー隊を辞し自動車販売店で働いています。
大森絢音が演じる娘のしおりは聴覚に障害を抱え、両親とは手話で会話をしています。

映画では巨大台風が東京都心部を襲い、地下鉄構内に閉じ込められた祐司、しおり、さらには男性研修医、韓国人女性経営者、大阪出身の男性社長の計5名がハイパーレスキュー隊の救助を待つという筋立てです。

「252」というのは東京消防庁の無線用通話コードで、正確には「生存者あり」という意味ではなく「救助を必要とする者がいる」という意味であり、生死未確認の場合でも使用されます。

通話コードというのは会話が出来ない状況において、意思の疎通を図るために編み出された符牒(ふちょう)です。

聴覚に障害を抱えたしおりが、周囲の大人たちと意思疎通を図るために使っている手話も符牒の一種です。

しおりは言葉を発することはないのですが、回りにいる大人たちが何をしているのかを事細かに観察する賢さを持っており、その賢明さによって大惨事の中にありながら言葉を発せずとも無事に生き残ることになります。

しおりの姿を通して箱庭において発揮される学問的な優秀さよりも、危険を孕んだこの実社会を生き抜くための賢さの方が重要だということを監督は訴えたかったのだろうと思います。

ハイパーレスキュー隊によって救出されたしおりは地上で待つ母親と再会し、地下にいる父親・祐司の帰還を待ち続けます。

ところが勢力を盛り返した巨大台風の影響により地盤が崩れたため、ハイパーレスキュー隊は地下に降りることが出来なくなり、地下にいる祐司たちは生き埋めになって、もはや生存の可能性はないのではないかという雰囲気になります。

ここで、しおりはいつまでたっても地上に現れない父親を心配して精一杯の言葉を発し、「パパ、パパ・・・」と泣きながら呼びかけます。

私はもうこの時点で号泣でした。

幼い娘は絶対的に父親の存在を必要としているのです。
大森絢音の映画史に残る名場面だと言えるでしょう。

結果的にしおりの言葉と心が通じ、「252 生存者あり」という幕切れになるわけです。

この映画はハイパーレスキュー隊の活躍と苦悩を扱った作品なのですが、それと同時に幼い子供にとって親を失うということがどれほど辛いかを一つの主題にしています。

映画では父親の事故死(の可能性)という形での別離を描いていますが、離婚して突然家庭から姿を消すのだって子供からすれば同じことです。

夫婦仲が悪い場合は双方の意思を尊重して離婚すれば良いという風潮があるように思いますが、子供が幼くて両親の存在を絶対的に必要としているのであれば、やはり離婚はしてはいけませんね。


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