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エドガー・ドガ『エトワール又は舞台の踊り子』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年10月18日(月)14時58分 | 編集 |
記事のタグ: オルセー美術館
2010年10月18日(月)


目次
1. 都会派室内画家
2. 黒服は誰か?
3. バレリーナの真実
4. 娼館としてのオペラ座
5. 原題


今回取り上げる作品はエドガー・ドガ作『エトワール又は舞台の踊り子』です。

2010年10月18日エドガー・ドガ『エトワール又は舞台の踊り子』 485

1. 都会派室内画家


エドガー・ドガ(1834-1917)は今回取り上げたようなバレエダンサーを主題とした絵画をたくさん残したフランスの画家です。

印象派展にも度々出展し、印象派の画家の中でも中心的な存在でした。

ただ、同時代を生きたクロード・モネ(1840-1926)たちが戸外に題材を求めたのとは異なり、ドガは主に都会で生きる人々を対象とした室内画を得意としました。

ドガが太陽の下での風景画に取り組まなかったのは、視力の低下が一つの要因となっています。

作品の題名にあるエトワールはフランス語の原義としては星です。
しかし、ここではバレエ用語として用いられています。

パリのオペラ座バレエ団における階級の一つがエトワールです。

女性の主役ダンサーをプリマ・バレリーナと呼びますが、そのプリマ・バレリーナの中でも最高位に位置する花形ダンサーをエトワールと呼んでいます。


2. 黒服は誰か?


プリマ・バレリーナが華麗に踊っている姿を描いたこの作品を見て、最も奇異に感じる要素は何でしょうか?

やはり、舞台の袖に立っている黒服の男性ではないかと思います。

この男性は一体誰なんでしょうか?
そして、なぜこんなところに立っているのでしょうか?

一つ考えられるのは劇場の支配人ではないかということです。
しかし、もしそうだとすればそういう立場の男性を画家が作品に描く根拠が見当たりません。

あくまでもこの絵画の主役は踊り子です。

興行の責任者が舞台の出来栄えを心配して傍で見守るという構図は、ありきたりのものであり面白味に欠けます。

何の変哲もない日常の風景を描くというのも一つの絵画のあり方かも知れません。
けれども、それでは鑑賞者の好奇心をくすぐることは出来ませんよね。

画家がどうしても日常の風景を描きたいのであれば果物などの静物画に取り組めばいいわけです。
では、この男は何者なのか?

舞台で踊る女、そして後方で見守る男。
女と男・・・。


3. バレリーナの真実


バレエは現代においては良家の子女が芸術の一環として嗜(たしな)むものという社会通念があると思います。

10代の女の子がバレエを習っているという話を聞いた場合、私たちはその子の親が財力や芸術に対する理解力を有していると想像することになります。

その習いごとの延長線上にあるプロのバレリーナになった女性は、優雅で高貴な職業に就くことが出来た美しい人であると評価する人々も多いはずです。

ところが、ドガの活躍した19世紀後半では全く異なる捉え方がなされていました。

当時の優雅で高貴な女性たちがどのような出で立ちで日々暮らしていたかと言うと、長いスカートを履いて帽子やスカーフそして手袋を身につけていました。

彼女たちがこんな格好をしていられるのは労働をする必要がない身分だからです。
一方、バレリーナという「職業」に就いた女性はどうでしょうか?

多くの人が見つめる舞台上で太腿を露にして、場合によっては臀部もチラッと見せるというような「職業」を選ぶ女性というのは、決して優雅で高貴な身分とは言えなかったわけです。

踊り子を志願する若い女性達というのは大半が労働者階級の出身でした。
経済的には恵まれていない家庭の子女であったと言えますね。

このバレリーナ志望の女の子たちが社会的な成功を収めるためには、バレエの芸術性を高めること以上に重要なことがありました。

それは、金持ちの男と懇(ねんご)ろになることでした。


4. 娼館としてのオペラ座


19世紀後半においてバレリーナという「職業」が世の中からどのように受け止められていたのかを知ると、この作品に対する見方も変わってきます。

この絵画は実は性的色彩を帯びた作品であると言えます。

舞台袖に立っている男性は踊っているバレリーナを愛人としている人物ということです。
要するに旦那ですね。

このような資産家の男性と踊り子の女性との結びつきは、当然のことながら性的関係が基盤となって成り立っています。

19世紀後半のパリでは、このような男女関係のあり方はごく当たり前のこととして受け止められていました。

例えばオペラ座の高額桟敷(さじき)席を年間予約出来るような富裕な貴族は、上演中であっても楽屋に入り込んだり舞台の袖に出入りすることが許されていました。

この当時の富裕層の男が楽屋に入り込んだ場合、踊り子に挨拶だけして帰って来るということはまずあり得ません。

旦那とバレリーナとの間で何が行われたかは、大人の皆さんにはお分かりのはずです。
今でこそパリのオペラ座と言えばバレエの殿堂としての確固たる地位があります。

しかし、ナポレオン3世(1808-1873)治世下においてはオペラ座のことを娼館と呼ぶ人も多かったようです。

娼館の主役、それがバレリーナだったわけです。
時代によって職業に対する社会の見方は大きく変わりますよね。

現代ではバレリーナという職業に就いている女性は多くの人から憧れの眼差しで見つめられることの方が多いと思います。

バレリーナという職業の社会的地位が関係者の努力によって向上したということですね。


5. 原題


エドガー・ドガ(1834-1917)が描いた『エトワール又は舞台の踊り子』はフランス語では『L’Étoile, ou la Danseuse sur Scène』と言います。

la Danseuseは踊り子、sur Scèneは舞台の上にという意味です。

この作品は1878年に制作されオルセー美術館(Musée d'Orsay)が所蔵しています。




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