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Pieter Lastman『イオと一緒にいるジュピターを見つけるジュノ』
記事URL  カテゴリ | ギリシア神話絵画 | 2011年06月09日(木)12時52分 | 編集 |
2011年6月9日(木)


目次
1. 雌牛にされるイオ
2. 美女の不幸は甘い蜜か?
3. 原題


今回取り上げる作品は、Pieter Lastman作『イオと一緒にいるジュピターを見つけるジュノ』です。

2011年6月9日Pieter Lastman『イオと一緒にいるジュピターを見つけるジュノ』230

1. 雌牛にされるイオ


ジュピターは、ギリシア神話ではゼウスに相当します。
ジュノは、ギリシア神話においてヘラに相当します。

妻ヘラにイオとの浮気現場を抑えられたゼウスは、咄嗟にイオを雌牛に変身させました。
ヘラから状況説明を求められたゼウスは、苦しい言い訳をします。

「雌牛と戯れていただけであって、ヘラが怪しんでいるようなことは一切していない・・・。」

ゼウスがどんな言い訳をしようとも、妻ヘラには完全にバレています。
しかし、現実にヘラの目の前にいるのは、美女イオではなく雌牛です。

夫の浮気現場に踏み込んだつもりだったヘラとしても、これではゼウスを責めることが出来なくなりました。

オランダの画家Pieter Lastman(1583-1633)は、イオが白い雌牛に変えられた直後の場面を描いています。

前景向かって右にいる髭の男神が、ゼウスです。

ゼウスは、右手で白い牛の頭を撫でています。
この牛は、ゼウスによって変身させられたイオの姿です。

後景向かって左で、雲に乗っているのがヘラです。

ヘラの前にいる鳥は、孔雀です。
孔雀は、ヘラの聖鳥です。

向かって右にいる孔雀の羽には、いくつか目の模様が描かれていますが、時系列で言うと、この時点では、孔雀の羽にはまだ目の模様がないはずなんです。

孔雀の羽に目の模様が出来るのは、この後の話なのです。

嫉妬の炎を隠しながら、ヘラはこの雌牛をゼウスからもらい受けることにしました。
そして、忠臣アルゴスに命じて雌牛を見張らせることにしたのです。

アルゴスとは、百の目を持つ巨人です。
この見張り役を引き受けたアルゴスには、悲劇が待ち受けます。


2. 美女の不幸は甘い蜜か?


ギリシア神話は、強姦と殺害という2本柱で構成されているという側面がありますね。
とすると、どうしても悲劇的な要素が前面に押し出される格好になるわけです。

古代ギリシア人は、人生とは悲劇の連続である、という思想を持っていたのかも知れません。
特に、美女は不幸になるべきだ、という思想が全編を通じて盛り込まれているように思います。

人間の女性が牝牛に変身することは、実際にはあり得ないですが、イオのような美女が策略等によって身を落とし、人間の生活とは言えないような惨めな日々を送る姿を、「美女ではない人たち」が遠くから優越感に浸って眺めている、という構図は実際にあったのかも知れません。


3. 原題


Pieter Lastmanが描いた『イオと一緒にいるジュピターを見つけるジュノ』は、英語ではJuno discovering Jupiter with Ioと言います。

この作品は、ロンドンのナショナル・ギャラリー(he National Gallery, Trafalgar Square, London)で見ることが出来ます。





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