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バルトロメ・エステバン・ムリーリョ『エル・エスコリアルの無原罪のお宿り』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年08月18日(日)13時44分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2013年8月18日(日)


目次
1. 無原罪とは何か?
2. 原題


今回取り上げる作品はバルトロメ・エステバン・ムリーリョ作『エル・エスコリアルの無原罪のお宿り』です。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ『エル・エスコリアルの無原罪のお宿り』483


1. 無原罪とは何か?


作品において愛らしい表情で合掌している女性は聖母マリアです。
ただこのマリアは聖母になるずっと前、母アンナの胎内に入る直前の姿です。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617-1682)がこの作品で表現しているのは「無原罪のお宿り」です。

「無原罪のお宿り」とは新約聖書に記されている話ではありません。
マリアを信仰の対象として捉えているカトリックの教理の1つです。

具体的には金門の前においてマリアが母アンナの胎内に入った瞬間に原罪を免れたことを指します。

原罪とはアダムとイヴが楽園において禁断の果実を食べてしまい、神に対して不服従の罪を犯したことを言います。

普通の人間は皆、この原罪の影響を受けて生まれて来ますし、その原罪を背負って生きて行くものです。
しかしマリアにはこの世に生まれ出る以前から、この原罪というものがありません。

なぜ全ての人間が背負っている原罪がマリアにはないのかと言うと、マリアの父親が神だからです。

神には当然ですが罪などありません。
従って神の子であるマリアは生まれながらにして罪がないという理論ですね。

ヨアキムが荒野から戻って来て金門の前でアンナと接吻した瞬間にアンナはマリアを身ごもりました。

夫ヨアキムとの性交はこの時点では皆無です。
マリアの母のアンナも神の力によって懐妊したわけです。

この懐妊の瞬間から既にマリアは原罪を免れているとするのが、カトリックの教理「無原罪のお宿り」なのです。
マリアは生まれながらにして「聖なる」女性であるとカトリック教会では捉えているわけです。

別の言い方をすれば男女のセックスによって女性が妊娠し生まれて来た者は、生まれながらにして「聖なる」存在ではないので原罪を背負って生きて行くことを宿命付けられているということになります。

これはあくまでもカトリック教の理論ですけどね。


2. 原題


バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(Bartolomé Esteban Murillo)の描いた『エル・エスコリアルの無原罪のお宿り』はスペイン語ではLa Inmaculada Concepción de El Escorialと言います。

inmaculadoは形容詞でカトリックの用語としては無原罪の~という意味です。
la concepciónの語義は受胎です。

concepciónが女性名詞ですので形容詞もそれに合わせてinmaculadaになっていますね。

La Inmaculada Concepciónは成句で「無原罪のお宿り」と訳されています。

El Escorialとはフェリペ2世(1527-1598)が建造した王宮です。

正式に書けばEl Real Sitio de San Lorenzo de El Escorial(王立エル・エスコリアル聖ロレンソ修道院)となります。

El Escorialはマドリッドの北西に位置し、宮殿だけでなく美術館や修道院がある複合施設になっています。

この作品は現在プラド美術館が所蔵していますので、なぜ絵画の題名の中にEl Escorialという言葉が入っているのかは私には分かりません。




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