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アレクサンドル・カバネル『パイドラ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年08月10日(水)14時24分 | 編集 |
2011年8月10日(水)


目次
1. 女性を拒絶するヒッポリュトス
2. 性欲との闘い
3. ヒッポリュトスとパイドラの出会い
4. 衰弱するパイドラ
5. 原題


今回取り上げる作品は、アレクサンドル・カバネル作『パイドラ』です。

2011年8月10日アレクサンドル・カバネル『パイドラ』240

1. 女性を拒絶するヒッポリュトス


アイトラの父ピッテウスの庇護の下、トロイゼン宮廷で育てられたヒッポリュトスは、女性に関心を示さない若者へと成長します。

系譜を示します。

タンタロス→ペロプス→ピッテウス→アイトラ→テセウス→ヒッポリュトス


ヒッポリュトスは、処女神アルテミスを崇拝し、日々、狩猟に明け暮れていました。

この様子を天界から見ていたアプロディーテは、恋愛とセックスを否定する生き方を貫こうとしているヒッポリュトスを、懲らしめることにします。

アプロディーテは、ヒッポリュトスのように、関心を寄せてくれた異性につらく当たり、セックスという快楽に背を向ける者を決して許しません。

確かに、宗教的な人生を選択した者にとっては、禁欲生活は必須の玉条(ぎょくじょう)であると言えるでしょう。

しかし、仮に大多数の人がアルテミスやアテナを信仰したり、宗教的な生活を選んだ場合は、最終的に人類は、滅亡に至るしかないのも事実です。

アプロディーテは、人類の繁栄にはセックスが不可欠であることを、折にふれて人間たちに教えていく役目を担っているのです。

アプロディーテの教えを知りながら、敢えてそれに逆らうような生き方を選ぶ人間も、少なからずいるわけですが、アプロディーテがそうした者たちを、大目に見るということはありません。

今回は、テセウスの息子ヒッポリュトスが、その槍玉に挙げられたわけです。

アプロディーテは、女神であるアルテミスやアテナはともかく、人間の分際で性欲を完全に抑え込むことなど、出来るはずがないことを知っています。

なぜなら、人間はそのように創られているからです。

男女を問わず、異性を遠ざける者は、いかにもセックスに興味がないように周囲の目には映りますが、その実、内心ではセックスへの関心は人並み以上に高く、悶々とした夜を一人で過ごしていることを、アプロディーテは知っているのです。


2. 性欲との闘い


異性との距離を必要以上に保とうとする者には、異性が付け入る隙がありませんので、結果として、その者はセックスをしない生活を送ることになります。

セックスを日常的にしなければ、当然のことながら、性欲が溜まっていきます。
不自然な形で堰(せ)き止められた欲望は、どこかで解放してやる必要があります。

渇きというのは、喉だけでなく、心にも現れる現象です。
心の渇きをもたらす最大の要因は、性欲が満たされないことに求められると言っていいでしょう。

神によって発情期が定められた動物とは異なり、人間は、1年中、セックスをすることが可能です。

もちろん、だからと言って、1年中、セックスをしなければならない、というわけではありませんが、神が人間をそのように創った以上、セックスをして初めて満たされるものが、人間には内在していると考えるのが自然だと思います。

ヒッポリュトスのように、過剰なまでに異性に対して拒否反応を示すと、やがて誰も寄って来なくなりますので、結果的にセックスをする機会は無くなります。

定期的にセックスをしない以上、性欲は溜り続け、結果的に、オナニーせざるを得なくなります。

どれだけ異性を嫌おうとも、健康な体である限り、異性の肉体を求める性欲は、日々私たち人間を悩ませる存在として立ちはだかります。

恐らく、この性欲の高まりを克服し、消滅させることが出来た人間は、人類史上、一人もいないのではないでしょうか。

異性嫌いというのは、所詮は見せかけにすぎないことを、古代ギリシアの人々は見抜いていたのでしょうね。

だからこそ、表向きは、女性につらく当たっておきながら、裏では、昼間出会った女性の胸や尻を思い出しながらオナニーにふけるヒッポリュトスのような存在が、許されないわけです。


3. ヒッポリュトスとパイドラの出会い


さて、アプロディーテは、本来、制裁するべき対象のヒッポリュトスには、魔法をかけずに、アテナイ王妃パイドラに魔法をかけました。

この魔法によって、パイドラが、義理の息子であるヒッポリュトスに恋をするように仕向けたのです。

間もなく、青年に成長したヒッポリュトスが、アテナイ宮廷に父テセウスを訪ねて来ました。

テセウスも成長してから父アイゲウスに会いに行きましたが、ヒッポリュトスも父親と同じことをしたわけですね。

父親に限らず、自分の親がどんな人物なのかは、会ったことのない子供からすれば、最大の関心事かも知れません。

ところが、残念ながら、テセウスは、その時、公務で宮廷を留守にしていましたので、テセウスの代わりに王妃であるパイドラが、ヒッポリュトスに面会しました。

この運命の巡り合わせが、パイドラ、ヒッポリュトス、そして、テセウスの人生を狂わせて行きます。

テセウスは、後に、スパルタの王女ヘレネを誘拐することになるのですが、その遠因(えんいん)となったのは、ヒッポリュトスの来訪だったと言えるでしょう。

ヘレネ誘拐事件の顛末(てんまつ)は、いずれ述べることにします。

さて、パイドラは、逞しい青年に成長したヒッポリュトスを見た途端、恋情を抑えることが出来なくなりました。

狩猟生活で鍛え上げられたヒッポリュトスの肩、腕、胸板、そして股間を盗み見しながら、パイドラは、もう既に、ヒッポリュトスに抱かれている自分を空想しています。

パイドラは、激しい胸の高鳴りを抑えることが出来ず、耳まで赤くなり、次第に股間が濡れていくのを感じています。

ところが、そんな熱い視線を送り続けるパイドラを間近に見ても、ヒッポリュトスは相変わらず、女性に対する無表情を崩しません。

ヒッポリュトスは、パイドラの豊満な胸の谷間が気にはなりますが、表向きはわざと素知らぬふりをして、無関心を装っています。


4. 衰弱するパイドラ


パイドラがどれだけ恋焦がれても、ヒッポリュトスはパイドラにとって義理の息子ですので、この恋を成就させることは、不可能です。

道ならぬ恋に苦しむパイドラは、やがて食事も喉に通らなくなって、寝込んでしまいます。
アプロディーテの呪いが、じわじわと効いて来たという感じですね。

パイドラは、セックスを拒絶する生き方をして来た女性ではないのですが、ヒッポリュトスを苦しめるために、言わば、出しに使われてしまったわけです。

一番不幸で、同情を誘うのは、パイドラですね。

ただ、もしかしたら、姉アリアドネのテセウスに対するかつての恋情を知りながら、テセウスに強く請(こ)われたとは言え、テセウスの妻となり、毎晩のように姉の元恋人とセックスをする人生を選んだパイドラは、アプロディーテにとって、決して好ましい女性ではなかったのかも知れません。

フランスの画家アレクサンドル・カバネル(1823-1889)が描いているのは、恋に苦しむパイドラの姿です。

ベッドに横たわって、絶望的な表情を見せているのがパイドラです。

パイドラは、ヒッポリュトスがアテナイへやって来て以来、ほとんど眠っていないため、目はうつろで目の下には隈(くま)が出来ています。

アプロディーテの呪いにより、パイドラの体全体から生気が抜かれてしまったようです。
豊満な乳房も、心なしか、痩せて見えます。

ベッドに背をもたせかけているのは、クレタ島からパイドラに付き従って来た侍女です。
王妃の苦しみを共有している内に、侍女の体も同じように衰弱していきます。

向かって右端で立っている侍女が、この後、王妃の様子を見かねて、ヒッポリュトスにパイドラの愛を伝えに行きます。

この余計なおせっかいが、テセウス不在のアテナイ宮廷に、大事件を引き起こします。


5. 原題


アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel)が描いた『パイドラ』は、フランス語ではPhèdreと言います。

この作品は、フランス南部の街モンペリエ(Montpellier)にあるファーブル美術館(Le musée Fabre)で見ることが出来ます。




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