映画とドラマと語学、そして株式投資へ
| ホーム loro2012 |
| 投稿 |
スポンサーサイト
記事URL  カテゴリ | スポンサー広告 | --年--月--日(--)--時--分 | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





アンドレア・マンテーニャ『ゲッセマネの祈り』
記事URL  カテゴリ | 新約聖書絵画 | 2014年05月30日(金)14時11分 | 編集 |
2014年5月30日(金) 


目次
1. 最後の晩餐後
2. 眠る弟子たち
3. 原題


今回取り上げる作品は、アンドレア・マンテーニャ作『ゲッセマネの祈り』です。

アンドレア・マンテーニャ『ゲッセマネの祈り』258


1. 最後の晩餐後


最後の晩餐においてイエスはパンを自らの肉体とし葡萄酒を自らの血として弟子たちに分け与えました。
食事が終わった後、イエスは3人の弟子を引き連れてエルサレムの東にあるオリーブ山に登りました。

イエスがオリーブ山に連れて行った3人の弟子たちとはペテロ、大ヤコブ、ヨハネです。

オリーブ山は、山とは言っても高さは800メートル程度です。
丘陵という言葉の方が相応しいでしょうね。

そのオリーブ山の北西の麓(ふもと)にゲッセマネの園と呼ばれている庭園風の場所がありました。
ゲッセマネとはアラム語で「オリーブの油搾り」という意味です。

アラム語とはイエスや弟子達が喋っていたとされる言語です。

最後の晩餐の後、イエスがゲッセマネに赴いたのは神に祈りを捧げるためです。
ゲッセマネへの道中、イエスはペテロに次のように言いました。

「鶏が鳴く前にお前は私を三度知らないと言うであろう。」

ペテロはそんなはずはないとイエスの言葉を強く否定します。
しかし予知能力を持つイエスにはペテロのこの後の行動が全てお見通しだったのです。

何も知らないのはペテロ本人でした。


2. 眠る弟子たち


イエスはゲッセマネの園に到着した時点で自分の最期がどのような形になるのかを予想していました。
そして自分にそのような苦痛を与える神に対して祈りを捧げ、その理由を尋ねていたのかも知れません。

アンドレア・マンテーニャ(1431-1506)の作品にも小高いところで一心に祈りを捧げるイエスの姿が描かれています。
画面向かって左上には十字架を持った天使の姿も見えますね。

イエスはこの世における最後の夜を信頼する3名の弟子たちと共に過ごすつもりでした。
自分と一緒に神に祈りを捧げて欲しいという思いで最も信頼しているこれらの3人の弟子を連れて来ました。

ところが師の思いは弟子たちは届きませんでした。
イエスが祈っている間、ペテロ、大ヤコブ、ヨハネの3人は完全に眠りこけていたのです。

晩餐の時に呑んだ葡萄酒が効いたのでしょう。
そして、この一連の行動は真夜中から未明にかけて行われていますので、普段であれば眠っている時間ですしね。

マンテーニャは3人とも口を開けて眠り込んでいる姿で描いています。
丸っきり緊張感というものが見受けられませんね。

初代ローマ教皇とされるペテロですらも、この程度の人物だったということです。

一方、画面右上には武装した人たちの姿が見えます。
これはイエスを逮捕しようとしている人々の群れですね。

この中に裏切り者ユダも描かれているはずなんですが、私には特定できません。


3. 原題


アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna)が制作した『ゲッセマネの祈り』はイタリア語ではOrazione nell'ortoと言います。

orazioneは祈祷という意味です。
l'ortoの語義は菜園ですが、ここではオリーブ園という意味です。

絵画の英語題名はThe Agony in the Gardenです。

the agonyは苦悶という意味ですので、祈りという行為よりもイエスの心情を表現した題名になっているわけです。

この作品はロンドンにあるナショナル・ギャラリー(The National Gallery)で見ることが出来ます。




関連記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。