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ニコラス・ヒリアード『女王エリザベス1世』
記事URL  カテゴリ | ヨーロッパ王家絵画 | 2011年03月02日(水)12時55分 | 編集 |
2011年3月2日(水)


目次
1. アン・ブーリンの娘
2. 未婚の女王
3. 原題


今回取り上げる作品は、ニコラス・ヒリアード作『女王エリザベス1世』です。

2011年3月2日ニコラス・ヒリアード『女王エリザベス1世』437

1. アン・ブーリンの娘


エリザベス(1533-1603)は、父ヘンリー8世と母アン・ブーリンとの間に生まれました。
確執のあったメアリー1世(在位:1553-1558)の治世では、牢獄に入れられたりもしました。

メアリー1世が5年の在位期間で死ぬと、その後を継いでエリザベス1世(在位:1558-1603)となったのです。

テューダー朝としては第六代目の王であり、最後の王でもあります。

テューダー朝の系譜を示します。

ヘンリー7世(在位:1485-1509)→ヘンリー8世→エドワード6世→ジェーン・グレイ→メアリー1世→エリザベス1世


プロテスタントを徹底的に迫害したメアリー1世とは異なり、エリザベス1世は父ヘンリー8世(1491-1547)が晩年に行った宗教政策を踏襲します。

つまり、カトリックを否定しイギリス国教会を宗教政策の根幹に位置づけたのです。

エリザベス1世の母アン・ブーリンは、ヘンリー8世がカトリックから離脱することによって王妃になれた女性でした。

アン・ブーリンの娘であるエリザベス1世にとって、カトリックの教義に対する思い入れなど特になかったのでしょう。

しかも、敵対関係にあったメアリー1世は、カトリックの信奉者でした。

メアリー1世と同じ宗教政策をエリザベス1世が取るという選択肢は、なかったものと思われます。

メアリー1世によって潰されかけたイギリス国教会は、エリザベス1世の治世下で再び勢力を盛り返すことになります。


2. 未婚の女王


エリザベス1世は、終生結婚することはありませんでした。
従って女王の嫡子は、この世に存在しません。

テューダー朝は、エリザベス1世の死をもって断絶します。

その後のイングランド王位を継いだのは、スコットランド女王メアリー・ステュアートの息子ジェームズ1世(在位:1603-1625)です。

イングランド王家の話は、あと少し、続きます。


3. 原題


ニコラス・ヒリアード(1547頃-1619)は、人物を対象とする細密画を得意としました。

ニコラス・ヒリアード(Nicholas Hilliard)が描いた『女王エリザベス1世』は、英語ではQueen Elizabeth Iと言います。

この作品は、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー(National Portrait Gallery)で見ることが出来ます。





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