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渡辺謙主演映画『沈まぬ太陽』を見た感想
記事URL  カテゴリ | 日本映画 | 2012年10月11日(木)16時31分 | 編集 |
2012年10月11日(木)


目次
1. 好対照な2人の人物
2. 日航ジャンボ機墜落事故
3. 日本航空上層部の腐敗
4. 沈まぬ太陽とは何か?
5. 驕れる者は久しからず


1. 好対照な2人の人物


10月6日(土)にBS日本映画専門チャンネルで、渡辺謙主演の映画『沈まぬ太陽』をやっていました。

映画の公開は2009年10月です。

私は山崎豊子が書いた原作本『沈まぬ太陽』を2005年頃に読んでいましたが、今回映像化された作品を見て改めて人間の本質について考えさせられました。

渡辺謙が演じる主人公の恩地(おんち)元は、国民航空の労働組合委員長を務めていた時期に従業員の待遇改善を巡り経営者側と真っ向から対立します。

それにより経営陣から恨みを買った恩地は懲罰人事の対象となってしまい、カラチ、テヘラン、ナイロビという出世コースからは外れた海外勤務を立て続けに命じられます。

恩地の妻や2人の学齢期の子供たちも住み慣れた日本での生活を捨てる形で、カラチまでは恩地と行動を共にし劣悪な環境の海外生活を強いられることになります。

一方、労働組合副委員長として恩地と一緒に組合員の利益のために経営者側と戦っていた行天(ぎょうてん)四郎は、その後経営者側の懐柔策を受け入れる形で体制側の人間に転向し、その甲斐あってサンフランシスコ支店への栄転を命じられ出世コースに乗ります。

行天は三浦友和が演じています。

恩地と行天は労働組合の幹部という入り口は同じでしたが、その後の出口が異なる人物として描かれています。

恩地は経営陣に対して形式的な詫び状すらも提出したくないという、現実的な妥協の出来ない人物です。

良く言えば一途(いちず)ですが、悪く言うと融通が利きません。

一方、行天は権力者と戦うよりはむしろ権力者に擦り寄り、自分が出世して権力者になって甘い汁を吸う側に回れば良いという考えに変わっていった人物です。

原作者の山崎豊子はこの両極端の2人を対比させることで、「人間は家族を犠牲にしてでも信念や筋あるいは友情を貫くべきか、それとも自身の生活水準向上のためには信念や仲間を捨ててでも体制側に媚を売り、巨大組織における立身出世を目指すべきか、あなたならどうしますか?」という命題を鑑賞者に問うているのだと思います。


2. 日航ジャンボ機墜落事故


国民航空のモデルとなっている企業は日本航空です。

ナイロビにおいて恩地はナイロビ・日本間の就航計画を実現するために奔走していましたが、東京の役員会の決定に従い、計画を中途で断念し日本に帰国します。

長い海外勤務がようやく終わったと思った矢先、日本航空123便墜落事故が発生します。

日本航空123便墜落事故は1985年8月12日(月)夕刻に発生したのですが、私は当時大学1年生の夏休み期間中で、自動車の運転免許取得を主目的として実家に帰省していました。

8月12日の夜、高校時代の友人と電話で話している最中にテレビで事故の報道がなされていたことを覚えています。

結果的に、この事故は乗員乗客524名の内520名が死亡するという大惨事となりました。

映画ではこうした大惨事が起きた根本原因は日本航空の高慢な企業体質に求められ、早急かつ抜本的な改革をしない限り日本航空の再生はないという冷ややかな視点で、この事故に関わる様々な逸話が挿入されていきます。

1985年当時の総理大臣は中曽根康弘(任期:1982-1987)です。

中曽根は1986年にカネボウの会長だった伊藤淳二(1922-)を日本航空会長に据えるという人事を行い事故後の日航再生を託しますが、1987年には伊藤会長は中曽根によって解任されています。

映画では内閣総理大臣は利根川泰司という名前で加藤剛が演じ、会長は国見正之という名前で石坂浩二が演じていました。


3. 日本航空上層部の腐敗


映画では事故後の日本航空役員らの生活ぶりにも焦点が当てられていますが、彼らはあれほどの大惨事が起きた直後にも関わらず、特に生活態度を改めるでもなく、今まで通り酒を飲みゴルフをし高級料亭で芸者を侍らせて豪遊している様子が描かれています。

この映画は建前としてはフィクションになっていて、あくまでも創作物にすぎないという立場を取っていますが、原作者の山崎豊子は自身の空想だけで小説を書く作家ではないはずで、周辺関係者への取材をちゃんと行った上で作品を仕上げていると思います。

文学作品を読み解く上では、「真相は、実はノンフィクションの中ではなく小説の中にこそ描かれている」という鉄則があることを忘れてはいけません。

私はこの映画で描かれている通りの日航幹部たちの様々な傲慢な振る舞いが当時実際にあったのではないかと思っています。

企業の悪事は、大別すると経理の不正操作と不当な人事です。

映画によると、日本航空は一方では不透明な為替先物取引に手を出しており、一方では前途有望な従業員を経営陣に楯突いたという理由だけで閑職に追い込んで自主的な退職を促しています。

このブログで何度か触れていることですが、人事権と予算編成権を握った者は自分に刃向かう者を徹底的に排除していくのが常です。

日本航空において人事権を掌握した者たちもご多分に漏れず、自分にとって都合の良い者だけを周りに置き、組織の為を思って正論を言う者は煙たい存在としてまともに取り合わず、いずれ見せしめとして閑職や僻地へと左遷する懲罰人事を繰り返していました。

こうした上層部の腐敗が1985年の日航機墜落事故の温床になっていたと作品は訴えます。


4. 沈まぬ太陽とは何か?


映画では伊藤淳二をモデルとした国見正之会長の解任後、主役の恩地は社内に依然として蔓延(はびこ)る派閥の論理に屈し、再びナイロビ支店へと左遷されてしまいます。

恩地には転勤を拒否し日本航空を辞めるという選択肢もあったはずですが、むしろナイロビ左遷を歓迎する気持ちへと変わって行きます。

恩地にそう思わせたのは、ナイロビで前回の配属時に見ていた「沈まぬ太陽」の存在でした。

ナイロビの夕日は大自然の中で悠然といつまでも光り輝き、地平線の下に沈んで消えて行くことはないかのようです。

東京などの先進都市では高層ビルが乱立し、地上ではもはや夕日を眺めることすらも難しくなっていますが、ナイロビでは視界を遮るものがないため、日々輝く夕日を見つめることができます。

恩地は経済的に豊かな先進都市において傲慢極まりない生き方を続ける人々に嫌気が差して、ナイロビでの貧しい単身赴任生活を選んだのでした。

御巣鷹山での事故後、日本航空というブランド名の「太陽」は惨めなまでに地に落ちました。

そんな事態になっても高慢な企業体質は改まらず、1985年の墜落事故から25年が経過した2010年には京セラ代表取締役名誉会長の稲盛和夫が民主党政権の要請で、日本航空の再建のために代表取締役会長に就任するという「異常事態」となっています。


5. 驕れる者は久しからず


私は2003年にJALのお客様サービスセンターに電話して、国際線に乗った時に感じた不満を伝えたことがあるのですが、電話に出た者が誠意ある応対をしてくれたとは思えません。

ここ数年は飛行機に乗る機会が全くないので現在の企業体質は知りませんが、JALに限らず航空会社の従業員には傲慢な性格の者が多く何度も嫌な思いをさせられて来ました。

恐らくそうした傲慢さに対する嫌悪感は、私だけでなく多くの客が抱いているはずです。

航空会社に限らず事故や不正経理などで社会からの信用を失った企業が、その後の改革によってある程度業績を回復した場合、当該企業の経営陣は「再生」とか「新生」という言葉をやたらと使ってあたかも企業体質が生まれ変わったかのような宣伝に励みますが、その以前に人の道としては「私たちは傲慢でした」と謝罪することが先決ですね。


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