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マッシモ・スタンツィオーネ『洗礼者ヨハネの斬首』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2013年12月19日(木)11時40分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2013年12月19日(木) 


目次
1. 洗礼者ヨハネ
2. ヘロデ・アンティパス
3. へロディア
4. 原題


今回取り上げる作品は、マッシモ・スタンツィオーネ作『洗礼者ヨハネの斬首』です。

マッシモ・スタンツィオーネ『洗礼者ヨハネの斬首』 238


1. 洗礼者ヨハネ


イタリアの画家マッシモ・スタンツィオーネ(1586-1656)が描いているのは、斬首される直前の洗礼者ヨハネの姿です。

洗礼者ヨハネと言えば、ヨルダン川でイエスに洗礼を施したことで有名な人物ですね。

ヨハネの母エリザベトは、イエスの母マリアと親戚でした。
そして、ヨハネの方がイエスよりも数カ月早くこの世に生を受けました。

イエスにしてもヨハネにしても、その最期は悲劇的です。
ヨハネの悲劇は、王夫妻に苦言を呈したことから始まりました。


2. ヘロデ・アンティパス


紀元前1世紀頃のユダヤ地区を統治した王として、ヘロデ大王(在位:紀元前37-紀元前4)という人物がいました。
そのヘロデ大王が亡くなった後、領土は息子たちによって4分割されます。

分割された領土の内、ガリラヤ地方の統治権を受け継いだのがヘロデ・アンティパスという人物です。
ガリラヤ地方とは現在のイスラエル北部に相当し、イエスが布教活動を行ったとされる地域です。

ヘロデ・アンティパスは、ヘロディアという女性を妻としました。
へロディアはかつてヘロデ・アンティパスの弟の妻であり、その間に娘が生まれていました。

その娘がサロメです。
従って、ヘロデ・アンティパスはサロメの義理の父ということになります。

洗礼者ヨハネは、このヘロデ・アンティパスとへロディアとの結婚を姦淫の罪に該当すると非難したのです。
自分の結婚のあり方を不道徳だと糾弾されたヘロデ・アンティパスは、ヨハネを逮捕し獄に繋ぎました。

ヨハネは牢獄に入れられはしましたが、すぐに処刑されたわけではありません。

ヘロデ・アンティパスはヨハネの非難をある程度理解していたようで、余程のことがなければ処刑は出来ませんでした。

そしてある日、「余程のこと」が起きたのです。


3. へロディア


ある日、ヘロデ・アンティパスの誕生日を祝う宴会が催され、義理の娘であるサロメが舞を披露しました。
サロメの舞はその妖艶さが高く評価され、集まった人々から絶賛されました。

大喜びしたヘロデ・アンティパスは、如何なる褒美でも与えると言い出します。

サロメは褒美の内容については自分1人では決められないとして、母であるへロディアに相談しました。
へロディアは、従順な娘であるサロメに次のように言いました。

「洗礼者ヨハネの首を刎(は)ねることを求めなさい。」

王妃へロディアは、耳の痛いことを言い続けるヨハネを恨んでいました。
そしてヨハネを亡き者にする機会を待っていたのです。

ヘロディアにとっては、娘のおかげでちょうど良い機会がやって来たわけです。
母の命令に素直に従ったサロメは、義理の父であるヘロデ・アンティパスにヨハネの処刑を求めました。

ヘロデ・アンティパスは最初はこの申し出に逡巡する態度を示します。
しかし王はサロメに如何なる褒美も与えると、皆の前で約束してしまいました。

後に引けなくなった王は、ヨハネの処刑を決定しました。
マッシモ・スタンツィオーネの作品において、中央で合掌しているのがヨハネです。

向かって左の首切り役人は、今まさに刀を振り下ろそうとしています。

続きます。


4. 原題


マッシモ・スタンツィオーネ(Massimo Stanzione)が描いた『洗礼者ヨハネの斬首』は、スペイン語ではDegollación de San Juan Bautistaと言います。

degollaciónが打ち首という意味です。
この作品は、プラド美術館(Museo Nacional del Prado)で見ることが出来ます。




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