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フランチェスコ・プリマティッチオ『ヘレネの略奪』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年12月20日(火)13時07分 | 編集 |
2011年12月20日(火)


目次
1. ヘレネの本心
2. テセウスによるヘレネ略奪事件
3. 原題


今回取り上げる作品は、フランチェスコ・プリマティッチオ作『ヘレネの略奪』です。

2011年12月20日フランチェスコ・プリマティッチオ『ヘレネの略奪』 272

1. ヘレネの本心


パリスはメネラオスの隙を見て、王妃ヘレネを奪い去ります。

フランチェスコ・プリマティッチオ(1504-1570)の絵では、無理矢理にヘレネが連れ去られたかのような構図になっています。

しかし、実際にはヘレネの心は、アプロディーテの魔法によってパリスへの思いで一杯でした。

部下の手前、略奪に際して抵抗する姿勢を示したとしても、それはヘレネの本心ではありませんでした。

画面中央で両手を上げて、男たちに抱きかかえられているのがヘレネです。
ヘレネの右の太股に左手を掛けているのが、パリスです。

後景では柱廊の前で、王妃略奪を防ごうとするスパルタ兵たちをトロイ兵たちが組み止めています。
この後、ヘレネはパリスと一緒に船に乗って、トロイへと向かうことになるのです。


2. テセウスによるヘレネ略奪事件


2011年10月13日(木)の記事『Odorcio Politi『ヘレネとサイコロで遊ぶテセウスとペイリトオス』 loro2012.blog.fc2.com』で述べましたが、ヘレネは10歳の頃、アテナイ王テセウスとラピタイ王ペイリトオスによって略奪されたことがあります。

従って、今回のパリスによる略奪は、ヘレネの生涯において二回目のものということになりますね。

幼い頃からヘレネの美しさは、各地で評判になっていました。

それぞれ王妃を亡くして独り身だったテセウスとペイリトオスも、美少女ヘレネに関心を持ったわけです。

テセウスはクレタ王女のパイドラを妻としていましたが、パイドラは自殺しました。
ペイリトオスも、妻ヒッポダメイアを亡くしていました。

テセウスたちに連れて行かれたヘレネを奪回するために、兄のカストルとポリュデウケスがアテナイに侵攻しました。

無事ヘレネを奪回してスパルタへ戻る際、カストルたちはテセウスの母アイトラを捕虜として連行しています。

アイトラは息子のテセウスに依頼されて、幼かったヘレネを養育していたのです。

アイトラは、スパルタにおいては王女ヘレネの侍女となりました。

ヘレネがパリスによって連行された際、アイトラも付き従ってトロイ軍の船に乗り込むことになります。

トロイゼンの王女アイトラは、後にギリシア軍の攻撃によってトロイの街が陥落する様を、目のあたりにすることになるのです。


3. 原題


フランチェスコ・プリマティッチオ(Francesco Primaticcio)が制作した『ヘレネの略奪』は、英語ではThe Rape of Helenと言います。

この作品は、イングランド北東部の街バーナード・キャッスル(Barnard Castle)にあるボーズ美術館(Bowes Museumで見ることが出来ます。





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