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アルテミジア・ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2013年08月03日(土)12時47分 | 編集 |
記事のタグ: ウフィッツィ美術館
2013年8月3日(土)


目次
1. 提訴するのも地獄
2. 豊満な乳房
3. 勝利する正義
4. 原題


今回取り上げる作品はアルテミジア・ジェンティレスキ作『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』です。

アルテミジア・ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』408


この作品は便宜上『黄色い服のユーディット』と呼ぶことにします。


1. 提訴するのも地獄


法律家は心情や感情を捨て去り、事実を常に客観的に公正に捉える必要があります。
しかし、私たちはあくまでも美術鑑賞者であり法律家ではありません。

鑑賞者である以上、心のままに感じればいいわけです。

強姦事件の真相がどうであれ、17世紀初頭に行われた裁判の過程の中でアルテミジアの受けた肉体的、精神的な苦痛は私たちには計り知れないものだったと思います。

アルテミジアは裁判の一環として産婆の手によって身体検査もされたようです。

『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』には晒し者にされた屈辱を晴らしたいというアルテミジアの意志が強く感じられます。


2. 豊満な乳房


『黄色い服のユーディット』はナポリ版『青い服のユーディット』と構図的には変わりません。

相違点があるとすれば、『黄色い服のユーディット』の方がやや遠目からこの光景を見つめているということですね。

そして、1620年頃に描かれたという『黄色い服のユーディット』が持つ剣は、『青い服のユーディット』の剣よりもはるかに長いです。

長い剣を自在に操ることが出来るぐらい、ユーディットに投影されたアルテミジアは自分の才能に自信を持っていたということでしょうね。

1620年が製作年だとすると、アルテミジア(1593-1653)は27歳ぐらいということになります。

屈辱的な裁判の後、アルテミジアは芸術家の男性と結婚してフィレンツェで暮らします。
子供も儲け、絵画アカデミーの会員にまでなって画家としても見事な成功を収めました。

年を追うごとに才能が磨かれていったアルテミジアは、これらの作品の中で成熟した女性としての威厳を示そうと試みています。

それが豊かな胸の谷間です。

女性にとって胸の谷間があるというのは、「女であること」を実感する源になっているわけです。
そして、女を苦しめた男に復讐する際に、「女であること」を捨ててはいけないのです。

決して「女であること」を捨てて怨恨を晴らしてはいけません。
女のままで思いを遂げることが必要なのです。

美しき女として野獣の如き男に正義の宝刀を振り下ろすのです。

その心情をアルテミジアは絵画という表現手段の中で明らかにしているわけです。

豊満な乳房は復讐を遂げる女の象徴であり、陰影部分をハッキリと描くことによって、見る者の視線がそこへ集中することを計算に入れた描き方になっているわけですね。


3. 勝利する正義


ユーディットの胸の谷間に目を奪われた鑑賞者は、絶命寸前のホロフェルネスがどんな髭を生やしていたのかを覚えていないかも知れませんね。

女の勝利であり、ユーディットの勝利であり、正義の勝利であり、アルテミジアの勝利・・・、

これがこの作品の主題でしょうね。

男性画家のカラヴァッジオが描くユーディットと、女性画家のアルテミジアが描くユーディットは、これほどまでに相違点が感じられます。

同一の題材であっても画家によって、あるいは画家の性によって大きく解釈が異なるということを強く感じた今回の『ユーディット』でした。

それにしても惨めなのは女の色香にまんまと騙された司令官ホロフェルネスですよね。


4. 原題


アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi)が制作した『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』はイタリア語ではGiuditta che taglia la testa a Oloferneと言います。

この作品はウフィツィ美術館(Galleria degli Uffizi)で見ることが出来ます。




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