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ハンス・ホルバイン『クレーヴェ公女アン』
記事URL  カテゴリ | ヨーロッパ王家絵画 | 2011年02月23日(水)12時17分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2011年2月23日(水)


目次
1. 4人目の王妃候補
2. 美人
3. クレーヴェ公の娘アンの悲劇
4. 原題


今回取り上げる作品は、ハンス・ホルバイン作『クレーヴェ公女アン』です。

2011年2月23日ハンス・ホルバイン『クレーヴェ公女アン』454

1. 4人目の王妃候補


3番目の王妃ジェーン・シーモアが亡くなりましたので、ヘンリー8世は4人目の妻を探し求めます。

トマス・モア(1478-1535)亡き後、イングランド宮廷において実権を握っていたのがトマス・クロムウェル(1485-1540)です。

モアの失脚、処刑という一連の流れには王だけでなくクロムウェルも関わっていますので、宗教の問題に絡めてまんまと政敵を追い落としたという印象を持った宮廷人も多かったのではないでしょうか。

ヘンリー8世の再婚相手として、2名の候補者が選ばれました。
一人はデンマークの王女、もう一人はドイツのクレーヴェ公の娘です。

今まで身近なところで強引な手法により妻を娶ってきたヘンリー8世でしたが、4人目の王妃は見合いによって決めることにしました。

当時の見合いは現代のように写真がありませんので、肖像画によって相手の外見を知ることになるわけです。

2名の王妃候補の肖像画を描くよう王から命じられて、デンマークとドイツへ赴いたのがホルバインでした。

現代の見合い写真でも同じことが言えるのかも知れませんが、まあ、こういった類のものはありのままには描きませんよね、普通はね。

どうしても美化して描くのが人間というものです。
なぜなら、出来上がった作品は当事者だけでなく、宮廷の者たちも興味を持って見るでしょう。

そうすると、より美しく描こうとするのが画家の本分でしょうし、心情的にもそのようにした方が何かと有利ではないかという判断が働いたのだと思います。

しかし、それがまずかった・・・。


2. 美人


ホルバインがイングランドに帰国し、制作した肖像画2枚を携えてヘンリー8世に報告を行います。
そこにはクロムウェルも同席し、検討会議が開かれます。

ホルバインの肖像画を見る限り、2人とも美人です。
顔は申し分ない。

とすると、後は政治的な要素で判断するだけです。
実力者クロムウェルは、クレーヴェ公の娘アンを最終的に推挙します。

デンマーク王女はまだ20歳前、アンは20歳代半ばという年齢的な要素も考慮したのかも知れません。

いずれにせよ、王にとっては一番重要な要素は顔です。
ハッキリ言って、それ以外の要素などこの暴君にはどうでもいいのですよ。

美人で、成熟した肉体を持ち、実家も利用価値がある・・・、
こういった理由で、アンは第4代の王妃に選ばれました。


3. クレーヴェ公の娘アンの悲劇


結婚の同意が得られ、アンがドイツからはるばるイングランドにやって来ました。

どんな美人が来るかと楽しみにしていたヘンリー8世の夢は、彼女が到着した瞬間に打ち砕かれました。

違うんですよ、肖像画と実物が。
もう今更、どうにもなりません。

結局、ヘンリー8世とアンが同じベッドで眠ることはなかったそうです。
アンはイングランドに上陸してから半年後に、離縁されて宮廷から追い出されてしまいました。

さすがに、アンを処刑する口実までは暴君も見つからなかったようですね。

まあ、ほとんど顔を合わせる機会はなかったんでしょうから、アンの方にはそもそもが嫌われる可能性すらもないんですけどね。

責任を取らされたのは、最終的な推薦をしたクロムウェルです。
明日に続きます。


4. 原題


『クレーヴェ公の娘アン』は、フランス語ではAnne de Clèves、ドイツ語ではAnna von Kleveと言います。

この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)が所蔵しています。





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