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ドメニキーノ『イサクの犠牲』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年06月17日(日)12時22分 | 編集 |
記事のタグ: プラド美術館
2012年6月17日(日)


目次
1. アブラハムとサラの子
2. 試される信仰
3. モリヤの山
4. この世の子羊
5. 原題


今回取り上げる作品は ドメニキーノ作『イサクの犠牲』です。

2012年6月17日ドメニキーノ『イサクの犠牲』356

1. アブラハムとサラの子


イサクとはアブラハムとサラの子です。

長らく子に恵まれなかったサラは出産を諦めていました。
ところが90歳になって男の子を生むことが出来ました。

その男の子がイサクです。

まあ、90歳という年齢での出産は荒唐無稽な話ではあります。

しかし旧約聖書『創世記』に書かれている内容を全て現代の社会通念で解釈しようとすることには無理があります。

現代と『創世記』の時代とは色んな面で分けて考えるべきでしょうね。


2. 試される信仰


アブラハムにとってイサクは正妻サラとの間に出来た一人息子です。
アブラハムにはもう一人、イシュマエルという息子がいました。

イシュマエルはサラの奴隷であったハガルとアブラハムとの間に出来た息子です。

第1章で述べたようにサラは出産を諦めていましたので、アブラハムの子孫を残すために夫にハガルとの性行為を勧めたわけです。

正妻としてはつらい決断だったと思いますが、サラ自身には妊娠の可能性がないためにやむを得ない策だったのでしょうね。

その後、サラは奇跡的に懐妊しイサクを生むわけです。

そんな奇跡の子イサクを神の犠牲として差し出すようアブラハムに命令が下ります。

通常、神に捧げる犠牲とは子羊を指すことが多いのですが、何と神はイサクの命を差し出すようアブラハムに求めたわけです。

今までこのシリーズで見てきたようにユダヤの神の命令は絶対です。
逆らいでもしたら大変な目に遭わされます。

アブラハムは相当悩んだでしょうが、結果的にイサクを子羊の代わりに生贄として神に捧げることを決意しました。


3. モリヤの山


命令のあった翌朝、アブラハムはイサクを連れて神が命じた場所であるモリヤの山へと向かいました。

モリヤの山とは現在のエルサレムにある聖墳墓教会の辺りではないかという説もあります。

聖墳墓教会とはイエスが処刑されたゴルゴダの丘があったとされている場所に建っている教会ですね。

さて、息子のイサクは父と共に神に捧げ物をするためにモリヤの山を登って行くわけですが、生贄となる子羊がいないことに疑念を抱きます。

通例、生贄の儀式の場合は子羊を帯同させるのですが今回は子羊の姿がどこにも見当たりません。
老練な父が手配を誤るはずがありません。

「ということは・・・、」

イサクの脳裏にあることがよぎります。
普通の人間であれば気づきますよね。

アブラハムが祭壇を築き薪木を並べている間、今回の件の真相が読めてしまったイサクは腹を決めたのだと思います。

父が決断したのと同様に息子も決断したわけです。


4. この世の子羊


アブラハムはイサクを後ろ手に縛り、意を決して刺し殺そうとします。

その瞬間、天空から天使が現れアブラハムの手を押さえて、すんでのところで殺人は未遂に終わります。

この劇的な瞬間がドメニキーノ(1581-1641)の『イサクの犠牲』に描かれているわけです。
アブラハムが今まさに振り下ろそうとしている刀を天使の右手が押さえ込んでいます。

アブラハムは突然現れた天使の瞳を食い入るように見つめ、神の真意を知るところとなりました。
死を覚悟したイサクは茫然自失といった感じですね。

画面向かって左には子羊が描かれています。

アブラハムたちはモリヤの山に子羊を連れて来てはいませんでした。
では、この子羊はどこから来たのかというと天空から舞い降りて来たのです。

生贄の儀式自体は行わなければなりませんので生贄となるものが必要となります。
我が子イサクを生贄にしない以上、その代わりとなる子羊が必要になるわけです。

ドメニキーノは子羊の影もちゃんと地面に描いていますので、間違いなくこの子羊はこの世のものであるということですね。


5. 原題


『イサクの犠牲』はスペイン語ではEl sacrificio de Isaacと言います。

el sacrificioは犠牲という意味です。
この作品はプラド美術館(Museo Nacional del Prado)の所蔵となっています。





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