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ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ『ペガサスに乗ったベレロポン』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年07月04日(月)16時34分 | 編集 |
2011年7月4日(月)


目次
1. シシュポスの孫ヒッポノオス
2. ティリュンスからリュキアへ
3. リュキアからトロイゼンへ
4. ステネボイアへの復讐
5. ベレロポンの晩年
6. 原題


今回取り上げる作品は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ作『ペガサスに乗ったベレロポン』です。

2011年7月4日ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ『ペガサスに乗ったベレロポン』 5beller

1. シシュポスの孫ヒッポノオス


「シシュポスの岩」で知られるシシュポスの孫にベレロポンという王子がいました。
系譜を示します。

テッサリア王アイオロス→シシュポス→コリントス王グラウコス→ベレロポン


ベレロポンは元々はヒッポノオスという名前でしたが、過失によって兄弟のベレロスを殺害したことによりベレロポンと呼ばれるようになりました。

ベレロポンとはベレロスを殺害した者という意味です。

ベレロポンは親族殺人の罪を清めるためにコリントスの宮殿を追われ、ティリュンスの王プロイトスのもとに身を寄せます。


2. ティリュンスからリュキアへ


ティリュンス宮廷に居場所を見つけたベレロポンでしたが、間もなくベレロポンはティリュンスをも追放されることになります。

ティリュンス王プロイトスの妻ステネボイアが青年ベレロポンに恋をして言い寄りました。

しかし、殺人の罪を清めるために異国の地ティリュンスへやって来たベレロポンにとって、ティリュンス王妃とセックスをすることは許されません。

当然、ベレロポンは王妃ステネボイアの求愛を拒絶します。
この態度を侮辱と受け取ったステネボイアは夫であるプロイトスに真逆の訴えをしました。

つまり、ベレロポンがステネボイアにセックスをするよう強く迫り、全くその気がなかったステネボイアは首尾よく逃げ出してことなきを得たという説明をしたわけです。

こういう類の話は男の立場が圧倒的に不利です。
神は全てを見通しているのでしょうが王プロイトスは正確な情報を持ち合わせていません。

結局、プロイトスは王妃の訴えを聞き入れて、無実のベレロポンをステネボイアの実家であるリュキアの王イオバテスの元へと送ったのでした。


3. リュキアからトロイゼンへ


リュキアに送られたベレロポンはキマイラを退治するよう、リュキア王イオバテスに命じられました。

キマイラはテュポンとエキドナとの間に生まれた怪獣で、ライオンの頭と山羊の胴体そして蛇の尻尾を持ち、口からは火炎を吐きます。

ベレロポンは独力ではキマイラを倒せないことを悟りました。
そして空を飛べる馬ペガサスを手懐(てなず)けることにしたのです。

ベレロポンはペガサスに乗って上空からキマイラを攻略し、この怪獣を殺害することに成功します。

キマイラ以外にもベレロポンはアマゾン族の討伐等にも手腕を発揮して、次から次へと神がかり的な活躍を示します。

当初イオバテスはベレロポンがキマイラやアマゾン族に殺されると思っていましたが、ベレロポンがそれらを尽(ことごと)く打ち破る姿を見てなかなか見所(みどころ)がある青年だと評価します。

そして、イオバテスは娘の婿としてベレロポンを受け入れることにしました。

ベレロポンはイオバテスの娘との間に子どもを儲け、しばらくは幸せな日々を送っていました。
しかしベレロポンはステネボイアの不当な仕打ちに対する恨みを消し去ることが出来ません。

ベレロポンは妻子と別れてリュキアを離れティリュンスへと戻ることにしました。

ティリュンスに戻る道中、ベレロポンはトロイゼンの王ピッテウスの元を訪れました。
ピッテウスの娘アイトラはベレロポンと恋に落ち肌と肌を重ね合わせる仲になりました。

しかし、ベレロポンとアイトラの恋愛は束の間のものでした。
ベレロポンは早々にトロイゼンを離れ一路ティリュンスを目指します。

なおトロイゼン王女アイトラは後にアテナイ王アイゲウスと寝所を共にし、その際にポセイドンのペニスを受け入れてテセウスを身ごもることになります。


4. ステネボイアへの復讐


ティリュンスに戻ったベレロポンは久しぶりに王妃ステネボイアと再会します。
ステネボイアはベレロポンが無事に生きて帰ったことを表面的には喜んで見せました。

そしてベレロポンに対して行った非道な行いを後悔していると謝罪しましたが、もちろん本心ではありません。

ベレロポンは一応ステネボイアの謝罪を受け入れるフリをして、ステネボイアをペガサスに一緒に乗せてやります。

ステネボイアは天空高く舞い上がったペガサスの背中から落下し命を落としました。

ベレロポンは恨みを晴らした格好にはなりましたが、心の重苦しさは相変わらず付き纏(まと)います。

ベレロポンがステネボイアをペガサスから意図的に落下させたわけではなかったかも知れませんが、ペガサスに乗せてやった自分のせいでステネボイアが死んだのも事実です。

ベレロポンは自分の人生を振り返り、神が運命を弄(もてあそ)んでいるのではないかという疑念を抱きます。

そして神の存在が天空にあるというのであれば、その姿をこの目で見てやろうという野望を抱くようになりました。


5. ベレロポンの晩年


ヴェネツィア生まれの画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696-1770)が描いているのは、ベレロポンがペガサスに乗って天に昇ろうとしている場面です。

この後、ベレロポンは天空を駆け回るペガサスの背から振り落とされて地面へと落下しました。

全身を強く打ったベレロポンは命だけは取り留めましたが、脚などに重傷を負った上に盲目にもなりました。

神に毒づいたベレロポンは神の制裁を受けるハメになり、その後は障害者として長く荒野で彷徨い続ける人生を送ったと言われています。


6. 原題


ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(Giovanni Battista Tiepolo)が描いた『ペガサスに乗ったベレロポン』は英語ではBellerophon on Pegasusと言います。

この作品はヴェネツィアにあるラビア宮殿(Palazzo Labia)で見ることが出来ます。




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