映画とドラマと語学、そして株式投資へ
| ホーム loro2012 |
| 投稿 |
グエルチーノ『ヨセフとポティファールの妻』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年07月07日(土)21時06分 | 編集 |
2012年7月7日(土)


目次
1. 権力者の妻
2. 熟れた人妻の誘い
3. 原題


今回取り上げる作品は、グエルチーノ作『ヨセフとポティファールの妻』です。

2012年7月7日グエルチーノ『ヨセフとポティファールの妻』249

1. 権力者の妻


グエルチーノ(1591-1666)が描いたこの場面は、旧約聖書『創世記』で語られている話です。

向かって右側の男が、ヨセフです。

向かって左で、全裸で横たわり、ヨセフの衣服を掴み取ろうとしている女が、ポティファールの妻です。

ポティファールとは、エジプト王に仕える侍従長の名前で、この女は権力者の妻ということになります。

旧約聖書は、この女の名前は明らかにはしていません。

エジプトで奴隷として働き始めたヨセフは、持ち前の才気を発揮して、奴隷の身ながら次第に侍従長ポティファールの信頼を得ていきます。

そして、ついには財産の管理まで任せられるほどに出世しました。

このような才気溢れる美貌の下僕ヨセフを、ポティファールの妻は、かねがね性交の相手として狙っていました。

日々、下僕として身の回りで甲斐甲斐しく働くヨセフの美しい姿を見て、妻の性欲は高まるばかりでした。


2. 熟れた人妻の誘い


ある日、夫のいない昼間に、妻はヨセフを褥(しとね)に招きました。
夫の帰宅までは、十分時間があります。

ポティファールの妻は、念願だったヨセフの男根を、ようやく手に入れることが出来るのです。

相手は才能豊かな若者といえども、しょせんは奴隷です。
権力者の妻に逆らうということが何を意味するかは、ヨセフにも十分に分かっていたはずです。

しかも、ポティファールの妻は、グエルチーノが作品に描いているように、豊満な肉体の持ち主です。
美女の熟れた肉体を目の前にして、何もせずに我慢出来る男は、ほとんどいないでしょう。

奴隷のヨセフには、本来、選択肢などありません。
ポティファールの妻は、圧倒的有利な立場を利用して、美男子とのセックスを堪能する手はずでした。

ところが、ヨセフは上司の妻からの誘いを断ったのです。

ヨセフからすれば、奴隷が主人の妻とセックスをするわけにはいきませんので、立場を弁(わきま)えた賢明な判断を下したと言えます。

この若さで、年上の美女を前にしてセックスを我慢できるとは、男の鏡と言って良いでしょう。
99パーセントの男には、我慢など無理ですね。

ところが、賢明であるはずの判断が一転し、ヨセフは強姦未遂犯へと仕立て上げられていくのです。


3. 原題


作者のグエルチーノ(Guercino)は、イタリアの画家です。

グエルチーノというのは渾名であり、本名はジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ(Giovanni Francesco Barbieri)と言います。

『ヨセフとポティファールの妻』は、英語ではJoseph and Potiphar's Wifeと言います。

この作品は、ワシントンのナショナル・ギャラリー(National Gallery of Art, Washington, DC)で見ることが出来ます。





関連記事