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ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』
記事URL  カテゴリ | その他絵画 | 2010年11月16日(火)12時26分 | 編集 |
2010年11月16日(火)


NHK教育テレビ『知る楽』月曜日の2010年2月~3月期は、『「怖い絵」で人間を読む』です。
第三回の主題は、「運命の子どもたち ーベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』」です。

テレビでの放送日 2010年2月15日(月) 
講師 中野京子

第三回 目次
1. 鈴の秘密
2. 奪われた精気
3. 白い小犬
4. 絶望的血統
5. 絶望的無力
6. 鈴の理由
7. 所蔵先


全八回シリーズの中で、19個の「怖い絵」がテキストに掲載されています。

著者である中野さんがテキストの表紙に選んだのが、ディエゴ・ベラスケス作『フェリペ・プロスペロ王子』です。

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』1 436

テキストだと表紙のカラー写真以外に、モノクロ写真が53ページに掲載されています。


1. 鈴の秘密


プロスペロ王子の衣服の上に鈴がついてます。
王子は何のためにこの鈴を身につけているんでしょうか?

「身につけている」と言っても、彼はこの時2歳です。

自分の意志で腰から鈴をぶら下げているわけではありません。
周囲にいる者たちがつけたわけです。

大人たちが一つの意図を持って、王子に鈴を身につけさせたということになります。
では、その意図って何だったのでしょうか?


2. 奪われた精気


王子の右手をご覧下さい。

椅子の上に置いたこの右手。
2歳の子供の手ですから、大人と同列に扱うことは出来ません。

それでも、漲(みなぎ)る生命力を感じるかというと、どうでしょうか?
感じませんよね?

この絵画の作者であるベラスケスは写実の天才です。

その天才がこのように描いたということは、プロスペロ王子の手からは覇気が感じられないと彼が見ていたということになります。

そして、幽霊のような手をした王子の弱々しさを際立たせるために背景を暗黒にしています。
こんなに暗いんでは、この部分に何があるのか見えないですよね。

ベラスケスは、王子の肉体を支配する闇が背後から忍び寄っていることを表現したかったのだろうと思います。

そして前を向いている王子はそのことを知りません。

知るはずがないです。
まだ2歳ですから。


3. 白い小犬


緋色の椅子の上には一匹の白い小犬が描かれています。
一見すると犬とプロスペロは同じ方向を見ているように思えます。

しかし犬の視線は私たちと正対していますが、プロスペロの左目と右目は違う方向を見つめているのです。

画面上で、左右それぞれの目の上にカーソルを置いて見比べるとハッキリわかると思います。
焦点が定まらない・・・。

もうこの時点で王子の人生が破滅に向かっていることは、天才ベラスケスには予見出来たんでしょうね。

小犬の一生より哀れ・・・。

王子の一生を一言で表すと「短命」です。
あまりにも残酷な運命です。

しかし誰一人としてその運命を変えることは出来ません。
医者をもってしても祈祷師をもってしても、王子の運命を変えることは出来なかったのです。

プロスペロ王子は4歳の誕生日を目前にして亡くなりました。
この絵を描いてもらった2年後です。

なぜ彼はそんなに短命だったのか?
なぜ彼はそんなに弱かったのか?

その答えを知ると、この絵の恐ろしさを実感することになると思います。


4. 絶望的血統


プロスペロ王子を死に追いやったもの、それは遺伝的疾患だったと言われています。

テキスト57ページにスペイン・ハプスブルク家の家系図が載っています。
高貴な血を守るために一族の中で婚姻を繰り返した歴史が一目瞭然になっています。

時系列で見ていきましょう。


1) カルロス1世

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』2 400

スペイン・ハプスブルク家を興したカルロス1世(1500-1558)は、オーストリア・ハプスブルク家から従妹(じゅうまい )を娶りました。

この時点で、もう既に暗雲が立ち込めていますよね。
カルロス1世の母は、あの狂女ファナ(Juana la Loca 1479-1555)です。

スペイン・ハプスブルク家はその出発点において、もう既に呪われていたと言っても良いでしょう。


2) フェリペ2世

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』3 401

カルロス1世の子がフェリペ2世(1527-1598)です。

スペインの領土が最も拡大したのは彼の治世下です。
フィリピンという国名は彼に因んだものですね。

フェリペ2世の妻たちは尽(ことごと)く死ぬ運命にあり、4人目に妻として迎えたのが姪でした。
オーストリア・ハプスブルク家に嫁いだ実の妹の娘です。

政略結婚を強要された女性たちも、がんじがらめの中で薄幸の人生を送ったわけです。


3) フェリペ3世

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フェリペ2世の子がフェリペ3世(1578-1621)です。

フェリペ3世は祖父の姪に当たる女性と結婚しました。
家系図を見てない人は、もう訳がわからなくなっているかも知れません。

57ページの家系図を見ながら書いている私でも、じっくり考えないと人間関係を理解することは難しいです。


4) フェリペ4世

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』5 676

フェリペ3世の子がフェリペ4世(1605-1665)です。
フェリペ4世は無能王と呼ばれています。

フェリペ4世の治世下で強国スペインがいくつかの領地を失ったということを踏まえて「無能」呼ばわりしているんだと思います。

彼の判断力が凡庸だったとすれば、それはこの家系図で示されている歴史がもたらしたものかも知れません。

フェリペ4世はオーストリア・ハプスブルク家に嫁いだ実妹の娘、つまり姪と結婚しています。
どこかで聞いた話だと思ったら、祖父フェリペ2世と同じことをしているわけです。

このフェリペ4世の子が今回の主役プロスペロ(1657-1661)なんです。
そしてマルガリータ(1651-1673)はプロスペロの実姉です。

さらにスペイン・ハプスブルク家としての最後の王カルロス2世(1661-1700)も、フェリペ4世の血を受け継いだ息子なのです。

なお、プロスペロやマルガリータの肖像画を数多く残したベラスケス(1599-1660)を宮廷に招いたのは、このフェリペ4世です。

カルロス1世からフェリペ4世までの家族の作り方を見てきましたが、どんな血筋かお分かりになったことと思います。

恐ろしいです。

100年以上かけて何度も何度も同じような血をかけあわせた結果、最終世代のカルロス2世は性的に不能となりスペイン・ハプスブルク家は断絶します。


5. 絶望的無力


プロスペロの姉は、あのマルガリータ(1651-1673)です。

マルガリータはプラド美術館に収められている『ラス・メニーナス(原題:Las Meninas)』の主人公ですね。

2010年11月16日ディエゴ・ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』6 382


Las Meninasは「宮廷の侍女たち」という訳があてられています。
lasはスペイン語の定冠詞女性複数形です。

テキストだとモノクロ写真が64ページに掲載されています。

マルガリータは15歳の若さでオーストリア・ハプスブルク家へ輿入れします。
相手は母方の叔父レオポルト1世です。

「叔父」と聞いただけで、もう行く末は見えていますよね。

子供を4人産みますが、その内3人は1歳の誕生日を前にして亡くなります。
マルガリータ自身も21歳で生涯を閉じました。

恐ろしい結末です。

近親婚を繰り返すとこんな結末が待っているという一つの実例を示した一族がスペイン・ハプスブルク家です。

何かに取り憑かれたかのように、何代にもわたって先祖と同じことをしたのです。

学習効果の見られない一族は遺伝性疾患の子どもたちをたくさん作りたくさん失い、結局何ら解決策を見い出せないまま出口は完全に塞がれてしまいました。

スペイン・ハプスブルク家最後の国王がカルロス2世(1661-1700)です。
マルガリータやプロスペロの弟にあたります。

知的障害を持ちながら何とか39歳の誕生日目前まで生きました。

カルロス2世の10代半ばの肖像画(原題:Carlos II)を、フアン・カレーニョ・デ・ミランダ(Juan Carreño de Miranda 1614-1684)が描いています。

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この作品はプラド美術館に収められています。
肖像画に描かれた彼の顔つきは死相という言葉がピッタリです。

テキストだとモノクロ写真が69ページに掲載されています。
カラー写真は巻頭に載っていますね。

この不気味な影はもはや人間のものではないですね。
しかも黒装束!

プロスペロは白装束でしたので、まだ鑑賞の対象になりました。
しかし、このカルロス2世の肖像画を自室の壁に掛けておきたい人がいるでしょうかね?


6. 鈴の理由


第一章で述べたプロスペロが着けていた鈴の理由を明かしますね。
侍従達が2歳の王子に鈴をつけたのは魔除けのためでした。

スペイン王室において生まれては死んでいった虚弱体質の子どもたち・・・。
周囲にいた者たちは不気味な雰囲気を肌で感じたことでしょう。

悪霊・祟り・呪い、そして行き場を失ってさまようばかりの霊魂たち・・・。

先祖と同じことを繰り返し先祖と同じ結末を迎え、それでもなお先祖と同じ道を選択する王家の人たち・・・。

魔除けの鈴をつけてもプロスペロは4歳で亡くなりました。

強引過ぎる血族結婚の前では鈴も無力です。
絶望的に無力です。

悲しい鈴の音は絵画の中に封じ込められました。


7. 所蔵先


ディエゴ・ベラスケス(Diego Rodríguez de Silva y Velázquez)が描いた『フェリペ・プロスペロ王子』は、ウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

美術史美術館はドイツ語ではKunsthistorisches Museumと言います。

die Kunstは芸術とか美術という意味の女性名詞です。
historischは形容詞で語義は歴史の~です。

このKunstとhistorischが合成されてKunsthistorischesという形容詞が出来上がりました。
das Museumは博物館や美術館という意味です。

そこに形容詞Kunsthistorischesがかかり、日本語に訳すと美術史美術館ということになるわけです。


★Quelque part dans le temps


放送に準拠したNHKテキスト(ISBN 978-4-14-189536-7)に関するコメントです。

全8回シリーズのテレビ番組の中で解説された絵画は10数点ですが、このテキスト(A5判)には全部で19個の「怖い絵」が掲載されています。

それら以外にも、絵画に関わる人物たちの肖像画がふんだんに散りばめられています。

19個の「怖い絵」については、ただ単に絵画の写真が載っているだけではありません。
執筆者である中野さんの、絵に対する解釈が述べられています。

さらに絵画が制作された頃の時代背景や、画家個人の人生についても言及されています。
番組の中では伝えきれなかった内容が、このテキストには詳細に盛り込まれています。

充実した脚注を読むだけでも、膨大な知識を獲得出来ます。

以下の絵画を美術館で見る予定のある方は、このテキストを前もって読んでおくと受け止め方が変わるかも知れません。

★ベラスケス 『フェリペ・プロスペロ王子』、『ラス・メニーナス』
★ゴヤ 『我が子を喰らうサトゥルヌス』
★ルーベンス 『我が子を喰らうサトゥルヌス』
★レーピン 『イワン雷帝とその息子』、『皇女ソフィア』
★ブリューゲル 『死の勝利』
★ミランダ 『カルロス二世』
★ボッティチェリ 『ヴィーナスの誕生』
★ドラクロワ 『怒れるメディア』


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