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レンブラント・ファン・レイン『放蕩息子の帰還』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年02月21日(金)12時58分 | 編集 |
記事のタグ: エルミタージュ美術館
2014年2月21日(金) 


目次
1. 神の愛
2. 原題


今回取り上げる作品は、レンブラント・ファン・レイン作『放蕩息子の帰還』です。

レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン『放蕩息子の帰還』438


1. 神の愛


オランダの画家レンブラント(1606-1669)が描いているのは放蕩息子が家に帰った時の様子です。

イエスは様々な譬(たと)え話で神の愛を説きました。
この放蕩息子の話も譬え話です。

父親の金を持って家を出た息子は贅沢三昧の日々を過ごしました。
やがて所持金が尽き行く当てもなくなります。

結局戻って来るのは父親の家です。
外の世界で欲望の限りを尽くして戻って来た弟に対して兄たちは冷たい視線を投げかけます。

しかし父親は涙を浮かべて息子の帰還を喜ぶのです。

この話の放蕩息子は私達人間を指します。
父親は神です。

神は好き勝手に生きた人間を大きな愛で迎え入れてくれるという譬え話です。

レンブラントの作品において、向かって左でボロ衣を着て跪いているのが放蕩息子です。

落ちぶれた姿で体調も崩しやっとの思いで父の待つ家まで戻って来ました。
そんな息子の背中を大きな手でさすっているのが父親です。

父親は堅実な人生を歩んでいるため良い身なりをしています。
向かって右に立っている赤いマントを身につけているのは放蕩息子の兄です。

父親の歓待ぶりに戸惑いの表情を示しています。
遊蕩な生き方を選んだ弟に対して憎しみすら抱いています。

兄は決して父の様には弟に対して手を差し伸べるつもりはありません。
両手を握り数歩離れた場所から父と弟の姿を眺めている立場です。

私達人間は弟の生き方や兄の生き方を選ぶことはそう難しくはありません。
しかし父親の生き方を選ぶことはほとんど不可能でしょう。

イエスの説く神の愛はここまで広く深いという譬えです。
イエスは決して放蕩息子として生きていた時代の全ての行為が許されると言っているわけではありません。

この放蕩息子に求められるのは悔い改めることです。
この悔悛がなければ神の愛に繋がる扉も閉ざされてしまうでしょう。


2. 原題


レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン(Рембрандт Харменс ван Рейн)が描いた『放蕩息子の帰還』は、ロシア語ではВозвращение блудного сынаと言います。

Возвращениеが帰還という意味です。
блудный сынが放蕩息子という意味です。

ここではблудный(放蕩の~)とсын(息子)がそれぞれ単数生格になっているので、блудного сынаとなっているわけです。

この作品は、エルミタージュ美術館(Государственный Эрмитаж)で見ることが出来ます。




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