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ピーテル・パウル・ルーベンス『ソドムを離れるロト一家』
記事URL  カテゴリ | 旧約聖書絵画 | 2012年06月09日(土)11時22分 | 編集 |
記事のタグ: ルーヴル美術館
2012年6月9日(土)


目次
1. 男色と獣姦の街ソドム
2. 蟻地獄
3. 男色家からのセックス要求
4. 男色家に女性は不要
5. ソドム脱出
6. 原題


今回取り上げる作品は、ピーテル・パウル・ルーベンス作『ソドムを離れるロト一家』です。

2012年6月9日ピーテル・パウル・ルーベンス『ソドムを離れるロト一家』 214

1. 男色と獣姦の街ソドム


以前ロトは、アブラハムのおかげで、ダマスコにおける捕囚生活から解放されたことがありました。
ロト一行は、解放された後、もう一度ソドムの街へ戻ることになります。

ソドム及び隣接するゴモラの街は、以前とは異なり、風紀が乱れていました。
風紀の乱れは、性欲処理の仕方に如実に現れます。

具体的には、ソドムにおいては、性交というのは男同士がするものである、という社会通念が蔓延(はびこ)っていました。

さらには、男同士の性交に飽きた時は、獣姦さえも行っていました。

つまり、男たちは女たちとのセックスに全く興味を示さなくなり、その代わりに、男や獣をセックスの対象として定めていたのです。

ソドムの男たちは、男とセックスする際は、肛門内に射精し、メス犬やメスロバとセックスする際は、獣の膣内に射精していたわけです。

一方、女たちは、日常生活の中で男から愛を受けるということがありませんので、当然、性的な欲求不満が募ります。

そこで、男たちが獣姦を楽しんでいるのを知り、女たちも、その欲望のはけ口を、オス犬やオスロバのペニスに求めて行きました。

異常な世界ですね。

旧約聖書は、ソドムに暮らす男たちが、なぜ女とのセックスに興味を失ったかは記していません。

通常の感覚では、異性とのセックスを拒否するということは、性欲自体が減退しているか、あるいはセックスパートナーの肉体や性技に飽きたか、あるいは、セックスパートナーが性病や皮膚病を患い、セックス出来る状態ではない、などの理由が考えられます。

ただ、少なくとも、男女共に獣姦にふけっていたわけですから、性欲が減退していたわけではない、ということは言えそうです。

私は、同性愛や獣姦になど、全く興味はありません。

アダルトビデオでは、女性同士のセックスも主題として取り上げられているようですが、全く関心が湧きませんね。


2. 蟻地獄


ロトは、ソドムやゴモラが、このような不適切な状況にあることを知らずに、街に入りました。

やがて、暮らしていく内に、男色の街であることは判明してくるわけですが、一旦、街に入って居を構えた以上、そう簡単に移動することも叶いません。

現代でも、悪徳の会社だと知らずに就職した人が、その事実を知ったからといって、そう簡単に退職できるかというと、そうもいかないのと同じです。

あるいは、悪徳の宗教団体だと知らずに入信し、その事実を知った後、内心では抜け出したくても、抜けた後、どうやって食べて行くのか、という見通しが立っていない以上、そう簡単には身動きが取れないのと同じです。

安全地帯にいる人は、なぜ脱出しないのか、と声高に非難しますが、明日の人生設計が出来ない以上、身動きが取れない場合もあるわけです。

かといって、そのまま悪徳の組織に所属していても、将来展望は見えて来ないんですけどね。

蟻地獄から抜け出す方法は、果たしてあるのでしょうか?
救いの手を差し伸べてくれるのは、誰なのでしょうか?


3. 男色家からのセックス要求


ある日、ロトの暮らす家に、2人の男性客が訪れました。
ロトは2人を歓待し、一夜の宿を提供することにしました。

しばらくして、ソドムの男たちがロトの家を取り囲み、大声で騒ぎ始めました。

見知らぬ男2人が、ロトの家を訪れていることが街中に知れ渡り、男色家たちが我先にと、ロトの家に集まって来たのです。

ソドムの男たちは、客人である男2人を、性交の対象として見ているのです。

いつの時代でも、出来上がった組織の中に新たに加わる者は、好奇の眼差しを向けられ、その組織の社会通念に従うことを要求されるのです。

現代でも、企業に就職した新人女性は、先輩男性社員からは、職場の仕事仲間というよりは、むしろ、セックスの対象として見られていることが、往々にしてあります。

男性社員が妻帯者であっても、お構いなしに、新人女性社員に手を出し、挙句の果てにはその女性を妊娠させ、さらには中絶させたり、あるいは、自らの家庭を崩壊させたりするのは、決して小説の中だけの話ではなく、現実にある話なのです。

私の周りにも、妻以外に愛人がいることを手柄であるかのように語る男が何人もいましたし、女性に中絶させたことを何とも思わず、淡々とその事実を語る男もいました。

もちろん、私はそれらの愛人女性に会ったこともないですし、中絶手術の現場に立ち会ったわけでもないので、真実が何であるかは知らないんですけどね。

私は愛人を作ったことなどありませんし、女性に中絶を求めたことなどありません。
そういう生き方を選んで、正解だったと思っています。


4. 男色家に女性は不要


どの組織でも、新規参入者に対しては、「郷に入れば郷に従え」と要求するのですが、ソドムという組織のしきたりは、男色です。

ソドムの男たちは、客人という新たな獲物を前にして勃起し、2人を早く家から出すように騒ぎ立てました。

要するに、この街で滞在したいのであれば、早くセックスをさせろ、ということですね。

このままでは客人2人は、男色家たちの餌食となってしまいます。

ロトには、客人を守る義務がありますので、とりあえず、自分の娘2人を犠牲にすることにし、家の外にいる男たちに差し出したのです。

そんなにセックスがしたいのなら、この娘2人とセックスをしてくれ、ということです。

ところが、男色家にとっては、女は性交の対象とは成り得ません。

一般論として、多くの男は女性の柔肌に憧れますが、男色家にとっては、柔肌など何の意味もないのです。

娘2人は、早々と家の中に戻って来ました。
もちろん、無傷です。

ロトはしばらくの間、家の中で客人を守る方法を思案していましたが、やがて、周囲から声がしなくなりました。

どうやら男たちは、諦めてそれぞれの家に帰った模様です。
とりあえず今日のところは諦めるが、また明日押しかけてやる、という感じですね。


5. ソドム脱出


騒動が終わった後、しばらくして、2人の男はロトに正体を明かしました。

「私たちは神の使いである。神はこの街を殲滅しようとしている。あなた方は早く逃げなさい。」

ロトたちは、神から遣わされたという天使の言葉を聞いても、まだ半信半疑でした。

しかし、夜明けと共にロト一家は、天使たちに追い立てられるようにして、ソドムの街から逃げて行くことにしました。

フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)は、ロト一家が家を離れる時の様子を描いています。

向かって右から3人目のロトの妻は、胸の前で両手を合わせながら、赤い布を腰に巻いた天使の顔を覗き込んでいます。

この妻は、まだ、ここを出て行くことについて、完全には納得していない様子です。

天使の向かって左にいる娘2人にも、あまり緊張感は感じられません。
危機からの脱出というよりは、家族全員で楽しい場所へお出かけする、といった風情ですね。

こうした緊張感のない顔を見ていると、ロト一家は、男色や獣姦の街に、すっかり適応してしまったようです。

環境への適応力は必要だが、順応性がありすぎるのも考えものだ、という教えなのかも知れません。

ロト一家は、思考停止状態に陥っているため、街全体を支配している誤った社会通念に対して、気味悪さを感じなくなっているのです。

社会のあり方が間違っていても、自分たちさえ食べていければそれで良い、という生き方ですね。

実際には、そんな悠長なことは言ってられない現実が、目の前まで迫って来ているのですが、愚かな人間たちには、近未来を予測することは不可能です。

愚鈍な人間たちに近未来予測が出来ないのは、ノアの方舟の時と同様です。
人類は、過去の教訓から何も学んでいないし、何も変わっていないということですね。


6. 原題


ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)が描いた『ソドムを離れるロト一家』は、フランス語ではLoth et sa famille quittant Sodomeと言います。

quitter Zは、場所Zを立ち去る、という意味です。
この作品は、ルーヴル美術館(Musée du Louvre)で見ることが出来ます。





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